ラナークエスト   作:テンパランス

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#033

 act 7 

 

 村人の朝は早い。

 早寝早起きの精神が根付いているためだ。

 『永続光(コンティニュアル・ライト)』は魔法の名前でありアイテム名になっているが高価なもので、各家に置くほどの数は無い。

 村の収入から考えれば銀貨数枚というのは高価な部類だ。

 銅貨銀貨金貨。という貨幣の価値基準は理解した。

 村人の活動で目が覚めたターニャは井戸水を求めて移動する。

 

「おはようございます」

 

 気さくな村人の挨拶にターニャは社交辞令的で対応する。

 見ず知らずの旅人に色々と情報提供してくれる相手だ。無下には出来ない。

 助け合いの精神があるらしく、風呂や食事の提供を受けた。服は残念ながら他人任せには出来ないけれど、洗濯の仕方は教わった。

 トイレという文化について疑問だったが、共同(かわや)というものがあり、そこで用を足す。

 肥料造りには必須なので文句は言えない。

 文明レベルは()()()()より低いようだが順応出来ないほどではない。

 アーウィンタールには二時間後に向かう予定になっている。それまでは自由時間だ。

 久しぶりに気が休まる時間を大切しなければもったいない。

 

「モンスターは……、カッツェ平野からたまに骸骨(スケルトン)が来る程度かな。大体はトブの大森林からやって来る」

 

 『トブの大森林』とは王国と帝国に挟まれた広大な森の事だ。

 アゼルリシア山脈(ふもと)に位置する大森林の内部にはたくさんのモンスターが生息していて亜人種の集落もあるらしい。

 知性が乏しい分、暴力的で餌を求めて襲い掛かってくることがある。

 骸骨(スケルトン)アンデッドモンスターと呼ばれ、こちらは生者に憎しみを抱いている為に襲ってくるといわれている。

 そんなモンスターが多種多様に存在するのがターニャ達が現在居る世界だ。

 

「モンスターを倒すのは基本的に冒険者だ。彼等の収入源になっている」

 

 帝国には兵士が居るが国家防衛のみに努めている。

 率先してモンスターに攻勢をかけようとはしていない。

 その辺りは色々と面倒臭い問題があるようだ。

 モンスターの居ない自分たちの世界では敵は全て人間だ。

 

「南東に行くと亜人の国がいくつかあるそうで。そこでは人間は奴隷か食料になっているって昔から言われている」

「……なるほど。人間以外にも国を形成しているのか」

 

 実際に確認しなければ分からないかもしれない。

 国の力関係というものを。

 

          

 

 身支度を整えて移動用の馬車の様子を確認していると立花がやってきた。

 

「共に行動できるのは帝都につくまでだ。それとも引き続き一緒に来るか?」

「出来れば……、色々と情報が集まるまでは皆と一緒がいいです」

 

 そういう結論になるのは想定内だ。

 いきなり放り出されるのはターニャとて嫌だ。

 身の振り方が決まるまでは共に行動した方が賢い。

 

「情報も大事だが……。お前たちはまず帝国語を覚えなければならない」

「帝国語?」

「言葉は自動的に翻訳されているようだが……。文字は勉強せねばなるまい。言葉のニュアンスでは英語に近いのだが……」

 

 村長に教わった帝国語は全く見たことの無い文字だった。

 自分の祖国の言葉は自然と覚えられたが、転移後の世界はまた少し勝手が違うようだ。

 

「文字さえ覚えれば生活には困らんだろう」

「が、頑張ります」

 

 立花の声は確かに自分(ターニャ)の声に似ている。

 まるで自分自身と話しているような錯覚を覚える。

 顔や体型は違うがスパイ要員には使えそうだ。とはいえ、祖国ならいざ知らず、平和そうな国で諜報活動はまだ早計だ。

 明らかに聞いた事の無い国だ。どんな文化形態か勉強する必要がある。

 自分の知っている国であればある程度の予想は付くのだが、平和を謳歌する西洋ファンタジーの知識は残念ながら持ち合わせていない。

 

「それにしても……」

 

 ターニャは不思議に思う。

 少なくとも今のターニャは()()()()()で話している。いわゆるドイツ風の言葉使いともいえるものだ。それが立花に普通に通じているという事は自動翻訳とやらのお陰なのか。

 というよりは相手は日本語で喋っている筈だ。それがそのまま通じているというのも不思議な気分だった。

 まだ寝ているアクア達もそれぞれ言語は違うはずだ。

 それはまるで何も問題なく『バベルの塔』が建設されたようなものではないか。いや、文字が違う時点で、それはあり得ない。

 神の怒りに触れなかった為に統一言語が仕様として再現された世界。というのは考えすぎか。全くご都合主義にも程がある。

 気にしたら存在Xの横槍が入るかもしれない。そう思って思考を切り替える事にした。

 折角、お互いが通じ合っているのだからしばらくは邪魔されたくない。

 

          

 

 カズマ達が朝の支度を終えるころに馬車の用意は整った。

 定期的に帝国に納入する品物があるらしい。念のために確認させてもらったら中身は薬草だという。

 冒険者が使用するアイテムやポーションの材料に使われるもので高く売れるものらしい。

 当然、モンスターに襲われるリスクが高く、冒険者を雇ってもおつりが出るくらいの利益が出る品物でもある。そうでなければ危険な仕事などやろうとは思わない筈だ。もちろん、安全に採取できれば御の字に決まっている。

 持ちつ持たれつの関係が冒険者という()()()()のようだ。

 

「大きな町には薬師(くすし)が居て、そこに(おろ)すんです」

「村の貴重な財源というわけですね」

「戦争が終わってから暮らしはだいぶ楽になりました。まあ、敗戦国の王国はもっと大変でしょうけれど」

 

 帝国は充分な武力を確保しており、王国は農民を徴兵しているせいで連敗続き。

 負けるたびに多くの農民は命を落としていく。そして、自然と国力は低下する。それを帝国は狙って毎年のように戦争を仕掛けていたらしい。

 それが最新の戦争ではとんでもない魔法詠唱者(マジック・キャスター)の出現によって王国は再起不能に近い被害を被ってしまった、とか。

 

「それはそれは凄い魔法だったらしいです。噂ですからどんな魔法かは知りませんが」

 

 遠く離れている村は戦争時は普通の暮らしをしていた。

 気が付いたら元気の無い兵士が帰還する姿が見えたので負けたのかな、と思ったが違うらしい。

 

「爆発音は無かったと?」

「そうですね。村はいつもどおりでした。何が起きたのやら」

 

 普通なら決戦兵器として大規模な爆弾を使うところだ。

 祖国であっても戦術核兵器くらいは想定している。それではないとすれば想像できないものだ。

 何をもって戦争を終結させたのか。

 少なくとも何がしかの魔法を行使した、という情報しか無い。

 

「そろそろ移動しますので乗ってください。毛布と食料は一応、揃えておきましたので」

 

 人数の都合で二台の馬車で移動する事になった。

 それぞれダクネスが感謝の意を表す。

 ここまで親切な村人に不信感を覚えるのだが、警戒は解かない。

 

          

 

 ターニャと立花は一台目。残りは二台目に乗り込む。

 少なくともバカと一緒は嫌だったし、カズマも文句は言わなかった。ただし、物凄く不満そうな顔にはなっていた。

 移動は片道で三日ほど。

 それほどの距離が離れている。

 野盗の(たぐい)は存在するのだが大抵は貴族の馬車を狙うので農民の馬車は意外と襲われないらしい。もちろん、いざという時は荷物を捨てる。

 彼ら(野盗)は少なくとも無闇な殺生はしないそうだ。

 殺しにかかってくるのは大抵がモンスター。

 なので馬車にはモンスター避けの臭い袋を積み込んでいる。

 

「人間でも臭いと評判です。臭いに敏感な小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)くらいなら撃退できます」

 

 嗅覚の無いアンデッドモンスターには効果が薄い。だが、骸骨(スケルトン)は弱いモンスターなので棒などで応戦できる。

 

「帝都までの道は整備されているし、帝国兵が定期的に巡回しているので安全度は高いですよ」

「それは頼もしいですね」

 

 というよりよく喋る農民に少し驚いている。

 真実味は分からないが、旅人に対して無警戒過ぎやしないか。

 というより、この世界では普通の事なのか、と。

 最初の一日は特に問題は無いが二日目はカズマ達がガタガタ揺れる馬車に酔って何度か嘔吐したらしい。その度に馬車が止められるのだが、それは仕方がない事としてターニャは口を挟まなかった。

 馬車が通る道は整備されているのだがアスファルトではなく石。それでも凸凹(でこぼこ)道よりはマシなレベルなので、ある程度は揺れる。現代社会に慣れた若者にとっては苦痛なのかもしれない。というより道が悪いのか、馬車が元々揺れる構造なのかは判断できなかった。

 夜になれば完全な闇が支配する。

 一般的な世界よりも深い夜は明かりに慣れたカズマや立花にとっては言い知れない不安を覚えさせるものになったようだ。不安により寝付けない事態になっていた。それでも朝方になれば疲れで眠ってしまうのだから現金なものだ。

 ターニャは夜間訓練を積み重ねているので、比較的、平気だった。

 農民の人間達は昔から慣れ親しんだ事なので顔色は変わらない。

 予定では三日目の昼ごろにたどり着く事になっている。多少急がせれば数時間は短縮できるが馬がもたない、という理由でのんびりと移動している。

 大事な移動手段を潰すわけにはいかない。だからターニャは黙っていた。

 そして、モンスターや野盗が現れぬまま帝都『アーウィンタール』が見えてきた。

 

          

 

 帝都以外の大都市にも検問所があり、簡単な検査を受ける事になっている。

 怪しいマジックアイテムの持ち込みがないか、どうか。

 ターニャは『エレニウム九五式』が引っかかった場合を危惧した。

 破壊活動をしない限り、多少のお小言を受けるか。帝城に連行されて身の潔白を証明する必要になる、と農民は答えた。

 普通の農民はそもそも厄介なマジックアイテムは持っていない。なので詳しいことは分からないらしい。

 

「……立花のアームドギア。奴等の装備類も引っかかるか……」

 

 自分だけではない事に気づき、ターニャは苦笑する。

 どの道、手間が省けるのだから大人しくしていた方が得策だ。

 聞けば戦争が終わったのはつい最近の事だとか。

 戦争しているとはいえ無闇に相手国の人間を捕虜にして奴隷にしたりはしない。というか農民はそんなことは今まで聴いた覚えが無いという。

 

「帝都には奴隷市場があります。それは直接、確認した方がいいですね」

「分かりました。色々と情報提供ありがとうございました」

「お客さんを運ぶことが無いので。安全に旅が出来るなら安いものですよ」

 

 会話が運賃という事なのか。

 確かに話し相手になるのも立派な対価だ。ただ、こちら側はあまり提供できていない気がする。

 それについては後々、礼ができるようになった時に考えればいいか。

 例えば冒険者となって農民たちを助けたり。

 おそらく、そういう事だ。

 そうして帝都の検問所にたどり着く。

 他の村から来たと思われる馬車が列を作っていた。

 

「皆さんは旅人ということで乗っていてください」

「身分はどうすればいいんだ?」

「それは冒険者組合で聞いた方が早いです。だいたいそこに行けば解決します」

 

 その冒険者組合に行くには検問所を突破しなければならない。

 長い時間を待たされる間、尿意が襲ってきた。

 

「そこの桶に入れてください。蓋をちゃんと閉めないと臭くなりますから」

 

 日常的な事らしく、男女の尊厳については考慮されていない。それは逆に言えば女だろうと気にしない風土とも言える。

 肥料は農民にとって大事なものだ。だが、急には慣れない。

 もう一台の馬車には男が乗っている。向こうよりはマシだ。

 

「立花」

「ひゃい!」

「あまり我慢すると膀胱炎になるぞ。ここは大人しく桶を使おうではないか」

「で、出来れば物陰がいいな……」

「この世界は気にしない風土のようだ。検問だってまだ時間がかかる。その間に漏らしてしまうぞ」

 

 さすがに音を消すアイテムは持っていない。

 村娘たちも馬車の中で用を足す筈だ。それが一般的ならば相手方は気にしない。

 一応、毛布に包まって用を足すターニャ。

 今ほど幼女の身体で良かったと思った事は()()()ない。

 中途半端に成長している立花は顔がかなり赤くなっていた。

 向こう(二台目)のアクアとダクネスなどは相当、我慢する事になる筈だ。

 嫌らしい目で見つめるカズマの姿が用意に浮かんだ。

 馬車の中は狭い。臭いや音はかなりはっきりと聞こえてしまう。

 なので、離れていてもアクア達の悲鳴はよく聞こえた。

 桶は一台に一つしかない。

 使用済みともなれば迂闊に外に出せないはずだ。

 

「音が気になるなら歌いながらすればいい」

「……ターニャちゃんは凄いな~」

 

 共に旅する仲間なのだから呼び方については指摘しない事にした。

 これから()()()幼女として潜入するのだから、多少は目を瞑る必要がある。

 


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