ラナークエスト 作:テンパランス
新たな化け物はペロロンチーノというスパゲティみたいな名前だった。
餡ころもっちもちもそうだが、なぜそんな名前になっているのか。
「特徴的な名前だからさ。別にかっこいいとは思ってないよ」
「私はお菓子が大好きだから」
素直に教えてくれた。
聞けば納得出来るものがあるのだが、ネーミングセンスは良いとは言えない。
これでは紅魔族の人間達といい勝負だ。
そういえば、あの変な
「改めてカズマ君。ようこそ、ナザリック地下大墳墓へ。あと少しでズボンが届くからもう少しだけ待っているといい」
「……はい」
「随分と肩を持つのね。同族愛?」
「折角の異邦人を安易に殺しては勿体ないと思っただけだよ。どうも俺たちとは違う世界の概念があるみたいだし」
「ふ~ん。でも、日本人なのよね?」
「転移にも色々とあるんでしょ」
「……そういえば、どうして日本のことを知ってるんですか?」
と、思い切ってカズマは尋ねてみた。
いやに自分達の事を知っているようで気持ち悪かった。
「言っても仕方がないと思うけれど、仮説で言えば君たちは過去の日本人で我々は未来人という感じ。こちらの世界はサイバーパンクだけど、君たちの日本は空気が綺麗なのかな?」
「……まあ、ど田舎でしたから空は綺麗でしたね」
この言葉に餡ころもっちもちは口を大きく開いた。
「うらやましい!」
「はっ? 娯楽の無い日常で退屈でしたけど」
「これだからニートは。我々からすれば君たちの生活は夢のようなものなの。恵まれた環境で育っておいて贅沢にもほどがあるでしょ。ニートよ、ニート。こっちじゃあ死活問題だってーの!」
テーブルを叩きつつ力説する少し黒焦げの狐人間。
自分の身体の汚れなど全く気にしていないようだった。
「はっ? ニートが夢のある職業だって言いたいんですか?」
「働かなくても生きていけるんでしょ!? さっき自分でそう言ったよね!?」
と、言ったところでペロロンチーノが餡ころもっちもちの
「いや、働かなくても大丈夫なのは彼が学生だからだよ」
「はいはい、そうですよ~。それでトラックにビビッて心臓麻痺で死にました~。それから
やけっぱち気味にカズマは言った。
女神に責任があるわけではないけれど、死に方が間抜けすぎる。
そもそもなんで道路に飛び出そうとしたのか、今になって思えば理解不能だ。しかも、心臓麻痺が死因なので家族に合わせる顔もない、恥ずかしくて。
本当は医療ミスで、もっと間抜けな死に方だったらしいけれど、女神の言う事は当てにならない。どっちにしたって間抜けな死に方だったから、あの駄女神は笑い転げていたのだから。
限定版の為に外に出たのがそもそもの間違いだった、ともいえる。
店頭販売のみの限定版なんて出しやがって、クソメーカーが。
思い出すだけで怒りが湧いてくるカズマ。そして、それを黙って聞いてて言葉を失う至高の御方々。
「……つまりあれか? 君たちは転移じゃなくて転生ってこと?」
と、ペロロンチーノが確認の為に言った。
「まあ、俺の場合ですけど……。
面白くない事に関して平坦な喋り方をするカズマ。
「へー」
「死因についてはお気の毒に……。安楽死だったら苦しんだわけじゃないんでしょうね」
「そうらしいですね。リアルタイムでどうなったかなんて分かりませんし」
ほぼ棒読み気味での説明だが、ちゃんと話してくれるのは意外だと思ったし、色々と不思議なことがあるものだと感心もする。
とても興味深いのは確かだった。
「もう少し聞きたいところだが……。君をひとり残したままでは尋問とさして変わらない。うちらは敵が多いからね。特に人間種とは何年も戦い続けてきたから」
ペロロンチーノは手を挙げて周りのメイド達に仕事に戻るように合図を送る。
「……それで俺はここから帰れるんでしょうか?」
「ちゃんと送るよ。死体で、とかは言わないさ」
死体で、という部分でカズマの身体が軽くはねた。
絶望に打ちひしがれても生きたい、という気持ちはあるようだ。
意地悪する気は無かったのだが仲間たちは悪乗りするので申し訳ない気持ちにはなった。
「ナーベラル」
「はっ」
「君も仕事に戻っていいよ。あっちはあっちで面白くなっているかもしれないけれど」
「……
「なさるのですよ。至高の御方の命令だ」
「……はい。確かに命令を受諾いたしました」
片膝を突いたままナーベラルはしぶしぶ了承してくれたようだ。それだけで一つの厄介ごとは解決したと言える。
部下への命令はだいぶ慣れたとはいえ、自分達と違い
「……あー、男の子の身体~、食いつきたくなるわね~」
「メスの本性が現れ始めた?」
「食欲は性欲に通ず。……誰の言葉だったかしら」
他の男共より目の前のカズマの方が美味しい素材に見えるのは日本人だからか。
現地の人間であっても同じ反応をしないとおかしいのだが、
そもそもパンツ姿でメスを誘っているのだ。それにカズマは
「下は我慢するから上半身だけ
「ひゃあ!」
「……餡ころさん。獣の舌は凶器だよ」
それは確か猫の舌だったか羊の舌のことだったか。
拷問の刑罰にそれっぽいのがあったはずだ。
「少なくとも獣系は頑張ればエロい事が出来そうだけどね。あと、性的興奮の果ては捕食が相場だよ」
「……おう、それは困るわね」
と、身震いしながら狐はカズマから一歩離れた。
あまり近くに寄ると危険かもしれない。特にカズマの命とか
確かに獣的な本性が表に出てこようとしているのが分かる。
そもそもエロい事を目的とした個人設定はしていない筈なのに、と首を傾げる狐。
世界の最適化がおかしな事態を生んでいるという話しは真実かもしれない。
食事不要の仲間にはあまり関係ないかもしれないけれど。
「私は少し
「行ってらっしゃい」
複数の尻尾を持つ狐人間は移動する前に身体を洗おうかと思った。黒焦げなので。でも、結局は汚れるからこのままでもいいか、と思う事にして立ち去っていった。
「……そういえば……、ナーベラルは
まだ移動の為に残っていたナーベラルに聞いてみた。
自室にある荷物の整理でもする予定だったのかもしれない。
「
「そうか? 今のところは足手まといになりそうだからあまり前面に出るなよ」
「お心遣い感謝いたします。では、失礼致します」
「じっくり頑張ってくれ」
ペロロンチーノは去り行くナーベラルに手を振って見送った。
そういえば、今のナーベラルは弱体化していたんだと思い出す。そして、遠くから観察していたが何故、
大半の
それでも成功率はかなり落ちるはず。と、色々と悩みだした。
「……魔法というよりはアイテムの使用だから……、特に問題は無いのか」
それにしても
それはそれとして邪魔者が居なくなり、カズマと改めて対峙する事になったが別段、苛める為ではない。
少しの間、会話をやめていると乾燥を終えたカズマのズボンを持ってきたメイドが現れる。そして、それを無言で当人に引き渡す。
ペロロンチーノはその場で履けと手を出す仕草で促す。
† ● †
日本人の男の子。年齢は十代後半。
典型的というか
服装はジャージに冒険者っぽい外套くらい。武器は携帯していないので宿に置いているのかもしれない。
ペロロンチーノ達が知る古典文学であるライトノベルの古き良き日本の文化そのままというイメージだった。
百年も経てば名称も変わる。
現在では『
「……化け物ばかりで驚いただろう。これでも中身はまだ人間だと思っているんだがな」
「人間?」
「着ぐるみって訳じゃないぞ。そこら辺は君の知らない分野となるだろうね。時代が違い過ぎている様だから。それはそれとして転移の経緯を教えてほしいところだが……。詳しい事は知らなさそうだね」
ペロロンチーノ達の知識にある異世界転移の情報は『百年周期』だが、カズマ達はその条件に合致しない。
それはつまり不測の事態で転移してきた新たな来訪者ということになる。
普通なら敵性プレイヤーでなければおかしいと思うところだが、どうにも自分達とはまた違う概念が働いているように思える。
そもそも異世界に転移するのに『絶対』という事は無いのだから当たり前だ。
「多くの
脅かしたり、威圧したりしたお詫びを兼ねてペロロンチーノは独り言を呟いておく。
本格的に事情を聞くにはまだ時間が必要だ。いきなり拉致して尋問はやりすぎだ。
普通に話しかけてたら逃げられそうなのだが、スムーズな出会いは意外と難しい。
大規模なプレイヤーの転移であれば脅威だが、今のところナザリック地下大墳墓の情報を持つ異邦人ではない気がする。
これで偽装だというのであれば凄いのだが。
それとそろそろ帝国側の尋問の方は終わる頃の筈だ。
大抵は転移してきてする事は冒険者ギルドに向かう事だ。そして、それは異世界転移のお約束ともいえる。
未知を恐れる自分達の過去の姿を見ているようで。
「帝国で君達にできそうなのは地味な仕事くらいだが……。戦争とか魔王討伐とかご期待のイベントは無いと思うけれど、のんびりと暮らすといい」
「……イベントが無い、んですか?」
「自分で見つけるしかないね。我々もまだ世界全土に進出したわけじゃないから。ほら、聞いたかな? 南東に亜人の国家があって結構カオスな状況なんだ。そこに行けば戦乱溢れる毎日が送れるかもよ」
戦乱よりは平穏に楽して金を稼いで静かに暮らしたいと思った。だが、ここにはゲームが無いし、ハーレムっぽいことも無さそうな予感がする。
前の世界とは違い、いかにも異世界という人種が見当たらない。目の前の化け物達以外で、という意味で。
「ちなみにここは魔導国という我々が作り上げた国だ。興味本位で潜れるナザリック地下大墳墓ではないけれど……」
と、言ったところでカズマがナザリックという単語に反応しないところから知らない人らしいと思った。
それはそれで寂しい。
色々と聞きたいところだがここまでが限界だ。あまり情報提供しても虚しいだけだ。
次の機会までに友好度を上げられたらいいな、とペロロンチーノは思い、話しを終える事にした。