ラナークエスト   作:テンパランス

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#048

 act 22 

 

 ここで都合よく助け舟が出ればいいのだがアクアはトラブルしか撒かない。

 先ほどの白銀の騎士に頼るべきか。

 正義の使者なら助けてほしいところだ。変人扱いしている自分が頼るのもおこがましいかもしれないけれど。

 か弱い女性を引っ立てる帝国から助けてください、と一応は祈ってみた。

 だが、そんなカズマの淡い願いも虚しく、連れて行かれるアクア。

 カズマを呼ぶ声だけが木霊(こだま)する。

 背負っためぐみんの事を思い出し、彼女を宿に置き、アクアの元に向かう。最終的にどうなるか確認する為に。

 冒険者のスキルは問題なく使えるようなので物陰に潜みながら移動するカズマ。

 ある意味ではストーカースキルのような気がしないでもない。

 城に連れて行かれると思っていたが方向が違っていた。

 目的の建物は地元の領主が使いそうな立派な邸宅に見えた。おそらく大使館か何かだ。

 門番が配置されていて多くの兵士達が周りに待機していた。

 潜入する場合は夜間にならないと無理そうなほど警備が厳重に見えた。

 

「お兄さん、覗き見は良くないな~」

 

 その声はスキルで潜んでいる、はずのカズマの真後ろから聞こえた。明らかに感じる凶悪な気配は振り向いたら死ぬレベル。

 身体が硬直したまま額から汗が滝のように流れるのを感じる。それくらい嫌な気配だった。

 

「連れて行かれた仲間が心配なのかな? サトウカズマ、お兄さん」

 

 正体がバレている、と声には出せないが心臓が激しく鼓動する。

 声の感じでは女の子っぽい印象だ。ここで奇襲をかければ逃げられる確率は高まるか。

 いや、気配は小さな身体とは思えない。

 その後で上から何かが落ちてきた。

 それはボチャ。ビチャ。のような聞きたくない不快な音。

 顔を向けると液体のようで流動的な物質。

 見覚えのある言葉で表すと『粘体(スライム)』だ。それも毒々しい赤い色。

 その粘体(スライム)がゆっくりと鎌首をもたげるようにせりあがる。

 小さいと思っていた粘体(スライム)は体積を増して膨れ上がり、人間と同等の大きさに変化、したように見えた。

 

「あらあら、怯えちゃって。別に食べたりしませんよ」

 

 と、目の前の粘体(スライム)が喋ったようだ。明らかに前方から声が聞こえたので。

 確かにカズマが前に居た異世界には人語を解する粘体(スライム)が居た。だから、というわけではないが、つい『魔王軍の幹部』という単語が浮かぶ。

 もし、それが事実なら魔導王はまさに自分達の世界に居た魔王かもしれない。会った事は無いけれど。

 

「こそ泥ってわけじゃないようね。連れてこい、とは言われていないけれど……。どうしようか?」

ぶくぶく茶釜(ちゃがま)様の仰せのままに。ご命令ならば口封じ致しますが?」

 

 粘体(スライム)の言葉に背後に居るであろう女の子が物騒な単語を口走る。

 

「いやいや、待ってくださいよ。俺は何もしてませんよ」

「だろうね」

 

 と、粘体(スライム)はあっさりとした口調で言った。

 

「いや、ほら。こんな狭いところで大声出したら騒ぎが大きくなって大変になると思うよ、君たちが」

「はっ? 逆じゃないのか?」

「ううん。君たちが大変になる。アウェーは君たちの方だ。それとも和製英語が通じない人だったかな? 日本人のサトウカズマ君

 

 嫌に詳しい粘体(スライム)にカズマはただただ驚いた。

 なにやら全てを見透かされているような気持ち悪い気分になってくる。

 何なんだ、このやりとりは、と。

 得体の知れない粘体(スライム)は常に形を変えてカズマを捕食しようと狙うモンスターにしか見えない。けれども話される言葉は意外と優しく聞こえる。しかも良く通って聞こえる女性の声。

 背後の子供の声自体は怖いとは思えない。

 けれども吹き上がる殺意のような威圧感はなんなのか。

 

「さーて、どうしてくれようかな。捕捉するか解放するか」

「……う~ん、人間の皮は別にほしくないかな……」

 

 前門の粘体(スライム)。後門の子供。

 

「……姉貴、そろそろ苛めるのはやめてあげたら?」

 

 上から新たな声が聞こえてきた。それは男性の声なのだがカズマは視線を逸らすと命取りになりそうな予感がして身動きが取れなかった。

 

「別に苛めてないよ。逃がさないように見張ってるだけ」

「弱い者苛めしているようにしか見えないけどな」

「触ってないからセーフ」

「どういう理屈だよ。……それにしても今日は物々しいね。我々が動員されるほどの一大事っていうのがいまいち分からない」

 

 背後に居るであろう子供が飛び上がる気配を感じた。それからすぐに後ろがガラ空きになったような気がした。明らかに罠だと思うけれど。

 

          

 

 助け舟なら早く救ってほしい。自分は何も悪い事はしていない、と叫びだしたかった。

 賭けに出ると悪い事が起こりそうな気がする。

 粘体(スライム)で喋る者にまともな奴は居ない。それは今までの経験から学んだ事だ。

 

「悪乗りもほどほどにしなよ」

「折角の転移者だもん。気になるじゃない」

「印象悪くすると協力してくれなくなるよ」

「カズマ君以外にも居るから平気」

 

 妙なやり取りが続くが問題なのは自分の利用価値が既に無くなりつつあるということだ。

 相手にとって貴重な存在と思ってもらわなければ簡単に切り捨てられてしまう。つまりはあっさりと殺される可能性が高いということ。

 ヤバイ、という言葉が無数に浮かぶ。

 魔法で切り抜けて逃げ切れるか、というとおそらく無理だ。潜んでいた自分を簡単に見つける相手だ。

 仲間も多いかもしれない。

 利用価値があれば襲われない。などと様々な考察を脳内で繰り広げるカズマ。

 生き残る為ならあらゆる手を尽くす。平和主義こそが自分の信条。

 楽して金を稼ぎ、自慢したい気持ちは誰にも負けない。それが理不尽な理由で頓挫しようとしている。

 安全で楽に生きる事が何故、こんなにも苦行を(てい)しているのか。納得できない、と。

 

「カズマ君は自分には価値があるからきっとなんとかなる、と物凄く想像しているでしょう?」

「うおっ!?」

 

 どストレートに粘体(スライム)が言ってきた。

 

「その手の主人公は割合、熟知というか知ってはいるんだけどね。冴えない主人公さん」

 

 サブカルチャーをご存知だとは、と驚くカズマ。

 異世界人なら相手の無知に付け込む隙があるのだが、逆の場合は想定していない。

 とにかく、相手はヤバイ。

 

「……とは言っても掴まえたり、見逃したりするメリットが浮かばないんだよねー」

「で、では、見逃してくれる方向で……」

「みすみす逃す理由があれば、そうするんだけどねー。さあ、どっちがいいかな? 少なくとも君達はうちの仲間を怒らせた。信賞必罰って言葉は知ってるかな? 知ってるよね? 無罪放免で助かる主人公補正なんて、この世界には無いよ」

 

 最初は明るかった粘体(スライム)の声が段々と冷徹さを帯びてきた。

 

「あと、どんな方法で切り抜けるのか。まず君の浅はかな手段を潰して行こうか。まず転移(テレポーテーション)は封じてある。口先で切り抜けるとしても言葉の通じないシモベが周りに待機している。地面に壁に地下に空に……。ついでに言うと粘体(スライム)ごときは敵ではない、と油断して何がしかの反撃に出ようとする」

 

 一つ一つの手段が潰されていく。

 

「街の人に助けを求めてみる。君の仲間が偶然に助けに来てくれる。……まだどんな想定しているのか……」

「……姉貴、マジでイジメだよ、それは。可哀相になってきた」

 

 空から聞こえる声の人に助けてほしいと願った。

 

「いやいや、こういう自分が主人公だと信じて疑わない冴えない男は徹底的に潰すに限る。……いや、確かに弟の言う通りだわ。弱い者イジメは良くないわよね」

「一応、カズマって人に危害は加えないように言われているんだけど」

「あの御人好しが?」

「たぶん、みんなだよ。それに帝国内で騒ぎを起こすのはマズイって対外的に。半殺し程度は覚悟するかもしれないけれど」

「……ということは……、あれか? ……いや、確かに……」

「あれ、とかじゃなくて立派な八つ当たり。みっともない大人にしか見えないぞ」

「たまには怒るのもいいかなと思って……」

 

 身動きの取れないカズマはただ黙って聞き入るしか出来ない。

 何か行動を起こせばすぐさま殺される気がする。

 起死回生の一撃を見舞って実は粘体(スライム)はとても弱かったら、という想定が無いわけではない。

 仲間が居ない状態で反撃に出るにはそれなりの勇気が居る。

 たかが粘体(スライム)と侮れないのは前の世界の教訓でもある。

 

「そこの青年。もしかして泣いてる?」

 

 上からの問いかけにカズマは答えられない。

 圧倒的な気配により金縛り状態に陥っていたからだ。

 既に両足は震えて動かない。

 

「姉貴……。苛めすぎたね」

「私は悪くないもん」

 

 それに泣いて済む問題じゃないし、と小さく呟く粘体(スライム)

 上から何者かが降りてきて、カズマの頭を撫でる。その手はとても硬そうな感触だった。

 

「……主人公とて追い詰めると失禁するのか……。じゃあ俺の権限で連れて行くけど文句は無いよな?」

「甘いな、弟よ」

「陰湿なイジメが嫌いなだけだよ。……シャルティア。『転移門(ゲート)』を開いてくれ」

 

 その言葉の後でカズマの目の前に異空間が出現する。

 身動きの取れないカズマを後ろに居る何者かが持ち上げて、異空間に引きずり込んでいった。

 


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