ラナークエスト   作:Alice-Q
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25 ダウルダブラ・ファウストローブ

 破壊衝動という心の闇を具現化し、シンフォギア全体を黒く染めていく。
 全ての能力が底上げされる。
 一度暴走状態になると手がつけられなかったが今はタイムリミットが過ぎると能力が消えるだけとなっている。
 爆発的な能力向上に伴い連続使用はシンフォギア奏者の身体に多大な負荷をかける。よって変身が維持できなくなるデメリットが存在する。
「ははっ。これは期待できそうだ」
 変身した立花響(たちばなひびき)に対し、影の国の女王(スカアハ)は臆する事無く槍を繰り出す。
 拳で打ち返す立花。先ほどよりも重くは感じない。
 力で負けていない、という事かもしれない。
「たあぁ~!」
 一気に詰め寄り拳を繰り出す。しかし、次の槍が襲ってくる。それを弾く。またすぐに槍が目の前に来る。

 カン。コン。ガン。

 金属同士の衝突音。それが少しずつ間断なく聞こえ始めていく。
 カンカンカン。またはガンガンガン、と。
 立花の速度が上がっても影の国の女王(スカアハ)の攻撃は更に上回る。それはつまり(スカアハ)はまだまだ実力が上がるという事だ。
 未知数の敵の攻撃に何とか追いつこうとする立花。
「あははは! やるじゃないか。もう少し遊ぼうか。全て打ち返してみろ」
 一気に速度が上がるが、見えないほどではない。
 迫り来る無数の槍を弾き飛ばす。
 普通ならそれだけだ。
 だが、影の国の女王(スカアハ)は只者ではない。
 (はた)から見ていたターニャ・デグレチャフは何とか見えていた。
 槍一本だったものが二本になっている事に。
 残像かと思ったが、そうではない。
 その内に三本になる。
 影の国の女王(スカアハ)は虚空から新たな槍を次々と取り出している。
 弾かれた槍は空中に投げ出されるが片方の腕には新たな槍が握られる。
 飛ばされる速度と出現させる速度がどんどん速くなり、いつしか数え切れない本数となって立花を襲っていく。そして、それらに気付いているのか、全て弾き返す立花。
 目で追う事が難しいくらいの攻防だった。

 ドガガガ。

 もはや助太刀も出来ないほどに滅茶苦茶な状況となっている。
 普通なら一本の槍で無数の突きを繰り出すものだ。それなのに影の国の女王(スカアハ)は数で圧倒しようとしている。それはある意味では卑怯だ。
 だが、それでも口出しできない凄さを感じる。
 百本以上の赤い槍が空中に乱舞しているにもかかわらず、感覚だけで新たに出現させたり、近くにある槍を掴んで繰り出したりしているのだから。
 そして更に驚愕なのはそれだけの本数にもかからず、未だに一本たりとも地面に落ちていない。
 つまり全て使用している。と、思ったがそんな筈は無い、という思いもある。
 出せる槍ならば消せもする筈だ。
 どれくらいの数があり、どれくらいの槍が消えたのか、全く分からないけれど。
 とにかく、凄いの一言に尽きる。
 そして、思う。
 こんな敵がまだ他にも居て、どう倒せばいいというのか。
「絆~に変えて~!」
 迫り来る無数の赤い棘それらを歌いながら迎撃する立花。
 一撃一撃が重いのは分からない。だが、問題なのはまだ自分の攻撃が相手に届いて居ない事だ。
 前進出来ないほどの物量。
 イグナイトモジュールを使ってもまだたどり着けない境地は驚嘆ものだ。
 月の欠片の落下を防いだ自分に不可能は無い、と言い聞かせる。
「これ以上の奇跡は……お前に負担を強いるか……。それはそれで残念だ」
「ま、まだ行けます!」
「ここまでの攻防でも見事だと思うぞ。だがまあ、そろそろやめにしようか。若い挑戦者を無闇に死なせては実に……、勿体ない」
 無数にあった槍が一斉に消失し、壁が無くなった事で立花の態勢が前のめりに傾く。
「だが、最後の一撃勝負と行こうか。これは単にお前の挑戦に敬意を表するものだ。受けるも良し。避けるも良し、だ」
 シンフォギアをまとってさえ息が上がるほどの攻防を繰り返した立花は相手の言葉にただ頷く。
 イグナイトモジュールのタイムリミットもそろそろ切れる頃合。
 短時間とはいえ、一時間ほどの攻防に思えた。それほど体感的に長く感じた、という事だ。
「我が槍は呪いの魔槍ゲイ・ボルグ。その一撃を受けてみよ」
 後方に宙返りし、立花から距離を取る影の国の女王(スカアハ)は言った。
「よ、よろしく、お願いします。私の拳はガングニール。貴女の槍を見事に撃破して見せますよ」
「……ケルト神話赤き槍……。相手に不治の傷を与えるという……」
 ターニャは赤い槍(ゲイ・ボルグ)の名前で相手の正体にようやく合点が言った。
 伝説の存在にして()()()英雄の師匠でもある影の国の女王(スカアハ)は正しく強敵だ。
「本来は投擲(とうてき)するのだが……。さて困ったぞ。お前に合う技が思いつかん」
 腕を組んで首を傾げる影の国の女王(スカアハ)
 うんうん唸りながらその場をグルグルと回ること五回。
「……よし、()()()投擲(とうてき)にしよう。挑戦者よ。見事この槍を弾き飛ばしてみよっ!
 新たに出現させた槍が複数混ざり合い、太くて長い得物に変化する。
「はい!」
「傷のことは気にするな。そんな無粋な真似はしない。……では、行くぞ?」
 更に数歩後退する影の国の女王(スカアハ)
 最終的に変形したゲイ・ボルグは全長十メートルほど。直径五十センチメートルは超えただろうか。
 極太の赤き魔槍ゲイ・ボルグを平然と片手で掴む影の国の女王(スカアハ)は不敵に微笑んだ。
 それを迎え撃つのは小さな身体のガングニール奏者立花響という少女。
 右腕のガントレット状のギアから渾身の一撃を叩き出す為に弓を引き絞るような形状に変化。後方に棒状のものが伸び、腕内では歯車を形成し、それが激しく回転する。

 頭上で軽く数回転させるだけで周りの者に畏怖を与える魔の槍。
「穿ち……、突き抜けろ……。我が魔槍……」
 影の国の女王(スカアハ)から表情が消える。そして、放たれる一射。
「ゲイ・ボルグっ!」
「ぶっ飛べ~っ! ガングニールっ!」
 双方の一撃必殺がぶつかり合い、一瞬だけ閃光が走る。
 軋む音が両者から響き渡る。
 立花は力を込め、懸命に押し戻そうとした。だが、太い槍はびくともしない。
 拳を巨大化させ、後方にエネルギーを噴射する。
「アー!」
 両足からも推進力を発揮する為の変形が(おこな)われていく。だが、それでも押し戻せない。
 離れた位置で見守っていたターニャは自然と手に力を込めていた。
 久しく忘れていた感動というものかもしれない。
 熱い戦いは見ている限りにおいて心躍るものだ。そして、それは避難作業していた冒険者たちも一緒で、更には現場に居る他の冒険者達にも伝播していたようだ。
 誰もが激闘を見守っていた。
 この真っ向勝負の行方を。
 かたやモンスター影の国の女王(スカアハ)を。
 かたや名前も知らない冒険者の少女を。
「負けるんじゃねー!」
影の国の女王(スカアハ)っ! 槍投げただけで終わりか!」
 応援する者。罵倒する者。
 たくさんの声が木霊(こだま)する。
「……押し戻せない……」
 推進力は上がっているはずなのにびくともしない影の国の女王(スカアハ)の槍。
 むしろ後ろに押されている。
 勢いが全く殺せない。
「世界が違うから? フォニックゲインが足りないから? そんな理由で……、負けたら……笑われちゃうよね」
 歌がある限り自分はまだ戦える。
 だが、この世界には歌が足りない。
 周りの応援は聞こえているし、ありがたいのだが。
 圧倒的に数が足りていない。
「それでも無理を通さなければならない戦いがっ! あるっ!」
 言葉では強がってもイグナイトモジュールの限界時間が迫っていた。
 槍一本で苦戦しては次の戦いに備えられない。
「弱い事を悪だと思うな、挑戦者。強くなる可能性があるならば、それはお前の祝福だ。我らは強さに限界がある。……モンスターだからな。下積みの無い強さは実に……、滑稽ではないか」
 回転する槍を撫でる影の国の女王(スカアハ)
「この戦いに勝ち負けは不要だ。どちらであれ、影の国の女王(スカアハ)姉さんはお前の健闘を讃えよう」
「……あ、ありがとうございます」
 褐色肌の槍兵(ランサー)は心底嬉しそうに微笑んだように立花には見えた。
 では、期待に応えなければ申し訳ない。

 イグナイトモジュール、抜剣。

 三段階のセーフティの二番目までを解放。
 更に勢いを増すが槍は押し戻せない。というより最初に止めた時点で奇跡、という事かも知れない。
 そう思わせるほど相手の攻撃は強烈だと知った。
「……希望の歌っ!」
 それでも後には引けない。
 その時、繰り出した右腕の無手のアームドギアがひび割れていく。
「なっ!?」
「立花っ! もうやめろ! 今回は敗北で構わん! これは殺し合いではない!」
 ターニャは危険を察知して叫ぶ。
 彼女の声を聞き、手を引き戻す選択が浮かんだ。だが、それでいいのか、という疑問もある。
 逃げるのは簡単だ。
「……最後まで抗って見ますよ。……大丈夫。まだまだ私は強くなりたいですからね」
 ギリギリまで好きにさせてもらう。
 立花が決意を胸に秘めた時と同じ頃、新たな音が響き渡る。
「愛、など見えないっ! 愛、などわからぬ! 愛、など終わらせる~!」
 戦場に響き渡る歌声。
!? この歌は……」
 上空から光り輝く螺旋の衝撃が数条、猛回転するゲイ・ボルグに巻きつく。
まさか! キャロルちゃん!?
「ふんっ。誰だか知らんが……。それがオレの名か?」
 空から降りてきたのは紫の意匠の戦闘服。
 背中から翼のように生えているのは数本の紫色の板同士の間に複数の弦が張られた楽器のようなもの。
 ツバの広い帽子は魔女が被りそうなもの。その帽子の前面部には赤、水色、黄色、緑の四色の菱形宝石が乗っている。
「なんだか分からんが……。すこぶる腹が立つ」
 背の弦をそれぞれ爪弾き、極細ワイヤーとして手から放つ。
 それらは回転する槍に巻きつき、火花を生じさせる。
七十億の絶唱でも止められんか」
「だ、駄目だよキャロルちゃん! 想い出を焼却するようなことはっ!」
 叫ぶ立花。新たな登場人物に驚くその他の面々。
 ターニャも『誰だ?』と首を傾げる。
 新たな助っ人であればありがたいが、よく分からない戦いになってきたなと苦笑する。
「心配するな、シンフォギア奏者。今のところ能力の行使に支障は無い。……だが、無尽蔵というわけではないかもな……。折角の力だ。適度に使いこなして見せようぞ!
 自分の知らない()()()の意思の介在か、と()()()()という女性が呟く。
「……しかし、絶唱に匹敵する筈のエネルギーですら通じないとは……。()()は何なんだ?」
 ワイヤーも途中で切れてしまう。
 新しい世界に身体や力が慣れていないのか、それとも通じない概念でもあるのか、と。
「焼き消して~!」
 キャロルが新たにエネルギーの本流を打ち出した。そしてそれを待っていた、とばかりに立花が吼える。
「S2CAツインブレイクっ!」
 あらん限りに叫び、キャロルの力を上乗せしたエネルギーで対抗する。
 腕は壊れるかもしれない。けれどももはや止められない。
 ならば、押し通るまでだ、と。

 瞬間、世界は真っ白く輝いた。

 それから少し経って音が無い事に気づいたのはターニャだった。
 膨大なエネルギーが爆発したように輝いた後、衝撃波のようなもので吹き飛ばされたのは覚えている。
 炎のような熱さは無かったので他の冒険者達も無事だとは思うのだが、盲目状態なのか周りがよく見えない。
 それから数分後に視界が戻ると腕を押さえている立花の姿があり、勝負が決したようだと思った。
「……槍は……攻略できたのか……」
「……たぶん。でも私達の完敗かも……。……痛て……」
 打ち出した右腕が()()()()()()()()()()()()()()
 それだけではなく右耳の喪失と口が裂けていた。辛うじて右目は無事だが、酷い顔になっていた。
 対面に居る筈の影の国の女王(スカアハ)は健在。よって立花の敗北が決定した。
 もとより勝てるわけが無かった、のかもしれない。
 それでも誰も嘲笑の声は上がらない。
 戦士の健闘を侮辱出来るのはきっと敵だけだ。
「見事なり、小さな挑戦者。だが、残念だ。あの程度の攻撃に苦戦とは……。もっと私には奥の手があるというのに……。だが、いい勝負だったぞ」
「ううっ」
 話し半分で立花としては顔や腕が痛くてたまらない。
 前にも腕がもげるようなケガをした事があるから意識はある程度、平静だがどうしよう、という危機感はある。
 前は確か暴走して何故か再生していた気がする、など色々と頭を働かせてみた。
 止血の為か、キャロルがワイヤーの何本かを立花の腕に巻きつかせていた。
「またいずれあい(まみ)えよう。……運が良ければな」
 影の国の女王(スカアハ)は自分の胸に手を突き入れ、心臓のようなものを取り出す。そして、血が滴り落ちる塊を平然と潰した。
「これは戦士への褒美だ。()()()()()はくれてやろう。あっははは
 笑いながら黒い塵となって霧散する影の国の女王(スカアハ)
 後には何も残らない。

 act 8 

 戦闘が終わったのを確認し、立花の下に向かう頃には変身が解けていた。
 顔や腕は流石に治っていなかったが、ターニャは冒険者から包帯を受け取った。
「あっあーっ! 痛いっ!」
 戦闘による興奮が冷めたせいか、尋常ではない痛みが襲ってきた。
「よく頑張ったな、お前さん」
「……腕が無くなるほどとは……。次の戦闘は無理じゃないのか」
「高い位階魔法には腕を再生するものがある。神殿に頼むには高い料金を払う事になるが……」
 位階魔法は詳しくないが女神アクアの力でどうにかできないか、という事が浮かんだ。
 蘇生する方法があるとか言っていた気がするので。
「……しかし、銅プレートであんな化け物と渡り合うとは……。将来が楽しみだな」
「やはり、あいつは相当強いのか?」
アダマンタイト級でも歯が立たないんじゃないか。難度は確か……250超えだった筈だ」
 それがどれくらいのことなのかはターニャは分からない。
 単純に雑魚モンスターを倍化させたとしても見当がつかないほどだから。
 それと先ほどまで()()()()()()()()()()()()であった筈のキャロルが今は十代ほどの幼い少女に変わっていた。
 豊満な胸は無く、金髪のようなクリーム色の髪の毛は後ろで一本に編みこまれているのが見えた。
 服装は簡素なものになっていた。
「オレの事を知っているお前に尋ねるが……。キャロルというのが……、オレの名か?」
 少女なのに口調は男性的。それも個性だとターニャは思い、指摘しなかった。
「そうだよ。想い出を焼却して自分の事も思い出せなくなったの?」
 会えて嬉しいところだが血が止まらないのと痛みで涙が止まらず、顔色も悪くなってきた。
 早く病院に行きたい気持ちを懸命に押しとどめる立花。
「……そのようだな。だが、胸の内にあった激しい感情は覚えている。……今はそれすら無い、という事は……。きっと解答を得たのだろう」
 霧が晴れた空を見上げるキャロル。だが、それも数分後には新たな霧で覆われていく。
「どうしてオレがここに居るのかは分からん。……だが、お前の側に居れば何か分かるかもしれない。……なんだかお前、というかお前()にたくさん迷惑をかけたような……、そんな気がする」
 キャロルの苦笑に立花も苦笑で迎える。
 ただそれよりも無くした腕をどうにかしたい。とても痛くて涙が止まらない。
 この涙は感動ではない。痛みによるものだ。
 ターニャは痛覚遮断術式が使えるが他人に使えるのか試した事が無かった。
 専門の医療スタッフが存在していたので出来なくはないと思い、挑戦してみることにする。
 さすがに再生まで出来るのかは分からないけれど。
 演算宝珠魔力を注ぎ、立花の回復に術式を使う。
「痛みくらいは軽減できるだろう」
「あ、ありがとう」
 損失部位が多いせいか、再生は起きなかったが大きな傷口は閉じていった。
 大量出血による意識障害は食い止められたと思う。

 行く当ての無いキャロルを引き連れて立花達は帝都に戻る事になった。
 仕事は最後の方でイレギュラーがあったが完遂は出来た。
 それから一日かけて帝都に戻り、無事に昇進を果たした。
 相手が影の国の女王(スカアハ)という事もあり、余計な戦闘についてはお咎め無しとなったが一応の注意は受けてしまった。
「あのモンスター相手では何が起きるかわかりませんので、ご退場願えただけで良しとします。その腕に関しては自己責任という形になりますよ」
「……ごめんなさい」
 右腕と顔の片方を包帯で包んだ立花は始終、頭を下げてばかりだった。
 他の冒険者達の嘆願もあり、無事に鉄プレートが貰えた。腕が再生できれば仕事の再開もできるように取り計らってもらえた。
 罰金は無いとしても仲間達を救ったことは立派だ、ということで。
 無謀な点で飛び級は認められなかった。
 色々と言われたが昇進は出来た。次のランクに行くか、少し休暇を取るか選ぶ事になる。
 腕が無くてもギルドは平然と対処してくる当たり、この世界では別段普通の事かもしれない。
 普通というか想定内という言葉が適切か。
 冒険者ギルドを出た後、待っていたキャロルの処遇も考えなければならない。
「クビにはならなかったけれど……。腕の再生って出来るのかな? 義手はちょっと考えちゃうな」
 こんな状態で仲間達に会えば怒られたり、泣かれたりと散々な状況に確実になる気がする。後、元の世界に戻った場合は家族に怒られたりと、やはり色々とありそうだ。
 もちろん学校の友達からも絞らる筈だ、絶対に。
「……死者を出さなかっただけ運がいいと思わなければ……。そこまで元気を無くすとはな……」
 と、他人事のようにキャロルは言った。
「だって、腕が無くなったんだよ。痛いのは治まったけれど……。このまま帰るのが怖い、と思って……。すぐに戻れるとは思ってないけど……」
「オレの錬金術でできる事は義手をくれてやることくらいだ」
「……そうだよね。オートスコアラー達はみんな機械だったし」
 口が裂け、右耳が無い為に喋るたびに顔が引きつり、とても痛々しい姿となった。痛み事態は術式の影響か、幾分かは楽になっている。
 キャロルは立花の残っている右腕を優しく(さす)った。
 最初は敵として出会ってまともに話した事は無かったけれど、人の心配をする優しい心を持っているんだ、と感心した。
 何かがあって復讐心に囚われていたようだけれど、今は嫌な気持ちを感じない。
「アクアさん、治癒魔法とか使えるといいな」
魔法か……。魔術とは違うのか?」
「この世界ではありふれた能力のようだが……、よく分かっていない」
「それは興味深いな。奇跡を成す魔法……。無から有を生み出す」
「そんなことは私には分からない。とにかく、お前は私達と共に来るのか? そうであれば冒険者登録をした方がいい」
 移動するにも戸籍を確保した方が何かと便利だから、とターニャは思った。
 一人くらいの登録料くらいは出してもいいと思った。
 三人並ぶと女の子友達のようにしか見えないんだろうな、と少し残念な気持ちにはなるけれど仕方が無い。
 そういう歳格好なのだから。

 一旦、アクア達が滞在している宿に向かい、改めて自己紹介を始める。
 キャロルは名前以外は完全に忘れているし、立花も名前しか聞いていなかったのでフルネームが分からなかった。
「キャロルちゃんかー」
「一人増えて大丈夫なのか? 金銭的に」
「一人くらいは大丈夫だろう。皆で助け合えば」
 助け合い精神が欠如したカズマ達にとってみれば余計な人間が増えるのはもってのほか。
「……そうなると私達が人間のクズみたいじゃないですか」
 と、めぐみんが不満を漏らす。
 金銭的に少し逼迫(ひっぱく)するかもしれないがキャロルも冒険者としての仕事をすればいいだけだ、とターニャが言うと不満はあるものの話しはすぐに落ち着いた。
 それと先ほどから気になっていたカズマはターニャに尋ねる。
「どうして立花の服を掴んでいるんだ?」
 腕が無くなったのは驚いたけれど、と。
「念のためだ。こうしていないと痛覚遮断が途切れるかもしれないからな」
 本当に腕が無いのか直接見て気持ち悪くなってはいけない。そう思い、カズマは確認作業は願い出なかった。
 女性の裸は男の子なので嫌いでは無いけれど、と。
「……しかし、腕の欠損か……。とんでもないモンスターという事だが……。我々も無謀にモンスターと戦わなくて良かったな、カズマ」
 大怪我をするかもしれないが強大な敵と戦ってみたい気持ちはあるとタグネスは思った。
 あとあまり活躍の場が無くて寂しさも感じている。
「……う~む。だが、モンスターが倒せないと地味で低賃金の仕事しかないわけだろ? この先が不安で仕方が無い」
 とはいえ、モンスターに負けたわけではなく、撤退させたのだから外に脅威が居座ったままではないのは安心できる材料の一つだ。
 あと、無謀な事をしなければ立花のような大怪我はしない確率が高い。
「しばらく立花は仕事休みに入らせる。というか、アクアは治癒できないのか?」
「一回死んでくれれば出来るかもしれないけれど……。いくら私でもグロいのは勘弁願いたいわね」
 役に立たない女神なのは良く分かった。
 好き嫌いがはっきりしている分、好感は持てるのだが、なんか残念だなと思った。
 とにかく、痛みや失血による身体の不調は止められたようなので安定してから治癒方法を探す事にする。
 激しい戦闘を乗り越えた戦士にわずかばかりの恩給とて。

 act 9 

 風鳴翼(かざなりつばさ)達がたどり着いたリ・エスティーゼ王国領内に存在する『マグヌム・オプス』という施設に滞在して数日が経過した。
 天羽奏(あもうかなで)は療養の為に施設にある建物に残り、風鳴が看病を続けていた。
 他のメンバーの雪音(ゆきね)クリス達は食事と寝泊りに関して不自由することなく過ごし、今日は施設の責任者の代理人と思われる女性『リイジー・バレアレ』に地下に案内される事になっていた。そしてすぐに視界に飛び込んできた景色に一同が驚く。
 白い外壁で囲まれた広大な地下空間に。
 壁面はほぼタイルなのだが高さが約百メートル。
 足場が殆ど見当たらない中で天井附近までしっかりとタイルが張られていた。
「地下二階層とはいえ、すごいじゃろ」
 と、見た目は三十代の程なのに年寄り臭い喋り方をするリイジー。
「……秘密施設か何かなのか?」
「まあ、そんなもんじゃ。一部は(わし)でも行けない部屋があったりする」
「お約束の口封じデスか?」
「ここの(あるじ)は勝手な進入は許さないが、入れる場所は民間にも()()()()解放されとるよ」
 この施設を作り上げたのは王国の職人たちだ、とリイジーは説明する。
 全ての部屋の構造は作った職人に聞けばいいけれど、問題は中身だった。
 部屋の中に何があるのかは秘匿されている。
「以前は解放されていた部屋も封印されたりしておるし、使用の度に色々と変化している面白いところじゃ」
 と、本当に楽しそうに言うリイジーは邪悪な魔女のように感じた。
 白い壁面の空間のせいか、血生臭い印象は無く、床もほぼ全て白いタイル張りだった。
 建設の際に出た大量の土砂を再利用して作られたとか。
「多くの職人が関わっていた頃は、それはもう凄い光景じゃった。拡張工事はこの辺りも大賑わいとなっていた」
 終われば寂しいものだが、一大工事はなかなかお目にかかれるものではない。
 そうして全員が地下一階にたどり着くと仕切り壁がたくさん見えてきた。
 それは部屋をいくつかに分けて個人使用するための簡易的な壁で、それぞれの研究者の邪魔にならない程度だという。
 壁にはたくさんの黒板が張られ、様々な文字が書かれているが、中には梯子(はしご)を使わないと届かない高さにあったりする。
「出口を塞げば監禁できますね」
「そういう事をすると国から怒られるのでな。一応、ここは国王も視察に来られる。あと定期的な監査も入る」
「そこはちゃんとしてるんですね」
 と、マリア達は感心する。
 後方に居るレオンミシェリ達もそれぞれ一様に驚いていた。