ラナークエスト   作:テンパランス

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#029

 act 3 

 

 地面にそれぞれ名前を書かせてみたが日本人以外は見慣れない文字になった。

 ターニャの転生後の国の文字とも違う。

 だが、言葉はそれぞれ通じているのは不可解だった。

 自動翻訳はいつの時代も不可解極まる。

 

「それぞれ世界が違うようだな」

 

 似た世界かもしれないが異世界は異世界だ。

 平和に暮らしたいターニャにとって他の世界などどうでもいい。

 

「話しが脱線したな。立花。行動を開始したまえ」

「は、はい」

 

 立花は首にかけているアクセサリーを取り出す。

 大きさは五センチメートルほどの長さの円柱型の赤い宝石。

 聖遺物ガングニール』の欠片から造られており『聖詠』を唱える事で鎧型の武装が肉体に装着される。その武装を『アームドギア』と呼ぶ。

 使用者の意思により武装は様々に変化し、肉体能力向上などの恩恵により水の中や宇宙空間でも活動できると言われている。

 誰でも扱えるわけではなく、体力低下に陥れば暴走状態にもなる。

 ガングニールの主武装は槍だが立花の場合は拳のみの攻撃しか出来ない。

 

「……モノローグさんが秘密を暴露していますが……、だいたいそんな感じです」

 

 立花はアームドギアに詳しいわけではないので、説明を求められれば大半は答えられない。

 

「……はい。どうして武器が色々と変わるのか実は不思議だったんですよね。クリスちゃんの弾とかどこから沸いて出てくるのか、今から思えば色々と謎ですよね」

「……いいから続けたまえ」

「は、はい。すみません」

 

 立花は大きく深呼吸し、聖詠を唱える。

 

「バ~ルウィ~シャル、ネスケル、ガングニール、トロ~ン」

 

 声に反応し、アームドギアは小さな集音装置に変化した。それから身体の各所から金属の塊が発生し、様々な形に変形しながら肉体に装着されていく。原理はもちろん分からない。

 立花のパーソナルカラーは黄色。全体的な雰囲気だと猫のような形に近い。

 変身時には服が消えて無くなるが武装解除後は再生成されるらしく、全裸のまま放り出される事は無いという。

 両手は拳攻撃に特化した太いガントレット。足腰は爆発的な瞬発力を発生させる仕様になっている。

 飛び道具は無く、自分が敵に突っ込んでいく。

 変身後の姿にカズマ達は驚きで言葉を失っていた。

 

「カズマ、カズマっ! なんなのあれ!」

「知るか!」

 

 外野が叫びだしてもターニャは微動だにしない。だが、それでも内心では驚いている。

 変身美少女が実在した事に。

 魔法自体は自分も使えるけれど、変身魔法は習得していない。そもそも戦場に目立つかっこうするわけにいかないからだが。

 

「では、行きます」

 

 衝撃に巻き込まないように立花はターニャ達から離れた位置に行き、屈伸運動した後で地面に向かって深く屈みこむ。

 両足からカタパルトのようなものが地面に打ち込まれる。

 武装は全て使用者の意思によって様々に変化するらしく、どういう変化が起きるのか周りには窺い知れない。

 アームドギアの力を引き出すには力を込めるだけではなく、使用者の声が必要だからだ。

 ゆえに立花は歌いながら行動している。

 

「なんで歌う必要があるんだ?」

「そういう仕組みだから、かな。歌わないでいるとパワーが出ないんですよ~」

 

 と、苦笑気味に立花はカズマの疑問に答えた。

 皆が歌っているし、自分も自然とそうしていたが詳しい仕組みは理解できそうに無いので放置していた。

 とはいえ、歌は聞く事も歌う事も好きだから問題は無い。

 

「では、行っきますね~!」

 

 地面を抉る力を推進力として立花は垂直に飛び上がる。それは常人の域を遥かに超えるものだった。

 

          

 

 軽く二十メートル以上飛んだところで周りを一望する。

 平原と木々がいくつか見える以外、近代的な建物は見当たらない。

 道路らしいものがあったが、それは舗装されていない獣道のようなものだった。

 川が遠くにあり、人間の姿はまだ見えてこない。

 

東京じゃない事は確かなようですね~」

 

 飛行機も無く、自動車も無い。

 始めて見る自然豊かな景色には驚いたが、誰も居ない風景というのは寂しさを感じさせる。

 人ごみ溢れる世界で暮らしていたから、というのもあるかもしれないけれど。

 

「誰も居ない世界は寂しいよね」

 

 空気を蹴るように更に上昇する。

 遠くに広大な森と赤茶けた平野が見えた。更に湖に山岳地帯。

 近隣に街は無いが、整地された田畑の様子は見えた。つまり少なくとも村はある筈だ。

 少し遠いが行くしかない。

 他に近くに人の姿もない事だし、と判断して着地する。

 

「向こうに畑が見えました。人の姿は……、見えなかったけれど……」

「了解した。では移動を開始しようか」

 

 手短な報告でターニャはすぐに行動に移る。

 

「お前は我々を抱えて移動できるか?」

「両手で抱えるのは難しそうですね」

 

 苦笑しながら立花は答えた。

 

「だそうだ。無駄に待機して妙な連中に襲われるか。村と思われるところまで移動するか、それぞれ判断しろ」

 

 川が近くにあるとはいえ、それが飲めるものとは限らない。

 もちろん、調査は必要だ。

 いや、水はアクアが出せたのだったとターニャは思い出す。

 

「ここでじっとしてても誰も来ないかもしれませんよ。一緒に行きましょう」

 

 優しい立花と厳しいターニャの声が不思議な響きに聞こえる。

 

「どんだけ歩くんですか」

「……見た感じだと五キロメートル以上は……」

「照明が無いのだから夜間はかなり暗くなる。移動は早い方がいい」

「確かに」

「アクアの杖って光らなかったっけ?」

 

 光ろうが光らなかろうが場所を移動して夜に備えなければならない。

 気温は少し肌寒い。夜間になればもっと冷えるかもしれない。

 もたもたしている暇は無い。

 

          

 

 立花は変身を解き、ターニャと共に歩き始めた。

 身体に負荷をかけるので永続的に変身していることは出来ないと言った。

 体力の消耗を少しでも抑えるのは当たり前だ。それを分かっている分、立花という女性は頭は悪くないようだとターニャは思った。だが、後続からついてくる輩は完全にバカの領域だ。

 ぶちぶちと文句ばかり言って無駄に体力を減らしている。

 はっきり言えば足手まといだ。

 精々、肉壁程度の役にしか立たない気がする。

 たかが五キロメートル。重装備で五十キロメートルを走破する事に比べれば軽い運動だ。

 戦場ではないのだから贅沢は言わないでほしいが雑音が酷ければ教育を施す事も考えておかなければならないかもしれない。

 

「お前達、無駄なおしゃべりは体力消耗に繋がる。黙って歩け」

「うるさいわね」

「……一理あるが……、そういうターニャはどうなんだ?」

 

 漠然とした問いかけは脳に酸素が行き渡っていないのではないかと思うほど陳腐なものだった。

 

「私は軍人だ。この程度で根は上げない。だが、民間人を放って置くわけにはいかない。だから声をかけている」

 

 だいたい重い鎧を着て移動しているのだから黙って歩いた方が懸命だろうに、とターニャはダクネスの格好を見て思う。

 捨てろ、とは言わないが遠征向きではないのは理解した。

 野伏(レンジャー)のような軽装や猫車(ねこぐるま)でもあれば少しは楽が出来たのだが。

 季節が夏であれば捨てざるを得なくなる。

 色々な条件に恵まれていることを理解してほしいものだと思いはしたが口には出さなかった。

 無駄話しは好まないが聞いている分には彼らの情報が()()()手に入るので助かっている。

 

          

 

 最初の三十分は賑やかだったが少しずつ静かになっていく。

 何も無い平野を歩くのだから話しのネタは尽き易い。だからこそ、無駄口を叩かずに歩いていればいいのに、とターニャは呆れていた。

 おそらく三キロメートルは歩いた筈だ。もう少し早く歩いてもいいのだが、置いて行くのも忍びない。特に立花の存在は大きい。

 

「……かといって食料になりそうな草とか小動物が居るわけもない」

 

 水はどうにでも出来る。

 問題は食料だ。

 補給無しの遠征は自殺行為以外の何者でもない。

 後続の彼らに軍隊教育を施すのも面倒くさいし、一日で改善するとも思えない。

 見捨てるのは簡単だ。

 武器が無い今、外敵対策も考えなければならない。

 ターニャは手持ちにあるものを再確認する。

 『エレニウム九五式』は魔力を増幅するが水などを出せるわけではない。念じたところでご馳走も出せない。

 演算宝珠はそもそも戦場専用の代物だ。

 地面に落ちている小石をいくつか拾っていく。無いよりマシ程度だが。

 

「私は強制はしない。無理についてこなくてもいい。むしろ、邪魔だ。休みたければ勝手に休め」

 

 歩きながら告げると後ろから一様に不満の声が聞こえてきた。

 

「村にたどり着けなければ名も知らぬ土地で飢え死にするのは貴様らだ。それを忘れるな」

 

 これくらい言っておけば嫌でも歩くのではないか、と。少なくとも理由は出来たはずだ。

 ターニャは振り返らずに歩き続ける。

 しばらくすると会話が無くなり、とても静かになっていた。

 足音は聞こえるので全員後ろに居るのは分かっている。

 それから一時間が経過した。立花の()()()()()()()()、もうすぐ風景が変わるはずだ。

 更に進む事、十五分。時間はターニャの体内時計だが、正確な時間を計る時計は持っていなかった。

 持っていないというよりは無くなっていた、が正確だ。

 本来ならば持っていなければならないものがポケットの中に入っていない。

 それは立花やカズマ達も同様のようだった。

 転移により中途半端に持ち物が消えてしまった、と考えるのが自然かもしれない。

 服と下着はあるが替えは無い。

 

「………」

 

 予定より少し遅れたが畑が見えてきた。

 広大な様子から大規模農業なのは確かだ。

 不休の移動で後ろの連中は疲れているようだが、暗くなる前にたどり着けて少し安心した。

 

「諸君。畑が見えたきた。ここで休むもよし。後はそれぞれ自己判断で動けばいい」

「……そうですね」

「私は先を行くが……、諸君らはどうする?」

 

 疲れを一切見せないターニャにダクネスと立花は驚いていたがめぐみんとアクアは死にそうな顔になっていた。

 つまりは疲労による顔面蒼白だ。

 早く休みたいと身体が訴えているようだった。特にアクアは水分補給代わりに魔法を使っていた為か、かなり疲労の色を見せていた。

 

「倉庫があれば借りようかと……」

 

 ターニャは周りを一望する。倉庫のような建物は遠くにあるようで、まだまだ徒歩が必要だった。

 寝床に使えるかは中を確認しなければならないけれど。

 


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