ラナークエスト 作:テンパランス
軽く見渡してみたが敵の姿は無い。
ターニャは少しだけ安心した。
謎の存在Xによって
いつもなら時間を止めるような演出が入る。それが今回は唐突な転移だった。それはそれで気になるところだが、考えても仕方が無い。
同じ境遇の人間が近くに居る事から全く別の要素かもしれない。
つまりは新たな存在Xという可能性だ。
「……こほん。自己紹介はせねばまるまい。当面、共に旅する仲間として」
カズマはターニャを一目見てすぐに『軍オタ少女』と思った。そして、面倒臭そう、という嫌そうな顔つきになる。
立花は仲間と言われて少し嬉しくなった。
知らない世界に放り出されたのだから仲違いする事はマズイ。それはそれぞれ脳裏に浮かんでいた。
ダクネスもめぐみんも大人しくするほどに。
「私はターニャ・デグレチャフ。見た通りの軍人だが……。諸君に階級を告げるのは……、無用だろうな」
「……軍人って……。ただの軍オタなだけじゃねーか」
カズマの態度は
「さっきモノローグで紹介が済んだのにまた名乗る意味あんのかよ」
「それが事実だと証明できるのか?」
この手のバカは正論を言えば大抵は黙る。その証拠にカズマは唸って反論できなくなったようだ。
「我が名はめぐみん。紅魔族随一のアークウィザード」
「私はダクネスだ。よろしく頼む」
「私は女神アクアよ。神様なので
神と聞いてターニャは鋭い視線をアクアに向ける。
「ひっ!」
人間の眼光で怯むような神ならば恐れるほどの価値は無いかとターニャは思い、軽く呆れ気味にため息を吐く。
「私の前で神を口にする時は気をつけたまえ。私は神を信じないし、奴らは殺すべき敵だ」
「……ごめんなさ~い」
一部の隙も無い整った立ち姿のままターニャは告げる。
仮に目の前の水色が本当に神であったら殺すのか、という問題については自分でも答えは出せない。
神にも色々な立場の者が居るかもしれない。
精々、人質だ。
「立花響です。よろしくお願いしまっす」
元気一杯に名乗った立花に対して他の者は思った。
ターニャと立花の声が似ている。いや、ほぼ同じではないかと。
もちろん、それはターニャ本人も思った。だが、そんなことは今は関係ない。
世の中には自分と似た者が三人は居る、と言われている。だから別段、珍しくも無い。
というより名前の響きから日本人である可能性に少し驚く。
最後に残ったカズマは名乗るのが恥ずかしいのか、黙っていた。
ターニャは軽く一瞥しただけで指摘しなかった。
名乗りたくないのであれば、それはそれで別に構わない。
バカの名を呼ぶ手間が省けるだけだし、黙ってても聞こえてくると判断した。そもそも『貴様』としか言わない自信がある。
「では、自己紹介が終わったことだ。目標を決めようではないか」
「……はいはい。さっさと決めてください」
無気力に呟くのはカズマだった。
無能はいつの時代も変わらないようだ。だが、ターニャは自分の部下でもない民間人相手に怒りはしない。
肉壁程度の存在に腹を立てるほど、短気ではない。
「現地調査をしたいところだが……。方々に散るのは得策ではない」
というより民間人に軍人の真似事をさせるのは酷だ。ターニャは少しがっかりしつつも指針を決める。
慌てふためく無能とはいえ、目的を与えれば動かない足は意外と動くものだ。
「魔法の存在を肯定する君たちは空は飛べるのか?」
少なくとも手から水を出す場面で魔法は絵空事ではないと確認した。
「空は飛べないわね」
「爆裂魔法一本です」
全く役に立たない事は理解した。
確かに全ての魔法に精通する事は困難を極める。自分たちも経験が無いわけではない。
演算宝珠も兵士全てに等しい力を与えられるほどに優秀な代物ではない。
「高くジャンプすることは出来ると思います」
と、答えたのは立花だった。
見た目にはただの一般市民にしか見えない立花の姿にターニャは首を傾げた。
「たちばな、と言ったな」
「はい」
と、肘を曲げて手を平たくし、こめかみに当てて敬礼する立花。
軍隊式の正式な敬礼をいちいち指摘するつもりはないので無視する。
軍属ならば多少は言わなければならないかもしれないが、相手はどう見ても一般市民だ。しかし、万が一それが隠れ蓑である場合も考慮せざるを得ないのが普通だ。余計な手間ではあるけれど。
「ジャンプしてどうなるというのだ」
「思いっきり高く飛べば周りを把握できると思います」
「……いちいち軍隊式を強要する気は無いから、普通に喋っていいぞ」
長く軍属に居たものだからターニャは自然と今の喋り方なだけだ。それを見知らぬ人間に強要する気は毛頭ない。
「えっ……あっ、はい。ターニャちゃんの……」
ちゃん付けされるほど馴れ馴れしくされたくないな、というのを鋭い眼光で返答するターニャ。
とはいえ、何も知らない相手から見ればただの幼女に過ぎないのも否定できない事実だ。
「……出来れば呼び捨て……」
「ターニャちゃん。ターニャちゃんって可愛いな」
カズマが笑いものにし始めた。
手元に銃があれば発砲する自信があるが、民間人の射殺は許可されていない。もちろん、
「いいから、続けたまえ」
「あ、うん。いえ、はい! ター……、デグ……」
言い難い名前のようだがターニャは無視する。
「とにかく、周りの地形を把握しろってことだよね?」
大幅に省略されたがターニャはそれで妥協する事にした。
† ● †
現在位置を把握すること。それが今しなければならない大事な事だ。
食料が無いので無駄にさまよう事は危険だ。
敵国の領土内であれば戦闘が起きる可能性がある。だが、これは杞憂かもしれないとターニャは思っていた。
戦場の
平和な国であるのならば村くらいはある筈だ。無くても人の住む場所などは見つけたい。
もちろん、ここが
呼吸が出来る時点で人間が住むには適切な場所なのは確かだ。
さすがに信仰心を押し付ける存在Xが神を信じない世界に送り込むのは考えられない。
「出来ればかなり高い位置まで上がってほしいのだが……」
「なら私に任せてください」
「……たちばな。君は魔法が使えるのか?」
「ギアを使います。……あと、これは重要機密なので黙っていてくれると助かるんだけど……」
機密保持はどこの国も
それは理解出来るのだが、知らない人間にあっさり秘密だ、と言う辺り、立花という少女はバカなのか。
軍属ではないけれど多少は秘密事項を気にしている程度、とも言える。
取り上げたところで
現にエレニウム九五式はターニャ専用だ。解析されこそすれ、使用できる人間が居るとも思えない。仮に居た場合はそれはそれで脅威だ。
「我々の敵になる可能性があった場合は没収させてもらう」
「そ、それは困るな……」
「君が何処かの国の軍属であれば……、覚悟はするように」
「は、はい」
今の段階で揉め事を起こすのはターニャの本意ではない。早く現状を把握したい気持ちがあった。
余計な上司の横槍もないようだし、比較的自由に動けるのだから少しは態度を柔らかくしようかな、とも思わないでもない。
周りに居るのは大人ではなく学生。一人は怪しいが。
戦場を経験した事が無い人間を即席の兵士にするのは時間がかかるものだ。
ふと、カズマ達に顔を向けると彼らは大人しく地面に座っていた。
「手持ちの物品の確認はしておけ」
彼女たちは少なくとも、何らかの武器を持っているようだ。
自分は中世ヨーロッパ風の異世界だったが彼らはどこから来たのか。
西洋ファンタジーとも言えなくは無いが。
久方ぶりの日本人が混じっているのだからある程度の知識はあるかもしれない。
「さて、たちばな」
と、声をかけてすぐに思い至る。
彼らの名前はどんな文字を書くのかを。