ラナークエスト   作:テンパランス

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#008

 act 8 

 

 慣れない運動が続いたせいか、筋肉痛に悩まされるラナー。

 初日に比べれば軽い方だが、日頃から運動していないと命に関わりそうなのは理解した。

 モンスターも黙って経験値になりたい者は居ない筈だ。

 

「今日は薬草採取と依頼人の警護だが、異論はあるかな?」

「モンスター退治はお休みですか?」

「毎日討伐できるほど数が居ないのだろう。森の中に入れば出てくるかもしれないな」

「分かりました」

「森の中には植物系のモンスターが居る。充分、気をつけるように」

 

 森祭司(ドルイド)はクルシュだけなので他は採取の役に立ちそうにない。

 頻繁に薬草を取ると草木が生えなくなるのでは、とラナーは疑問に思った。

 一定期間だけ生えるとしても森が広大であれば問題は無いかもしれないが、将来的な不安は残っている。

 

「必要以上の採取はしません。なので大地が枯れないように肥料を撒いたり、時には森祭司(ドルイド)系の魔法を使うこともあります」

 

 白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュが分かり易く答えた。

 

          

 

 薬草採取はバハルス帝国側でも(おこな)っていてモンスターの都合で深く内部に入ることは無い。

 中心部にはクルシュ達蜥蜴人(リザードマン)蛙人(トードマン)の集落があり、とある洞窟には小鬼(ゴブリン)の住処があるらしい。

 植物系モンスターも発見例は少ないが色々と居る。

 (つた)状の絞め殺す蔦(ギャロップ・アイビー)というモンスター。

 森の番人(トレント)森精霊(ドライアード)など。

 

「期間は三日ほど。帰りは()()()()で休息する事になっている」

「……カルネ村……。数々の逸話を残すという……、あの……」

「ラナー。カルネ村は普通の農村だ」

 

 ラナーの中では全ての事象の中心地というイメージがあった。

 ありとあらゆる騒乱の爆心地。ここから全てが始まった、という感じだ。

 

「……なんか分かります。カルネ村が無ければ私達は存在し得なかった、というくらいの気配を感じます」

「……なんでしょう。この不穏な空気は……。人生で始めて感じるおぞましさ、というか……」

 

 ナーベラルとレイナース以外は戦々恐々となり、顔を青ざめさせていた。

 

「そうだな。何故だか、私は()()()()()()()ような気がする」

 

 カルネ村は絶対に滅ぼしてはいけない、という気持ちがナーベラルの中に生まれる。いや、元々そうすべき、という命令を下されているようなものだった。

 まだ()()()()()()()()なのに、と。

 レイナースは皆から湧き出る不穏な空気に気圧(けお)されていただけだが。

 カルネ村は他の農村と違うところは聞いた事がない。バハルス帝国の人間だから、ということもある。ただし、クルシュは色々とお世話になっていたので実は村のことは知っていた。つい雰囲気に飲まれてしまっだけだ。

 半数ほどが不安をにじませているが依頼は大事なので現場に向かう。

 場所はモンスター討伐と同じくトブの大森林。今回は入る場所が違う。

 薬草採取用の入り口があり、両枠は他のモンスター討伐の冒険者が活動している。

 この森は地図では分からないが、かなり広大な敷地面積を誇る。

 

「待ち合わせしている依頼主と合流してから仕事を始める」

 

 現場を仕切っているのはレイナース。

 リーダー役をラナーに譲ったのだが、ラナーは『カリスマ』のクラスを持っていないせいか、役に立たない。あと、戦闘経験などが豊富なレイナースが相応しいという意見になった。

 王女だから、と安易に決めた手前、責任を取る意味でリーダーになった。

 

          

 

 薬草採取の依頼人は()()()どこかで見た覚えのある人物だった。いや、そう思い込んでいるだけかもしれない。

 金髪で目元を隠す男性で薬師(くすし)として有名な人物。

 それぞれの脳裏に何故か、そんな説明が浮かぶ。

 

「……これは何かの呪いでしょうか?」

「……書き尽くされた物語の影響では?」

「……今後の展開が手に取るように分かりますね」

 

 それぞれ小声で話し始める。

 女性達の様子に依頼人である『ンフィーレア・バレアレ』は苦笑していた。

 

「言いたい事は分かりますが、今回はモンスター退治がメインだと思いますので。……()()()大丈夫ですよ」

「そうですか? 村に帰ったら殺戮劇が始まっている気がしますよ」

「帝国民の私がここに居るから勝手は許さない。それは保証しよう。帝国騎士の威信にかけてこの辺りの平和はお約束する」

 

 レイナースが胸に手を当ててンフィーレアに言った。

 

「だいたい戦争は終わった筈だが。魔導王が居る時点で今さら王国が荒れるとは考えにくい」

「そ、そうですよね」

「それだと私が既に死んでいる気がしますけど?」

 

 と、アルシェの言葉にレイナースは唸る。

 一つを修正すれば別の問題が顔を出す。

 

「今回は楽しい冒険者でいいではないか。国の様子とかは関係ないのだろう?」

 

 五人がそれぞれ議論を始めたがンフィーレアは黙って待った。

 自分もなんだか嫌な予感がしてきたので結論を女性達に委ねる事にした。そうすることが正しい気がしたから。

 ここは直感に任せてみようと。

 最終的に国のことは置いて仕事を優先させる事で一応の決着が付いた。

 

「お待たせした。冒険者チーム『黄金の仔山羊』だ。よろしく」

 

 レイナースとンフィーレアは握手し、それぞれ名乗っていく。

 

「よろしくお願いします。薬草については僕が指示を出していきますので。あと、それほど奥には行きませんから」

「了解した」

 

 一段落が付き、ンフィーレアとアルシェ達はそれぞれ安堵する。

 

          

 

 トブの大森林は『森の賢王』や『東の巨人』などと呼ばれる三体の魔獣によって縄張りが分けられているという。

 そういう噂があるのだが、眷属が暴れまわったという話しは聞いた事が無い。そもそも魔獣の噂は誰が広めたのか、実は誰も知らない。

 誰かの創作なのか、遥か昔から伝わる伝説なのか。真偽はラナー達にはうかがい知れない。

 

「薬草は採取後に大地に栄養を撒いておきます。そうすることで毎年、採取できるようにしています」

 

 それは自分の祖母から教えられた事だった。

 今のところ後継者は居ないが知人などに薬草学を伝える事もあるので色んな事を学んでいる。

 栄養の他にも育って間もない小さいものは除外したり、根を傷つけないようにしたり気をつけている。

 植物は基本的に根が大事。それは植物系モンスターにも言える。

 籠をそれぞれ渡されて指定した薬草を指導しながら集めてさせた。

 ただの雑草も混じる事は考慮している。それらは後で餞別するので目立つ毒草が無いかだけ注意する。

 

「薬草は年中、採取できるのですか?」

「ものによって様々ですが三ヵ月ごとですね。冬場はさすがに取れませんが……」

 

 採取した薬草の大部分は乾燥させて保存する。

 ポーション造りで使われるのは前年に乾燥されたものだ。だから、今は来年の商品の為に集めている。

 薬草は大量生産できない。だが、研究はされている。

 麻薬の横行で専門施設が作りにくいのと王国が未だに許可を出さない。

 専用の施設に金を出したいと思う貴族が居ない。居たとすると疑われる可能性がある。

 様々な点で検討されているらしい。

 

「……あ~、腰に来るわ~」

「身体を鍛えている殿方に相応しい仕事のようですわね」

 

 王女が草むしり。

 薬草ではあるけれど、はた目には滑稽に見えるかもしれない。

 

「これでも経験値になるのかしら?」

「正式な依頼だし、なるんじゃないか。いやでも、腰に来る仕事は別の意味で大変だ」

 

 腰の曲がったお年寄りの姿を思い浮かべ、深く感謝した。

 蜥蜴人(リザードマン)のクルシュは四つんばいで作業しているが慣れた手つきで薬草を集めている。

 普段からやっている者は動きが機敏だ。

 

「籠が一杯になったら終了です」

 

 全てを毟り取らないように規定量が定められている。

 ンフィーレア以外にも薬師が居て、平等に採取を(おこな)っている。

 全ての薬草がトブの大森林にあるわけではなく、それぞれ縄張りのようなものを持っている。

 

「奥に行けばもっと貴重な薬草があるんでしょうね、きっと」

「そうかもしれません。ただ、モンスターと戦う事になると思います。危険を犯す気は無いので……」

「私達としてはモンスター退治も出来たらいいなと……」

「折角集めた薬草を運んでもらわなければならないので、今回は諦めて下さい」

 

 真面目なンフィーレアの言葉にラナーはがっかりしつつ頷いた。

 急に妖巨人(トロール)が現れても今の女性パーティでは苦戦する。

 いずれは討伐してやりますわ、と胸の内で誓うラナー。

 いつも危険な戦いばかりではない。地味な作業も冒険者の立派な仕事だ。

 

          

 

 夕方になる頃にそれぞれの籠が一杯になるほど薬草が集まった。

 無理に限界まで詰め込む気が無かったンフィーレアは終了を告げる。

 ここからカルネ村に向かい、一泊した次の日に魔導国の領地にある城塞都市エ・ランテルに向かう予定だ。

 薄暗くなる頃に現れるのはモンスターばかりではない。

 金品を狙う野盗や人を殺すだけの犯罪者など。

 

「そういえば、朝から何も食べずに活動していた気がしますわ」

 

 薬草集めで時間の感覚が狂ってしまったのか、今更な事を思い出す。

 それぞれ弁当などは持ってきていた。

 

「着いたら寝床の用意をさせますから。食事は自由に摂っててください」

「は~い」

 

 アルシェ達は返事をし、(ほろ)馬車に乗り込む。

 集めた薬草の匂いが少し気になるがレイナースは自分の顔に臭いを当てるように手を動かした。

 昔、モンスターを倒した時に死の間際に呪いをかけられて顔の右半分が膿に覆われる事態となった。

 低位の解呪魔法やアイテムでは完治しないものだった。

 色々とあったが今は呪いとうまく付き合い、日常生活は特に問題が無い。せいぜい膿が垂れた時に拭く布巾を大量に持っていないといけなくなった程度だ。

 

          

 

 ンフィーレアが御者(ぎょしゃ)役だが見張りとして隣りにクルシュが座る事になった。馬車に乗るのは珍しかったので。

 トブの大森林の中で生活していたクルシュにとって人間の国は未知で一杯だった。

 見聞を広める為に冒険者登録したのだが、ついこの間までは集落から出る事を禁じられた封建的な世界で育った。

 今はそれぞれの蜥蜴人(リザードマン)が様々な事を人間から学んでいる。特に生け()作りや畑の作り方などを。

 食料が尽きる事は森の中で暮らす生物にとっては一大事だった。

 他の部族と殺し合いになる事もあった。

 自給自足があまり出来ない環境だった為、色んな問題にぶつかっていた。

 

「農業の知識などを得て蜥蜴人(リザードマン)の社会はだいぶ変わりました」

「そうですか。協力は惜しみませんよ」

 

 窮地に陥っていた蜥蜴人(リザードマン)の世界に助け舟を出したのがンフィーレアとカルネ村の村長『エンリ・エモット』だった。

 水田の開発はまだ道半ばだが、他にも色々な作物の育成に挑戦している。

 水源は清らかなアゼルリシア山脈の天然水。これを利用しないのは勿体ない。

 

「今回は冒険者ということで集落とは関係ありませんが、また色々とご指導を賜りたいと存じます」

「はい。食べ物ではありませんが、今度『ゴムの木』の育成に挑戦しようかと思っております。そちらで出来れば外貨収入も夢ではありません。薬草だけでは限界があるかもしれませんので」

「そうですね。人間との交流に少なからず資金が必要な事は理解しました。新たな作物の種も手に入れなければなりませんし、薬も必要となってくるでしょう」

 

 一部の病気は森の中にある薬草だけでは足りない。

 人間の知識も必要だ。

 そんな事を話しつつ周りを警戒する。

 交代しながら進んでいくと日が完全に落ちて真っ暗闇になる。

 急いで(ほろ)の中に入ると既に明かりが灯っていた。

 

「明かりの準備は整えておきましたわ」

「ありがとうございます」

 

 『永続光(コンティニュアル・ライト)』のアイテムを室内と外にかけておく。

 夜間でも行動するものには必須のアイテムだ。

 もちろん、物凄く目立つので警戒を一層強くする必要がある。

 馬に牧草を食べさせた後で出発する。

 今は休憩できそうな場所が無いので多少の無理をさせる事にしていた。

 

「仮眠は取っておけ。それとも睡眠不要のナーベラルが朝方まで見張るか?」

「それは命令か? 適任者が居ないのであれば構わない」

「……では、ンフィーレアを守りつつ外敵から守ってくれ」

「了解した」

 

 顔は不機嫌そうだが仕事はするようだ。

 薬草採取も一言も無駄口を叩かなかったし、サボったりしなかった。

 人付き合いは不得手なようだ。しかし、レイナースは未だにナーベラルの扱い方が分からなかった。

 


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