ラナークエスト 作:テンパランス
冒険者になる上でもう一つの気掛かりをレイナースは思い出す。そして、それはラナーも気付いた。
受付嬢に言葉が通じないという事に。
ナーベラルの通訳が無ければ無理そうだ。依頼を選ぶのも無理ではないのか。
興味本位は構わないのだが、ヴィクティムは色々と不便を被りそうだと思った。
「……やっぱりやめた方が無難ではないか?」
「本人のやる気だけでは……」
ふよふよと空を飛んで受付に向かうも言葉が通じない。
案の定、受付嬢は引きつった顔のまま冷や汗を流している。
この化け物は何なんだ、と。さっきから見えてはいた。冒険者になるらしいことも聞こえていた。だが、面と向かって喋る言葉はさっぱり分からない。
救いがあるとすれば人間の言葉はちゃんと通じている。と、自分ではそう思い込んでいるだけかもしれないけれど。
長い説明を理解してくれないと規約に厳しい冒険者ギルドとしては困る。
「ヴィクティム様は冒険者として登録したいとおっしゃっている」
「そう言われましても……。そちらの言葉が分からないのでは依頼人との交渉に差し障ります」
そもそも冒険者は依頼を受けた後、ある程度は自分たち自身で依頼人と打ち合わせや交渉をしなければならない。
ただ、依頼を受けて依頼人に会っても『なんだ、この化け物は!?』と驚かれて逃げられてしまう。そうでなくても受付嬢は今すぐにでも逃げ出したかった。
胎児が浮いている。とても気持ち悪い。せめて服くらいは着てほしい。などなど。
異形種が冒険者の登録をしてはならない規則は無いが、意思疎通が出来る相手じゃないと対応に苦慮する。
「どう考えても冒険者になるには色々と難しいかと存じますが……」
「荷物運びとか出来そうにないし。怖がられて逃げられる結果しか見えないな」
「魔法が使えるなら良いのですが……」
単独ではほぼ無理だ。チームを作らないと活動に支障が出るのは目に見えて明らか。
さすがに単独で行動しようとは思っていない筈だ。
「単独で無理ならばチームの一員として……」
「
ヴィクティムの言葉をナーベラルは伝えた。
それに対し受付嬢は安心して頷く。
聞き訳がいい異形種で良かった、と。
少なからず人間に対して横柄な異形種が多いので色々とトラブルになりやすい。
言葉の調子からヴィクティムは大人しい生物だと思われる。というか、そう聞こえるだけかもしれないけれど。
異形種の中には変身するものが居る。安易に安心は出来ない。
「登録しても……、今は単独の仕事はこちらから紹介は出来ません。申し訳ありませんが……、これはご了承いただきたい」
「
素直に従うヴィクティムにナーベラルは少し感動を覚えた。
もちろん、下等生物相手になんて慈悲深いのだ、という意味で。
長い受付嬢の説明が始まるのだがヴィクティムは表情の変化が読めない。もとより胎児になりかけのような存在だ。
それでも
† ● †
登録は受付嬢から冒険者として守らなければならない様々な約束事や収入などの説明が続く。もちろん気になった点があれば質問しても良い。
この長い説明を聞き終わったからとてすぐに仕事を始められるわけではない。
まず『メンバーカード』を受け取る。
手続きの関係上、即日は無理。
各都市にある冒険者組合に色々と書類を届ける為だ。
次の日にプレートを渡されて初めて冒険者として認められる。
チーム名は同じものが無い限り、比較的自由に付けられる。もちろん常識の範囲内でだが。
付けなくても自分の名前だけで仕事は請け負える。
活動に関して一人でも仕事は出来るが基本的に複数人でチームを組むのが一般的だ。
戦士。魔法。補助。それぞれ役割分担を決めてモンスター退治に赴く。
単独で仕事を請け負うものは余程の実力を持っていないと勤まらない。
平均人数は四人から六人。
「では、ヴィクティム……さんとお呼びすれば良いのでしょうか?」
名前はナーベラルが書いた。現地の文字はまだ不慣れなので汚くなってしまったけれど。
「
「こちらがメンバーカードになります。後日、プレートをお渡ししますので……。明日の昼ごろにもう一度、いらしてください」
正直に言えば『二度と来るな』と立場上は言えなかった受付嬢。
まだ異形種に対応できるほど心臓は強くなかった。
ただ、冒険者プレートは首にかけるものなのだが、ヴィクティムには首が無さそうで、どうしたらいいのかと困惑する。
背中の羽にかけたり、頭の輪に結べばいいのか、など。
「……すみません。ヴィクティムさんにプレートを掛ける場合はどうすればいいのでしょうか?」
と、ナーベラルに小声で尋ねた。
「……ん。かけにくそうだな。装備品について検討するので用意だけしてくれ」
「
「こちらこそ」
話す内容はとても丁寧なので無下に扱うのは心が痛む。
見た目で判断してはいけない、と言われているけれど、正にそうだなと思った。
† ● †
一連のやり取りを終えて息苦しい空気から解放されたのか、そこかしこで大きく息を吐き出す冒険者が続出した。
最初の出会いから大人しくしていたイミーナもついつい見守って言葉を失っていたほどだ。
「あんたの連れは色々と面白そうね」
「……そうかな?」
「私は新たなチームと組む予定だから。アルシェはここで頑張りなさいよ」
「……うん」
イミーナは自分が滞在している宿屋の場所を伝えて他のテーブルに向かった。
名残惜しいが今の自分は『黄金の仔山羊』だ。無駄に増やせば経験値が減る。
「つい見物してしまったが……。今日の仕事はどうする?」
「モンスター討伐か荷物運びでしょうか?」
銅プレートの仕事は
最初は何でも地味なものだ。
「そういえば、すっかり忘れていましたが『魔導国』という国がありましたわ」
地味すぎて存在を忘れかけていた。
世界征服を企む悪の魔導王。確かに
王国の依頼を受けていると危機的状況なのが嘘のようだ。
「武力で他国を攻めているわけではないからな。城砦都市エ・ランテルも普段どおりだ」
魔導国の都市であるエ・ランテルは今のところ入国制限は無く、元々の住人をそのまま住まわせている。ただし、最初の印象が悪かったのか、多くの冒険者が逃げ出した。
魔導王『アインズ・ウール・ゴウン』はアンデッドモンスター『
アンデッドは生者を憎む。それが世間一般の常識だった。
国王と今はなっているアインズは自分の国民に対して重税は課していないし、悩み事はちゃんと聞くようにしている。
目下の目的は統治の仕方だとか。
原住民の中から優秀な人材を見つける為に色々と画策しているらしい。
仕事に対しては驚くほど真面目であるため、王国から派遣した使者が驚いていた。
「それで魔導国がどうかしたのか?」
「エ・ランテルの冒険者組合に行って墓地での仕事を受け負ってみようかと。アンデッドモンスターが今でも湧き出るんですよね?」
「今は色々な冒険者の訓練施設になっている。依頼では入れなかった筈だ」
「あら、それは残念ですわ」
経験値稼ぎとしては良い案だ。
ギルドが干渉できないのでいくら倒しても収入にはならないとレイナースは聞いた覚えがある。
だから、一般の冒険者はエ・ランテルの東に位置する『カッツェ平野』のアンデッドモンスターを討伐する依頼を受ける。
そこは王国と帝国が協力して今もアンデッドを掃討している場所だ。
適度に倒さないと
土地面積はかなり広く、アンデッド反応を示す霧で視界不良になり易い。
奥まで進むのは大変だが腕に覚えのある冒険者は今も挑戦し続けている。
「いきなり行くよりレベルアップについて答えが出てからでも良いだろう。無策で突入するのは愚か者だけだ」
「そうですわね」
歴戦の戦士の言葉はとても重く感じられた。
経験値も大事だが昇進も大事だ。
基本的に依頼はプレートによって決まってくる。自分の実力以上の依頼は受けられない。逆に実力以下の依頼は特別な場合でもない限り受けられる。
一時期『漆黒』が手当たり次第に依頼を受けすぎて注意を受けた経緯があり、無秩序に選ぶことは今は出来なくなっている。
誰も引き受けなければ特例として認められるようだが。
昇進すれば上の依頼が受けられ、報酬も多くなる。当然、危機度も高くなる。
「まずは定番のモンスター退治だ。基本は大事だ」
レイナースの言葉にそれぞれ頷いていく。