ラナークエスト   作:テンパランス

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#115

 act 53 

 

 中継地点をいくつか経由して次の目的地に降り立つまで実に三時間。

 普通ならば一年以上はかかる距離を魔法によって大幅に短縮している。

 本来ならもっと早いのだが途中で月の様子を見た為に遅れてしまった。

 

「……おお、身体が重い……」

「重力補正の為に数分は我慢してください」

 

 同型機を二体。付き添いの供である影の国の魔法戦士(オイフェ)の計三人が周りの様子を窺う。

 彼らが居るのは地上から五千メートルもの上空で、人間が高度順応をしなければ生活出来ない地点。そこには八枚の正三角形で構成された多面体。

 『万魔殿(パンデモニウム)』と名付けた浮遊施設がある。

 この施設自体は完成しているのだが場所が場所だけに人間の姿はほぼ無い。

 居るのは前々から管理に携わるモンスター達だ。

 

「敵性体は確認できず」

「了解」

「……重力差というものはバカにできないな」

 

 身体は機械だが自我は人間。その感覚の差が行動に支障を来たしていた。

 こんな調子ではまともに戦闘行為は出来そうにない。

 素直にお供に任せることにする。

 

「ここから私の呼称は『シズ・オメガデルタ』とする」

 

 名称が決まった後で声も()()()()()()()()に変更しておく。

 

「名称登録。確認いたしました、マイマスター」

「以後、シズ・オメガデルタと呼称」

「承知いたしました」

 

 表情の乏しい三人の供がそれぞれ跪いていく。

 

「通称はマイマスターでいい。同型機と混同しては困るから」

「はっ」

 

 オメガデルタの姿は元になったシズ・デルタとほぼ同じ。

 違うところがあるとすれば眼帯を付けていない事と装備品が戦闘メイド仕様ではないことだ。

 軽装鎧を身にまとい、最低限の武器は持ってきているが使う予定は無い。

 腰にかかるほどの赤金(ストロベリーブロンド)のストレートヘアは後ろで一本に束ねたポニーテールにしている。

 即席で用意した使い捨て仕様の身体なので不便極まりない。

 

「……しかし、魔法は偉大だ」

 

 今まで確認した魔法の効果を少し思い出してみる。

 一般的な属性攻撃。治癒。探知。創造。飛翔。

 細かい類似を含めて数千個にも昇る。

 複製に憑依まである。

 中には扉を開け閉めするだけとか光りを灯すだけのも。

 多種多様の魔法文化は驚きに値する。

 

          

 

 のんきに魔法の偉大さを痛感してばかりはいられない。

 この万魔殿(パンデモニウム)にはマグヌム・オプスと直結している部屋、というか床板が存在する。それもまた魔法によって作り出されたものだ。

 それゆえに移動は実にスピーディだ。

 もちろん施設の主以外が迂闊に使えないような対策は取られているけれど。

 オメガデルタは従者たるメイド達と共に転移する。

 転移先は一の宝物庫(ユピテル)にある無数の部屋の一つ。

 

「……久しぶりの我が家って感じだ……」

 

 言葉に出すのは恥ずかしいのだが言わずにはいられない気分というものがある。

 この施設を作って数年が経ち、そこから去って更に数年が経過したはずだ。

 たまにアインズから手紙が届く以外は時間の経過をしばらく確認していなかった。

 ともすれば老衰していてもおかしくないところだったが、思っていたよりも時代は()()進んでいなくて安心した。

 

「……まだ合図の手順は覚えていたかな……」

 

 オメガデルタは別の部屋の扉の前に行き、手を叩く。するとメイドが一人転移してきた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「姿が違うのに分かるのか?」

 

 そういう風に設定したのだから分かってくれないと困る。

 ちゃんと今も機能しているところは安心する。

 

「後で全員の再確認を(おこな)う。それまでお休み」

(かしこ)まりました」

 

 そう言いつつお辞儀したメイドは転移によって消えた。

 何処へと聞かれれば待機する専用の隠し部屋である。

 そこは一人が寝泊り出来る小さな簡易部屋となっていて、運が良ければ点検時に眠っているメイドを見る事が出来る。

 その隠し部屋に居る時は待機モードになっているので別段、襲って来る事はない。

 魔導国から来るメイド達が定期的に一部屋ずつ開けて掃除したり、寝ているメイド達の服の洗濯も(おこな)っている。

 

「今は誰も居ないのか?」

 

 施設が使用中なのか留守中なのかを知るためには本来ならば影の国の魔法戦士(オイフェ)に聞かなければならない。けれども主が影の国の魔法戦士(オイフェ)ごと連れて行った為に現在の彼女に聞いても無駄であった。

 ならば普通に六の宝物庫(ユーノー)に赴くしかない。

 

「……姿が違うからびっくりされるかな?」

 

 そんな事を呟きつつ次の部屋である二の宝物庫(プルートー)に入り、アイテムの確認をする。

 本来ならば部屋を明るくするくらいの宝石類があったのだが、大半を移動させて放置した為に寂しい風景になっていた。

 

「と言ってもリイジーが持ち出しているなら……これくらいは普通か……」

 

 後で追加する事をメモに残しておく。

 管理しているのがイビルアイならば問題は無いが、他の者も使う事になっていた事を思い出し、念のために各小部屋を調査する。

 持ち出し自体は問題ではない。

 大事な事は綺麗に部屋を使っているかどうかだ。

 破壊活動が見られないので問題は無い、と判断する事にして次の三の宝物庫(ネプトゥヌス)の扉を開ける。

 自分が去ってから久しく見ていなかったが部屋は比較的、綺麗だった。

 さすがに天井は掃除出来ないと思っていたが何体かの蜘蛛女(アラクネ)の姿があったので心配は無さそうだった。

 不死の存在を放置するのはメイドであっても気になってはいたが。

 問題の次の部屋は扉を開けた途端に湯気が噴き出した。それはつまり稼動しているという事だ。

 放置する前に停止したのは確認したのでリイジーかイビルアイ、またはンフィーレアが動かしているのか、と思った。

 

「……誰か居るのかな?」

 

 常にイビルアイ達が研究施設として使っているので無人である事は少ない。尚且つ、イビルアイ達が不在でも掃除や見回りのメイドはアインズの急な命令変更でもない限り、来てくれる事になっている。

 三の宝物庫(ネプトゥヌス)を使ってはいけない規則は無い。

 この部屋は大浴場であり、死体洗いのような使い方をする。

 飛び込んできた風景はイビルアイの命令を受けたメイド達によるモンスターの増産かと思ったが違っていた。

 何やら賑やかな話し声が聞こえてきた。

 浴槽は大きいものから小さいものまで数百個ほどあり、合間を通る道もしっかり作られている。というか作らせた。

 常に湯船に足を突っ込まなければ歩けないような場所ではない。

 

「……来客か……」

 

 それも見知らぬ男性がとても多い。

 多いというか部屋の規模からすれば少ないけれど。

 数十人規模の使用者の姿は確認した。

 

「……屠殺場(四の宝物庫)を使わせているのか……」

 

 滞在している人数から簡単に査定すればイビルアイは結構大変な状況に陥っているのでは、と思った。

 モンスターの増産は()()()()ならば彼女(イビルアイ)もそれほど苦労はしない。けれども数十人から百人となると獲得経験値の量が一気に目減りするので長期間の作業が要求される。

 そして、最大の問題は使用者の増強方法だ。

 リ・エスティーゼ王国バハルス帝国はしばらく何の要請も無かったので放置していたが、これだけの人数を寄越してくる予定は聞いていない。

 少なくとも事前連絡は届く。特に王国魔導国からは。

 つまりは急な話し、ということか。

 唸りつつ屠殺場こと四の宝物庫(ウェスタ)六の宝物庫(ユーノー)のどちらに行くべきか迷うオメガデルタ。

 行ったり来たりを繰り返しても供として連れて来た二体のシズ・デルタ型影の国の魔法戦士(オイフェ)は心配しない。というか出来ない。

 設定されていれば何らかの反応を示すのだが、オメガデルタが問いかけないうちは黙って佇むのみだ。

 おそらく(あるじ)が目の前で死んだとしても別名あるまで動かないケースも考えられる。

 そういう事態を防がなければ不死たる存在が未来永劫その場に立ち尽くすことになる。

 

「……まあいい、まずは六の部屋からだ」

 

 いきなり現場に突入すれば混乱するかもしれないし、誰も居ない場合は時間の無駄に終わってしまう。

 ならば研究の為に使う六の宝物庫(ユーノー)から行くのが正しい。

 そう判断して歩き出す。

 


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