ラナークエスト 作:テンパランス
日が傾く頃にアルシェ達は目が覚めた。
怪しい気配があればすぐに目覚める訓練はしてきたが、何も起こらなかったせいで結構眠ってしまった。
夕方になりかけではないか、と。
それぞれお腹が鳴っている。
「……昼食の時間は過ぎているようですね」
クルシュ以外の髪型は酷い有様になっていた。
レイナースも顔の下に敷いた布が黄色く変色していて肌に張り付くほどだった。
ラナーは筋肉痛が襲っていたが歩けないほどではなかった。
「まずは風呂の準備を始めましょう。食事は着替えの後という事で……」
冒険者は数日の道程でいちいち着替えたりはしない。
下着の替えはいざという時は捨ててしまう。それでも股間部分は守るようにしている。
「ラナーは何か要望はありますか?」
「皆様方と一緒で構いませんよ。それと下着の替えは用意しておりますので」
遠出をする為に用意した専用の荷物を馬車に載せていた。
それぞれの寸法は事前に聞いていたが、クルシュはどうすればいいのか。
「辺りを花びらで臭い消しとかしませんよ。今は冒険者ラナーですから」
「分かりました。風呂と食事の用意をしてきます」
「では、私は食事の様子を見に行きます」
白い
ほぼ全裸なので色々と面倒な着替えとか要らなくて楽楽そうだ。
女中達の前では平気だが知らない土地は何かと心配だ。
アルシェは大人しいが既に身支度を整え始めていた。顔は眠そうだったけれど。
「アルシェさん。私の髪の毛はどうなってますか?」
「メチャクチャになってますよ。……みんなで雑魚寝してましたからね」
そういうアルシェの髪も乱れていた。
レイナースが戻る頃にはラナーとアルシェは顔を洗い始めていた。
警護していたナーベラルは風呂の用意まで引き続き仕事に従事する事にした。他にすることも無いし、農民を手伝う予定も無かったから。
† ● †
カルネ村の村民は百人足らず。
他には『アデス村』があり、二時間ほどの距離にある。
広大な平原はほぼ麦の生産に使われる。なので近隣の町や村が肉眼では見えないくらい離れていたりする。
「おねえちゃんはぼうけんしゃさんなの?」
小さな子供が数人、ナーベラルの側にやってきて尋ねた。
「冒険者だ」
「むらをまもるおしごと?」
「薬草採取だ。村の警護の依頼は受けていない」
受けていないが暇なので警護がてら散策していただけだ。
子供達の羨望にナーベラルは邪魔だなと思いつつも現地の人間と仲良くするように言われていたので無下には扱えない。
魔法に関しては第一位階を少し使える程度でメインとなる攻撃がほぼ出来なくなっている。
せいぜい『
NPCでもあるナーベラル・ガンマは一般の人間や亜人達とは違う。
最初から強化された状態で生み出された存在だ。
死してレベルダウンすることもないし、新たな成長を見せる事は無い。ただし、色々と学習しているので今後、変化が生じるかもしれないけれど。
自分の意思で魔法の習熟は
創造主より与えられた力として行使しているだけだったからだ。
今まではそれが当たり前で疑問にも思わなかったのだが、今回のレベルダウンにて色々と不可解な問題に頭を抱えている。
経験値の積み方。魔法の覚え方。それらを満足に知る者が周りに居ない。
このままの活動が有意義なのかも妖しい。
「ナーベラルさん、お風呂の順番はいかがしますか?」
遠くから白い
子供たちはそれぞれナーベラルの邪魔をしないように走り去っていった。
「
金属のこすれあう音を響かせて仲間の元に向かう。
† ● †
朝はとうに過ぎ、昼もだいぶ過ぎた時刻となってしまったが初期の目的を果たした面々は遅い昼食を取る。
「身奇麗になったところで王都へ帰還するわけだが……。このまま
「まだ数日ですし、
「私も異存はありません。それなりに収入になりますし」
と、アルシェも同意した。
ナーベラルは収入よりレベル上げが目下の目的なので墓地でも構わなかった。
チームなので多数決を取れば否決されてしまう。そういう予感は感じていた。
「私は皆さんの意見に従いますわ。何もしなくても経験値が割り振られるようですし」
「黙ってても規定値しか貰えないぞ。少しは戦わないと効率的とはいえない」
レイナースの言葉にラナーは軽く唸る。
壁を叩き続けて経験値が増えるわけではない。少しでも実戦を積まないと足手まといにしかならない。
魔法が使えるわけではないけれど、五人の中では目立った能力が無いのも事実だ。
そもそも『
後はせいぜい人身掌握とか小ずるい方向のような気がする。
「クルシュは治癒魔法の習熟だな」
ナーベラルは五人の中で一番極端にレベルダウンしたはずだから実力を発揮するまでの道のりは長い。
物理攻撃は
単騎で
だが、今は単調な攻撃しかしないモンスターばかりだ。いずれは苦戦する事になる。
二倍程度には強くなりたい。
「では、王都に戻り単調な戦闘で色々と学ぶ方向でよろしいか?」
レイナースの言葉に四人は手を挙げた。もちろん、ナーベラルも含まれる。
結論が出たところで帰り支度を始める。
† ● †
帰りは途中まで幌馬車で移動し、アデス村で一泊する。
カルネ村と王都の中間に位置する村のひとつで人口が少し多い程度。大規模な田畑で様々な農産物を作っている。
他の村も同様だ。ただ、中には犯罪組織によって麻薬の原料を栽培しているところもあったらしい。それらは既に焼き払われている。
深夜帯になったところで休憩地のアデス村に到着し、与えられた宿舎に入る。
村は基本的に暗くなれば外に出歩かない。
明かりは『
カルネ村と違い、
翌朝、身支度を整えて出立する。
「……アデス村は……調査とかしなくて良かったのか?」
ナーベラルの疑問にレイナースは特に疑問は感じなかったので頷いた。
「どこの村も似たようなものだろう。カルネ村だけ特別だったのかもしれないな」
「あの村は何の殺戮劇も起きない面白くない村だったのでしょう」
と、物騒な感想を言う王女。
自分の国の農村の扱いが雑すぎる気がした。
末端の事は中々城にまで情報が集まらないのかもしれない。
資料でも見せてもらわない限り全ての農村の実態など把握しにくいのは否定しない。
「ここからは歩きだが……。のんびりと帰ろうか」
幌馬車はラナー達のものではないため、置いていくしかない。
冒険者は徒歩と料金を払って御者を雇うのが一般的だ。なので多くの冒険者は滅多に遠出をしない。近場ばかりの仕事を選ぶからなかなか成長しないのかもしれない。
一日かけて王都リ・エスティーゼに戻り、依頼完了の書類を提出する。
ここまでの道程で獲得した経験値がそれぞれに割り振られる。
戦闘行為が少ないので数十ポイント程度しか貰えないが収入は大きかった。これは契約金のようなものでンフィーレアが事前に冒険者ギルドに渡したものだ。
不正を働けば冒険者ギルドの信頼を無くす。だから、料金に関しては厳しく管理されている。
依頼に失敗すれば当然、料金は返還される。
「……割り振りがやはり理解できませんわね」
「誰も分からないから仕方が無い。我々は宿屋に向かうがラナーはこのまま城に帰るのか?」
「そうですわね。下着の補充をしてまいりますわ。装備の変更は今のところ必要ありませんわね?」
ナーベラル以外は頷いた。
「じっくりと仕事をするとレベルというのは中々上がらないものなのですわね」
もっと楽な方法で強くなってアダマンタイト級になった人が居たような気がしてきた。
雑魚モンスターを数匹倒したくらいでは意味が無い、実際は。
「一週間で帝国最強四騎士にはなれない。そういうことだろう」
「私も何年も努力して高い位階魔法を扱えるようになりました」
アルシェも努力はしているのだが中々発展が見込めなくて自信をなくしかけていた。
人間の限界とされている第三位階まで以前は習熟していた。今はレベルダウンなる現象で第一位階しか使えなくなっているが、改めて元の力を取り戻せるのか不安ではあった。
レイナースが強いので今は楽をさせてもらっているが、いずれは自分ひとりでお金を稼がなければならなくなる。
かつての仲間の下にはまだ戻れそうにないけれど、今は無心に努力するしかない。