ラナークエスト   作:テンパランス

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レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ

 

 戦闘意欲が減退した獣人レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ。

 白銀の毛並みを持つ猫獣人だが大部分は人間と変わらない。

 戦闘能力も高いとは聞いていたが意外と平和主義者でモンスター退治も得意だという話しだった。だが、こちらの世界ではその調子は発揮されず、血なまぐさい戦闘は苦手らしい。――もちろん、大切なものを守るためには戦うそうだが。

 人間と同等の年頃の女の子。一国の領主でもあり、専任感が強い。

 凛々しい顔つきは見る影もないが――

 

「戦わないのであれば、それはそれで結構なので」

 

 『マグヌム・オプス』の主オメガデルタが淡白な物言いをすると来訪者は震え上がる。既にここがどういう場所か浸透した証拠である。

 最新刊からして非人間的。情のかけらもないのか、と言われそうだが――元よりそんなものとは無縁の世界から来ている。

 人間の尊厳などゴミである。

 意地汚くとも生きるために手段を選べる余裕は低階層の人間には存在しない。ただ、オメガデルタは他の者とは毛色が違う。

 そこそこ社会にもまれはしているが世を恨むほどではない。誰かを憎む事もない。

 あるがまま。本能に従って生きているだけだ。

 

「全員をどうにかする気はないので。特徴のある人種が対象なのは今更だと思いますが……。諦めて頂こう」

「……そう言われると緊張する。もう少し穏便な方法は無いのか?」

「行為は残酷ですが痛みを軽減する方法をきちんと取りますので。あまりにも都合の良い魔法と言うのはありませんよ。あと、アイテムも」

 

 大勢の前だと混乱ばかりで事態が進まない。それゆえに個人面談の形に移行した。

 シンフォギア勢は既に処置が終わっているけれど、特殊アイテム便りのターニャやカズマには興味がわかない。こちらは精々ステータスを見せてもらう程度だ。

 レオンミシェリの前には机があり、その上にはミルヒオーレ、クーベルのものと思われる獣耳と尻尾だけが乗せられている。それを見ることになったレオンミシェリは大層顔を青ざめさせた。

 万能の魔法は残酷なことも平然とできる。そして、逆に奇跡を目の当たりにすることも。

 

(生々しいな。手触りも確かにミルヒやクーベルもの。生首ではないだけましなのかの……)

 

 目に入れても痛くない。宝物として仕舞っておきたい。そんな気持ちを実際に愚見化されるとこんなに心が切なくなるとは、と白銀の猫獣人は悲しみを覚える。しかし、それも今だけ。自分も同じことになる。

 耳と尻尾は唯一ではない。これと同等のものが一〇セットはあるという。

 よその世界の主人公によくこんなことができるな、と感心すら覚える。

 

          

 

 どこの世界に主人公を丸ごと保存しようとする輩が居るというのか。ここに居る。

 結果が示されているので今更なかったことに出来る訳がない。

 単なるモンスター退治やクエストの消化だけがファンタジーではない。

 再生医療も人類の彼岸ではないのか。それをたまたま魔法で出来ただけだ。死者の蘇生もその一環にすぎない。

 

「戦闘を嫌がる貴女の代わりにミルヒオーレさんに頑張ってもらおうかと思ったのですが……。何の目的もなく増強するのは元の世界に戻った時、困るかもしれません。であればどうすればいいのか……」

「……わしが犠牲になればよい、と答えるのが普通じゃな」

「一般的にはそうなんでしょう。だけど、ここは違います。豊富すぎる魔法が扱える。……神様が言うには元の世界に戻っても心配は無いとか」

「……その神とやらは何処に居るのだ? 本当に居るのかもあやしくなってきた」

(居ると言えば居ますと答えます。……ただ、本体はすぐ消えてしまって……。でも、居なくてもいいんですけどね)

 

 破壊神『兎伽桜(とがおう)娑羽羅(しゃうら)』はどこで何をしているのやら。

 彼女のステータスは一部が隠蔽されている為、全貌は把握できないがレベルは一〇〇をゆうに超えている。しかも豊富な職業(クラス)構成からも尋常ではない相手だと理解できた。

 一般プレイヤーではない。本当に神様かもしれないし、何らかの秘密がある存在ともいえる。

 オメガデルタが魔法を一つ唱えればレオンミシェリの意識は一瞬で沈む。次に目覚めれば机の上には彼女の両腕が転がる。

 残酷な現場を見せて楽しむ趣味は無いので本命に移る。

 ある程度の説明をしておけば覚悟を決めやすくなり、回復魔法の効きもよくなる。完全に否定されたままだと肉体がゆがむ恐れがある。そこが万能に出来ない部分ともいえる。

 事務的な処理だが相手が泣き叫ばないのは助かる。後静かだ。

 そうして、全てが終わればレオンミシェリが部屋に一〇体並ぶ。

 

(本物には退場してもらって……。残りは実験の続きだ)

 

 複製品の長所は自我を持たない。最初のオリジナルだけが自我を維持する。

 脳機能も大差がないのにそんなことがあり得るのか、と疑問を抱きそうだが。

 これに自我を植え付ける方法があるにはある。

 一般的な複製は完成すればたいてい自我が芽生えると考えられている。それは赤子の話しで大人サイズのままの複製は簡単ではない。

 事前に把握したレオンミシェリのステータスは以下の通り。

 

種族

猫獣人(ガレット)

猫獣人王(ガレット・ロード)

職業

王女(プリンセス)

大貴族(ハイ・ノーブル)

百獣王騎士(ビーストキング・ナイト)

重戦士(ヘビーナイト)

軍師(ウォーロード)

将軍(ジェネラル)

その他(残り一レベル)

 

 分類的には亜人種である彼女の種族レベルを増やすと特別な姿に変貌するのか、とても興味がわく。この場合、変異種は考慮に入れない。

 もっさりと体毛を生やした本格的な獣人の姿になったりするのか。

 まず一人目を極端に強化してみる。特に種族レベルを最大に。すると進化先が増える、というのがお約束だ。

 彼女達の場合は『神獣』というものになれる。そうすると不死の特性が備わり、人間的な感情を失う恐れがある、と説明文に出てくる。

 これは一般的な不死系クリーチャーに見られるもので珍しくものではない。

 不死だからと言って殺せないわけではない。寿命によるペナルティを受けなくなるだけだ。

 王女(プリンセス)の上位は女王(クイーン)女帝(エンプレス)だ。この辺りは資料にまとめているので特別なことは無い。

 彼女の職業(クラス)において一番気になるのは百獣王騎士(ビーストキング・ナイト)だ。

 印象としては獣の王。

 最大レベルにすると狂化に似た身体強化系の特殊技術(スキル)を使うことができる。

 

「彼女達専用の技があるようだな」

 

 こちらの世界特有の技である『武技(ぶぎ)』に似たものや『紋章術』を覚えることができる。系統が違うので彼女が居なければこの世界には発現しないタイプだ。

 後は地道に調査していくしかない。

 ミルヒオーレとクーベルも大体似た状態になる。後は人間代表のアデライドだ。こちらは種族的な興味がないので職業(クラス)の強化くらいだ。

 姿が極端に変貌することが無いと分かっただけで良しとする。

 一体を処分し、残りは保管しておく。

 更に追加で増やすとしても一〇体くらいで充分だ。あまり無尽蔵に同じ物を並べても面白くない。

 

          

 

 後始末を終えた後でレオンミシェリを起こし、彼女の猫耳と尻尾を用意した。

 自分の肉体を離れた位置から見るのは貴重な体験だ。記念にするも良し、ミルヒオーレ達に渡すも良し、と伝えた。

 

「……この世界に居るお主と出会うことがとても危険だと……思い知ったわ。だが、確かに……。今のわしではどうにもできないことがあると分かっただけで世界の広さを知ることが出来た」

 

 己の尻尾はまだ少し動いていたが腐るまでは大切に持って居る事を約束した。

 早速、ミルヒオーレ達に見せると顔を青ざめさせた。だが、彼女達の獣耳と尻尾もあるのでお互い様だ。

 残酷ではあるが大切な者の尻尾などはどうしても愛おしく感じる。

 葛藤を抱えつつレオンミシェリはミルヒオーレの尻尾を手放すことができなかった。

 

(……おお、おお。どうしてじゃ。ミルヒの尻尾はどうしてこんなに柔らかい)

(……レオ様。かなりショックを受けておられるご様子……。私達もお互いの尻尾に驚いていますが……。どうしてでしょう、手放すことができません)

 

 皮だけ残して装飾品に加工もできる。だが、それをするのは何らかの冒涜のような気がする。しかし、それでも手放すのは惜しいという気持ちがわく。

 オメガデルタの珠泡は実に恐ろしいものであると改めて実感した。

 切除されているとはいえ自分たちの身体には獣耳も尻尾も健在だ。再生魔法の妙ともいえる。

 

「……レオ様。この世界に来たことがそもそも災難なのです。住居に帰りましょう」

「うむ」

「レオ姉が更にしおらしくなるとは……。それにしてもお互いの耳と尻尾を交換する時が来ようとは……」

 

 栗鼠獣人のクーベルの尻尾が一番大きく触り心地が良い。切除に対して何とも思っていないのか、レオンミシェリは尋ねた。

 寝ている間に切られ、再生されたのだからどうしようもないと答えた。

 本当に切られたのか、今は疑わしいほど。

 

「……いや、本物じゃ。実際、わしは腕も落とされた。その時の切り口は……幻ではなかったぞ」

「……うへぇ。レオ姉は凄いものを見てしまったようじゃな。ウチらは特に残酷な現場は見ておらなんだ。……この尻尾達がそうとも言えるが……」

「まあまあ、とにかく……。ここから離れましょう。レオ様は今日は何もせずに休んでくださいませ。ミルヒが気の済むまでお側に居ります」

「……すまぬ」

 

 古今無双の武芸者でもあるレオンミシェリがここまで意気消沈するとはクーベルも想像できなかった。

 だが、自分達の手に握られている尻尾を見ていると反抗しよう、という気が起きなくなる。

 手を出してはいけない相手。それが確実にこの世界に居たのだと。

 

 


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