新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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3.Past and future.

 わたしが給与と手当てに関する事に得心がいった頃合を見計らったように、ミサトさんはさてと言って強く拍手を打ちました。それと同時に彼女は勢いよく立ち上がったので、同じソファーに腰掛けていたわたしは思わず小さな声を上げて身を引いてしまいます。

 しかしそんな事はお構いなしと言ったご様子。彼女は満面の笑みで、「ちょっち休憩がてらドライブにでも行きましょ」だなんて言うのでした。

 

 えっ……。

 

 わたしは思わず固まります。

 

 確かにミサトさんのドライビングテクニックは目を見張るものがあるでしょう。わたしを迎えに来てくれた時、落下してくる瓦礫を全て華麗にかわした姿なんて、わたしの胸中の琴線に触れるかと言う程でした。有り体に言って、『運転は荒いけど凄い!』だなんて思ったのです。

 しかし今のミサトさんは疲労困憊に加えて睡眠不足。おまけに愛車はボロボロ。

 そんな状況で『ドライブ』をしようだなんて、パッと思いつく懸念要素を数えてみるだけで片手では足りない話です。だからわたしは大声を挙げて嫌だと主張したのですが……「大丈夫大丈夫ー」などという、いよいよ何も考えていないような発言と共に腕を引っ張られ、拉致されました。

 そして「では、此処で待機しております」なんて言って敬礼している木崎さんに見送られ……出発。

 

 おい、護衛、働け。

 

 

 駐車場に着けば、見た目だけは綺麗なルノーが此処へ来た時と変わらぬ位置に()めてありました。

 跳ねた時に擦ったのか、バンパーの下部分が少しばかりへしゃげていますが、シンジくんの記憶にあるルノーよりかはよっぽど綺麗です。まあサスペンションが傷んでいるのですが、それは見た目には分からないものでしょう。

 

 ミサトさんに促され、わたしは渋々車内へ。

 助手席へ乗り込み、彼女が運転席に座るのを待ちました。

 

 アルピーヌ・ルノーって、元は外車なのでしょうが、日本での利便性の為かミサトさんのこの車は右ハンドルです。なのでわたしは左側。右側に座ったミサトさんは、慣れた様子でキーを差し込みました。エンジンを掛けながら、何処からかサングラスを取り出して装着。

 その頃を見計らって、わたしはげんなりとしながら小首を傾げます。

 

「……で、何処に? 事故だけはマジで勘弁ですよ?」

 

 すると少しばかり驚いたように、薄く唇を開いて返して来るミサトさん。薄暗い車内に加え、サングラスを着けているので双眸は確認出来ませんが、きっときょとんとした風な表情なのでしょう。

 

 ミサトさんは「んー……」と言って頬を掻きます。

 その様子にわたしは思わず怪訝な風の表情で返してしまいますが、彼女は気にした風も無く苦笑を浮かべました。

 

「ネルフには長袖の洋服なんて制服以外に無いし、あと貴女の新しい制服も長袖だから特注になるし……買い物のつもりなんだけど」

「へ? 買い物?」

 

 思わぬ発言に、今度はわたしがきょとんとした表情になってしまいます。

 

 ミサトさんは二度三度頷き、「だって気になるでしょう?」と言って、わたしの()()を指差してきます。

 

 思わず視線を自分の左腕へ。

 そこには無数の傷痕。

 昨日の夕方に着替えた白いノースリーブのワンピースのままなので、当然のように露呈しています。

 

 わたしは思わず「あ……」と零して、罰が悪くなる心地で頭を下げました。

 

「……ごめんなさい。お願いします」

「オッケー。んじゃ、揺れるけど我慢してねん」

 

 わたしの謝罪を軽く流すような雰囲気で、ミサトさんは笑います。そして即座にルノーはガタガタと揺れながら、発進していくのでした。

 

 パワーハラスメントと良く似たサボタージュのお付き合いかとばかり思っていたわたしとしては、少しばかり罰悪く思う心地です。

 

 日頃の行い……と言うか、主にシンジくんの記憶でのミサトさんは、心情的に頼りになるお姉さんやお母さんのような印象がある反面、私生活はずぼらでだらしない人でした。使徒戦での采配だって、動けない状態のシンジくんへ『避けろ』との指示や、完全に行動が読めない形状をした敵に対して威力偵察さえしなかったりと、その気質は目立ちます。ですが、肝心なところで運が良く、結果として全ての使徒を殲滅するに至らせた人物です。

 きっとシンジくんからすればなくてはならない人で、最も信用していた人なのだと思います。

 そしてそれはわたしからしても同じ。

 良くも悪くも理解している人物で、ミサトさんからの見方は兎も角、わたしからの印象は欠点も美点も振り切れている訳です。

 

 つまるところ、ミサトさんが仕事をサボタージュして考え無しなドライブに行きそうだと思う心もあれば、その実はわたしへの配慮だったとしても何ら疑問では無いと言うか、腑に落ちると言うか……そう思うのです。

 

 欠点と美点で対極の印象を生み出す人。

 そんな人だからこそ、わたしが表情に困れば、「気にしなくて良いわよぉ。サボりたかったのも本音だしぃ」なんて返してくれるのでした。

 

 

 その後、わたしとミサトさんは第三新東京市の隣町でお昼前まで買い物をして、『第壱中学校』の制服を発注しに行きました。その採寸をした時にわたしの胸のサイズを見て「本当に中学生?」と苦笑いをしていましたが、爆乳のお姉さんに言われましても……ねえ?

 

 お昼を過ぎた頃合になると、レストランで昼食をとりました。

 木崎さんとの時とは違って、楽しく会話しながら食事をするのは新鮮で……これだけの為に此処へ来た価値があったんだと思います。

 シンジくんは当初慣れなくて、ぎこちなかったけど、どうもわたしからすれば親しい人と楽しく食事をするのは憧れだったようです。自分の事ながらも、そう再確認するかのような心地でした。

 

 しかしながらそんな楽しい一時は、唐突に終わりました。

 ある時ミサトさんのスマホが鳴って、電話口の向こうから怒声が聞こえてきたのです。

 

 言わずもがなでしょう。

 

 リツコさんが激昂していました。

 

『貴女何処行ってるの!? サードチルドレンの登録だけの筈でしょう!?』

 

 と、それはそれは凄まじいお怒り具合でした。

 

 という事で食事はさっさと済ませ、帰路へ。

 

 店員さん一押しだった薄手の白い長袖のカットソーと、ベージュのキャミソールを組み合わせたレイヤードワンピースを着て、わたしはルノーに乗り込みます。ミサトさんも同時に乗り込んで、発進。

 相変わらずガタガタと揺れる車内ですが、怒られた筈のミサトさんが微笑んでいれば、わたしも久しぶりの買い物で自然と相好が崩れます。流石に楽しく談笑しあう雰囲気ではありませんでしたが、笑顔でいれば自然と会話は弾むというものです。

 

 理由はどうあれ、わたしが殲滅した使徒がバラバラになっている事が幸いして、全部ジオフロント内に回収が出来たとか。しかしその指揮が忙しくて、ミサトさんは今日も本部に泊り込みなのだとか。同じく市民に使徒の残骸を見られる訳にいかないのでそちらを優先していた為に、わたしの事は後回しになっているのだとか。

 

 話の折々で聞かされるシンジくんの時との相違に、思わずわたしは目から鱗の心地でした。

 どうやら使徒が自爆しなかった事は、方々に色んな影響を与えているようです。……なんだっけ、こういうの。物理の話なのかは分からないし、シンジくんの世界を『パラレルワールド』だと言って良いのかは分かりかねますが、『バタフライ効果』って言うんでしたっけ?

 

 と、そんな風に考えて、わたしはハッとします。

 

 ネルフの監視が外れている現状。

 そして、盗聴される心配も無いような場所。

 

 なのにミサトさんは昨日話したわたしの事情について、何も聞いてこようとしていません。

 そう気がつけば、思わずわたしは小首を傾げてしまいます。

 

「あの、ミサトさん」

「なぁに?」

 

 円満……とまではいかないまでも、朗らかとした雰囲気のまま、ミサトさんは笑顔でわたしをちらりと一瞥してきます。辺りは交通量の少ない直線で、ガタガタと揺れるルノーでも事故の危険性は少ないような場所でした。

 それを確認してから、わたしは改まって真面目な声色で問い掛けます。

 

 何も聞かないのか、と。

 

 するとミサトさんはしばし無言に。

 前方をじっと見据え、微かに微笑んだような表情のまま、アクセルを踏み続けます。

 

 やがてわたしが視線を前方へ戻した頃になって、「そうねぇ」なんて言葉が聞こえてきました。

 横目で見やれば、サングラスの下の双眸は細められていて、真面目に考えていると示すようです。

 

 それからたっぷり三〇秒は経って、ミサトさんの唇が動きました。

 

「正しい事をしているからってその人の全てを信じられる程、人の心は簡単に出来ていない。例え今信じて歩んでいる道のりの先に、期待を大きく裏切る事があっても、裏切られるまでは気付けない。……あたしはそうだった。今が全てじゃないって知った時には、全て手遅れだった事もある」

 

 だから、と、そう区切って、ミサトさんはサングラスを額に上げます。顕になった双眸で、わたしを横目にちらりと見て、にっこりと笑いました。

 

「貴女を信用する為に。貴女が何の為に此処へ来たのか……。貴女の気持ちそのものを聞かせて欲しいと思うわ」

 

 わたしはゆっくりと頷きます。

 

 挙げられた例は、きっとミサトさんの胸にある大きな傷痕の話なのでしょう。直に見た記憶はありませんが、セカンドインパクトの際に負った二つの傷は、直に見ずとも『触れた』事はありました。そう、心の傷痕の方に……。

 

――今の選択が必ずしも絶対じゃない。

 だから後悔しないように、出来る事をやりなさい。

 

 今わの際に、ミサトさんがそう教えてくれた『記憶』を思い起こし、わたしは薄らと微笑みます。

 胸が熱くなる思いを尊く感じて、右手で胸元を押さえました。

 

 うん。

 大丈夫。正直に打ち明けよう。

 

 わたしは前方へ向き直ったミサトさんの横顔へ向き直り、ドクンドクンと聞こえる心音を心地よく思いながら、唇を開きます。

 そして一字一句、自ら確かめながら、ゆっくりと話していきました。

 

 

 生きてて良いんだよって、生きててくれてありがとうって、そう言われたい。

 ただいまって言えば、おかえりって言って貰える。そんな当たり前な幸せを、ちゃんと掴み取りたい。

 

 わたしが碇レンとして、生きていたい。

 

 世界がどうなっても良い。

 滅亡しようと知ったこっちゃない。

 だけどわたしが生きていたいから、戦う。

 

 その為にこの街に来た。

 

 碇レンとして歩く為に、此処に来た。

 

 

 そう言って見据えた正面。

 視界の端に、『ここから第三新東京市』との看板が眩しく映ります。

 

 ミサトさんは何も応えてくれませんでしたが、ガタガタと揺れるルノーと、わたしの心音がただただ心地よく感じました。

 

 

 シンジくんの記憶についてはまた後ほど詳しく聞かせて欲しい。

 ルノーを駐車場に駐めたミサトさんは、そう言って仕事に戻っていきました。

 両手に買い物をした紙袋を引っ提げて、エレベーターで彼女の背を見送り、わたしは宿舎のあるフロアへ。

 

 どうやら今のミサトさんは多忙極まりないようなので、今暫くはゆっくり話す暇が無ければ、わたしの寝床ももう暫くはあの宿舎になりそうです。

 今回のドライブはそれに対する出来る限りのフォローだったのかもしれません。

 

 ってか、同居しようって誘って貰えるのかな? 今のままずるずるといって、木崎さんと宿舎に住む事になると色々先行きが不安になるのですが……。いや、ってかそもそも、本部内の宿舎なんて宿直の職員の為のものの筈です。シンジくんだって当初はもっと別の場所に個室を用意されていた覚えがあります。

 とはいえ、悩んでもわたしが答えを出す訳でもありませんし……。

 

 そう思案をしていれば、チンという音と共にエレベーターの扉が開きます。仕方なくわたしは思考を放棄して、俯きがちに歩を進めました。

 と、すればすぐに、通路の先から誰かが歩いているような音が近付いてきます。

 顔を上げて見てみれば、遠目に黒いスーツ姿の男性。

 

「あ、ども」

「ご苦労様です。帰還したと聞きましたのでお迎えにあがりました」

 

 こちらへ歩いて来つつ、淡々と述べるのは言わずもがな。木崎さんでした。

 

「お荷物をお持ちしましょう」

「え? 別にこれぐらいいいですよ」

「お気になさらず。さあ」

 

 木崎さんはわたしの目の前まで来ると、半ば強引に紙袋を取り上げます。そしてさも何でも無い風に踵を返し、こちらを肩越しに振り返ってきて、無表情のまま口角だけを動かして「宿舎に向かうのですね?」と確認してきました。

 僅か一日にしてもう見慣れてしまいそうに思える鉄仮面ぶりに思わず苦笑しながら、わたしはそこまでして貰ったのを無下にする訳にもいかず、「お願いします」と返しました。

 

――そう言えば……。

 

 わたしは先を歩く木崎さんの背中を見ながら不意に疑念を抱きます。

 

 シンジくんの記憶では黒服なんて恐怖の対象に近かった筈なんだけど……。

 

 と、そう思うのです。

 話す時は木崎さんみたいな丁寧口調ではなく、ミサトさんが相手でさえ命令、指示の口調だった気がしますし、お父さん程ではないにしろ高圧的で、有無を言わせず任務をこなすイメージがありました。

 任務に対する真摯さは木崎さんも同じように感じるのですが……なんだろう、シンジくんの時に持った彼らへのイメージが『冷徹』なら、わたしは真逆のイメージを持ちそうにもなっています。

 

 何が違うんだろう?

 そんな風に思いましたが、これも宿舎の件と同じく、わたしが悩んでも答えが出ない事だとすぐに気がつきました。


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