ラナークエスト 作:テンパランス
屠殺場の扉の一つが開き、モンスターがゾロゾロと歩いて来た。
アンデッドモンスターは居るには居るが今回の討伐には含まれていない。
低級の
亜種や近親種なのかも知れない。
屠殺場内の温度は年中温暖だと聞いた事があるが、少し肌寒かった。
しばらく稼動していなかった事もあるのかもしれない。
肌寒いのは最初だけだ。戦闘が始まれば身体の火照りで蒸し風呂のようになってくる。
「せめてタオルだけでも身体に巻いておけ」
モンスターを引き連れたイビルアイが言った。
「いえ、結構ですわ。汗とか色んな体液で肌にまとわりついて気持ち悪くなると思いますから」
「整列だけさせる。無理に恐怖を味わうこともあるまい。モンスターの説明は必要か?」
「興味はありますが……。どの道、肉塊となってしまうんですもの。結構ですわ、後で……」
「左側の列から順番に倒していくといい。毒性のある者は居ない。では、扉は自由に開けられるから疲れたら休んでいいぞ。具合が悪くなっても休んでもいい」
それだけ言ってイビルアイは立ち去った。
規則正しく種類ごとに整列していく小型のモンスター達。
中には
「大盤振る舞いでも良かったのですが……」
さすがに飛翔体や大型モンスターは出て来ない筈だ。出入り口で詰まってしまうし。
今のラナーの強さでは騎乗動物は倒せないかもしれない。それだけ上記のモンスターは強い。
「裸のお姫様がモンスター退治をする現場はさすがに人には見せられませんわね」
武器の握りを確認し、突撃する。
醜悪な面構えの
命令によって動くモンスターだから、ということもある。
慣れない者は動かないモンスターに恐怖する。言葉だけでは平気そうだが、実際に目の前にすれば嫌でも理解する。
習慣というものの恐ろしさを。
人はそれを『ゲシュタルト崩壊』と呼ぶ。
普段は当たり前だと思っていたものが気が付けば窮地に陥る状態になっている現象だ。
特に単純作業をしている時に陥り易い。
絶対に安全だと思っていたのに大きな失敗を何故かしてしまう。
気持ちの油断が生む恐怖。
「………」
作業は単純。
ただモンスターの身体に武器を突き刺すだけ。
クライムの助言を思い出しつつ突き刺す。深すぎると引っかかり抜き難くなる。それだけで余計な体力が失われる。そして、それが戦場では手間取ることは命取りなってしまう。
もくもくとラナーは突き刺していく。
確実に死んだかどうかは動きで判断する。本来なら剣で確実に首を落として完了だが、今回は槍なので少し大変だった。特に頭が固くて。
さすがに
叩きつけるにしても打撲程度。眼球から突き刺すと良い、という言葉を思い出しても中々、実際には難しい。
骨を砕くような腕力がそもそも無い。
「………」
無理に一つの武器にこだわるのも時間と体力の無駄だと判断し、剣を持ってくる。
心臓を突き、首を落とす。
いちいち持ち替えなければならないが、今回のモンスター討伐において気にしないようにとクライムが優しく言ってくれた。
戦技指導において意外と厳しい。彼の優しさは自分の弱さを
それでも戦いの厳しさをしっかりと教えてくれた良き
妙な体型のお姫様が現れる事態になってしまうのは笑い事ではない、かもしれない。
両腕の太さが以前の三倍とか。
想像するだけで暖かくなった身体が底冷えしてくる。
武器は身体全体で扱うように。一撃一撃をしっかりと奮うべし。
胸を何度も突いて動かなくなったら首を切断。
その作業を三匹目まで終わった辺りで一息つく。
普段使わない筋肉を使うのだから異常に早く疲労する。
レイナース達と冒険者の仕事をしていた時以上の苦痛は何なのか。
「……準備運動するのを忘れていましたわ……」
それはクライムから何度も言われていた基本中の基本だった。
瞑想だけでは駄目だと証明された。
一旦、作業を止めて風呂場に向かう。そこで少しの間、屈伸運動などを
血行の関係から急な運動は危険だと教わっていたので、風呂上りにまたも瞑想。
数分後にまた運動を繰り返して身体の状態を確認する。
クライムの場合は素振り百回とかするらしい。それも一時間以上も。
城の周りを走ることもあるという。
身体の全てを使う鍛錬を今までクライムや兵士達は
王女はそれを短期間で得ようとして苦しんでいる。当然の結果ではあるけれど、自分でやってみて分かることもある。
三分後に作業の再開だがモンスターは今も整列し続けている。
見たことも無い小型のモンスターばかりだ。
今の調子では一週間くらいかかるのではないか。それとは別に多種多様なモンスターの姿は壮観だった。
この世界にはまだまだ自分の知らない事があるのだと。
そして、そんな不思議なモンスターをこれから殺していく。
† ● †
イビルアイが用意した小型のモンスターの強さは適当で、ラナーにも倒せないものが混じっている可能性もあるが、そこは手の感触などで理解していくと楽観視していた。
定番モンスターの
再生力の高い
その他には今のラナーには強い部類の武器を持った
相手の真似が得意な
更には
姿から名前を想像することも出来ないような珍しいモンスター達など。
他にも凶暴な大型種が居て、そちらは今のラナーには倒せそうもないとイビルアイが判断している。
倒す以上に増えて整列しているけれど、ラナーにとって見れば一体ずつ倒すのが重要なので気にしていられない状態になっていた。
屠殺場には戦闘風景を監視する小窓があるのだが、裸の姫を見せるべきかイビルアイは少し迷っていた。
距離があるから肌色の姿くらいしか見えないと思うけれど。
「具合が悪くなったら助けに行くが……。差し入れの準備をしてきてくれ」
「宿舎は使えるんですか? 誰も居ないような気がしましたが……」
「使っているぞ。表の畑は定期的に使っているからな。水も風呂も使える。あと、備蓄を使ってもいい」
「了解しました」
「無理の無い討伐とはいえ小娘にはまだ苦戦する段階なのだろうな」
クライムに命令しつつラナーの様子から目を離さないイビルアイ。
必要数は既に用意したが追加は状況によって変える予定になっている。そして、それらを制御する者がイビルアイの側で待機していた。
メイド服を着せられた女性なのだが、モンスターの用意や施設の運営は実質的にメイドである彼女が本来の
イビルアイはその彼女に命令する権利を持たされているだけで実働の全ての権限を持っているわけではない。
別に全ての権限を使う気は無く、今回のような限定的な使用でも充分満足していた。