ラナークエスト   作:テンパランス

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#049

 act 23 

 

 場面が変わって三十分ほどで現実に意識が戻ったカズマは身動きが取れないまま縮こまっていた。

 それは周りにたくさんのゴミを見るような目で睨んでくるメイド達が取り囲んでいたからだ。しかも今は上半身は前の世界で購入した上着だが下半身は白いパンツのみ。隠したくても隠せない状態だ。

 

「……人間は分かりますが……」

「下着姿で何故、ここに……」

 

 と、ひそひそと会話を交わしているのだが、カズマの耳にいくつか届いている。出来る事なら弁明したい。

 今はただ恥ずかしい。

 そんなカズマの近くに子供が近寄ってきた。

 浅黒い肌に長い耳。利発そうな顔つきだが怒りに顔が歪んでいる。

 前の世界では見かけなかったが異世界ファンタジーの知識では知っている存在だった。

 

 闇妖精(ダークエルフ)

 

 瞳は青と緑の虹彩異色症(ヘテロクロミア)

 

「みっともない姿になったものね」

 

 子供の声に聞き覚えがある。

 背後に居たので姿は見えなかったが思った通り、子供だった。

 

「は、はやくズボンを返してくれれば……」

「洗濯中。乾くのはまだ後」

 

 と、不機嫌に答える闇妖精(ダークエルフ)

 

「……いくらペロロンチーノ様のご命令とはいえ、人間をここに連れて来て良いのでしょうか?」

 

 というメイドの言葉に子供の闇妖精(ダークエルフ)は口を尖らせる。

 

「良いわけないじゃん。……でも、ご命令だから仕方ないの」

「……ですぎた真似を致しました」

「まだ小便臭いかな?」

小便って言うな」

アウラ。人間を苛めてはいけませんよ」

 

 優しい声色は女性のものだ。救いの神かと思ってカズマが声が聞こえた方向に顔を向けると尻尾がたくさん生えた(きつね)が直立不動で立っていた。

 服は着ていたが顔から身体から全てが狐。突き出た鼻に大きく裂けたように広がる口は野生動物のもの。メスで長いヒゲがあった。

 真っ直ぐに伸びた鋭角的な耳が僅かに動いている。

 周りに居たメイド達はすぐさま平伏していく。しかし、アウラと呼ばれた子供は立ち尽くしていた。

 

「イジメに当たりますか?」

「私の眼にはそう見えたけれど?」

「……申し訳……ありません」

 

 不満そうな顔のまま片膝を付き、臣下の礼を取るアウラ。

 

「パンツ一丁の青年よ」

「……カズマっていいます」

「おパンツ君。風呂には入ったのかな?」

「一応……」

 

 黒ずくめの全身タイツ達に風呂に沈められた事を狐人間に伝えた。

 

「……改めて見ると冴えない主人公イメージそのままね、君。厨二病(ちゅうにびょう)とかニートの仲間?」

「……ま、まあそんな感じです」

 

 と、不機嫌気味にカズマは言った。

 否定しようにも真実なので言い訳が思いつかない。

 

「あらあら、本物? 百年前のサブカルチャーが実在していたとは……」

 

 コロコロと笑う狐人間。

 全体的には艶かしいメスの動物に見えなくもない。そして、綺麗だと思った。

 服から覗く手足は毛深いが動物なので仕方が無いと思えるし、毛並みとしては美しく見える。

 ただ、狐ということで『エキノコックス症』という言葉が浮かんだ。

 

「君となら面白い話しが聞けるかも……」

(あん)ころもっちもち様。この人間と直接会話はやめた方がいいのでは?」

 

 そういえば、とカズマは思う。

 粘体(スライム)の名前だと思うが変な名前だなと思った。

 

「あんころっていうのか」

 

 この言葉にアウラとメイド達が一斉に鋭い怒気を含んだ顔になってカズマを睨みつける。

 

「な、なんて失礼な人間なんでしょう!」

「いやいや、みんな。常識がある人間としては真っ当な反応だと思うよ」

 

 と、言ったのは当人の餡ころもっちもち、という名前の狐人間。

 

「それぞれ固有の名前があるけれど、確かに変な名前かもね。君ならどんなかっこいい名前を付けるのかな?」

 

 そう言われてすぐに思いつくはずがない。

 狐なのでフォックスとか、そんな程度だ。

 

「それよりお客さんに何か飲み物をお出しして。カズマ君といったわね。ここには人間が飲み食いできる料理があるから好きなの頼んでいいわ」

「勝手にそんなことしていいんですか?」

 

 と、アウラが言った。

 

「私が許します。それに……パンツのまま外に放り出すわけにもいかないでしょう?」

至高の御方のご命令なれば……」

 

 アウラが不満をにじませた顔のまま引き下がる。代わりに餡ころもっちもちがカズマの対面に座った。

 改めて相手の姿をまじまじと見据えるカズマは驚く。

 直立不動する狐は前の世界ではお目にかかったことがない。確かに獣耳の亜人は居たけれど。

 雰囲気が段違いなのは分かった。

 複数の尻尾。しかし、と素直に思う。

 全体的に美人であると。

 

「化け物ばかりで驚いたでしょう?」

「多少は慣れてます」

 

 と、パンツ一丁のカズマは答えた。だが、周りに居たメイド達の険しい視線がとても気になって姿勢が自然と縮こまる。

 パンツの方は見ないで。何かタオルとか貸して下さい、と言いたかった。

 恥ずかしさの為に声が思うように出て来ない。

 

          

 

 アウラによって色々な食事がカズマの目の前に並べられた。それらは地球というか日本で食べた事のある料理に似ている。

 

「そういえば、アウラは何故、待機しているの?」

ぶくぶく茶釜(ちゃがま)様より、こいつを監視せよとご命令を受けておりまして」

「……ぶくぶくちゃんを怒らせるような事でもしたのかな?」

「それは私には分かりません」

 

 何度か頷く餡ころもっちもち。

 カズマは緊張していたが相手方の名前に疑問を感じていた。

 アウラが一番マシな名前だという事に。

 自分の仲間にも『めぐみん』や知り合いに『ゆんゆん』なる独特の名前が居るけれど、変すぎやしないか、と。

 それを質問しようとすればメイド達の表情は更に険しくなる。

 それに餡ころもっちもちの表情は人間というより動物そのものに(かたよ)っているからか、いまいち読み取りづらい。というか、読めない。

 

「ここは異形種が多く住まう世界。周りのメイド達も人間のように見えるけれど全員人造人間(ホムンクルス)。だから、人間である君が珍しいし、異形種の敵対者だから睨んでいるってわけ。理解するのは少し時間がかかるかもしれないけれど」

「ほ、ほむんくるす?」

 

 名称自体は聞いた事があるのだが、正確な事は分からない。

 人工的に造られた人間の事ではなかったかと必死に頭を働かせる。

 

「うちは仲間を攻撃する者は基本的に許さない。だから、みんな怒っている。これがシモベ程度ならば問題は無いんだけど……。まあ、そういうわけで現場がピリピリしているわけ。もちろん、君たちにも言い分はあるんだろうけれどね。異形種だから少し人間的な感情抑制がうまく働かない奴が居るものでね。怖い思いをさせる事もあるだろうさ」

 

 身振り手振りを交えて狐人間は話し始めた。

 声の感じからはとても優しそうな雰囲気を感じる。今すぐにかぶりつくような危険な気配も無い。

 癒し系の声優のような優しさを感じさせる声は黙って聞いていたくなる。

 

「ほらほら、お食べよ。人間料理ではないから安心しなさい」

「……人間料理?」

 

 聞き捨てならない言葉につい聞き返してしまった。

 そういえば異形種は何を食べるんだったか、と頭に色々と思い浮かべる。

 

「ははは。君は保身の為なら頭を回転させる典型的な冴えない主人公だね~。実物を前にすると色々と納得するよ」

 

 (ほが)らかに笑う狐。

 それは得物をじわじわと狙う狩猟動物の甘い罠ではないのか。

 相手から情報を引き出せるだけ引き出すタイプ。その為なら友好的に振舞う事も辞さない策略家。

 拒否の姿勢を見せると正体を現すような危険性が内包されたような、舌戦ともいえる。

 

「そういえば、君の仲間のアクアという女性……。どうなってるか見たい?」

「……ん」

「事情を聞くだけだし、暴力沙汰は起きないと思うけれど……。一応、形式的に必要なことなので我慢してもらいたい。誰か、ナーベラルを呼んできて」

「それには及びません、餡ころもっちもち様」

 

 と、メイド達の間から武装した人物が現れた。

 スカート部分がふっくらと卵型に膨らんでいるが金属製のもので。全体的に黒と銀色で出来た鎧のようなメイド服に見えた。

 胸の部分もはっきりと強調したように膨らんでいる衣装になっている。

 顔は東洋系。黒髪をポニーテールにしていて冷徹な顔でカズマを睨み付ける。

 

「このゴミを焼却する許可を頂ければたちどころに……」

「物騒なことは無し。それより、映像を見せてほしいんだけど、アイテムと魔法……。どちらが早い?」

「『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』は他の至高の御方々が執務室にて使用中でございますので、魔法かと」

アインズさんの部屋を魔法で見せてもらおうか。まだ会議中だと思うけれど」

 

 狐は服の胸元に手を入れていくつかの丸まった紙のようなものを取り出し、ナーベラルに向かって放り投げた。

 

「カズマ君は食べていなよ。ズボンが来るまでまだかかるらしいし」

「はい」

 

 ここは素直に言う事を聞くしか選択肢がない。

 抵抗するにしても人が多すぎる。

 それに現在位置が分からない。

 

「挙動不審だね、カズマ君。じっとしていられないのも典型的か……。古典通りで感動すら覚える」

 

 特別な笑い声はしてこないが、仕草や声は嫌いではない。

 

「そうそう、ナーベラル。スクロールを使いなさい、命令です」

(かしこ)まりました」

「場所はアインズさんが今居る場所よ」

 

 言い忘れていたので付け加えた。

 

千里眼(クレアボヤンス)水晶の画面(クリスタル・モニター)

 

 二枚の巻物を同時に使用する。

 別個に使う魔法と同時に使う魔法。その他にもコストを支払う魔法と色々と存在する。

 全てが同じように使用できるわけではなく、競合すれば無駄打ちとなったり相殺されて消滅したりする。

 魔法を使用する時は使い方次第で様々な戦略が立てられる。

 

          

 

 ナーベラルの魔法により、虚空に切り取られた風景が映し出される。それはカズマの元々居た世界で例えるならば『テレビ』の画面に似ていた。

 

「おおっ! すげー」

 

 驚くカズマをよそにナーベラルは安心の為に胸を撫で下ろしていた。それは今使った魔法が高い位階魔法で運よく成功したからだ。普段であれば失敗など考えられない。だが、今は魔法の成功確率がかなり低くなっている。

 

「君の世界にはこんな魔法は無いのかい?」

「似たようなものはあった気がしますが……。魔法は詳しくないんで」

 

 と、画面に釘付けになりつつカズマは答えた。

 至高の存在の質問に対して無礼な振る舞いのカズマにナーベラルは鋭い目を向けた。

 命令があればすぐに殺してやる、という殺し屋のような殺気を振り撒く。

 

「音声は?」

「見るだけ」

 

 カズマの質問に餡ころもっちもちは端的に答える。

 画面の中では体格の良い身体にローブをまとっていて、仮面を着けている人物と兵士達に身体を押さえられている青い髪のアクアの姿が映っていた。

 無罪だと叫んで暴れているのを取り押さえている、という風に見える。

 

「本来なら何らかの罰は必要なんだろうけれど……。一般常識に当てはめれば君たちの言い分も理解できなくはない。だから、彼には穏便に済ますようにと言ってある」

 

 街中にアンデッドが居ればビックリするし、よそ者なら討伐しようするのは自然な事だ。そして、それは餡ころもっちもちにとって理解出来ることだった。

 だが、帝国側でのアンデッドこと『ユリ・アルファ』は勤勉で真面目な性格を買われ、子供たちの先生としての仕事に従事していた。

 もちろん、それを許可したのはユリの創造者たる『やまいこ』の夢であり、願いだ。

 それをいきなり妨害されれば怒るのも無理はない。

 

「……と、モノローグがおっしゃる通りです」

「は、はぁ……」

「いきなり殺しはしないと思うけれど、対価として君達の情報を提供してもらおう。ということであのアクアという人はちゃんと会話できる?」

「アンデッドは見境なく浄化しようとします」

「……筋金入りってわけか……」

 

 ならば、結果は火を見るより明らか。その言葉が示す通り、アクアが何がしかの能力というかスキルを仮面を着けた人物に放った。

 その様子を見たメイド達とナーベラルが驚愕していく。その中にあって餡ころもっちもちはクスクスと薄く笑っていた。

 

「……あの子はもしかして、単細胞?」

「おっしゃる通りでございます。知性が残念なんです」

 

 白い煙を身体から発生させている人物は魔導国の国王だとアクアという娘は知らないのか、それとも教えられて尚の行動なのか。

 正体を感じ取ったとしたら索敵能力は高いはず。

 様々な事が考えられるけれど、直感的ならば納得出来る。

 

アインズさん、無事?」

 

 と、こめかみを押さえながら餡ころもっちもちは『伝言(メッセージ)』を使用する。

 

『びっくりしましたが、ダメージは軽微です』

「それは凄い」

『はい。実力は本物のようです。……ただ、これが本気ならば程度が知れますが……』

「了解。あまり怒らないようにね。帝国内で物騒な装備をさせるわけにはいかなかったんだし」

『……ま、まあ、俺も大人だし』

 

 外面は確かに大人だ。中身はカズマ並みの冴えない主人公だけどな、と餡ころもっちもちは呆れつつ苦笑する。

 魔法を解除し、改めてカズマを見据える。

 頭から足元まで立派な冴えない主人公だ。これで何らかの機転で状況を覆すようであれば本物だ。

 例えば仲間が怒鳴り込んできたり。

 

「こちらは話し合う用意があるけれど……。なかなか元気な娘さんで面白いわね」

 

 自分達と同じ『ユグドラシル』の『プレイヤー』という雰囲気は感じない。

 もし、本物のプレイヤーならば勝てる算段も無く能力を使おうとするのか。

 中にはバカも居ると思うけれど。

 少なくともカズマのような人間はゲームプレイヤーとしては落第点だ。あの世界で生き抜くには覇気が足りない。足り無さすぎるほどに。

 それが自分の役だとして演じているのならばともかく。

 それとも百年前一般プレイヤーとしては上位者だ、という事もありえない事はない、かもしれない。

 時代背景に差があるのであれば相互理解の乖離(かいり)はすぐには埋められないものだ。

 大抵の冴えない主人公は基本的に『凄腕プレイヤー』だったりするらしいし。それでも自分達(ユグドラシルのプレイヤー)からすれば実戦経験の足りないアマチュアのように感じてしまう。

 


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