ラナークエスト   作:テンパランス

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#168

 act 106 

 

 立花としては万全の状態になった今こそ打倒しようという気持ちを乗せて戦っている。それなのに全く勝てる気がしない。

 まるで風鳴(かざなり)司令のようだ。

 あの人は人間の限界を果てしなく超えているところがある。と、様々な事柄が脳裏を過ぎる。

 実際に龍緋と風鳴司令はどちらが強いのか、興味を持った。

 それから三十分後に一息つく頃、風鳴達が様子を見に宿舎から出て来た。

 肉体が再生してまだ一日しか経っていないので、彼女が無茶をしていないか気になって色々と身体のあちこちを調べ始める。

 

「立花。無理な戦闘はしていないだろうな?」

 

 眉根を寄せる風鳴に苦笑を見せる立花。実は割りと本気を出していた、などと言えるはずもなく。

 ちなみに風鳴司令こと風鳴弦十郎は風鳴翼の叔父に当たる人物だ。

 

「その男が例のラスボスかい?」

 

 興味津々に天羽は龍緋の周りを回りつつ観察する。

 見た目にはいい男かもしれない。けれども白髪頭というのが気になった。

 実年齢が計りにくいので。

 

「それよりキャロルちゃん。どうでしたか?」

「部屋で塞ぎこんでいるよ。しばらくは寝かせたほうがいい。相当な現場を見せられたみたいだ。口に出すのも恐ろしいような……、そんな雰囲気だ」

 

 朝から暗い顔で食事も僅かしか食べていない。

 声には反応するようだが体調がとても気になった。

 

「……あっ、そういえばモノローグさん」

 

 と、小声で辺りに向かって尋ねる立花。

 

「……キャロルちゃんのフルネーム教えてくれるんでしたよね?」

 

 そんなとこを言った覚えは全くないな。

 都合の悪い事は全て忘れる主義なのだ、と小声で返したのは雪音(ゆきね)クリス。

 

「……あたしは何も言ってないんだけど……。だが、約束は約束だ。ちゃんと守れ、腐ったれ」

「覚えていないけれどバラバラにされたと思うので。はい、教えてください」

 

 風鳴達はそれぞれあらぬ方向に向かって頭を下げる。

 そこまで言われれば仕方がないとモノローグは思ったのか、というより人格があるのかは疑問だが。

 それぞれの耳に声が聞こえてくる。

 

 キャロル・マールス・ディーンハイム。

 

 少しの間沈黙が降りた後、雪音は何故、お前(モノローグ)が知っているんだよ、と胸の内で突っ込みを入れる。

 聞いた方もどうかしているけれど。

 

「……キャロル、まーるす、でぃーんはいむ……。よしっと」

 

 地面に平仮名を指で書く立花とそれを書き留める風鳴。

 

「……しかし、我々は本当にバラバラにされたのか? 再生する魔法があるのは立花を見て納得するしかないのだが……」

 

 途中から意識を奪われ、気がついた時は宿舎で朝を迎えていた。

 理由を聞きに地下に舞い戻るのは危険だと風鳴だけではなく天羽たちも感じていた。

 オメガデルタは正真正銘の危険人物である、と。

 

          

 

 難しい話しは置いといて立花は目下の目的である龍緋の打倒に専念する。頭より身体を動かしていた方が気が楽だ。

 それに殺し合いではなく、対話も出来る。いつものように一方的に追い返されない相手だ。

 

「素手だと不味いか……。あのバットを貸してくれるか?」

「いいけど、女の子を叩いちゃ駄目だぜ」

「無抵抗だと……、困るんだがな」

 

 一方的に攻撃を受けての敗北はおそらく勝利条件に足り得ない。

 兎伽桜は死力を尽くした戦いを望んでいる。であれば龍緋の攻撃にも耐えてもらわなければ不公平だ。

 赤龍は重量50キログラム以上あるとは思えない黒い野球用のバットを持ってきた。

 軽々と持ち歩いているところから、はた目には重そうな印象はない。

 

「ほいよ」

 

 何の変哲も無い受け渡し。

 それを立花達に(おこな)えば全く違った反応に変わる。

 

「……よくこんなものを持ってきたな」

 

 普通に受け取り、普通に観察する。だが、重量は本物である。

 同じ事を立花に(おこな)った場合、彼女の腕の関節が外れるかもしれない。確実に取り落とし、最悪、足に落として骨折もありえる。

 

「対兄ちゃん用の決戦兵器」

 

 どういう経緯で用意したのかは聞かない事にして、龍緋は片手で具合を確かめる。

 迂闊にすっぽ抜けて立花達に当たると大怪我すること受けあいだ。

 それ(バット)を構えて攻撃に備える。

 

「遠慮なくどうぞ」

「は、はい」

 

 改めてアームドギアによる一撃を繰り出す。それをバットで受け止める龍緋。

 ガン、という大きな音がした。

 

「おぅわ!」

 

 手ごたえから相当な強度と硬度がある事がわかった。

 単なる金属バットならへし折れる自信があったので、意外な強さに驚いた。

 

「む~。ならば……。うらっ! らっ!

 

 一撃打ち込むたびに肘辺りから火花が噴き出す。それを交互に強固なバットに打ち込む。

 支える龍緋も凄いのだが、周りから見ている風鳴達もやりすぎでは、と思いたくなる鍛錬風景。

 人間がシンフォギアの攻撃を受け止めているのだから。

 

「なんと……。立花の拳を平然と受け止めている」

「みんなでやれば倒せない?」

 

 鍛錬に妙な横槍を入れるのは筋違いというか、卑怯な気がした。

 もちろん強い敵に対して武器がどうのとは言いたくないけれど、今の立花の邪魔をすべきではないと思った。

 

          

 

 ガン、ガン、と当てているが一向に破壊できない。少し意地になってきたところはあるが鍛錬である事を思い出す。

 拳はアームドギアのお陰で痛まないが、素手でバットを持っている龍緋は平気なのか気になった。

 爆発力を持つ拳を受けて平気というのは考えられない。しかし、見た目にはケガをしているようには見えない。

 

「……そろそろ反撃してみようか。君の攻撃はだいたい分かった」

うぇ!? え、ええまあ、一方的に攻撃しているのですから……。では、お手柔らかに」

 

 うっすらとバットで攻撃してくるのでは、と思って見構えた。

 龍緋はバットを赤龍に渡して、軽く首を左右に揺らし、拳を軽く打ち出す。

 上半身を適度に横に回しつつ準備運動をしていく。

 

「しっかり防御しているかい?」

「いつでもどうぞ」

 

 にこやかな龍緋から表情が消えた。

 一拍の呼吸の後、右足からの蹴りが飛んでくる。それを立花は太いガントレットで受け止める。

 軽い動作からの一撃とはいえ、それほどの衝撃は来ない。おそらく軽い運動程度だと思われる。

 

()()は……丈夫なのか?」

「人間相手であれば……。結構、丈夫だと思います」

 

 人間以外では破壊される事は多々あった。しかし、現代兵器の殆どはシンフォギアを傷つけるには至っていない。

 風鳴司令の攻撃だとしても素手で破壊された事は無い。

 

「了解した。しっかりと身を守っているといい」

「はい!」

 

 並の人間であれば恐れることはない。

 実際、龍緋の本気を立花は見たことも感じた事もない。それでも爆裂魔法を拳だけで平然と受け止める人間だ。だから決して油断はしない。

 そんな事を思っていると龍緋が体勢を低くする。それは左足で踏み込む為のもの。その証拠に地面が砕けて身体が更に沈んだ。

 

「!?」

 

 それほど柔らかい土地ではないはずなのに、どうやって踏み砕いたのか疑問に思う間もなく、次の体勢に移る。

 後進から前進へ。それは引き絞ったバネを戻すように。いや、引き絞られた弦から解き放たれる矢。

 本来ならば一歩前に踏み込むところをその場から歩かずにいきなり蹴りを放ってきた。

 支点となる左足に回転を加え、横殴りの右足を放つ単純なもの。

 たったそれだけの動作も龍緋が(おこな)えば殺人的なものとなる。

 


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