ラナークエスト 作:テンパランス
他愛も無い会話の内に現場に到着した。
通称『
正式な名前は『マグヌム・オプス』という。
規模はそれ程大きくはないのだが王国随一の
外から見る分にはいくつかの建物がまばらに点在しているだけで閑散とした寂しい施設にしか見えない。
牧畜は近隣の農村が交代制で
この施設の真価は地下にある。
上からでは分からないが広い空間が作られていて
多くの
冒険者の仕事もする彼女は非番の時はマグヌム・オプスにこもり日々、何かを研究している。
研究内容は新たな魔法の開発と利用方法の模索。表立って出来ない実験など。
ラナー達は一般人も入ることができる地下への入り口から降りていった。
少し長めの階段を降りていく間に白いタイルが張り巡らされた明るい空間が飛び込んできた。
数百メートルという高さを持つ地下空間は二階層になっていて同程度の高さの空間が更に下にある。
単純に高さだけなら一キロメートルほどの深さになる。
その内の地下一階部分に降りていくのだが、圧倒的な広さは言葉を失わせるほど。
個人で掘りぬいて外壁タイルを張って作り上げた施設は中々に壮観だった。
「……本当にここは地下なのか疑いたくなりますわね」
「明るい光りを多く入れているからでしょう。他の部屋に行くと地下だなって実感しますよ」
「
と、
今日が初めて、というわけではないが自然と口に出てしまって少し恥ずかしさを感じた。
「そこもそうですが……。
そんなラナーに合わせて平静を装うできる男クライム。しかし、未だに
今回はその屠殺場を利用することが目的だ。
物騒な名前に恥じない
すなわち言葉通り『モンスターを殺す場所』だということ。
ラナー達が階段を降りて最初にたどり着いた場所は研究室となっている。
ここ自体は特に物騒なことは無く、多くの研究者も訪れ、何がしかの会議も
とにかく広いので多目的に使用されていた。
いくつか区切りの為の仕切り壁がある。もちろん、大事な資料も保管されているので、その部分は完全に閉じられている。
数分の移動で目的地に到着し、目的の人物を見つける。
「おう、小娘。よく来たな」
赤黒いローブを頭から被り、全体的に黒い服装で統一した格好の小柄な人物がイビルアイだ。
顔は白い仮面で隠されているが女性だ。発せられる声はノイズがかっていて性別による判断が付くにくくなっているが何故なのかはラナーでも分からない。
装備している仮面の力なのかもしれない。そして、その仮面の脇から金髪が覗いていた。
あまり肌の露出はしないが不健康そうな色白である。
そもそも蒼の薔薇という冒険者パーティは女性のみで構成されている。
「物騒なお部屋をお借りしようと思いまして」
「そうか。今は無人だ。……ああ。そういえば、しばらくラキュースに会っていないのだが、あいつは元気なのか?」
イビルアイは研究熱心な女性で時間を忘れて没頭する事が多い。
壁に掛けられた無数の黒板には
近くに魔法で使うのか、様々な物質や道具が置かれていた。
主に錬金術に連なる道具類らしい。
一部の魔法は動物の羽根や鉱石などの物質を触媒にする。その関係で様々な小物が必要だという。
マグヌム・オプスの住人となっているイビルアイは非番の日は地下にこもり、仲間達と冒険の旅に出る以外は研究している事が多い。
広大な地下空間には今はイビルアイ一人しか居ないように見えるのだが、違う分野の研究者にも解放されている。
現在居る階層のもう一段下では広い空間に膨大な数の牛と山羊が並べられていた。それらは全て食料の為ではなく『
皮を剥ぐという作業工程が残酷な事から一般公開が出来ない。
だからこそ、このような施設は有用だったりする。
剥ぎ取った皮は地上で天日干しにする。それだけ見れば特に気にならないのだが、全体の作業工程の内容を知ってしまうと恐れられる。
二階層構造の正方形。または立方体とも言われるマグヌム・オプスの部屋数は吹き抜けもあるので十一ほど。
この施設はそもそもモンスターを研究する事に特化している。
数多くの標本も当然、存在する。
今回ラナーが利用しようとしている『
自然界に居るモンスターを誘き寄せるよりも効率がいいと言われているが詳細は非公開とされている。あまりにも非人道的であると判断されたからだ。
そのような施設なので利用するには良心との戦いが必要不可欠となっている。
大義名分があれば人間は戦争ができる。しかし、ここは自分の都合で好き放題にモンスターを殺せてしまう。
もちろん、やりようによっては人間ですら対象だ。
子供を殺し続けることも理論上では可能だ。
それゆえに利用者は覚悟を決めなければならない。
正義を振りかざす者にとってマグヌム・オプスは嫌悪を覚える施設だ。
イビルアイは研究の手を止めてラナー達に椅子を勧めた。
「
「単純にモンスター目当てですわ」
というか『タグ』とは何だろうとラナーとクライムは
「了解した。なにやら『エター』とか言われているらしいが私にも分からない言葉が飛び交ってて混乱しているぞ」
イビルアイは姿の見えないマグヌム・オプスの
施設は自然に発生したわけではない。
何者かが目的を持って多くの建設作業員を動員して作り上げたものだ。
それは都合のいい魔法ではなく、人的資源の有効利用。そして、イビルアイは自分の目で建設風景を確認した事がある。
「
「それはいわゆる『メタ発言』というものでしょうか? 『タグ』というものが増えてしまいますわよ」
「共通設定の流用はちゃんと説明しなければならない。急にマグヌム・オプスが出てくるんだから。ここがどういう施設なのか説明しなければ
「本格的に説明するだけで一時間以上はかかりそうですわ」
「そうだな」
側に控えているクライムは辺りを見回す。
自分達以外は居ないようだがとても静かな雰囲気で何故かとても不安になってきた。
普通の人間は静寂に対し、不安を覚えるという。そんな中、平然としているイビルアイは静寂に慣れた存在だ。
この施設を利用する場合は静寂に慣れていない者は一時間毎に外に出るように配慮されている。少なくとも周りに誰も居ない場合に限るのでイビルアイが居る以上は制限に引っかからない。
「利用者は小娘一人か?」
「そうですわね。私一人ですわ。
「一気には無理だが……。他にも色々とモンスターが居るぞ。全部同じというのは視覚的に不健康だ」
「弱いモンスターでいいので、よろしくお願いいたします」
と、クライムは頭を下げて頼み込んだ。それに対してラナーは王女という身分のせいか、他人に頭を下げるという行為に慣れていない。特に貴族でもない相手に対しては。
敬意は感じている。ただ、一般市民のような礼の仕方が不慣れなだけだ。
クライムを真似て遅れてラナーも深く頭を下げる。
実際問題としてマグヌム・オプスの運用はイビルアイの権限でどうこうできるものではない。この施設の
許可無く屠殺場を動かすのは危険だとイビルアイは
「用意するのに二時間はかかる。それまで地上の施設で休むといい。それとも、見学するか?」
「どんなモンスターを追加してくださるのか興味がありますが……。それは後のお楽しみと致しましょう」
「あまり可愛いものは居ないと思うがな」
「それと……。レベルアップやスキル獲得について、どうすればいいのでしょうか?」
「普通なら自然と身に付くものだ。基本的なものくらいなら……、選ばせてやろう。あと、必要とあればチームごとな」
「はい。その時は
この施設は確かに便利だが努力を無にする。
過去にラナーは屠殺場を利用した事がある。だから無駄な説明はしない。
努力の積み重ねはとても大事だが賢い王女はそれを分かって利用すると言っているのだから軽く息を吐くだけにしておいた。
「改めて言っておくぞ」
無駄な説明はしない。だが、必要な事は何度だって説明する。特に命がかかっていることは。
「はい」
と、ラナーは姿勢を正し、クライムも
「この施設は
「心得ております」
「他の部屋も使用予定か? 風呂場は掃除しないといけないのだが……」
一部の部屋には規模は小さいが風呂場がついている。死体洗いを大規模にする場所は一階層が風呂場となっている。
普通ならば気にならないのだが死体洗いに使うと聞けば一般の人間ならば躊躇する。
もちろん入る前に清掃するのだが、使用方法を知ってて使う度胸も時々、試される。
ラナーは施設の大半の使用内容を把握している。それが分かった上でイビルアイに頼んでいた。
† ● †
モンスターを多く倒せる施設ではあるけれど製作するとなると様々な壁に行き当たる。そして、バハルス帝国の皇帝ジルクニフは兵士育成の為に製作すべきか思案した事がある。
理想と現実はかなり乖離していると後で知る事になった。
使用する上で必要な人材が揃っていないのが最初の壁だった。
施設自体は多額の資金はかかるが作れない事は無いと分かっているし、試算もされた。
運営する人材が圧倒的に不足している事と将来への不安が甚大になってしまうことも手が止まる原因だ。
安易な増強は大きな災いの前触れとなる。
「私の権限で出来る事は限られているが……。一定程度は面倒を見よう」
「よろしくお願いします」
「急ぎでなければ一気に千体とは言わず、十体ずつからでもいいか?」
「お任せしますわ」
「
「私だけですわ。別の日には冒険者チームを連れてくるかもしれません」
「急激な増強は後々問題だが……。いきなりアダマンタイト級とは言わないだろうな? 一応、警告は受けているのでな」
施設の存在は他国に
どうやって見分けるかというのは非公開になっているし、イビルアイも基本的に冒険者ギルドの意向に
「レベルアップが目的でアダマンタイト級はついでですわ。様々なモンスターと戦うのが主な目的というところですので」
「……時々、お前の発言にビックリするぞ。小僧も大変だな」
「失礼ですわね。少し傷つきました」
と、口を尖らせるラナー。
「今なら単身で帝国を襲いに行くと言っても信じられそうだ」
「それは少し……、思わなくも無いですわ」
物凄いレベルアップをすれば本当にやるかもしれない、という雰囲気をラナーは出せる。
それゆえにイビルアイは心配だった。特にお供のクライムの身が。
ラナーが単身で自滅する分には構わないのだが、巻き添えは可哀相だと思う。
忠誠心溢れる若者は嫌いではないので。
「代理人たる私の権限で動かせるのはたかが知れている。無理の無い計画は大事だぞ」
「はい。……ですが、時間がかかりすぎると冗長な内容の繰り返しになってしまいますので」
「……お前は何を心配しているんだ。そのセリフはモノローグがすることではないのか?」
「そうなんでしょうけれど……。この調子ではレベル75に到達するまでウザイ説明を二百万字近く読まされる
「二百万字で足りるのか?」
「延々と
イビルアイとラナーにしか通用しない専門用語が飛び交い、クライムは冷や汗をかきつつ見守っていた。
発言の内容によっては突然の消滅もありうる、ような予感がしたからだ。
二人はとても危険な話をしている、と。
「75レベルは別に到達しなくてもいいだろう。平行世界とやらでは達成しているわけだし……。いや、
「そうですか? それはそれで面白みがありませんわ。王女の遍歴をお伝えできないのは勿体ない事だと思います。場合によればジルクニフ皇帝やオーリウクルス女王の強化版に興味を持ってもらえるかもしれませんわよ」
「それは個人の趣味の
「発想は大事ですわ。何者かが
なにやら力強い発言をラナーはしている、とクライムは感じたが黙っていた。
イビルアイも個々の単語について指摘はしなかったが苦笑はした。
† ● †
本当にウザイ説明を延々とすることになりそうな気配を感じたイビルアイ達は咳払いをひとつして話題を戻す。
事情を知る者は色々と難儀する、など呟いた。
「……ラナー様のレベルをまず5にするところからお願いいたします」
会話が途切れたところを見計らい、クライムは発言した。その勇気に対してイビルアイは親指を上に向ける仕草で答えた。
「一ケタ台で討伐出来そうなのは……。あまり居ないが用意はしておこう。……ついでに大事な事だから言っておくが……。偶然の一致は不可抗力だが完全な●●●●は立派な●●●●だからな! ……よし」
「……誰に対して叫びました?」
「これから頑張る
イビルアイは立派なことを口走った。
他人の真似事ばかりでは成長は見込めない。もちろんオリジナリティは大事だし、
「チートの施設で力説しても説得力がありませんわね。それはそれとして……。この先、どうすればいいのでしょうか?」
「王女が納得する道が見つかるまで、だろうな。それとも
「それはもう済んだ気がしますので……。もっと大物がいいですわね」
「一人で討伐するよりチームワークを
「もちろんですわ。仲間との共闘も興味があります」
「……ところで、こんな調子で二百万字、三百万字も書き続けるつもりなのか?」
「……さすがにそこまでは行かないと思いますわ。……女ばかりになってますし……」
ひそひそと小声で会話するイビルアイとラナー。
「漆黒聖典の奴らを出すべきだな。少なくとも六腕よりは歯ごたえがある筈だ」
「そういえば、序盤に出ていたクレマンティーヌさん。どこに行ったんでしょうか」
「一人で活動できる実力者だから他の街でも頑張れる。それとも、
イビルアイはクレマンティーヌの戦い方を知っている。それゆえにラナーに当てはめて想像してみた。
上半身を地面に倒す姿勢で複数の武技を使うラナーを。
微笑む顔はクレマンティーヌに勝るとも劣らない。という光景に悪寒を感じた。
「あいつのようにスティレットで敵を倒すとか言わないでくれ。王女としての品格を失いそうだ」
「むー。それは何だか失礼な気がしますわ」
小さな武器でモンスターを華麗に倒す。そんな見事な戦い方が出来れば文句は無いのだが、そこまでの熟練戦士になりたいわけではない。なれたら、それはそれで凄いし、自分でも驚く。
とはいえ、楽してモンスターを倒すようになったら、きっとモンスター討伐は飽きてやめてしまう可能性が高い。
地道な苦労は正直に言って、嫌いではない。
今回は仲間達に追いつく為に今の内に出来る事をするだけだ。いきなりレベル75になろうとは思っていないし、それはとても荒唐無稽だと分かっている。
今までの苦労を台無しにしては軽蔑される。いや、軽蔑で済めばいいが、最悪の場合は冒険者ギルドから追放される気がする。
仲間外れにされるのはラナーとて傷つく。
「一桁で倒せそうなのを
「よろしくお願いします」
「……
「はい」
「小僧はどうする? 私の手伝いをしてくれるのか?」
「クライム。お手伝いをしてきて下さい」
「了解しました。着替えは後でご用意いたしますね」
イビルアイとクライムは『七の宝物庫』と呼ばれる部屋に向かい、ラナーは部屋の角に向かう。
大きく分けて四つの正方形が合わさった形をしているマグヌム・オプスはそれぞれの部屋の行き来が容易である。
普段はいくつかの部屋の通路は封印されているのだが使用目的によって解放される。
前々から入れない『五の宝物庫』の存在で大浴場と呼ばれる部屋に行き難くなったため、斜め移動も出来るように改装されていた。
中心地は通路のみで部屋を置く空間は構造的に確保できないので通行する分を削り取った。
必要に応じて改装できるところも人の手で作られた施設である証拠だ。