新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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 親の心、子知らず。
 子の心、親知らず。


EX.Another self alone.

 空いたガラスコップの縁を、金属製のスプーンで打ったような音。それを擬音語に直すのであれば、正しく『ちーん』。一体誰の趣味なのか、やけに古臭いその音は、わたしの前にある鋼鉄の扉が開く合図でした。

 ブリキのからくりが動くようながちゃこんという音と共に、ゆっくりと扉が開いていきます。すると漏れ出てくる光は、わたしが佇む廊下のそれより、随分と明るい。思わずわたしは目を細めました。しかし視界はすぐに慣れて、扉の向こう側が認められる頃になれば、わたしの視界には大きな影が映ります。

 その影をハッとする心地で認め直せば、思わず顔を背けてしまいました。

 

「…………」

 

 無言。

 折角呼んだエレベーターだと言うのに、わたしの足は前へ進みません。今しがた認めた先客が、その原因でした。

 

 ひしひしと感じる威圧感。

 目尻で冷ややかに睨み上げる風にして認めれば、わたしの父、碇ゲンドウは、何の感情も持たないような顔付きで、こちらを見下ろしていました。サングラスと逆光によって、細部までは確かではありませんが、指先ひとつ動かさないあたり、わたしの感想は間違いないでしょう。

 

 此処がネルフである以上、当然ながら服装は何時もの黒スーツ。常夏の日本において、見ているだけで暑苦しいその姿。きっと街中でこんな姿をした人物が歩いていれば、誰もが奇異なものを見たと思うでしょう。しかし場所が場所なら……成る程、組織の長に相応しい威厳はしかと感じる。

 こうして近くで見るのは、一体何時以来だろう? わたしが此処へ来た当初、この男との距離はかなり離れていました。実際に面と向き合うのは、それこそこいつに捨てられた時以来かもしれません。

 

 ふと、わたしの隣で身動ぎをする音がしました。

 認めて数瞬。すぐに父への興味を無くし、わたしは隣で佇んでいた筈の木崎さんへ視線を向けます。すると彼は、規律良い保安部として、正しい姿を披露していました。

 無表情ながらも、揺るぎない忠誠心を思わせる敬礼。相手がわたしにとって仇敵とも言える人物でなければ、素直に格好良く見えたのでしょうか……。いえ、木崎さんは何をさせても格好良いけど。

 

 そうこうしている内に、鋼鉄の扉が再度間抜けな音を鳴らします。からくりが仰々しい音を立てて動き、ゆっくりと扉が閉まっていきます。その間も、扉の向こうの父は無表情のまま。微動だにしませんでした。

 それが癪に障った――という訳ではありません。

 ただ、折角呼んだエレベーターを、そのまま見送るのは可笑しい気がして、わたしは足を一歩前に。閉まりかけていた扉は、わたしの足を挟むなり、安全装置が作動して、再度開いていきます。

 

「……乗る」

 

 そして短く告げました。

 

 どうやらお父さんは最上階に向かう模様です。わたしはリツコさんのカウンセリングを終えたところなので、ロッカールームの近くにある自販機コーナーに行こうとしているところです。つまるところ、わたしの方が降車は早いようです。

 『V―1』のエレベーターに乗っているということは……格納庫にでも居たのでしょうか。最上階はわたしも行ったことがなく、何処に通じているのかは知りませんが、わたしが乗った階層より下って、格納庫ぐらいしか無いんですよね。強いて言うなら詰め所とか、作業員用の売店とか、そういうなのがあったような気はしますけど……まあ、お父さんの行動なんてどうでもいいや。

 

 わたしはじろりと父の背中を睨みつけます。

 実の娘が同乗したと言うのに、一切の反応を示さないその姿。突飛な乗車の仕方にも、何ら驚いた様子はありませんでした。むしろ一言たりと喋っちゃいない。

 

 実に、実に腹立たしい。

 構って欲しいという気持ちは皆無ですが、故意に無視されているのは明らか。それに関しては遺憾この上ない。確かにわたしは父が嫌いで、エヴァの搭乗条件として『金輪際、父親面しない事』と提示したものですが、だからと言って大事なパイロットに対して挨拶のひとつも出来ないような輩になれとは言ってない。っていうか挨拶くらいしろ。男やもめに蛆がわくって、正にその通りじゃないか。……いや、元から蛆がわいたような奴だったのかもしれないけど。そこんとこ、お母さんの趣味を疑うわ。

 

 言い知れぬもどかしさを押し殺していれば、次第に腹の底が沸々と煮えてくるような感覚を覚えます。有り体に言うと、イライラしてきました。

 

 そういえば、わたし……昨日、こいつの所為で、木崎さんに裸見られたんだった。

 

 ふと思い起こす。イライラの発端。

 ただでさえ腹立たしい父の姿に、加えて明確な理由までもがあるのです。対して、情けを掛ける理由は殆んど無く。っていうか、全く無い。こいつにかけるような慈悲は、昨日木崎さんに全部使った。『木崎さんがお父さんだったら良いのに』って言うことだって出来るレベル。

 

 ふうと息をつく。

 よしと決めて、正面に立つ父の無防備な背中を見据える。そこからゆっくりと視線を下げていき、更に無防備かつ、全く鍛えられていないだろうふくらはぎをじっくりと見た。

 黒いスーツは割りと綺麗で、折り目もきちんとしている。それに包まれている父の脚は、きっととても貧弱な事だろう。なんたって、年がら年中座っているのだから。スポーツなんて絶対にしていない。筋トレも絶対にしていない。

 

 ギルティー。

 

「ていっ!」

 

 わたしは思いっきり父のふくらはぎを蹴り上げた。

 

「ぬ゛っ」

 

 僅かに前へ上体を崩すような動作と共に、くぐもった声が漏れた。

 割りと痛かったらしい。

 

 が、そんな反応は一瞬の出来事だった。

 すぐに父はわたしを振り返り、ギロリと睨みつけてくる。その表情は『無』そのもので、痛みはおろか、怒りさえも持ち合わせていないと言いたげ。不意の暴力に対して、あまりに毅然とした態度だった。

 

 父は小さく唇を開くと、「何だ?」低い声で問い掛けてきた。

 それは『今何が起こった』という疑問ではなく、『何故蹴ったのか』という問い掛けだろう。あまり接点の無いわたしにも分かる程、不明瞭ながらも明確な問い掛けだった。

 

 わたしはふんと鼻を鳴らし、そっぽを向く。

 その先で、珍しく唇を薄く開けて固まっている木崎さんと目が合う。その表情には思わずわたしもびっくりしそうになるけど、何とかすまし顔を貫いて、唇を開いた。

 

「セクハラ司令官は死んで下さい」

「……何のことだ」

 

 惚けたような答えに、わたしはムッとして父を睨み返す。

 思わず詰め寄って、向き直った彼の腹に指を突き立てて直訴した。

 

「あんた昨日、木崎さんにとんでもない事命令したじゃん! 娘の裸見ろとか正気かよ。死ねよ。くそったれ!」

 

 すると父は僅かに見目を開いたようだった。

 だけどその表情もすぐに一転。やはり『無』を貫く。

 

 ゆっくりと開かれた唇は、まるで嘲笑のような醜い笑みの形を浮かべる。

 

「ふん。何かと思えば……」

「父親面すんなとは言ったけど、こういう嫌がらせするんなら、わたしにも考えがあるんだからね!?」

 

 その表情に神経を逆撫でされたわたしは、感情を剥き出しに。

 何だ。言ってみろ。とでも言いたげに見下ろしてくる父を見上げ、歯を剥き出しにして、威嚇する。

 

 そして――父の無防備な脛に向かって、ダイレクトアタック。

 

「……っ!!」

 

 思わずと言った様子で、歯を食いしばるような表情をさせてやった。

 

 ざまあみろ!

 

 苦悶の表情を何とか『無』に戻そうとする父を尚も睨みつけ、わたしは唾でも吐きかけてやりたい衝動を何とか堪えた。流石にそれは女の子としてやっちゃいけない気がする。

 だけどその代わりに、わたしは捲くし立てた。

 

「犯罪って言うなら逮捕でも罰でもお好きにどーぞ。だけどうら若い娘の裸を赤の他人に監視させるような外道、わたしは許さないもんねーっだ!」

 

 歯を剥き出しにして、『い』の字を浮かべる。

 丁度良く開いたエレベーターのドアを我先に出て行って、振り返り様に中指を立てて「死ね。クソオヤジ!」と、とどめの一言を言っておいた。

 

 わたしは悪くない。

 

 だけどこの後、木崎さんに叱られた。

 

 

 エレベーターの中。

 取り残されたわたしは、膝を押さえて蹲りたい衝動を何とか堪える。痛みを紛らわす為、久しぶりに拳を握り、震わせた。左手の火傷の痕が疼くものの、丁度良く気が紛れた。

 このエレベーターは常時監視されている。

 組織の長として、此処で無様を晒す訳にはいかないだろう。泣き言は執務室に帰ってからだ。冬月に冷却シートを二枚用意させよう。

 

 しかし……何故、蹴られた。

 いや、理由はあれの口から出ていた。明確だ。

 分からないのは、何故それをああまで腹立たしく思うのか……だ。確かに娘の着替えを、――信頼している部下とはいえ――他人に監視させる行為は、常軌を逸しているだろう。しかし已むを得ない理由があった。あれの命に代えられるものは無いのだから、致し方なしとした。それの何処がいけない。父として、真っ当な事をしただけではないか。

 

 否、あれが拒絶するのであれば、これは宜しくなかったのだろう。

 それが答えであり、あれの感性こそが絶対の真理だ。

 

 蹴られた痛みは、過ちに対する罰。

 よもや蹴られるとは思っていなかったが……。

 

 ふむ。

 して、わたしはこの暴力に対して、何らかのパフォーマンスをせざるを得ない。あれがそこまで考慮していたかは兎も角として、この空間が監視されている以上、此処で何らかの罰を下さないと、わたしの威厳に関わる。これは最重要視されることだろう。

 わたしの威厳が無くては、組織の体制が磐石なものではなくなってしまう。部下に対して絶対の命令を出せる立場でないと、最終目的を達することが出来なくなるだろう。

 

 ならば、やはりあれには罰を与えなければなるまい。

 

 程好くあれを反省させ、且つ組織の長としての威厳を損なわない罰。

 子供の反抗ひとつを取り上げ、刑罰を与えるというのは、些か大人げが無いか……。しかし、これは暴力であり、あれが親子関係を拒否している以上、立派な犯罪行為ではある。それに対する罰は、禁固刑等が相応しいものだろう。とはいえ、そういったありきたりな罰を与えた場合、あれが『セクハラをされたから、反抗して蹴ったら、禁固刑にされた』と簡単に吹聴出来てしまう。

 

 大事なのは威厳を損なわず、且つあれに気安く口外出来ないと思わせる罰である事。

 となると……ふむ、既に答えはあるな。

 

 わたしは向かいの扉が開くと同時に、内ポケットから携帯端末を取り上げた。

 それをよく見知った先へ繋ぐと、「わたしだ」短く指示を出す。

 

「昨日、サードチルドレンの監視を命じた件だが……あれの様子が可笑しい。上官、もしくはあれに好意的な第三者が居ない場合に限り、恒久的な指示とする。伝えておけ」

 

 問題無い。




解説。

・『戸惑い』
 レンの心情。
 ヒカリがいなければ、二人を見殺していただろうことから、裏人格を見過ごせなくなっています。

・Another self alone.
 もう一人のわたし。

・木崎さんの爆走運転
 アクション映画のワンシーンをイメージしたが、描写力不足を痛感する次第。
 個人的に大事にしたい『作品の裏側』のひとつであり、これからもこういうワンシーンを重視したい。

・裏人格
 レンはぬかる。

・パレットライフルの命中率
 比較するものが無い。
 しかしながら、第四使徒の形状、ライフルの連射速度、パイロットの練度を鑑みるに、一〇パーセントは異常に高い方だと思われる。これはMAGIの補助を込みにしている数値。

・得手不得手
 独自解釈の一種。
 エヴァパイロットにも向き不向きがあったのではないかと思っている。
 シンジ→シンクロ率の高さによる緻密な制御。ATフィールドの強度、中和率。
 アスカ→戦闘センスの高さによる格闘戦。他人を拒絶するATフィールドの強度。
 レイ →冷静沈着な性格による精度の高い射撃。
 因みに余談ですが、零号機はN2兵器で大破する(ゼルエル戦)性能。対して、鋼鉄、サハクィエル戦から、初号機は電源無しでN2兵器を耐え、ATフィールド込みでN2兵器を遥かに上回るだろう衝撃を耐え凌ぐ。弐号機に至っては、鋼鉄でN2兵器(余波かもしれない)を耐え、パイロット覚醒時のAirではミサイル二発をもろに食らっても平然としている。
 レイの特技は? と、考えた際に、MAGIのバックアップあってもラミエル戦で射撃を外したシンジに対し、成層圏のアラエルを投擲したことが挙げられます。この間にも技術進歩はあったかと思いますが、一発勝負の投擲を当てられるのは流石と言えますね。

・シャムシエル戦
 前半の兵装ビルによる陽動作戦は単なる作者の趣味。

・マナ
 前作を見ていた読者にはお察しだとは思いますが、鋼鉄のガールフレンドのキャラクター『霧島マナ』の事。
 幼少のレンは末期シンジと同じ精神状態である為、何時死んだとしても可笑しくはなかった。故に、誰かしらレンを救うキャラクターが必要になってくる。ストーリーラインに影響を与えず、それでいて勝手の良いキャラクターといえば、旧劇では彼女しかいないので。
 余談ですが、本作の『ご都合主義』というタグは彼女のこと。

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