ラナークエスト   作:テンパランス

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#036

 act 10 

 

 まず拠点となる宿を探すところだがターニャは一人で探索するか、立花達を連れて行くか考えた。

 放り出すのは簡単だが未成年を置き去りにする程、人道は外れていないと自負している。特に元日本人としての気持ちは未だに持っている。

 それに身体は幼女だ。背の高い人間は何かと便利かもしれない。

 

「貰ったお金は山分けにするの?」

「普通はそうだろうな。それに色々と金がかかるらしいから無駄遣いは出来ねーぞ」

 

 貨幣が詰まった皮袋を地面に置いて悩むカズマ達。しかもここは往来のど真ん中だ。すぐさま、ターニャは皮袋をひったくる。

 

「こんなところで座り込むな、バカ共が。椅子に座る文化が無いのか?」

「……ぐっ、正論を……」

 

 正論というか一般常識だと思うぞ、と胸の内で冷静に答えるターニャ。

 賑やかなのはいいが、賑やか過ぎるのは嫌いだ。

 それに貰った金をすぐ散財するような気がしたので一応、山分けする為に近くの飲食店に向かう事にする。

 言葉は通じるので人に尋ねた方が早い。

 帝国民と思われる人間の服装は古めかしい民族服のようなものだった。帝国軍人のような軍服姿は見当たらない。

 検問所の兵士や魔法詠唱者(マジック・キャスター)のローブ姿もあまり見かけなかった。

 時代的には戦時中のドイツよりも古い時代かもしれない。

 椅子とテーブルのある露天があったので、そこに移動する。

 さっそくアクアが飲み物を注文するが、それはカズマによって阻止された。

 

「いきなり金を使うようなマネをするな」

「な、なによ~。ケチ~」

「この国の物価がまだ分からないのにいきなり注文するのは危険だ」

 

 ダクネスの意見に口を尖らせる青い女神。

 メンバーの中で一番、頭が悪いのかもしれないとターニャは思った。

 立花は始終、大人しくしているのだが、別に会話は禁止していない。

 物価というか所持金の確認をしていないので確かにダクネスの言う通りだ。

 

          

 

 テーブルに貰った貨幣を山にした後、種類別に分ける。

 銅貨と銀貨は見れば分かるが、一枚あたり何が買えるのか分からなければ今後の活動に響く。

 それと同時に既に数日が経過している。捜索隊が編成されているか、あっさりと死亡扱いされて二階級特進の手続きに入っているのか、気になるところだがどうにもできない時は仕方がないと諦めるしかない。

 村の青年から貰った貨幣は銀貨が二十枚。銅貨が五十枚。金貨は無し。

 事前に売買方法は見せてもらったが、これを元手に商売するのか、冒険者となって小金を稼ぐのか考えなければならない。

 山分けしようにも予想では数日分しか無さそうな気がする。

 聞いた話しでは冒険者登録料というものと代読料というものがあるらしい。

 

代読料は意外と高いらしい。この場合はどうしたものか」

 

 しばらく固まって行動した方が耳で得る情報は均等に行き渡る。

 分かれれば余計な出費。

 選択肢は多く無さそうだ。

 

「まず元手を増やさないと……」

「アクア。そこの広場で宴会芸して金を稼げるかやってみろ」

 

 と、カズマが無表情で女神に命令した。

 

「はあ? 人にものを頼む時は土下座でしょ? ど・げ・ざ」

「六人で分けたら一日で文無しになるかもしれないんだぞ。酒どころじゃなくなるぞ。宿や食事はどうすんだよ」

 

 というカズマの声を聞きながら貨幣を皮袋に入れるターニャ。

 アクアはカズマに任せて今後の活動を考える点は同意できる。

 特にターニャは六人の中で一番、身体が小さい。祖国では軍人だとしてもバハルス帝国の軍事には合わない職業という事もありえる。

 先行きが暗いのは彼らと変わらない、と思うけれど。

 

「いざとなったら野宿だかんな」

「女神である私が野宿!?」

「じゃあさっさと資金調達の為に一肌脱いでください、アクア様」

 

 と、カズマは棒読みで言った。

 ダクネスとめぐみんもアクアのフォローはしなかった。

 

          

 

 女神と称する青いアクアは泣きながら広場に向かい、大道芸の準備を始める。

 ターニャは皮袋を立花に預けた。

 

「……野宿も……やむなしか……。私は冒険者組合に行って色々と情報を集めてこよう。宿が決まったら教えてほしい」

冒険者組合なら私も一緒についてってあげますよ」

 

 と、杖を握り締めながらめぐみんが言った。

 正直、足を引っ張りそうな予感がしたが命令する立場に無いので好きにしろ、とは言っておいた。

 一つ懸念があるとすれば代読料だ。それは全ての店舗に適用されている仕組みなのか。

 試しに近くの店らしき建物に入り、色々と尋ねてみた。

 驚く事に言葉が通じるのに文字が理解出来ないことは帝国民でも普通の事らしい。それはつまり『識字率』が低いという事だ。

 どれだけ低いのか分からないが、それゆえに代読料が意外と収入源になっているという。

 文字が理解出来るのはもちろん知識人が多く、魔術師ギルドであればほぼ全員が文字を理解している、という意見が多かった。

 当たり前のようだが、教育制度が未発達であれば不思議な事は無い。

 バハルス帝国には教育機関と呼ばれるものがあるにはある。ただし、入学には条件があり、気軽に入れるところでは無いという。

 つまりは『義務教育』が無い。では、どうやって知識を積むのか、という問題が出てくる。

 おそらくは独力か他人に師事するかの選択肢があるのかもしれない。それ以上の詳細は今のターニャ達には関係ないので思考を戻す。

 続いて飲食店に向かい、食事の代金を聞いておく。冷やかしだと言われるかも知れないが物価を知る事は大切だ。ついでに安い宿の場所を聞いておく。

 報酬の無い『わらしべ長者』のような気分だが、仕方が無い。

 手持ちには無駄に使う金が無いのだから。

 後ろに居るであろうめぐみんはただオロオロするばかり。

 服装は違うが『私のお姉ちゃん』という子役でも演じようかと思ったが頼り無さそうなので却下することにした。

 店を出て、拾っておいた石で地面に値段を書き込む。現地の文字はまだ書けないので自分の国の文字で考察する。

 整備された石畳はなかなか書きにくく、ガリガリとうるさい。あと、はた目には地面にイタズラ書きする子供と遜色なく見えているに違いない。

 一番安い食事の値段を思考の基準になる。

 宿の値段はかなり安い事は理解した。

 六人で銀貨二十枚と言うのは結構ギリギリなのも分かってきた。それでも見ず知らずの自分達の為に渡してくれたものだから無駄遣いはできないし、感謝しなければならない。

 村の収入で銀貨二十枚は大金に値する。銅貨なら四百枚分だ。

 一泊銅貨八枚で六人なら一週間ほど滞在できる計算になる。

 めぐみんはターニャが書いた文字を覗き見るがまったく分からなかった。

 

「……当面の生活資金を得るのが急務のようだな」

「というよりお前(ターニャ)が書いた文字がサッパリ分かりません」

 

 分からないけれど()()()()()()()、と思った。

 

「あまり無駄遣いできないって書いたんだ。食事代もギリギリかもしれない」

「そ、それは知りたくない情報ですね」

 

 何人か野宿して代金を節約しても仕事を見つけなければならない。というか、野宿で身体が不潔であればどこも雇ってくれない気がする。

 最低限、風呂付の宿でなければ。一応、女の子だし、とターニャは思う。

 思えば()()()()()()()を考えねばならない道理は無い。だが、そうもいかない事情がある。

 安易に見捨てた瞬間に存在Xが何がしかの妨害工作を働くかもしれない。

 仮に何も起きないとしても意味も無く異世界に飛ばすものなのか。無関係というのはありえる事なのか。

 そういう疑念があるから彼らを払拭できないわけだが。

 とにかく、行動するには色々と情報が不足している。

 小さな身体で出来る事は限られているし、冒険者とやらがソロプレイ(単独行動)出来るとも思えない。まして『保護者同伴』などと言われては叶わない。

 年齢制限のある職種ではターニャにとって不利な事がたくさんある。

 自国ならば例え幼女でも兵士に仕立て上げるだけの(ふところ)の広さがある。

 

          

 

 現実問題として滞在費の絶望性は理解した。

 次にすべき事は職探しか、拠点の把握か。

 悪い事ばかりではない。

 この世界の食卓事情は祖国よりマシ。いや、かなり優遇されているといっても良い。

 祖国では硬くて栄養はあるが味が絶望的な食事がこの世界では真っ当なものに感じる。

 基本の食事は穀物のオートミール。日本で言うところの(かゆ)だが。空きっ腹には丁度いい。

 農村では上等なものは期待できないのだが、村人の健康度合いからして決して飢餓に苦しむような状態ではないのは聞かなくても分かった。

 穀物の他に様々な野菜類と干し肉。

 牧畜も盛んだが海からは遠いらしいので魚類はほぼ手に入らない。

 香辛料なども作られているのかと思ったが、魔法で出すらしい。

 一部の調味料は魔法によって生み出される。それを聞いた時はつい聞き返したほど驚いたものだ。

 アクア達の世界では野菜が空を飛び、人々を襲うという。それもまた驚いた事だった。

 この世界の野菜は少なくとも人は襲わないが植物モンスターが居る可能性があるという。

 

「基本的に野菜はほぼ襲ってきますよ」

 

 と、自身満々にめぐみんは言った。

 生態系の差異だと思うけれど、所変われば品変わるという言葉を思い出す。

 ターニャの世界には存在X以外のモンスターはほぼ居ないはずだ。魔法科学があるのに。

 

「……そういえば先ほど酒とか言っていたが……。未成年が酒を飲むのか?」

 

 というかめぐみん達の実年齢は聞いていないので知らない。見た目では十代前半といったところなのだが。

 

「シャワシャワしてお酒みたいな飲み物はありますよ。未成年でも飲める奴です」

「……ふ~ん」

 

 身体は幼女だがターニャも酒くらいは飲めそうな気がする。

 いや、今は身体は本当に幼女だから飲んだら急性アルコール中毒になるかもしれない。無理に試すことも無い。

 別に酒に未練は無いし、と酒の話題を思考から追い出す。

 

「一旦宿に戻るが……。大部屋の方が安上がりなら……」

「ターニャはなんだかんだ言って我々の事、気にしてくれているんですね」

 

 気にしているというか、居ても居なくてもうるさいから困っているだけだ。

 特にカズマは色々とブチブチと文句を言い続けるし。

 きっと離れた途端に金を貸してくれと泣き付いてくるんじゃなかろうか、と危惧している。

 それに六等分にしても色々と騒ぎ出す予感がする。

 現にめぐみんはターニャの後を付いてくる。つまり一人だけ残されたくない、という事だ。

 軽く呆れつつ冒険者組合に向かう事にした。

 事前に場所を聞いていたので迷う事は無かった。

 


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