新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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2.Another self alone.

 命令が下るまでは待機だと言う綾波ちゃんとは別れ、わたしはジャージを着込んで更衣室を後にしました。

 木崎さんから追加情報を貰いつつ、格納庫へと向かいます。

 そして搭乗。

 二度目となると、優秀な職員はもう慣れた様子です。きっと何度となくシミュレーションをしたのでしょうが、初戦の時にリツコさんが出張って来ていたのが嘘のよう……すぐにアンビリカルブリッジへ案内されました。上に着てきていたジャージを木崎さんに預け、コックピットへ。

 

「ご健闘を」

「はい。頑張ってきます」

 

 相変わらずの鉄仮面ながらも、優しい言葉を受け取り、ハッチが閉められます。

 外界と遮断されたことを示すように、静寂に包まれました。

 やがて静かな駆動音と、僅かな加速度を感じて、エントリープラグが挿入されたことを実感。

 

『LCL注入開始』

 

 するとすぐにマヤさんのアナウンスが響きました。

 ザパンと音を立てながら、生臭い橙色の液体が流れ込んできます。

 彼女の声の印象を思い起こしている内に、水位はあっという間に増して、わたしのつま先から、ふくらはぎ、腿……と、プラグスーツを濡らしていきます。

 

 って、あれ?

 

 そこで漸く、わたしはハッとしました。

 目に見えている景色。LCLが身体を濡らしていく感覚。それらは決して不確かではないのに、漠然とした違和感を覚えます。あっと思うが早いか、すぐに察しました。

 

――しまった!

 

 その言葉は口から出したつもりなのに、わたしの口角はぴくりとも動きません。

 確かなラグを感じて、漸く動いたかと思えば、わたしの口角は……

 

 笑みを()()()()

 

 本当、我ながら迂闊(うかつ)な奴だ。

 別に訓練なんて必要が無いから、大人しくしておいてやれば……あっさりと忘れて。

 そんなのだから、あんなガキ共にイラつくんだ。馬鹿じゃないのか。

 

――わたしの敵は使徒と碇ゲンドウだろ? 見誤るなよ。碇レン。

 

 わたしは不敵な笑みを浮かべる。

 その間も滞りなくエヴァの支度は済まされていき、神経接続も問題なく行われた。

 伊吹マヤがわたしのシンクロ率を口に出せば、赤木リツコが怪訝な言葉を漏らす。……葛城ミサトは相変わらず、呑気な奴だ。「本番に強いのかしら」って、思考を放棄しているも同然なことを言うものじゃない。そんな奴に『馬鹿』と言われた碇シンジに、同情してしまうじゃないか。

 まあ、それは兎も角として、問題なく出撃させてくれるのならばそれで良い。此処でもきちんとパフォーマンスをして、碇レンの必要性を実感して貰おう。

 

 さあ、蹂躙の時だ。

 存分に楽しませてくれ。

 

 

『レンちゃん、作戦どおり……良いわね?』

 

 葛城ミサトが確認を取ってくる。

 作戦……出撃前に生返事をしたものだが、使徒のATフィールドを中和しながらパレットライフルを掃射するというものだった筈。確か、これをそのまま実行した碇シンジは、力むあまり敵影が見えなくなる程の掃射をして、『馬鹿』のお言葉を頂戴した。

 

「断る。改めて見た限りだと、撃ち抜けるような角度じゃない」

 

 わたしは淡々とした口調で命令を拒否した。

 まあ、嘘ではない。ATフィールドの強さはまだ分からないが、兵装ビルからちらりと確認した形状は記憶にあるまま。イカのような形状をしていて、前屈しているような格好だ。コアはその内側にあり、頭部が邪魔をして巧く狙いがつけれるとは思えない。

 本来なら搭乗して二、三週間しか経っていない人間が、実戦でピンポイントに狙いを付けられると思えるのなら、彼女達は相当おめでたい。

 

『……MAGIの判断は?』

『パイロットの技量、位置関係を考慮し直した場合、命中率は一〇パーセントを下回っています』

『レンさんの技量でも……そう。あまり成果は望めなさそうね。作戦を改めましょう』

 

 MAGIが考慮するわたしの技量といえば、きっと表のわたしのものだろう。

 今のわたしならばもう少し高い数値を出すだろうが、改めてくれるのならば有り難い。射撃戦の経験は碇シンジの記憶を以ってしても、あまり多いとは言えないのだ。シンクロ率に目を瞑れば、わたしより綾波レイの方がずっと上手だろう。

 

『試用も兼ねてるから、出来れば撃って欲しいところだけど……仕方無いわね』

 

 葛城ミサトが残念そうにぼやく。

 いや、まて……彼女の言葉を聞いたわたしは、今一度思考した。

 

 使徒迎撃戦に用いる兵器には莫大な費用が掛けられている。折角作ったものを使用しないとなると、相応に反感を買うだろう。そんなものはわたしの知ったことではないし、非合法組織の癖に変な所で律儀なものだとも思う。しかし、それを蔑ろにした戦自との関係の末路は……と考えれば、あまり無下に扱って良いものではないかもしれない。

 

「なら、撃つだけ撃とうか?」

 

 逡巡の末、わたしは改めて問い掛けた。

 

『……威嚇射撃ってことかしら?」

 

 返答は葛城ミサト。

 少しばかり訝しげな声色をしているが、言葉遣いに違和感があるのだろう。かといって降ろされる訳ではないだろうし、それこそ気にすることはない。最低限従順なふりをしてやれば良いだろう。

 わたしはこくりと頷いた。

 

 ビルの陰から覗き見ている現状。

 当然ながら使徒はこちらを向いていない。

 奇襲を仕掛けるのならばこの状態は望ましいと言えるが、敵の視野や攻撃方法は判明していない。

 頭部に双眸らしきものは認めているが、白い円の中心にある黒い瞳のようなものは、先程から微動だにしていないからだ。それを『目』と判断するには、些か無用心。碇シンジの記憶によれば、頭部と思わしき部位をこちらに向けて相対していた記憶はあるが……これは本部の人間が知るところではない。

 同じく、奴はまだ武器である光の鞭のような触手を出していない。それが出される覚えのある両腕は、まだただの突起物という印象だろう。

 それに、奴にはATフィールドがある。

 その強度も知っておく必要があるだろう。

 

 碇シンジの記憶に纏わることは伏せながらも、わたしが敵使徒の死角と攻撃方法が分からないことを淡々と述べれば、赤木リツコが同意する。彼女の声色もまた、訝しげに聞こえたが、やはり奇襲は難しいという結論に至った。

 

『では作戦を変更。パレットライフルによる威嚇射撃の後、敵使徒の死角と思わしき部分を突いて、兵装ビルによる一斉掃射。その後初号機は有利なポジションへと移動、並びにコアへ向けて狙撃。有効性が確認出来なければ、プログレッシブナイフによる直接攻撃を行います』

 

 葛城ミサトが作戦を纏めた。

 成る程。現時点では最も無難かつ、リスクの少ない作戦だろう。これなら敵使徒の攻撃方法までもが分かると言える。こんな簡単な作戦であっさりと倒せるとは思えないが、あの使徒の奥の手や、使徒そのもののタフさは未だ彼女達にとって未知の領域。ポジトロンライフルのような超火力武器も無い以上、他に実用的なものがある訳でも無い。致し方ないと言えるだろう。

 まあ、わたしとしてはエヴァの装備で唯一信用しているプログレッシブナイフを使用する許可を得られたことが有り難い……事実、碇シンジの記憶にある使徒戦の大半は、ナイフか素手で決着しているのだ。作戦の有効性よりも、ナイフを使用する許可を重視しても已む無し。パレットライフルなんて玩具と比べたら、よっぽど使える。

 

「了解……」

 

 にやり。

 わたしの口角が歪んだ笑みを浮かべる。

 それは決してエヴァの機体へ表立った影響の見られるものではなかったが、抑えきれない衝動が、加速する心音となって頭に響く。胸から腕に伝わる震えや、全身の肌が粟立つような感覚。それは期待感の象徴だろうか。

 

 では、と聞こえた葛城ミサトの声に、胸の震えが喉から頬に。

 身体中に過剰な程の力を籠めれば、わたしの笑みは狂気のそれへと変化する。

 

『作戦開始』

 

 瞬間、わたしの中で何かが弾け飛んだ。

 

――動け!!

 

 思考による指示を初号機に下す。

 僅かなラグを感じさせることも無く、目の前のスクリーンが移ろう。ガクンと揺れたかと思えば、わたしの身体は『左足を踏み出した』という感覚を覚えた。

 急激な加速度。思わず前のめりになりそうな程のそれを実感。

 

『シンクロ率上昇! 九〇パーセントを超えました!』

 

 伊吹マヤの声が加速度の正体を教えた。

 が、そんなことは最早どうでも良い。

 目の前のスクリーンの中央に映し出された赤い生命体を認め、わたしはコックピットの脇にあるハンドルに手を掛けた。そして、即座に握る。

 

 初号機が腰元で構えたパレットを掃射した。

 それはわたしの目でも、スクリーンでも、認められないもの。しかし、わたしの右半身が、鋼鉄の何かを支え、それが激しく震える感覚を持った。反動でトリガーを引くわたしの右腕が震える。それでもトリガーを引き続ける。

 

 目で追えない弾丸。

 しかし着弾しているのは確か。

 使徒の頭部を僅かな白煙が覆った。

 

『頭部に命中!』

 

 伊吹マヤの観測情報を聞く。

 そこでわたしはトリガーを放した。

 

 白煙の下で、赤い生命体がこちらへと向き直ってくる。

 知っていることだが、やはり頭部らしき部分を前にして、改まってきた。

 

――彼等使徒は先駆者と情報の共有でもしているのだろうか? それとも、わたしが掃射した弾丸が、正しく『攻撃』だと理解出来たのだろうか?

 

 わたしへ向き直った使徒は、早速と言わんばかりに突起物から光を放つ。

 が、それを認めた瞬間、誰の報告よりも早い指示が飛ぶ。

 

『兵装ビル。一斉砲火開始!』

『了解。砲門開きます!』

 

 怒気を孕んだような葛城ミサトの声。

 応じる日向マコトの声。

 

 間髪入れずに、使徒の背中を爆炎が覆った。

 何処から集音するのか、その爆発音はわたしの耳へと届く。それと同時に構えを解いて、転身。使徒が目視出来ないだろう位置を目指す。

 

『初号機の経路を! 砲火に巻き込まないで!』

『初号機に経路の転送を行います!』

 

 伊吹マヤの声が聞こえるや否や、視界の端が黒く縁取られる。

 展開されたウィンドウには、精細な地図が映っていた。初号機と使徒の現在位置、稼動している砲門と、その射線上故に進入すべきではない区域。そして、目指すべき位置。その全てがリアルタイムに更新されているようだった。僅かに認めた一瞬の内にも、初号機の印は移動している。

 

『兵装ビルによる攻撃、効果見られません!』

『続けて頂戴。使徒の視認範囲の解析も急いで』

 

 伊吹マヤと赤木リツコの声を聞く。

 とても早口に交わされるとは思えない程、指示は的確かつ、端的だ。

 

 しかし、そろそろ回線の声も煩わしい。

 わたしは走り続ける初号機のスクリーンを見据え、ふうと息を吐く心地で、LCLを吐き出した。

 

 唐突に視界が狭まる。音が小さく、雑多なものに思えてくる。

 それは決して、目の前の現実に沿ったものではない。単なるわたしの感覚。しかし、応じるようにして、わたしの足が、アスファルトを蹴る感覚を、より鮮明に感じるようになった。

 ガクン。と、コックピットが更なる下降をする。

 しかしそれさえも最早雑多なもののひとつ。わたしの感覚を邪魔するものにさえ、なりはしない。

 

「ふふ……くふふ」

 

 含むように笑い、()()()は兵装ビルの間を駆けた。

 右手に持ったパレットライフルを左手で支え、構えの用意をする。

 ひとつ、ふたつ、と、視界の端を流れていく兵装ビル。人の身では決して味わうことの無い速さで過ぎ去って行くそれ。しかしわたしの目は確かに捉えていた。むしろわたし自身にとっては、やけにゆっくりとしている風にさえ見え、その数を数え、目印にしてしまえる程。

 

 不思議な感覚だった。

 そして、懐かしい感覚でもあった。

 

 現実的な感覚と、主観的な感覚が、同時に脳を埋め尽くす。

 どちらがエヴァのシンクロによって与えられるものなのかさえ、分からなくなっていく。ふとすれば、身体が溶けてしまいそうだ。

 

「ふふふ、あははは!」

 

 二本の足で大地を掴むようにして踏ん張った。

 と、同時に、慣性が働く方とは逆へ身体を傾け、向き直る。その間にパレットを眼前に構えた。

 横へ流れる景色。

 初号機が漸く制止した瞬間、丁度目の前は兵装ビルが密集している区画の間。その道の先に、明後日の方向を向いている使徒の姿を認める。

 未だその身体へ飛来している砲撃。どす黒い煙が、赤い身体の大部分を覆っているが、わたしの照準は迷うことはない。

 目に見えている右の突起、腹部の骨を認め、コアの位置に当たりを付けた。

 

――これで死なないでよ?

 

 目を見開き、口角を歪ませ……わたしはトリガーを引いた。


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