新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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第参話 卑怯者恥を知らず
1.She doesn't know the pain of others.


『あんたまだ知らないの!? 参号機にはね――』

 

 ぼくが見ている画面の向こうで、アスカは呆れたような、怒ったような、そんな表情をしていた。知らない事を揶揄するような口調だけど、知っているから優越感に浸っているようではない。どうも、知らずにいるぼくの無知さに警鐘を鳴らそうというようだった。

 その言葉のあとにはぼくの知っている人の名前でも挙がるんだろうか。

 そんな呑気な事を考えていた。

 

 けど、ぼくに答えが与えられる事はなかった。

 画面に映るアスカが苦悶の表情を浮かべ、彼女の悲鳴と共に画面が激しく振動する。

 何をと言われる前に察した。

 

 アスカが――弐号機が撃破された。

 

 その様子を回線越しにただ茫然と見ている事しか出来なかった。

 

 アスカに続いて、綾波が攻撃の指示を受ける。

 指示を出しているのは父さんだった。

 

 司令である父さんが自ら指示を出している理由は簡単。ミサトさんは今、生死も分からない状態だからだろう。何があったかは詳しく聞かされていないけれど、参号機が敵対している状況を考えれば何となく分かる。

 それもぼくの心を落ち着かせない理由だった。

 だからアスカが言いかけた言葉なんて、すぐにぼくの脳裏から消えてしまったんだ。

 

『きゃっ!』

 

 可愛らしい悲鳴と共に綾波の回線が途絶える。

 左腕が使徒に侵食を受けて、神経接続さえ解除せずに切断したらしい。その痛みで失神したのだろうとは、聞くまでもなく分かった。

 

 ぼくは震え上がった。

 アスカが負けた。

 綾波が負けた。

 

 次は――ぼくだ。

 

 敵はエヴァ参号機。

 ボクと同じ一四歳の子供が搭乗する機体――。

 

 

 と、思ったところで視界が急速に白く染まっていきます。

 ハッとして目を覚ませば、わたしは活目するなり仰向けの体勢から勢いよく上半身を起こしました。

 

「せーっふ!」

 

 そして両腕で宙を水平に斬るように手刀を広げます。よくある野球の『セーフ』です。

 

 ドクンドクンと鳴る心臓の音。

 例の如く頭の中にまで響いていますが、そんな事はさておいて、私はびしょ濡れのパジャマ越しに胸に手を当ててホッと一息。安堵します。

 理由は簡単。『その場面』までこそいきませんでしたが、今見ていた夢は間違いなくシンジくんの記憶の中でもトップクラスのトラウマ案件なのです。目を覚ます事なく見続けていれば、わたしはきっと悲鳴を上げながら目を覚ましていたでしょう。そういう意味での『セーフ』です。あーよかった。

 

 荒い息遣いを整えながら、わたしは色が変わる程に濡れてしまっている桃色のパジャマを目で見て確かめます。本能的に自分が『碇レン』である事を再確認していきました。

 

 セカンドインパクト以前に日本の象徴とされた、『サクラ』と呼ばれる樹の花弁を散りばめた柄の桃色のパジャマ。今は汗の所為で濃い色に変わってしまっていますが、これはわたしのパジャマです。間違いありません。でもって未だ成長過程なのに『たわわに実った』とか言われた事のある胸もわたし、碇レンのものです。閉じた足の間、股間にも異物感は無いし……って、朝っぱらから何考えてんのわたし。

 

 でも男の子の身体って、何かこう……色々グロい。気持ち悪い。

 

「…………」

 

 思わず溜め息ひとつ。

 わたしは首を横に振って、目を覚ませと自分に言い聞かせます。すると不意に、自らの身体を確かめた時に『色』を確認出来た事を思い起こして、促されるような気分でやおら立ち上がりました。

 ベッドから出てみれば、パジャマが腿周りまで汗で張り付いていて、つけっ放しのエアコンの冷気でひんやりとした感覚を感じます。……まるでおねしょでもしたみたい。してないけど。

 

 そのまま歩を進め、ベランダの方へ。

 薄手の桃色のカーテンを一息に引けば、朝というには凶暴すぎるように感じる陽射しが射し込んできました。思わず目を細めて、顔をしかめます。

 

 今日も暑そうだなぁ。

 

 そんな事を考えながら、わたしは両手を組んで、頭上へ向けて伸ばします。小さな声を漏らしつつ背伸びをすれば、慢性的な肩凝りで肩に僅かな痛みを覚えるものの、それを補って余りある程の爽快感を感じました。

 

「ふう」

 

 そして一息。

 サッと下ろしたい気分の腕ですが、ブラジャーを着けずにやるには憚られて、わたしはゆっくりと下ろします。首を左右に二度ずつ傾けて、肩からくる首の凝りも解しました。

 自らの胸へ何とはなしの苦言を零し、最後に手で肩を揉み解しながら、踵を返します。

 

 第三新東京市へ来て早二週間。

 ミサトさんのお家に移住してから十日と少し。

 手続きや訓練で忙殺されていたわたしですが、ついに昨日家具が揃いました。黒いシーツのベッドに、アンティーク調の箪笥、学習机。それらに合わせて濃い色合いを基調にした小物達。色合いが濃い目なのは……まあ、出来る限り汚れを目立たなくさせておきたいからです。特に女の子の日なんかで血でシーツを汚してしまったら、過去のトラウマも合わさって元々悪い夢見が更に悪化しそうですし。

 方々を一緒に回って買い物を手伝ってくれた木崎さんには、感謝してもしきれません。

 

 まあ、欲を言えばもう少し可愛らしくしておきたかったんですけども……今度ぬいぐるみとか見てこようかな。大きなぬいぐるみならごちゃごちゃした印象にもならないと思うし。でもこの辺りってファンシーショップあったっけ? ゲームセンターでクレーンゲームやる方が早いかな。ああいうゲームってやった事ないけど、簡単そうに見えるし。

 

 そんな事を考えつつ、わたしは下着を取り換えます。寝る時はノーブラ派なので、ブラジャーも取り出して着用。

 そこでそういえばと、リツコさんに巨乳は形が崩れやすいからナイトブラを着けた方が良いと言われた事を思い起こします。しかしその逆に、窮屈に感じるなら止めとけとも言われました。まあ、これ以上睡眠時間がストレスの原因になったら洒落じゃ済まないので、もう少しこの現実世界がより良いものになって、あの夢が苦にならないようになってから考えましょう。

 

 最近ではカウンセリングとは名ばかりのお茶会を思い起こして、わたしはくすりと微笑みながら着替えを進めていきます。初回のあの時以降、信用を得る事に重きを置いたらしいリツコさんとは、当たり障りの無い会話ばかりをやっています。近頃は彼女の助手であるマヤさんも混じって、三人で楽しく談笑するだけの光景になっていて、本懐なんてどこかに忘れてしまうようです。

 つまるところ、どうやらリツコさんはそこらのカウンセラーよりもよっぽど名医なようで。

 

 下着を身につけたわたしは、部屋の隅にあるポールハンガーから、白いブラウスと青いジャンパースカートのセットを取り上げます。言うまでもありませんが、ブラウスは特注品。袖口を留められるような長袖です。

 下着は白色だし、ただでさえ長袖で暑いので、肌着は無し。ブラウスをそのまま着込みます。更にスカートを穿いて、ブラウスの上から胸を隠すような形をしている肩掛け部分を後ろから前へ。スカートの帯部分にボタンで留めます。長袖の袖口もボタンで留めて、最後に首元を赤いリボンで締めて、完了。

 

 ポールハンガーの隣に置いた姿見の前へ行き、皺が寄っていないかチェックします。

 

 うん。大丈夫。ダメな皺は寄っていません。

 

 胸が出すぎていたり、少しばかり大人びた顔立ちの所為で、可愛らしい装いが恐ろしく似合っていないのは、仕方が無いことでしょう。もう転校を済ませてから何日か経っていますし、諦めもついています。人間潔さが大事です。

 密かにこの可愛い制服を着れる日を楽しみにしていたわたしはもういません。似合わないという非情な現実によって、粉々に砕かれた淡い夢と共に、何処かへ消えました。……ぐすん。

 

 溜め息ひとつ。

 朝っぱらから哀愁を漂わせながら、わたしは自室を出ます。

 

 引き戸を開ければ、正面に物置部屋。間の廊下を歩けばすぐにリビングです。部屋数が少ないお家だとリビングで食事をとるお宅もあるらしいですが、この家は4LDK。つまりダイニングキッチンがあるので、このリビングは専らテレビ観賞や、何気ない時間を過ごす為の部屋です。

 そのダイニングキッチンは、わたしが今出てきた廊下の正面にある扉ではなく、左手にある扉の先です。とはいえキッチンとこの部屋の境にある扉は開けっ放しですが。

 正面の扉の先はミサトさんの()部屋。何回か片付けましたが、まだ纏まった時間がとれなくて、汚部屋のままです。そんな所から大きないびきが此処まで聞こえてくるのですから、葛城ミサトという人間が如何に私生活においてだらしないかという表れにも思えますね。

 

 わたしはダイニングキッチンへ歩を進めます。

 そのままキッチンのはす向かいにある洗面所へ。

 

 トイレを済ませ、その後手を洗うついでに顔を洗います。

 

「ぷはぁ」

「クァッ」

 

 するとわたしの物音に反応したのか、顔を洗い終えたタイミングで横から声を掛けられました。ここ数日で定番化している事なのでさして驚く事なく、わたしは声のした方へ振り向きます。タオルで顔を拭いてから、出来る限り優しい笑顔を浮かべて見せました。

 

「おはよう。ペンペン」

「クァックァァ」

 

 片手を挙げて、まるで『おはよう』と返してきているかのような仕草を見せる、ペンペンという名前の温泉ペンギン。葛城家の住人としてはわたしの先輩にあたるこの家の家族(ペット)です。ミサトさん曰く改良種の鳥類なのだとか。

 黒と白の体毛と黄色いくちばしは従来のペンギンの姿に似ています。人間でいう眉の位置から生えている赤いとさかが随分と立派ですが、これもセカンドインパクト前にいたとされるキタイワトビペンギンが持っていたそれと、色や長さは違えど似ているんじゃないかと思わせます。従来の彼らとの何よりもな違いは、『温泉ペンギン』の名の通り暖かいお湯に浸かる事が好きな事でしょうか。あとミサトさんの晩酌に付き合ったりもしてるけど……これはペンペンだけだと思う。

 

「ちょっと待っててね」

 

 わたしはペンペンにそう告げて、タオルを肩掛けにしたまま玄関へと向かいます。まるで人語を理解しているかのように、彼は一鳴きして洗面所の入り口の脇にある冷蔵庫の前で佇んでいました。

 いえ、『まるで』なんて言葉は不要でしょう。実際に彼は人語を理解していますので。喋る舌を持たないだけで、彼の碧眼に近い緑色の双眸だって、世界に数ある言語の内でも難解とされる日本語をきちんと読めているのです。日本語だけに留まらず、外国語さえも理解出来たとて不思議じゃありません。

 その証明の為……ではありませんが、わたしは先輩の日課をお手伝いせんと、玄関で今朝届いたばかりの新聞紙を取り上げます。この新聞の種類が『経済』なのですから、これの株式欄を彼が読んでいる姿を見た時のわたしの衝撃といえば、知識で知っていた事を忘れる心地で仰天しました。実際に目で見てみると本当に凄い。何せ、とある株が下落したのを見たらしい時の表情と言えば、まるで不況を嘆く専門家のように哀愁が漂っていたのですから。

 

「はい。ご飯時になったら声掛けるね」

「クァ」

 

 ペンペンが腰に当てた腕の間に新聞を差し込んであげて、彼の部屋である冷蔵庫に戻っていく姿を見送ります。

 因みに中々なお洒落さんでもあるらしく、冷蔵庫の中は寝床用のソファの他に小さなモニターやベッドサイドランプまであったりします。ペンギンらしい気温で過ごしている事に安堵すれば良いのか、まるで人間のように世俗染みた生活環境に驚けば良いのか……。

 彼は冷蔵庫の中でもう一鳴きすると、自ら扉を閉めました。

 

『今日の魚はローで』

 

 って言われた気がするのは気の所為でしょう。

 流石にわたしの脳裏に直接話しかけてくるようなサイコな生き物ではないと思いたい。……でも、何となく気分的に、今日のペンペンの魚はロー……もとい、生で提供しましょう。彼が首を横に振ったら焼くって事で。け、決して亭主関白なパパに指示されたとか思ってないですからね?

 

――さて。

 

 わたしはそんな心地で、リビングにある時計を確認します。

 五時四〇分。まだ急ぐような時間ではありませんね。ですがやる事は多いし、ちゃちゃっと済ませましょう。

 

 一度自室に戻って、先程脱ぎ捨てたパジャマを回収。

 そのまま廊下へ出て、向かいの汚部屋を二回のノックの末に開けます。

 するとそこは、ゴミと着替えた後の洋服や下着が至る所に投げ捨てられている見るも無残な地獄絵図。そしてその部屋の中央。ゴミと下着に端のスペースを奪われた薄汚れた布団の真ん中で、大の字になって寝ている我が家の主様を発見。

 気持ちの良いくらいに緩んだ寝顔です。丈の短いタンクトップと、デニム地のショートパンツが顕に……つまり掛け布団を足蹴にしていたりもします。しかしながら、入り口側ではない手で酒瓶に腕枕をしてあげているのが頂けません。見ているこっちは決して気分が良くない姿ですね。

 思わず顔をしかめます。

 

 ほんと、仕事の時は頼りになるくせに、なんで私生活がこうもだらしないのかなぁ……。

 

 そんな事を考えて、思わず溜め息。

 何となく異臭を嗅いだような気がして、わたしは余った手で鼻を摘まみます。その腕に自らのパジャマを挟み、空いた手で辺りに散らばる下着をいくつか拾い上げました。

 

 あーやだやだ。

 掃除は好きだけど、ばっちぃのは嫌いです。

 

「ミサトさん。朝だよ。起きて」

「ぐごー……ぐがー……」

 

 一応声を掛けてみるも、爆睡中のミサトさんはちょっとやそっとじゃ起きません。酒瓶を抱えているところを見るに、昨日も深夜に酒盛りしていたのでしょうし。……騒いでないよね? 隣は兎も角、ご近所さんの目を少しは気にして欲しいんだけど。

 

「みーさーとーさーんー」

 

 今一度声を掛けてみますが、やはり彼女は大きないびきを掻いたまま。起きる気配はゼロに等しいでしょう。

 

 仕方無い。先に洗濯しちゃうか。

 でもミサトさんの寝覚めって良くないから、さっさと起きてくれないと朝ご飯を食べる動作が遅くて、食器洗う時間が無いんだよね。まあ帰ってから洗えばいいんだけど、言わなきゃ水にさえ浸けてくれないし。でも起こすのは正直面倒臭い。

 

 少し迷います。

 

 起こすべきか。

 放置すべきか。

 

 うーん……。

 

 自分が手元に抱えた洗濯物を見下ろしてから、後ろを振り返って時計を確認。五時四五分にならないぐらいです。……洗濯をしてる間にご飯を作るとして、洗濯が完了する六時半ぐらいに一旦料理を止める。そうしたら木崎さんが来る七時までに干せますね。三〇分あれば何とかなるか。

 

 よし。

 決めた。

 

 わたしは一旦洗濯物を抱えて汚部屋を出ます。

 洗面所にある洗濯籠と纏めて、除けるものが混じっていないかを確かめながら投入。下着は纏めてネットに入れて投入。スイッチを入れて、洗剤と柔軟剤を入れて、蓋を閉じます。

 

 その後駆け足気味にリビングへ戻り、大きく息を吸い込んで汚部屋に突入。

 

「とぉー!」

 

 そして未だいびきを掻いて大の字のミサトさんの身体に向かって倒れこみ(飛び込み)ます。

 

「ぐぇえええ!?」

 

 それはもう勢い良く飛び乗ったわたし。

 女性のお腹は大事にしろと言うけど、それを主張するなら布団ぐらい被って、もっと可愛らしい姿で寝やがれ。そんな思いで放ったボディプレスもどきはミサトさんのいびきをしっかりと止め、首を絞められたにわとりみたいな声を上げさせます。顔を向けてみれば、苦悶の表情で目を見開いていました。虚空へ伸ばした手が、まるで今わの際だと言うかのようです。

 

「起きた?」

「……も、もう少し……優しく……ぐへ」

 

 ぱたん。

 虚空へ伸ばされた手が力なく堕ちて、ミサトさんは気絶したような姿になります。……いや、戦闘訓練を受けてる人間がこんなので気絶する訳ないですよね。改めて頬っぺたを優しく叩いてやれば、彼女はすごく気だるそうな姿で起床しました。




新年明けました
今年も宜しくお願いします

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