新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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3.Another self alone.

 両腕を震わせる反動。

 目の前の黒煙を塗り替えていく白煙。

 一体どれ程の効果があるのか。そんな考えも無く、わたしはパレットライフルの引き金を引き続ける。

 それはきっと、先程撃った時と比べ物にならない精度を誇っているだろう。手首が痛みを覚える程の反動を覚えたとて、わたしの狙いは揺るがなかった。

 

 綾波レイには敵わないまでも、碇シンジは少なからず訓練を積んでいた。

 その時を思い起こしながら、わたしはひたすら撃ち続ける。

 

――目標をセンターに入れてスイッチ。

 

 そんな言葉だったか。

 一時は呪詛のように呟いていた彼を思い起こす。

 

 今、わたしの目の前に照準器は無い。故にパレットライフルの上部を申し訳程度のアイアンサイトとして利用し、狙いを付けている。しかし、わたしの()には、黄色い線が映っているように見えた。

 その線で照準を合わせて撃てば、弾丸はそこを滑るようにして飛んでいく。今のわたしには、その軌道さえもが見える。そしてそれは、わたしがコアの当たりを付けた位置へ、寸分の違いも無く飛び込んでいった。

 

 小刻みに腕を刺激する反動。

 銃撃戦なんて面白味が無いと思う心は未だ変わらないが、確かな反動を感じながら射撃するのは気持ちが良い。これで決着させようとは思えないものの、シンクロ率の関係か、夢で感じた感覚よりは余程実感がある。

 思わずトリガーを引く指に力が籠もった。

 

 果たして何発撃っただろうか。

 不意に白煙の向こうで、何かが煌いた。

 

 わたしの口角が更に歪む。

 ドクンと胸が音を鳴らすと、薄らと見えていた黄色の線が消失。咄嗟に身体を捻って、パレットライフルを宙へ放り投げる。そのまま肩越しに振り返りつつ、パレットが虚空を漂う様を見届けた。

 ど真ん中に一閃。

 欠片が弾けたように見えたと思えば、パレットはウエハースのように真っ二つに割れた。それを認め、地に着いている足を何とか蹴り上げる。更に距離をとろうとした矢先に、ふたつに割れたパレットが、更に寸断された。

 

「だよねぇ。だよねえ!! 生きてるよねえ!!」

 

 わたしは高揚感を隠すこともせず、狂喜を顕にして叫んだ。

 そのままアスファルトへ片手を突き、慣性の促すまま、前方宙返りの要領で距離を置く。

 

 と、その時。

 ピー。

 という甲高い音が響く。

 

 視界の隅に赤い文字で『警告』と表示された。ハッとして改めれば、内部電源が『04:59:00』と示している。すぐ様後方を改めれば、初号機の動作に追いつけなかったらしいケーブルが断たれて、火花を上げていた。

 

 アンビリカルケーブルが断線した。

 警告と目の前の状況はそれを示している。

 

「……クソったれ」

 

 隠すこともなく、わたしは舌打ちをする。

 甚振る時間が決められてしまった。それはただただ不快なだけだった。

 

 ギリギリの戦闘を楽しみたいのではない。

 わたしはあの使徒を苦しめたいのだ。

 

 まあ、戦闘そのものは楽しいが。

 

 反転し、煙の先を望む。未だ敵影は認められない。

 しかし、その手前で何かが煌く――下!!

 再び大地を蹴って、後方へバックステップを一回。更なる追撃を避けて、二回目。その間も光は荒れ狂うように暴れ、わたしが先程まで佇んでいた場所のアスファルトを微塵に変える。わたしが後退する最中に倒壊させた兵装ビルがそこへ倒れ……やはり細かく切り刻まれた。

 改めて距離を置いてみれば、漸く晴れた煙の先に臨む使徒の姿は随分遠い。エヴァの身の丈でも一〇機は寝かせられそうな程の距離がある。どうやらそこが使徒の触手の射程らしい。

 

 さて……どうしたものか。

 知っていたことだが、奴の触手の切れ味と速さはかなりなものだ。どういう原理かは改めて考察する機会こそ無かったが、碇シンジの記憶ではあれの威力を実感する事もあった。

 彼はあの触手を終ぞ見切れず、最終的に肉を切らせて骨を断つような形で殲滅した。そう、つまりあれはエヴァの装甲を貫くのだ。流石に寸断されるまでには至らなかったが、如何に当時の彼よりシンクロ率が優れるわたしとて、至近距離に至ればあれを完全に避けきる自信は無い。彼よりもフィードバックダメージが大きいわたしだから……最悪、一撃で失神する程のダメージを負う可能性だってあるだろう。

 つまり、食らえば不味い。

 

 ()()()()

 

 初号機には使徒と同じくATフィールドが備わっている。

 彼等に通常兵器が殆んど通用しないのと同じく、より強固なATフィールドは如何なるものをも通さなくなる。現に第三使徒と相対した際、わたしは一度奴のATフィールドによって阻まれた。それをわたしが用いれば、奴の触手を通さずに接近することも出来るだろう。

 ただ……それを試した事が無い。

 碇シンジはそれを漠然的に使用していたし、ダメージの軽減をしてはいた。しかし、完全な遮断を出来ていた覚えは殆んど無い……強いて言うなら、使徒殲滅時の爆風でダメージを負った覚えが無いぐらいだ。

 

「で? それがどうした」

 

 わたしは自らの冷静な思考に唾を吐きかけるかのように、小さく零した。

 

 目を大きく開き、肩に耳が着く程に首を竦める。

 上目遣いにスクリーンを睨みあげてみれば、前方の煙が晴れていた。そこには此方へ改まっている第四使徒の姿がはっきりと映る。……どうやら本部の面々はわたしのやることを察しているようで、砲撃は既に止んでいた。

 おあつらえ向きだ。

 思わず唇の端を舐める。

 

「……ふふ、上等」

 

 わたしは挑戦的な笑みを浮かべて、エヴァに肩のウェポンラックからプログレッシブナイフを取り出すよう指示を出した。半身を引き、右手で中段に構える。

 

 ピッピッピッと聞こえる規則的な音を聞きながら、逸る心を落ち着かせる。

 活動限界までは焦るような時間でもない。

 確実に接近した方が、甚振る時間も生まれるだろう。

 小さく息を吐くようにしてLCLを吐き出した。

 

――ATフィールドは心の壁。

 

 不意に何時ぞや聞いた言葉を、死にたがりの声で思い出す。

 相手を、事象を、拒絶する心がATフィールドと化す。

 より深く、より冷徹に、拒絶すれば拒絶する程、その強度は増す。

 そんな事を誰かに教わったか……。

 

 アスカを思い出せ。

 あの子なんて碇シンジを遥かに凌ぐ程、強力な壁を持っていたじゃないか。

 

 いや、違うな。

 誰かを参考にする必要なんて無い。

 

 わたしはこの世界そのものを拒絶している。

 そんなことは、この傷だらけの()()が何よりも鮮明に表しているじゃないか。

 

 ゆっくりと右足を前に……地面を踏んだ。

 流れるように左足を前に……地面を踏む。

 

 三歩目に至れば、既に初号機は駆け足になっていた。

 

 半身を維持して、左手を右手に添える。

 まるでショルダータックルでもかますかのように、左肩を前にして突進した。

 

 縮まらせた身体を一息に伸ばしながら、わたしは叫んだ。

 

「ATフィールド……全開っ!!」

 

 使徒の触手が跳ねる。

 その一閃を視界の隅で捉えた。しかし極彩色の壁がそれを弾く。

 撃たれた部分から普段は絶対に耳にしないような鈍い衝撃音を聞いた。

 

 わたしの心の壁は、確実に使徒の触手を拒絶しきった。

 

 徐々に迫ってくる使徒の姿。

 第三使徒の時を思い起こしながら、適当に当たりを付けて、わたしは前方へナイフを突き出す。しかし、それが使徒のATフィールドを捉えることは無く、空を穿った。

 

 と、同時に、微かな違和感を覚える。

 

「……!?」

 

 思わずハッとした。

 隙だらけの格好で、視界の端に映る触手の先端が、ATフィールドをじりっと焼くのを、確かに認めた。

 

――こいつ、わたしのATフィールドをっ!

 

 ()()()()()

 瞬時にそう理解する自分が居た。

 

 空いた穴から触手が滑り込むようにして流れ込んでくる。

 それを一瞬一瞬の世界でただただ茫然と見詰めるわたしは、時間がやけに遅く流れているように感じた。

 

 丁度踏み出した右足に違和感を覚える。

 思わず自分の目で自分の足を改めた。

 

 そして、かつて味わったことが無い感覚に襲われた。

 

「ぁぁあああああっあああ!!」

 

 焼けつくような痛み。

 言葉に直せばおそらくそれだけのもの。

 初号機の右足に纏わりついたそれは、高熱を放っていた。断ち切られることこそ無い。だが、焼けるような痛みは殆んど軽減されずにわたしへフィードバックする。それが仮初の痛みだなんて、理解し直す余地さえ無かった。

 

 何が起きた!?

 

 目で理解した筈のことが、何故か分からなくなる。

 右足を圧迫されているのか、溶解されているのか、焼かれているのか、切られているのか……何か嫌なことをされているのが確かなだけ。ただただ本能的に足が痙攣して、わたしはLCLに泡を吐き出して呻いた。

 

――熱い!!

 

 それは本能的な思考の停止。

 たったの一瞬だが、反射的に身の危険に思考が囚われた。

 

 しかしそれは確かに、わたしがエヴァの操作を止めた一瞬だった。

 

「……はっ!?」

 

 不意に可笑しな浮遊感を味わう。

 咄嗟に閉じた瞼を再度開けば、スクリーンに映る景色が理解出来なかった。

 

 コンクリートのビル群が、頭上に見える。

 そんな感想を抱き――違う! 投げられた!

 すぐにそう悟った。

 

 ハッとして体躯を捻る。

 腰元からぞわりとした感覚が這い上がってくるのを感じながら、何とかしなければと受身を取ろうとした。が、当然ながら空中で上手く体勢が整う筈も無い。

 次にわたしが味わったのは、体内に僅かに残っていた気泡を吐き出しきるような衝撃だった。

 

「っ……」

 

 痛みに思考が追いつかない。

 衝撃を受けたかと思えば、呼吸が出来なくなった。

 

 目に映るのは青い空。

 そこへ映る数多の気泡……分からない。

 わたしは何を見ているんだろうか。

 

 再度思考が停止する。

 しかし、すぐにハッとして、だらしなく開きっぱなしにしていた唇と瞼を閉じる。固まってしまった胸周りの筋肉に更なる力を入れて、吐き出しきったと思える息を、更に吐き出すようなことをした。

 急激な酸欠。

 頭がくらりとする……が、それを理解すれば、深い水底から浮上して水面を割ったような心地で、呼吸を再開する。

 

 思考力が戻れば、前例がある以上、状況を理解するのは容易かった。

 

――投げられた。つまり……。

 

 ハッとして、スクリーンから目を逸らす。インテリアの脇下を望めば……そこには()()の少年少女。

 

――は?

 

 折角再開した思考が、またもやフリーズする。

 今度は理解が追いつかなかった。

 

 紺色のジャージを着た黒髪の少年は、精悍な顔立ちを情けなく歪ませていた。その彼と抱き合うようにして、斜めに傾いた眼鏡が印象的な茶髪の少年も居る。その二人は分かる。

 だが、その二人の後ろで、膝を崩して、自分の肩を抱いて震える少女……洞木ヒカリまでもが、何故そこに居る!?

 

「……うそ」

 

 思わずわたしは目を見開いて、そう呟いた。

 何となくだが、推測が出来た。理解はしきれなかったが……一番嫌な過程を想像出来てしまった。

 

 わたしは洞木ヒカリに二人を見張るように頼んだ。

 しかしその彼女の目を盗むことは、彼等にとって容易だったのかもしれない。何時の間にか姿を消した二人を捜して、彼女が此処まで追いかけてきたとすれば、納得がいく。

 

 何て面倒くさい。

 表のわたしはよかれと思ってやったのだろうが、こんなにも裏目な形になるとは……。

 

 わたしは逡巡する。

 視線を動かして、視界の正面で使徒を確認した……こちらに向かってきているようだ。

 

 このままでは不味い。

 この三人が……ではなく、投げ飛ばされた際に、プログレッシブナイフが何処かへいってしまっているのだ。手で持っていた物が無くなっていることに、今更気が付いた。

 つまり、このまま接近を許すと……わたしは打つ手が無い。

 足に触られただけで思考停止する程の痛みだ。胸や頭を穿たれたりでもしたら、意識を失くすどころか、ショック死さえしかねないだろう。

 

 クソ……。

 

 使徒がATフィールドを中和してくるなんて、予想外過ぎた。いや、違う。完全にわたしのミスだ。失念していた。そんなことは当たり前じゃないか。

 むしろ自分のシンクロ率を過信しすぎていたのだ。そもそも使徒はエヴァで言うところ、常時シンクロ率一〇〇パーセントの存在なのだ。碇シンジより高いくらいで、完全に上位に立てる訳が無い。それこそ、一〇〇パーセントを超えていなければ、彼等の攻撃をATフィールドだけで凌げる筈が無いだろう。

 第一わたし自身がやったではないか。ATフィールドの中和なんて、彼等からすれば十八番以外の何ものでもないじゃないか。

 

 と、したところでハッとする。

 

――待て! 違う。混乱するな。今優先すべきは後悔や反省ではないだろう!?

 

 そう自分に言い聞かせた。

 ふうと息を吐くように、LCLを吐き出す。

 

『レンちゃん! 大丈夫なの!?』

『応答して頂戴!』

 

 すると煩く喚いていた回線が耳に入る。

 わたしは不意のまま、「あ、はい。無事です」と、軽く返した。

 

 と、したところで視界の端に、活動時間の残りが映る。

 

『03:22:14』

 

 三分ちょっと。

 それを認めた瞬間、何となく言われることを察した。

 

『良かった……なら、一度撤退よ。体勢を立て直しましょう』

 

 安堵したような葛城ミサトの声が響く。

 どうやら洞木ヒカリ達の姿は、わたしがエヴァごと向き直っていないからか、まだ目に留まっていないようだ。何となくそう察した。

 としたところで、わたしの頭の中に疑問符が浮かぶ。

 

――撤退? 何それ。

 

 それは漠然とした不快感。

 胸の内がざわつく程に、受け入れ難い言葉。

 

 確かに一度撤退すれば、アンビリカルケーブルだって再度繋ぐ余裕がある。奴を苦しめる時間を確保出来る。

 だが、それをする程の相手か? 油断大敵だと思い知らされた形ではあるが……今のわたしがあれを倒せないと?

 

 否だ。

 有り得ない。

 

 ナイフさえ確保出来れば、それを投擲すれば良い。

 

 視界の端で、ビル群の外れに突き刺さっているナイフを見つけた。

 あれさえあれば何とでもなる。

 

 わたしは首を横に振った。

 

「嫌だ」

『ちょ……嫌って、あんたねぇ!』

 

 途端に焦ったような声を漏らす葛城ミサト。

 わたしは再度首を横に振る。

 

――なら、見てろ……。

 

 と、言おうとして、そこでわたしの耳が聞きたくないものを聞いた。

 

『碇さん?』

 

 あ……。

 と、思うが遅い。

 

 そういえば洞木ヒカリはわたしがパイロットであることを知っていたのだ。

 ほんと、表のわたしはろくな事をしない。


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