新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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3.She doesn't know the pain of others.

 登校早々、朝っぱらからド変態に盗撮されて、逮捕を諦めるという、珍事のようでこの学校では日常風景にもなりそうな事件の一時的決着――それはわたしが相田くんの椅子に、画鋲の代わりとして鉛筆を垂直にセッティングする事でした。盗撮は犯罪です。故にヒカリちゃんも苦笑しているだけで、わたしの陰湿な悪事を止めようとさえしません。因みに昨日は机の上に花瓶を置いておきました。その前は他の被害者(女子生徒)に協力して貰い、机を逆さにしておきました。

 

 虐められっ子の気分を味わえ相田。

 それか盗撮を止めろ。

 

 このクラスにおいて虐めはありません。あったとしてもわたしは勿論、シンジくんにも覚えがありません。だから冗談で済みます。……まあ、画鋲じゃなくて鉛筆なんだし、座る前に気が付く事でしょう。盗撮したお宝に目を奪われていなければ。

 

 そんな虐めの偽装に満足したわたし。

 頃合と見計らったのか、ヒカリちゃんがまた後でと言って、自分の席へ戻っていきました。彼女は真面目なので、きっと一時限目の準備をするのでしょう。わたしは二つ返事で見送りました。

 

 さて。

 そんな心地で教室の前方、黒板の上にある時計を確認します。時刻は八時一五分。あと五分で予鈴が鳴る事を確認して、わたしは自分の席へ。椅子に腰掛ける事無く机の横に掛けた鞄を取り上げ、中から水色のハンカチで包んだお弁当を取り上げます。

 それを持って窓際の後ろから三番目の席へ――と、やっぱ五分前に来るんだよね。

 

 視線の先には、痛々しい姿の女の子。

 空色の髪を無理矢理ツーブロックにするように、鉢巻のような形で巻かれているものと、指先しか出ないような形で右腕に巻かれている包帯。ついでにその腕は使えないようにと三角巾で吊るしてあります。それを除けば普通の制服姿です。

 既にリツコさんとのお茶会で、彼女の包帯の理由を実際に聞いています。わたしが来る三週間程前に行われた、エヴァ零号機の起動実験中に起こった事故で負った傷のようです。露呈している部分に目立った傷痕こそありませんが、わたしが此処へ来た当初も入院していた程の重傷でした。登校してきたのだって、わたしの転入が終わった後です。

 

 まあ、退院までにお見舞いに行ったりはしていたんですけどね。耳聡いフリをして、リツコさんから色々と聞いていたので。そして、()()はその時からの約束です。

 

「おはよう」

 

 向かった先で、わたしは出来る限り以上を意識した優しい笑顔を浮かべます。

 すると声に反応して、空色の髪の少女――綾波レイちゃんはわたしを一瞥。

 

「……ええ」

 

 そして挨拶にならない挨拶を返してきました。

 その声色といえば、正しく無頓着な風。挨拶どころか、わたし自身にさえまるで興味が無いと言わんばかりです。

 そんな彼女の様子に、しかしわたしは胸の内でドクンという音が鳴ったのを確かに聞きます。目を細め、唇を薄く開くと、思わずはにかんだような笑みを浮かべてしまいました。

 

――ああ、返事してくれるって幸せ。

 

 無を思わせる抑揚の無い声。

 興味が無さそうな風に見上げてくる無事な左の赤い瞳。

 

 だけど言葉の先にわたしが居る。

 それだけで十分です。入院中にお見舞いへ行った時なんて、何を喋り掛けても基本的に無視されていましたから。唯一反応してくれたのが『碇司令の娘』という単語に対してだったりと、かなり無残でした。あの時の反応って、絶対にお父さんについてでしたし。

 

「はい。今日のお弁当。ちゃんとお肉抜きにしてあるから」

「ええ」

 

 感慨深く思う気持ちのまま、わたしは彼女の机の上に持ってきたお弁当を置きます。

 

 三つ作ったお弁当。

 そのうち一つは勿論わたしの分。そして木崎さんの分。最後の一つは、綾波ちゃんの分です。

 

 お弁当を作って来てあげる事自体はシンジくんの記憶からの受け売りで、彼がやっていた事の真似事です。しかしこれがまた妙手というか、珍奇なことというか……いや、お弁当のプレゼント自体は懇意な仲ならあまり珍しいとは思いませんが。

 しかしながら見ての通り、綾波ちゃんは感情を面に出さない子です。僅かな表情の変化はあったりするのですが、基本的に破顔して接するのは憎き我が父親に対してくらい。つまり、彼女からどれ程信頼されているのかって、分かり易い尺度が無いのです。実際シンジくんだって、彼女が死んじゃうまで『何となく』でしか感じ取れていませんでしたし。

 そんな時にお弁当。

 これは重要なパラメータの役割を担ってくれるのです。っていうか事実そうでした。

 

 入院中ののれんに腕押しな綾波ちゃんに持っていった時は、少ししか食べてくれませんでした。それも殆んど一口。しかも美味しくなかったのかと問えば、極々微妙に表情を曇らせるのです。

 そんな彼女の変化が表れたのが学校へ復学してから。半分程食べてくれて、そこでわたしが量が多かったのかと問えば、こくりと頷いてくれました。

 半分減らして、全部食べてくれる。

 そんな現状は、きっと重要な意味を持っています。もしかするといつか、彼女が嫌いな筈のお肉を注文してくる日があるんじゃないかって、そう思えるのです。

 

 二人目の綾波レイ。

 

 今はまだ、まるでお人形のような女の子。

 いえ、文字通りお人形の女の子です。

 

 お父さんからすれば……きっと、そう。

 

 だけどシンジくんからすれば、最愛の女の子でした。……多分。

 

 そしてシンジくんの記憶を見て、今実際に綾波ちゃんを見るわたしは――。

 

「わ、わあ! 何だよこれ!?」

 

 教室内に響き渡る甲高い叫び声。

 肩越しに振り返って視線を向ければ、相田くんが自分の座席を見下ろした体勢で、眼鏡を落としそうな勢いで驚いていました。椅子にはセロハンテープで無理矢理垂直に固定された鉛筆。それを目をぱちぱちとさせながら確認した彼は、やおらわたしへ顔を向けて来ます。

 その表情の間抜けな事。

 未だ片手にビデオカメラを持っていて、現状の一部始終を撮影しているかのようでしたが、本当に撮るべきは今の自分の表情でしょう。

 

 わたしは思わず含むように笑ってしまい、自らが犯人だと無言で肯定してしまいます。

 

「あ、危ないだろう!?」

 

 相田くんはそう言ってさぞ憤慨しているような声を上げましたが、わたしは小さく舌をだしてから片目の下を人差し指で引っ張ります。

 

「知るか、ばーかっ」

 

 そして悪戯っ子のように笑ってみせるのです。

 綾波ちゃんへは「また放課後」と告げて、相田くんへ身体ごと向き直ります。そして拳を手の平に打ち付けて、ぽきぽきっと鳴らしました。表情は勿論、優しさ補正〇の笑顔。

 

 ガタンと音を立てて後ずさる相田くん。

 ついでに黒板の上へと視線を向けて、顔を青ざめさせました。

 飲み込みが早いようで何よりです。

 時刻は二〇分に迫るその瞬間。

 

 つまり今から逃げると――。

 

「授業放棄して先生に怒られるか、ネガなりテープなりを渡すか、選びなさいな?」

「……っ!!」

 

 追いつけないのなら、帰って来るのを待てば良い。

 

 さっきはそう思って一時的決着としたのです。

 

 しかしわたしの優越感に対して、相田くんはにやりと笑いつつ、眼鏡の真ん中を人差し指でくいと持ち上げました。その様子は何か考えがあるようで、わたしは思わず黙って彼の動向を窺う事になります。ごくり。……と、気がつけばクラスメイトの殆んどが、彼の動向を興味深そうに見ているようでした。

 

()()()がいない今……だからこそやらねばならぬ事がある」

 

 そして呟き始める痛々しい中学二年生男児。

 わたしは目をぱちぱちと瞬かせながら、引き続き彼の動向を見守りました。

 

「強いては委員長が巨乳に嫉妬しているなんて、珍しい構図にも程があるだろう?」

「あ、相田!?」

 

 彼の呟きに反応して立ち上がるヒカリちゃん。

 恥ずかしそうに頬を真っ赤に染め上げていました。

 

 ああ、あの二人ってシンジくんが来る前から気にしてたのか。

 

 一方のわたしはそんな感想を持ちながら、勇者となりそうな相田くんを見ておきました。

「ちょっと! どういう事よ!」と、声を荒げながらヒカリちゃんが彼を取り押さえようと近付いて……。

 

――キーンコーンカーンコーン。

 

 そこで予鈴。

 思わずといった様子でハッとするヒカリちゃん。

 しかしその隙を見計らったかのように、相田くんは踵を返して猛ダッシュ。そのまま誰の手も届かぬ勢いで、教室から飛び出していきました。……うん、あれは追いつけない。授業をボイコットする覚悟なんだから、止めに行ったら行った人も巻き添えを食う。それは割りに合わないでしょう。

 

 反省文だとか、お説教だとか、そういうなのはきっと全て承知の上。やっている事はド変態な犯罪行為ですし、わたしの胸がメインになっていそうな事も許せません。あとでぶん殴ってあげようと思うけど……まあ、今はいいや。ヒカリちゃんが今このクラスにおいて長く不在である関西弁の少年の事を好きなのは……好きになるのは確かだし、いずれ二人を引っ付ける為の伏線の一つになるのであれば、躍起になって止める事もないでしょう。まあ、わたしの胸だって減るものでもないし。……とはいえ販売しているところを見掛けたらぶっ飛ばそう。

 

 そんな心持ちでわたしは自分の席へ着きます。

 ヒカリちゃんも溜め息混じりに席へ戻っていきました。ふと目が合えば、彼女は何処か寂しげに笑い掛けてきます。

 

 と、そこでハッとしました。

 

『トウジがいない今……』

 

 相田くんの声が頭の中にこだまします。

 わたしの心に、何か重たいものが落ちてきた気がしました。

 

 鈴原くんが登校してくるの、明日じゃん。

 

 そしてそう思い至ると、思わず机の上に頭を打ち付けてしまうのです。そのまま力なくへたって、とても深い溜め息を吐きました。

 

――やだなぁ。絶対殴られるよ……。

 

 鈴原トウジ。

 長く休んでいる理由は、第三使徒迎撃戦の時に落下してきた瓦礫によって怪我をした妹の看病。そしてその原因はわたしにあるのだと思われているのです。……まあ、わたしが出撃した時は避難が完了していた筈ですし、使徒の殲滅方法が違うシンジくんの記憶と同じ結果になっているという事は、おそらく本当の理由はN2兵器の使用だったり、第三使徒がジオフロントに攻撃してきた際の衝撃なのでしょうけども。

 ただ、彼はシンジくんの記憶では有無を言わさずにシンジくんをぶん殴りました。それこそ妹の仕返しなのですから、躊躇も手加減もなく。多分それについては、わたしという『女子』が相手だとしても、きっと同じように迷う事なくぶん殴ってくるでしょう。彼は良くも悪くも直情的で、女の子だからなんて感性は大義名分の下に捨て去られている筈ですから。

 

 見当違いだって言って、聞いてくれる相手ではないと思います。護衛がいるからって臆する質でもありません。

 

 ちょっと今日の放課後に考えて行動してみましょうか……。殴られたくないですし。


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