ラナークエスト   作:テンパランス

102 / 183
#101

 act 39 

 

 空から降りて来る謎の生物に気づいた獅皇(ししおう)さくら神崎(かんざき)龍美(たつみ)を守る為に立ち上がり、前足にて闖入者たるるし★ふぁーを張り飛ばす。

 

「うおっ!」

 

 巨体からは想像もできない速度を持ってブンっと豪風を切るような尋常ではない風圧を巻き起こしつつ奮われる前足。

 人間の大きさから推定すれば五メートルを超える肉球による攻撃だ。

 一瞬だけ柔らかさを感じる事が出来たとしても数瞬後には身動きが取れないものとなる。

 慣性の法則にとらわれたように成すがまま何所かに飛んでいくるし★ふぁー。彼の登場は一分ももたなかったようだ。

 

「……ああぁぁ~……」

 

 と、叫び声がどんどん小さくなる。

 

こら、さくら。いきなり動くな。びっくりしただろう」

 

 何者かの叫び声は聞こえたが姿は確認できなかった。

 さくらは無闇に人間は襲わないはずだから、などと思いつつ声が聞こえた方角に顔を向けるが既に時遅し。

 

「……グゥ」

 

 龍美の剣幕に大人しくうつ伏せ状態になって唸る巨大生物。

 それは龍美を自分の主と認めているような態度にも見える。

 小さな人間に従う超がつく巨大な獅皇。

 

「……お早い脱落になったな」

「……可哀相に……」

 

 と、塀の上に居た武人建御雷達は姿が見えなくなった仲間に哀悼の意を表す。

 さすがに一撃で死ぬような()()な存在ではないと思うが、多少のダメージは食らった筈だと分析していく。

 感心している場合ではないとタブラ達は思い、どのように人間の女性と接触すればいいのか、思案する。

 転移要員を駆使する以外に攻略は難しそうだと判断した。

 いや、同じ人間型のセバス・チャンを向かわせた方が穏便に済むか、と細かい話し合いが続いた。

 数分の議論の後に出した結論は彼らの元に手紙を投げ落とすところから、となった。

 無抵抗に近付こうとも獣の一撃はとても素早い。ならば行動範囲外からの投擲による接触からならまだ無難ではないかと。

 早速、交渉の為の手紙をしたためる。リ・エスティーゼ王国でもバハルス帝国でもスレイン法国の人間でもない服装。先日招待した『佐藤(さとう)和真(かずま)』に通じるものを感じたので、日本語でまずは送ってみる。

 文字が読めない場合は捨てる筈だ。

 手紙を低位モンスターに持たせて龍美の頭上から落としてみる。

 風に揺られたりするのですぐには彼女たちのところにたどり着かない、かもしれない。あと、気付かれないまま終わることもあるし、巨大モンスターの頭に落ちてしまうとどうしようもなくなる。ここは運の要素が関わるので無事に彼女の手に渡ることを祈るしかない。

 

          

 

 日本式の手紙は平べったい四角い封筒などに納めるが、この世界には羊皮紙が流通しているので紐で縛った程度で済まされる場合がある。

 重要書類は丸めずに四角い箱に収められる事もある。

 丸めただけの筒状なので、無風であれば風の抵抗を気にせず、地面までまっすぐ落ちる可能性はある。

 途中で結んだ紐が(ほど)けない限りは。

 

「……おっ、何か落ちてきた」

 

 というより塀から何かが飛び立った所は龍美も確認している。

 ずっと獅皇を見ていたわけではない。

 塀の上から何者かが合図を送っているような風景は既に見えていた。

 

「さくら、もう少し左側に移動しろ」

「ウウ」

 

 龍美の合図に従う獣。

 そうして上から落ちてきた羊皮紙の筒を受け取る龍美。

 中身は開かなくても交渉についてだとは予想がついていた。何せ、側には巨大な猛獣が居るのだから。詳細を聞きたいのは当たり前と言える。

 一応、了解の意を示す為に塀の上に向かって手を振る龍美。

 ここからでは相手の姿は確認出来ないがこの都市の兵士か何かではないかと思った。

 

「よし、さくら。お前はここで待機だ。出来るな?」

「ワウ」

「よしよし。後でお姉ちゃん達が来るから。大人しくしているんだぞ」

 

 家で飼っていた感覚で猛獣に話しかける龍美。

 素直なところは身体が大きくなっても変わらないな、と表情がつい綻んでしまう。もちろん、どう見ても五十メートルはある巨大生物に対して微笑むなど正気の沙汰ではない、と他人ならば絶叫しているところだ。

 まして、どうして自分に従順だと言えるのか、と。

 獲物を狙う危険生物だと気付いていないのか、という抗議もきっとあるかもしれない。

 それでも龍美には可愛い家猫のような感覚しか湧かなかった。

 

「……ちょ、ちょっと待てっ!」

 

 急な大声に驚く龍美と身構える獅皇。

 先ほど吹き飛んだるし★ふぁーが転移によって出現した。

 さくらの一撃で片目が潰れたのか血が垂れていた。それだけではなく、ぶつかった部分の手足がダランと下がっている。おそらく骨折だと思われる。

 

おわっ! び、びっくりした……」

「……この野郎……。いきなり一撃を見舞いやがって……。はあ、ま、まずはそうだ。お前らっ!

「は、はい!」

 

 物凄い剣幕で叫ぶるし★ふぁー。

 顔が痛いのか、苦悶に歪んでいるように龍美には見えた。

 

「勝手に動くなっ! いいな! 絶対だぞ!」

「は、はい。……その、すみません。うちのさくらが失礼なことを……」

「失礼って……、レベルかよ! 普通なら死、ん、で、ま、す、よっ!

「……ご(もっと)もです」

 

 死ぬというか木っ端微塵になると思うけれど。

 カンストプレイヤーで揃えられた『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーは中々にしぶとい。あるいは頑強といった方が適切か。

 それでも体力の四割は持っていかれた、とるし★ふぁーは試算する。

 もう一撃を食らえば無条件で撤退。そう脳裏に浮かべつつ龍美に話しかけた。

 龍美の方はいきなりの登場に驚きつつも相手の姿を観察する。

 人間では無い事はすぐに理解したが、中に人間が入っているような存在ではない気配がした。それに口元で何となく感じたが舌が飛び出るところや喋っている顔の仕草は生物としての振る舞いにしか見えない。

 人工物であれば()()()()うそ臭く見えるものだ。だが、この人物(るし★ふぁー)にはそれが全く見えない。

 それと顔が動物なのだが、それはとても可愛い猫なので頭をつい撫でたくなる。

 獅子のような厳ついものではなく、三毛猫のような少し切れ長で鼻が突き出ていて口は思いっきり裂けているかの如く。

 無事な方の目の縦割れの虹彩が怪しく輝いていた。

 頭頂部には整った三角形の耳があった。本来はエジプトならではの縞模様の頭巾を被っていたのだが、先ほどの一撃でどこかに落としたか、仕舞ったと思われる。

 手足は丸っこい猫のものだがグローブを嵌めているように大きかった。

 翼とかも生えていたけれど、とにかく可愛い顔。ただし、半分は痛々しい状態だった。

 

          

 

 回復役が必要なので『伝言(メッセージ)』で連絡を取るるし★ふぁー。ものの数分で現れたのは赤龍を街に案内と称して連れ込んだ褐色肌で修道女(シスター)姿のルプスレギナ・ベータだった。

 物凄い速度でるし★ふぁーに向かって駆け寄り、到着早々魔法を唱える。

 すると先ほどまで重傷だったケガがみるみる治っていく。

 それはまるで時間を巻き戻すようなものに龍美には見えた。

 

「……るし★ふぁー様がこんなにケガをされるとは……。とんでもないモンスターっすね」

 

 とは言ったもののルプスレギナには目の前の女性か獅皇か判断が付かなかった。

 どちらであっても命令があれば撤退か戦闘に移るだけだ。

 

「どうもな、ルプス。少し下がっていろ」

(かしこ)まりました」

 

 と、元気良く答えたルプスレギナは外壁部分まで下がる。

 あまりに離れすぎるのでるし★ふぁーは巻き添えを恐れたのかな、と少しだけ機嫌を悪くする。

 主を放置して自分だけ安全な場所に逃げるのは従者としてどうなのかな、と声無き疑問を離れていくルプスレギナにぶつける。

 それはそれとして巨大生物を放置することも出来ない。

 

「まずっ! こいつは何なの!? 俺っ! バカだから分からない!」

 

 つい大声で怒鳴るように言った為に龍美が両耳を押さえた。

 砂嵐や強風は発生していないので声はちゃんと伝わるのだが、怒りの為に失念してよく分からない事をしてしまった。

 でも、謝るもんかと思った。

 

「……あ~、この子は『さくら』って言います。……その、ごめんなさい」

「うむ、許す。でっ! 何なの、この化け物は!

「……さあ……。こういう巨大生物としか……」

「なるほど! ふ~ん! ようこそリ・エスティーゼ王国へ! 歓迎しますよ、全力で!」

 

 唾を飛ばす勢いのまま喋るるし★ふぁーに対し、龍美に怒鳴り散らす不届きな生物に不快感を覚えた獅皇が唸り声を響かせる。

 それでも腐ってもカンストプレイヤーたるるし★ふぁーには一歩たりとも後退させるほどの恐怖は与えられなかった。

 理由としては一撃を受けた攻撃力の強さを把握した事だ。それと獣の唸り声など毛ほどにも怖くない。だって猫派だから、と。

 これが超巨大三つ首の地獄の番犬(ケルベロス)なら少しはたじろぐところだ。

 獅子は()()可愛い部類に入るので。

 ちなみにるし★ふぁーは『猫妖精(ケット・シー)』から発生する種族を取っている。

 同じ種族であるものなら身体の大きさ以外で恐怖を覚えたりはしない。

 

「やあ、さくらちゃん! 俺と友達になろう!」

「……フッ!」

 

 思いっきり獅皇は顔を逸らした。

 

「……すみません。声をもう少し低くしてもらえませんか?」

「ああっ!?」

「うるせーって言ってるんだよ、……でござる」

 

 急に新たな人影が現れ、るし★ふぁーの後頭部を殴りつける。

 力が強かったのか前のめりによろめくが耐え切った。

 

「すみません、うちの者がバカで」

「いえいえ。こちらこそ、さくらが大層ご迷惑をお掛けしまして」

 

 姿を見せたのは忍者(ニンジャ)の格好をした弐式炎雷で、龍美と互いに会釈する。

 

「とにかく、この巨大生物はもう暴れたりしないのでござるね?」

「今のところは……。急に知らない土地に来たもんだから、色々と興味でも持ったのかもしれません」

 

 それはそれとして至近距離で見る獅皇の巨大な顔は弐式炎雷とて一歩後退するほどの迫力があった。

 厳つい獅子の顔。家猫のような可愛さは見当たらない。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。