ラナークエスト   作:テンパランス

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#032

 act 6 

 

 案内された建物は粗末と言う言葉が似合うのだが、それは他の建物も同様で村長だけが特別豪華ということはないようだ。

 エピゴー村という名前にターニャは覚えが無い。

 近隣の簡易的な地図や簡単な歴史、文化様式を聞いていたがメモを取る用紙が無い。

 紙類は高価で村にはあまり無いという。それならば布に墨で書くだけだ。

 服があるのだから布くらいはある筈だ。

 文字や貨幣も確認した。もちろん、それらは見たことも無いものだった。それなのにだ。

 

 言葉が通じている。

 

 それはいかなる奇跡なのか。

 存在Xの悪ふざけか。

 情報の見返りに対価を払うのが普通だ。だが、今は持ち合わせが無い。

 仕事についても尋ねてみた。

 とはいえ、ターニャ自身は自分が幼児であることを自覚している。つい先日に十歳になったばかりだ。

 出来る仕事は敵を殺すこと。

 兵士としての技術はあるが他の仕事は頭になかった。

 

「その歳で仕事というのは……」

 

 村長達が困惑する事はもちろん想定内だ。

 小さな子供は農家のお手伝い程度しか出来ない。

 バハルス帝国は予想通り、軍事国家ではあるが年中戦争しているわけではないらしい。

 

「若い子でも冒険者になれるらしいけれど……。兵士になれるかは……」

 

 その『冒険者』とは冒険者ギルドという組織で受付で説明を聞いた方が早いという。

 村人が知っているのは作物を納入した後に冒険者組合に行った者が居るからだ。

 出入りに制限は無いらしい。

 

「定住するつもりなら冒険者組合で冒険者として登録するといいよ」

 

 国民になるのはターニャにとってびっくりするくらい簡単な事らしい。

 国境は存在するのだが敵対行為をしなれば排除されないものだとか。

 

「……それで帝国は王国と戦争状態というのは……」

 

 民間交流を許しているのに国は争っている。それは常識を疑うことだった。だが、村では国同士の込み入った情報は得られない。

 この世界にはモンスターと呼ばれる敵が居る。村では他国の人間よりも恐ろしい存在という認識らしい。

 ますます理解に苦しむ世界だとターニャは頭が痛くなってきた。

 

「今日は泊まっていきなさい。もう日が暮れて外は危険な状態になっている筈だから」

「そ、そうですね。では、お世話になります」

 

 村の明かりは蝋燭(ろうそく)と魔法のアイテムによって照らされている。

 そのアイテムの名前は『永続光(コンティニュアル・ライト)』というのだが、自分の世界には無かったもので気になって少しの間、眺めた。

 電気という概念は無く、魔法文化が発達している。

 中世ファンタジーという概念のようだ。

 

          

 

 話しを聞き終えた後、立花達の様子を確認する。

 与えられたのは馬小屋ではなく、空き家だった。

 無一文には過ぎたる待遇だが文句は言えない。

 下水道は完備されているが飲料水は(おも)に井戸水中心。(まき)が豊富にあり、暖を取る事には不自由しない。

 健康的な村民の様子からそれなりに収入が安定している村に見えた。

 

「諸君、私は明日、帝国首都『アーウィンタール』に向かう。君達は好きに行動したまえ」

「しゅと?」

「馬車移動でも数日かかる距離らしいが……。ここから先は君たちの自由意志だ。それとも私と共に移動するかね?」

 

 集団行動する方が安全ではあるけれど、愚痴を聞き続けなければならない拷問が待っている。それさえなければターニャも頭を痛めたりはしない。だが、野放しにしてもうるさい輩には一言告げておけば覚悟を決める時間が出来て、少しの間は静かになるものだ。

 帝国への入国料というものがあるが後払いが出来るらしい。

 手元にあるのは軍服と九五式。これはさすがに売るわけには行かない。

 細かいところは村人に委ねるしかないけれど。

 最悪、不法入国で投獄も覚悟しなければならない。だが、話しぶりでは入国は比較的、厳しくは無いという事だったが。果たして真実かは実際に確認しなければならない。

 

「この農村で仕事を得るもよし。ただし、畑仕事は一段落ついてて旅人の分の仕事は無さそうだぞ」

「我々の為に色々と情報を集めてもらって感謝する」

 

 真っ先に頭を倒したのはダクネスだった。

 騎士だから礼儀正しいのかもしれないが、ターニャの印象では特に問題があるようには見えなかった。

 メンバーの中では比較的、常識を弁えた人間に見えていた。もちろん、側にいる立花も無駄口は叩かず、現状を理解しようと努力していたのは知っている。

 残りの三人はバカだ、ということは理解した。

 

「……旅は道連れという言葉がある。私とて民間人を放り出す真似はしたくないのでな」

 

 軍人として最低限度の役目をしなければ上に立つ事など出来はしない。

 それがどうしようもないバカが相手だとしても。

 

「食事に関しては村人が今、作ってくれているという。彼らに深く感謝するんだな」

 

 それぞれ知らない世界に放り出されて混乱するかと思ったが、意外と冷静な所は評価に値するかもしれない。

 問題があるとすれば自分の寝床はどこになるかだ。

 寝台に限りがある。そして、今はすべてが埋まっている。

 ターニャは軽くため息をつく。

 毛布を貰って地べたで眠る役は自分だ、と思いながら移動した。

 

          

 

 建物の外に出ると真っ暗闇になっていた。

 知らない土地は戦場とは違う静寂さでターニャ達を出迎えている。

 敵国の人間は村を襲うことはほぼ無いというのが信じられなかったが。

 戦争する場合は戦場になる場所が決まっていて集落が巻き添えになるような事は今まで起きた事が無いという。

 その代わり、厄介なモンスターに襲われることがある。

 それは敵国とは別の敵。

 言葉通りの存在で、亜人種異形種とも呼ばれている。

 村の近くに現れるのは大抵が小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)。南方から獣人(ビーストマン)飛竜(ワイバーン)が現れるらしい。

 それらは冒険者が倒してくれるので村や国は平和でいられるという。

 聞いた事が全て事実だとするととても平和的な世界に思える。

 銃弾飛び交う戦場とは違うようで未だに信じられない。

 確かにここまでの道程で人間の死体や硝煙の臭いは感じなかった。戦場の痕跡も無い。

 

「……急な転移に意識はまだ慣れていないだけだ」

 

 かといって平和に甘んじて元の戦場に戻された場合は役立たずになる可能性が高くなる。

 危機意識は常に持ちづけなければならない。

 存在Xを自分はまだ(ほうむ)っていないのだから。

 

「安全な後方勤務……。休暇だと思えばいいか」

 

 これから向かう帝国とやらに大学などの教育機関があれば利用させてもらいたいものだ。

 軍事国家ならば少なくとも働き口くらいは見つかるかもしれない。

 それにはまず入国に成功しなければならない。

 夜食を手早く済ませてターニャは毛布に(くる)まり、早々に眠りに付いた。

 


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