新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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第四話 戸惑い
1.Another self alone.


 決死の形相で駆ける駿馬より速く、鋼鉄の塊が地上を走ります。

 街は混乱と喧騒で包まれていました。歩道を歩く人は居らず、一様に小走りになって、挙ってシェルターへ向かっているようです。車道では我先に逃げようとする車両が定められたレーンを無視していて、立ち往生している様子も見受けられました。

 そんな光景を尻目に、わたしが乗る黒塗りの車両は順調に進んでいました。MAGIのバックアップでもあるのでしょうか……法定速度を無視した速度を維持し続けられるルート取りには、さしものわたしとて唖然としました。

 朝の安全運転は何処へやら、本当に木崎さんが運転しているのかと疑いたくなる程の暴走運転。……いえ、爆走と言った方が良いのでしょうか? 揺れに揺れる車内ですが、わたしの三半規管へのダメージは少なくて、どれだけスピードを出しても大丈夫だと思える安心感があります。ミサトさんのそれとはえらい違いです。何時事故っても可笑しくはない状況ながら、わたしは普段より落ち着いていました。

 

 正しく有事である今。

 わたしは木崎さんが運転する特務用の車両――といっても何時もの車ですが――に乗って、ジオフロントへ向かっています。

 法定速度なんて知ったこっちゃなし。

 一般車両は通行禁止とされる道だって、我が物顔で突っ込んでいきます。

 

 そうしてちょっとした高台を通りがかれば、街の大まかな様子が目に留まります。

 そこは車内から確認した喧騒が些事に思える程、異様な雰囲気に包まれていました。

 

 つい今しがた避難命令が出されたのでしょうか?

 一般道で警察官が拡声器を手に、声を張り上げているようです。その後ろでヘルメットを被った警察官が誘導灯を振って、『此処に近付くな』と、市民に示していました。

 すると……ゆっくりと沈んでいく鋼鉄の建物。

 その建物の窓ガラスの向こうには、何事かと辺りを見渡そうとしている風な人も窺えました。

 

「……天井、都市?」

 

 激しい加速感に身体を縮こまらせつつ、自分の目で初めて見た窓の外の光景に、わたしは喉を鳴らしました。

 すると、「ええ」と返事。バックミラー越しに木崎さんを認めれば……立入禁止区域に入って急場が凌げたからでしょうか? サングラスを掛け直しながら、ミラー越しにわたしを一瞥してきていました。

 

「状況を報告します。宜しいでしょうか?」

 

 学校を出てからというもの、木崎さんが片耳につけているインカムからは、音漏れする程の何かが鳴り続けていました。……まあ、言わずと『報連相』や『指示』なのだろうとは思っていましたが、どうやらその情報が纏まったようです。

 

 暗に「聞く余裕がありますか?」と問われているのでしょう。わたしは窓の上に付いているグリップとシートベルトをそれぞれの手で握り、お願いしますと返しました。

 了解の言葉に次いで、木崎さんは前へ向き直ります。

 

「本日未明、第三新東京市近郊に正体不明の物体が出現。識別パターンは青。使徒と断定されました。そして先程、全権限が日本政府よりネルフへ移譲。その時刻を以って、副司令によってネルフ本部に第一種戦闘配置が発令。今はご覧の通り、第三新東京市への避難勧告、及び戦闘形態への移行を行っているそうです」

 

 耳を裂くようなブレーキ音。

 ぐわんと身体を引っ張る遠心力。続く加速感。

 

 立入禁止を示しているのだろう立て看板を、立入禁止区域の内側から吹っ飛ばして、一般道へ飛び出す特務車。飛んでいった看板を本能的に目で追いかければ、どこぞの建物にぶち当たっていました。

 

――いや、非常時なのは分かってるけど、ミサトさんより色々凄い事をしてるよ木崎さん(この人)

 

 そんな事を考えつつも、言われた事を何とか理解して、わたしは了解します。

 するとわたしを気遣うように、再度バックミラー越しに後部座席をちらりと見てくる木崎さん。小さな声で謝罪を述べられました。……どうやら考えが顔に出てしまっていたようです。しかしながらこの状況下で後部座席を何度も確認してるなんて危ないだろうに……不安感を抱かせないことは、流石としか言い様がありません。

 

 一般道へ飛び出してみれば、あと少しの距離がどうにも大変そうです。

 協調性の無い馬鹿が作り上げた車両の飽和状態。有り体に言って、二進も三進もいかなくなっている車両の大群が見えました。……一々迂回しているとキリが無さそうですね。

 

 わたしはアシストグリップを再度強く握り締め、バックミラーをしっかりと見返して、口を大きく開きました。

 

「木崎さんの運転なら酔わないから大丈夫! もっと急いでも平気!」

 

 そう返せば、彼はこくりと頷いて、「分かりました」と返してきます。

 そしてぐわんと加速する車両……ぶつけるんだろうなぁ。骨折とかしたら洒落にならないけど、木崎さんだから多分大丈夫な気がする。

 

 その後流石に悲鳴を上げたのは、言うまでもありません。

 まあ、覆面パトカーみたいにサイレンを装着して、車の隙間を強引に通って行っただけなんですけども。さしもの木崎さんとて、他車両の大群を弾き飛ばそうとするような真似はしませんでした。……ミサトさんなら思い切り突っ込んでそう。

 

 

 カートレインを使ってジオフロントに着くと、当然ながらネルフ本部も物々しい雰囲気に包まれていました。普段の静寂さは何処へやら、警報音と『第一種戦闘配置』の指示が繰り返されています。職員達は大慌ての様子で駆け回り、普段はわたしに視線を寄越す人でさえ、自分の業務に集中しているのか、そのまま擦れ違っていく程。使徒戦においては後手ばかりですが、何だかんだ特務機関ネルフはエリート揃い。非常時の迅速な行動は基本なのでしょう。

 

 わたしが到着したことを報告した木崎さんは、改めて『更衣室に直行し、着替えるように』と指示を伝えてくれます。分かりきったことだったので、わたし達の歩は既にそちらへ向いていましたが、了解して返します。

 部屋に至るまでの間も木崎さんは情報を集めてくれていて、使徒の形状や進行状況など、その詳細を教えてくれます。しかし内容は言わずもがな。わたしが女であれど、バタフライ効果は使徒にまで影響を及ぼさないようです。木崎さんが情報を精査してくれるにつれ、その使徒はわたしが『シャムシエル』と記憶するものだと確信を持てるようになります。

 

 更衣室へ着くと、木崎さんは扉の前で待機。

 わたしは何時もの挨拶をせず、替わりに『追加の指示があれば気にせず入って来て下さい』と告げ、更衣室へ入ります。まあ、裸を見られたとしても、この非常時……仕方ありません。彼はふたつ返事で了解しました。

 

 中へ入ると自分のロッカーへ向かいます。

 その間にリボンを解き、ジャンパースカートの肩掛けを下ろしました。ロッカーを開いて、中へ鞄を放り投げると、スカートを脱ぎます。それを空いたハンガーへ雑に掛けて、ブラウスの袖口と前のボタンを外して、これも脱いで雑に掛けます。リボンはスカートのポケットに突っ込んでおきました。ブラジャーのホックを外して――ガチャリ。後ろで扉が開く音がしました。

 ハッとして下着を脱ぐ手を止め、振り返ります。

 そこには水色の髪の少女。わたしを認めて、後ろ手に扉を閉めていました。どうやら追加の指示ではないようです。

 

「綾波ちゃんも出撃?」

 

 記憶上でも彼女は召集されていたので、あくまでも確認の為に問い掛けます。彼女は唇を開くことは無く、こくりと頷いて肯定しました。

 改めて下着を脱ぐわたしの横へ歩いてきて、ロッカーを開きます。

 

「予備」

「そっか。じゃあ、頑張るね」

 

 わたしは開いたロッカーの扉で遮られているのを承知の上で、微笑みます。しゅるり、しゅるり、という布の擦れる音を聞きながら、彼女も着替えを始めたのを何となく確認します。

 ドクンドクンという心音が少しばかり大きくなりましたが、多分先程唐突に開いた扉の音でびっくりしたのでしょう。……自分のことですが。

 

 脱いだ下着を畳み、ロッカー内の仕切りの上へ。

 ハンガーに掛けてある黒いプラグスーツを取り上げます。伸びきってだぼだぼなそれの首元に足を差し込み、その場で小さく跳ねながら、引っ張り上げていきます。その最中、不意に隣のロッカーから白い肌が見えて……心音が加速しました。我ながら何ででしょう? いや、綾波ちゃんは確かに可愛いんですけど。

 プラグスーツを肩まで上げて、袖に手を通し、足もしっかりと靴底に着けます。目視で改めてちゃんと着れているかを確認して、左手首に着いているスイッチを押しました。

 シュッと音を立てて縮むプラグスーツ。ロッカーで保管されていたそれは随分とひんやりとしていて、思わず声が出そうになります。それを堪えて、胸下や二の腕等、どうしても合わなかった部分を指で摘まんで直しました。

 

「碇さん」

 

 とすれば、綾波ちゃんから声を掛けられます。

 

「……うん?」

 

 ギプスがあるから、着替えが難しいのかな?

 綾波ちゃんは用も無く自発的に他人へ接触しようとする性質じゃありません。唐突に声を掛けられたことに、そんな当たりを付けて、隣を覗き込みました。

 すると、彼女は未だ半裸。ショーツだけを身につけた状態で、しゃがみ込んでいるではありませんか。

 

「ど、どうしたの?」

 

 思わず上擦った声を出しながら、わたしは彼女の真っ白な背中を認めます。

 滑らかな曲線を描く背中。決して丸みを帯びている訳ではありませんが、これ見よがしに背骨が浮き出ているような痩せ方はしていません。肌の色合いこそは不健康にも見えそうな彼女ですが、どうやら食事はしっかり摂っているようで。

 そして、わたしが危惧したギプスですが、どうも彼女はその辺りにおいて器用なご様子。どうやったのか、肩掛けの布は外され、ブラウスも既に脱ぎきっていました。

 

「これ」

 

 しゃがんでいた綾波ちゃんが、足許で開いていたらしい鞄から、水色のハンカチに包まれたものを取り上げて、わたしに見せてきました。

 そこで漸く理解します。お弁当箱でした。

 顕になっている胸を隠すでもなく立ち上がって、わたしへ改まってくる綾波ちゃん。真っ白なふたつの脂肪は、わたしのそれのように自己主張が激しい訳ではなく、それでいて整った形をしています。配慮することも忘れ、わたしは彼女の胸を凝視していました。

 

「……碇さん?」

 

 するとお弁当を片手に、小首を傾げる綾波ちゃん。

 わたしの視線は察したろうに、まるで意図を理解していないようです。

 

 思わずハッとして、わたしは両手を肩の高さに上げて、「ああ、うん」と、意味の無い返事をしました。

 その手を改めるついでに、彼女から包みを受け取ります……と、どうやら中身は残っている様子。特に思うところは無いのですが、受け取ったそれを一瞥してしまいます。

 

「時間が無かったの」

 

 わたしの視線が意味ありげに映ってしまったのでしょう。

 綾波ちゃんはらしくも無い言い訳を並べました。しかし、その言い訳はきっと配慮というもの。少しは気を許してくれているのでしょうか?

 わたしは首を横に振って、微笑みます。

 

「ううん。迷惑じゃなければ、明日も作ってくから」

「ええ」

 

 ドクン、ドクン。

 と、高鳴る胸の音が、わたしの脳に響くかのようでした。

 

 笑い合うような仲にはまだ遠く。

 しかし明らかに『他人』ではなくなったのだろうと思える距離感。

 何でもない挨拶を貰えるようになるまではまだ時間が掛かりそうですが、きっと……いつか……と、思わせてくれるようです。

 

 それはとても尊くて、とても嬉しくて。

 決して顔には出さないまでも、先程までクラスメイトに怒りを覚えていたことが嘘のような心地でした。

 

――そう……大事なことを、忘れてしまう程に。




どうも、約一年ぶりです。
別作の完結に手間取りました。
んで、更新再開……といきたいのですが、PCが大変ご機嫌ななめでして。まともに書けない状態だったりします。このようにスマホで打つ事は出来るのですが、やはり勝手の違いかより良い文章が浮かびません。

ともあれ、活動報告で出すと宣言しましたので、書き上がっている部分だけでも投下させて頂きます(七ページ分)。PCが直り次第、続きも書かせて頂きます。

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