新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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第壱話 使徒襲来
1.Angel attack.


 あまりに長い夢を見てきた。

 あまりに酷い夢を見てきた。

 

 それはまるで異世界で。

 それはまるで未来で。

 それはまるで夢物語で。

 

 人という生き物が、未知の侵略者と戦う。

 そんな良く出来た御伽噺だった。

 

 だけど幾度も約束の時を経て、わたしは気付く。

 

――これは決して夢物語ではないと。

 

 わたしはそれを主張した。

 幼心の導くままに、自分がヒーローにでもなった気分で、周囲の人へ必死に警鐘を鳴らした。

 

 しかしあまりに脆弱。

 御伽噺を現実にするには、子供と言う立場は様々なモノが足りていない。どれだけ難しい言葉を並べても、どれだけそれっぽい理屈を組み立てても、誰も信用してくれなくちゃ意味が無い。

 

 気味が悪いだけ。

 そしてそんな気味の悪い子供に、他人が好意を抱く筈も無い。

 

 抱く感情はただ一つ。

 

『キモチワルイ』

 

 それだけだ。

 

 だからわたしが虐げられたのは必然。

 己が招いた愚行の結果。

 

 受ける視線が奇異なものを見るソレになり。

 掛けられる言葉が異端児を労わるものになり。

 与えられた環境が更に悪化していく。

 

 これは本当に夢物語なのか?

 いや、違う。

 

 違う筈だ。

 

 

 御伽噺の世界への招待状を受け取ったわたしは、居心地の悪い日常に手を振った。

 

 

 セカンドインパクト。

 それは二〇億もの人間を無に還し、後のヴァレンタイン休戦臨時条約が締結されるまでの半年もの間、世界規模の大抗争を引き起こしました。その実体は隕石の落下だと言われ、これによって地球の地軸がずれてしまい、環境面においても大きな変化を生み出したとされます。簡単な例を出せば、四季折々の風景が美しいとされた先進国の日本が、首都を失い、常夏の国になってしまった事ですね。

 

 わたしが生まれる一年前のお話です。

 それから一五年が経ち、わたしは今年一四歳になりました。

 

 セカンドインパクトのお話は耳にたこが出来るくらい聞かされてきましたが、わたしからすれば『常夏の国日本』というのが常識です。つまり教科書で見た以上の事は、何も知らない世代です。今日も今日とて、暑くてかったるい日本が当たり前。遠い昔に無くなってしまった『冬』という季節に憧れを持つのです。

 とはいえ、この二一世紀という時代で、何処もかしこもくそ暑いだなんて、流石にちょっと有り得ない。ナンセンスです。過去の様々な偉人達が積み上げてきた文明の力というものは、セカンドインパクト後の荒廃した世界でもしっかりと活かされています。

 当然ですね。在るものを使わない筈が無いのです。世間は節電節電ってうっせーけども、普通は公共機関がソレを使わない訳が無いのです。

 

 そんな訳でわたしは現在、冷房が利いた電車に乗っています。

 田舎では公共機関のくせに冷房を使わなかったり、ガタンゴトンと揺れて、遅いばかりのクソッたれな文明機器ですが、流石新都市と謳われる第三新東京市へ向かうソレ。冷房が利いていれば、揺れも少ない。改めて主張しましょう。流石です。

 車内は混雑していて、立っている人はおろか、座っているわたしでさえ身を縮こまらせているってのに、一体どれくらい効きの良い冷房なのでしょう。汗を掻くどころか、むしろ半袖なら寒いんじゃないでしょうか? いや、もしかするとわたしが冷房に慣れてないだけですかね?

 

「……お嬢ちゃん」

 

 わたしが物珍しい風に首だけで辺りを見ていれば、隣に座る方が声を掛けてきます。不意を突いた声に、僅かに肩を跳ねさせつつも、わたしはそちらへ振り向きました。

 白髪でアフロが作れているくらいの老婆が目に留まります。もしも目の前に立っているのなら、悪逆非道だと言われているわたしでも、席を代わってあげなきゃいけないと思うぐらいのお年頃の方です。彼女はわたしを品定めでもするかのように見てきていました。

 

「この暑い日に、長袖かい? 日焼けでも気にしてるのかえ」

 

 老婆はわたしの左腕へ視線を向けつつ、そう問い掛けてきます。

 膝の上で学生鞄を抱える風にして組んだ腕。老婆の指摘の通り、確かに長袖です。服自体は紺色のセーラー服ですが、何の飾り気は無いながらも、常夏の国、日本では珍しい長袖といえば、流石に制服だとは見えなかったのでしょう。お洒落着として着るにしては地味だとも思えますが……。

 

 わたしはこくりと頷いて返しました。

 言葉は要らないでしょう。

 

 すると老婆は満足した様子で、「そうかえそうかえ」と二度頷き、前へ向き直ります。

 その様子を見届け、わたしも老婆に倣うように前へ向き直りました。

 

 別に日焼けを気にしてる訳じゃないんだけどね。

 

 なんて心の中で呟くものの、赤の他人である老婆に聞こえる筈もありません。

 

 わたしは辺りの観察に戻ります。

 とはいえ観察自体はもう終えていました。田舎から出てきたわたしにとって、ワイシャツ姿の男性だったり、痴漢を気にした風に背後を警戒する女性の姿が珍しいだけです。ずっと見ていれば、都会の空気に馴染みを覚えられるんじゃないかと思っているだけです。

 まあ、別にそんな仰々しい理由を態々頭で考えている訳ではないのですが。

 

 暇潰しってやつです。

 わたしは『彼』と違ってS―DATなんて持っちゃいませんから、暇潰しアイテムが無いだけです。

 

 田舎なら窓が開いてるし、混雑なんて滅多にしないので、外の景色を楽しみ放題なんですが……ぬかりました。

 

 そんな心地なのです。

 

 そしてわたしが暇潰しの人間観察に飽きてきた頃、二度目になる不意を突いた声が聞こえてきました。

 

『お客様にお報せします。先程、一二時三〇分頃。第三新東京市より非常事態宣言が発令されました。法令に基づき、当車両は次の駅にて停車致します。車内のお客様は職員の指示に従い、速やかな避難をして頂きます様、お願い申し上げます』

 

 それは緊急警報を報せるアナウンスでした。

 

 思わずハッとします。視線を近くにある扉の上へと向けてみれば、先程までは企業のコマーシャルが流れていた液晶が真っ黒に染まっていました。そこへ赤い文字で『非常事態宣言発令』と流れています。

 

 どう言う事だ。

 マジかよ。

 会社間に合わねえ。

 

 なんて危機感の無いざわめきが起こり、知人と一緒な風の人達がこぞって焦った風な会話を始めました。ある人はスマートフォンを弄って状況を確かめたり、ある人は耳からイヤホンをとって茫然としていたり……。

 不意に先程の老婆を見てみれば、訳も分かっていないような姿で辺りを見回していました。

 

 ふと目が合い、わたしは仕方なく唇を開きます。

 

「駅員さんが案内してくれる筈ですよ」

「……そうですか。ご親切に」

 

 わたしの言葉に老婆は嬉しそうに皺だらけの顔を破顔させ、お辞儀をしてきます。首だけで会釈して返すと、肩越しに振り返って視線を窓の外へ。丁度電車が駅のプラットホームに入って、ゆっくりと減速していく最中でした。その様子を確認すれば、再度前へ向き直ります。

 

 ついにこの日が来た……。

 

 わたしはそんな心地で自分の左腕を右手で強く掴み、ふうと息を吐きました。

 

 

 駅へ着くと、電車の扉が開きました。

 未だ危機感が無いらしい群集は、一様に怪訝な表情を浮かべながら出て行きます。ぞろぞろという形容が似合う、あまり機敏ではない理性溢れる姿です。此処で我先にと言う感情を持った様子の人がいない事は、危機感が無い事を嘆けば良いのか、日本人の理性的な育ちを誇れば良いのか、判りかねます。

 まあ、パニックにならないのは良い事なのでしょうね。多分。

 

 但しそれは民間人だけの話。

 わたしが車外へ出てみれば、駅員達は大慌てのご様子でした。大声で避難経路を促す声が凄く耳障りです。「落ち着いて」との声に、お前が一番落ち着けと思うのは、わたしが捻くれている表れなんでしょうけども……。

 

 おそらく第三新東京市に入るか入らないかの場所にある駅舎。その装いは残念ながらわたしが密かに期待していた都会っぽさが無く、田舎の無人駅よりは少しばかりマシになった程度でした。二階建ての二階がプラットホームで、天井は吹き抜け。当然ながら冷房は無し。でもって一階へ降りる為の経路も、エスカレーターではなく階段でした。

 都会は階段が少なく、殆んどの場所がバリアフリーだと聞いていたのですが……嘘っぱちですね。わたしに嘘を教えた誰か、くたばって下さい。

 

 そうして駅舎の外へ。

 うだるような暑さに加え、目が眩む程に眩しい陽射しが照りつけていました。わたしは不意に陽炎を見て、思わず目を細めます。早くも長袖の下に汗が滲んでいる気もして、気だるくも感じました。

 鞄を持たない右手を額の上にかざして、わたしは空を一瞥。

 

 ああ、雲ひとつ無い青空が憎たらしい。

 なんで冬に固定されなかったんだろう、この国は。寒いなら着込めば良いけど、暑いのなんてどうしようもないじゃない。ばーかばーか。

 

 胸の内に宿る悪態を言葉にこそ出さず、わたしは溜め息を吐きました。……ああ、暑い。

 

 とはいえ愚痴っていても仕方ないので、さっさと目的地に行きましょう。

 その為に……と、わたしは右手で陰りを作ったままの体勢で辺りを見渡します。職員が避難を促している姿がちらほら見えますが、なんだかんだ人が多いと言えど、昨今の人口の減少の所為か、誘導する人員は足りていないようですね。線路に沿うようにして流れていく人波に対し、わたしは職員の目を盗んで、真逆の方向へと向かいました。

 

「お嬢ちゃん?」

 

 そんなわたしの背に掛けられる言葉。

 振り向けば先程の老婆が居て、足を止めてこちらを臨んでいました。

 

 わたしは顎で人波が流れている方向を指して、早く行けと伝えます。不躾だとは重々承知ですが、声を出すと職員に気付かれるでしょう。もたもたしていたくもないし、結局わたしは口を開かぬままに手近なビルの路地へと駆けて行きました。

 

 

 幾つかの路地を抜け、わたしは()()()()()初めて見る風景を駆けて行きます。

 田舎ではあまり見ないコンクリート製の建物の隙間を縫い、稀に避難中の人波を見つけるとその波を避け、やがてとある道路へと至ります。

 

 此処らにはコンクリート製のビルはもう無く、住宅街が広がっていました。そこにあるのも何の変哲も無い道路です。目新しいものは無いのですが、一角にはひとつの『公衆電話』。

 

 あった……。

 

 わたしはそれを見た時、不意に既視感を覚えます。……可笑しな話です。此処へ来るのは生まれて初めてで、公衆電話なんてありふれたものなのに。ですが、この場所、この時間、あの公衆電話。わたしの中で繋がるものがあるのです。

 

 ごくりと生唾を飲み、わたしは歩を進めました。

 非常事態宣言の所為で辺りは閑散としており、人気は皆無。聞こえてくるのは煩いセミの鳴き声ばかり。その音を聞きながら、おそるおそる進みます。別に誰に見咎められる筈が無い事は分かっているのですが……何となく。

 

 ゆっくりと公衆電話へ辿り着き、そこで取り上げる緑色の受話器。

 耳に当ててみれば、当然のように非常事態宣言の最中なので使用出来ないと言う旨が返って来ます。ただでさえスマートフォン等の通信機器の普及によって、数を減らしている公衆電話なのに、こんな非常時でも使えないとなると、いよいよ本当にお役御免の時代は近いかもしれませんね。

 

 わたしはそんな風に思いました。

 

 いや、単なる現実逃避ですけどね? この状況で公衆電話(これ)が使えない事は既に知っていましたし、その()()が間違いではない事も、此処に至っては否定する方が難しいですから。

 

 公衆電話に受話器を戻し、わたしはふうと息を吐きます。

 右手で陰りを作って、今一度空を見上げました。

 

 それにしても暑い……。

 

 本当、憎たらしいくらいに清々しい青空です。

 昼下がりのソレは、雲に隠れてでもいないと凶暴すぎるったらありゃしません。果たして今日の気温は何度くらいなのでしょうか。三〇度は超えているように思うのですが……。こんな事ならうちわのひとつでも持ってくるべきでした。

 

 わたしは今一度ふうと息を吐き、公衆電話の前で膝を折り、それに出来る限り心地よい形で凭れ掛かりました。腕を覆う長袖を見詰め、いよいよ人気が無いんだし、その時までは袖口を捲っていても良いのではないかと自問自答をします。

 別に誰に見られたって気にする事も無いし……。ただ、不意に見られた時、やっぱ気持ち悪いんじゃないかと思ったりするのです。

 

 と、少し現実逃避が過ぎますね。わたしは首を横に振ります。

 

「……あれ?」

 

 そこで不意に気がつきました。

 耳障りだった筈の音が聞こえなくなっていたのです。

 

 ミンミンゼミと呼ばれるセミの鳴き声。気がつけば何処かしこで鳴いていた筈の、田舎のそれと変わらぬ声が、まるで此処は元から静寂に包まれていたとでもように、根こそぎ消えていました。

 思わずわたしは立ち上がって、道路のど真ん中まで歩いていきます。ゆっくりと辺りを見渡してみますが、やはり何の音も聞こえません。

 

 しかし、すぐに次の音が聞こえてきました。

 

 ずんとした衝撃の音が始めに聞こえ、次いでその音とは全く別の重さがある音を耳にします。ハッとして聞こえてきたその方角を臨めば、わたしは固唾を飲んで立ち尽くしました。

 

 住宅街の外れに見える山。音はその影から聞こえてきています。

 更に音が大きくなるにつれ、山の陰から物々しい雰囲気までもを感じました。まるで触発されるかのように、わたしの胸がドクンドクンと大きな音を奏で、胃に鋭い痛みを覚えます。喉を締め付けられるような感覚も感じてくれば、徐々に呼吸が浅く、激しくなってきます。

 それでもわたしは、鞄を持たない右手で胸を押さえ、双眸を出来る限り見開きながら山の峰へ視線を送り続けました。

 やがてその陰から、わたしが『UN重戦闘機』と記憶している名前の垂直離着陸型の戦闘機が出てきて、音の正体を直に認めます。

 それを確認すれば、思わずわたしの膝が笑うのです。

 

 尚も聞こえ続ける重い音……いえ、此処に至っては目視も出来ますし、それがジェットエンジンの音だとは分かる事でしょう。先に聞こえた重みのある音は、それが搭載しているロケット弾の着弾音でしょうか。いや、どうだろう。それにしては地面まで揺れたような……。

 

 音に耳を傾けながら、わたしは今に胃から逆流してきそうになる衝動を、背を丸めて堪えます。

 しかし縮こまらせた体勢とは逆に、視線は尚も山の峰へ。

 

 何より最後の確信が必要だと、見逃す訳にはいかないと、わたしはその方向を見詰め続けました。

 

 ついにわたしの視界が()()を捉えます。

 そしてソレは、わたしが『記憶』している姿と寸分違わぬものでした。

 

 ああ、そうだ。

 さっきの一番最初に感じた衝撃は、ソレの足音だったのかもしれない。

 

 

 現れたのは烏色の巨人。

 使徒と呼ぶ事になる御伽噺の侵略者でした。




どうも、ちゃちゃです。
この作品、前に投稿していたのですが、諸事情により第一話から書き直す事に。

とは言え展開は殆んど『別物』だと思います。
前作と同じ設定も勿論ありますが、一応……。

本編中で描写出来ない解説等は章末に纏めております。
お目汚し失礼しました。

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