ラナークエスト   作:テンパランス

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#099

 act 37 

 

 王都を襲撃しているのか、単なる興味でちょっかいをかけているのかは分からない。けれども人々は恐怖し、逃げ惑っている事は間違いない。

 そんな中、獅子を追ってきた急ぎの馬車が到着する。

 

「……改めて思うが……、デカイなあいつ……」

 

 隣りの大都市『エ・レエブル』から駆けつけたのは神崎家の次男『神崎(かんざき)赤龍(せきりゅう)』と次女の『神崎龍美(たつみ)』の二人だ。

 残りは後から来る事になっている。

 

「手を入れてるところは正しく猫……。図体が大きくなっても可愛いもんだ」

 

 ただし、見上げていると首が痛くなるところは時代の流れかな、と二人は思った。

 最初の頃はまだ大型猛獣程度だったのに、と。

 それが超大型どころかギャラクシー級ではないのか、と思えるほどの巨大さ。

 さすがにここまで大きくなるとは思わなかった。

 馬車を操る御者は巨大生物の近くには怖くて行けない、というので途中で下車して赤龍達は大急ぎで王都を目指す。

 さすがに声をかけても聞こえないくらい距離が離れていると思うので、出来る限り近付くしかない。

 家で飼っていた頃の千倍はあるんじゃないかと思う。しかしながら、こんな生物をかつて自分達の兄は連れて来た。

 まさかこれほど育つとは思わなかったが、現実として受け止めるしかない。

 

「……臥龍(がりゅう)を使えば倒せない事もない、とかいうレベルなのか?」

「あたしらには無理だな」

 

 改めて自分達の兄は人間のレベルをどれだけ超えていたのか、ますます分からなくなった。

 巨大な獅子との距離感が全くつかめないが懸命に近づいてみる。早くしないと外壁を壊すかもしれない。

 自分達が知る獅子『さくら』なら壁を壊してはいけない、くらいは分かる知能があるはずだ。

 数年ほど見ない内に野生化してしまった、事もありえるかもしれない、というのはさすがに信じたくない。

 知能の高い生物だと聞いているし、成体の大きさも一応は聞いていた。

 実物の大きさに驚いてしまったが、本来はこれほどの巨体に成長する生き物なのだなと感心する。

 

 巨大な獅子。

 

 正式には『獣皇(じゅうおう)』という星を守護する十二体の聖なる獣の一体でさくらは『獅皇(ししおう)』と呼ばれている。

 他に『蛇皇(じゃおう)』『羚皇(れいおう)』『狼皇(ろうおう)』などが居る。

 半数が眠りにつき、残りは起きて行動すると言われているが彼らが生息している場所は地球ではない。

 

「さくら~!」

 

 赤龍は出来るだけ大声で叫んでみた。

 さくらというのは体毛の色合いから名付けた名前で、獅皇には元々名前は無い。

 この名前を気に入ったのか、さくらと呼ばれて返事をするようになった。

 あと、聖なる獣だからか性別は無い。見た目では(おす)っぽいけれど。

 

「ガウ?」

 

 声に気付いたのか。前足を入れる事を止め、辺りに顔を向ける獅皇。

 

「こっちこっち!」

「後ろ向け、バカっ!」

 

 飼っていた時には獅皇は人間の言葉が理解出来ると聞いていた。

 実際に細かい命令を与えるとちゃんと理解して行動する。もちろん、専門用語などは丁寧に教えないと駄目だったが。

 

「……グゥ」

 

 指示された通りに背後を振り返る。すると地面に小さな人影を発見する。

 

「……ほう。巨大生物の知り合いでござるか。しかし、素直に言う事を聞いたでござるな」

 

 迎撃態勢を取っていた弐式炎雷にとっては驚きだった。というか、まだるし★ふぁーが来ていない。

 このままでは出番が無くなるでござる、と仲間の到着をあまり期待はしていないが待っていた。

 

「ルプー。観光案内として出迎えてやるでござる」

「あの人間達を、ですか?」

「他に誰か居るのか?」

 

 ルプスレギナにしか見えない友達でも居るのか、と弐式炎雷は辺りを探してみる。しかし、それらしい人影は見えなかった。

 対象が人間の場合、命令を正しく受け取らない事がある。

 それはルプスレギナに限ったことではないようで首を傾げる事になる。しかし、面白い返答だと思えば微笑ましいが緊急時だと本気でムカつく。

 いくら可愛いといっても限度があるので、後で頭を叩く可能性は少し高くなった。

 

          

 

 外壁から駆け下るように移動するルプスレギナ。忍術で言えば『壁歩き』となるが身体能力が比較的高い彼女にとってみればたやすい行動かもしれない。

 しかしながら、降りていくルプスレギナを眺める弐式炎雷からすれば設定されていない行動は特殊技術(スキル)と見なされないのか気になるところだ。

 習得していない魔法を使う事は出来ない。というのが仕様であり、通説だ。

 この職業(クラス)を取得していないのでこの武器は使えません、という事がよくある。

 現実では誰がどんな武器を装備しても制限は無い。もちろん得手不得手(えてふえて)はあるものだ。

 しかしながらこのアバターは装備出来ないものは絶対に装備できない。更にアバター以外のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達にも少なからず、この制限の影響があるのは分かっている。

 持つことは可能。使う事は不可能という不可解な現象を起こす。

 料理も料理に関係する職業(クラス)を持っていないと消し炭しか作れない。というより作れるなら色々と可能になるのでは、と淡い希望を抱いたこともあるけれど。

 

「……転移まで想定した職業(クラス)構成など不可能でござる……」

 

 というか、そこまで想定しなければならないゲームとは何なのか、と疑問に思う。

 だが、ここはゲームというよりは現実の世界。仮想空間とは思えないだけマシかもしれない。そうでなければ色んな柔軟な対応が実に勿体ない。

 ゲームの延長であればきっと終わりが何所かに設定されていなければならないし、それはそれで寂しくもある。

 ゲームとしての終わりは享受できるが人生の終わりは考えたくないので。

 

「……拙者は仕事に邁進するだけでござる」

 

 大型生物の様子を窺いつつ市民の安全を考慮する。それは自分達の国である『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の運営にも役立つ筈だ。

 忍者が駆け出す頃、赤龍と合流するルプスレギナ。

 命令を忠実に実行する為にまずは笑顔で出迎える。

 

「ようこそ、観光客の皆さん」

「……笑っている場合じゃねーと思うけど」

「えー、私はちゃんと仕事が出来るところを見せたいだけっすよ。ささ、どうぞ遠慮なく」

「俺たちはあの猛獣に用があるんで、観光はその後で……」

 

 そう言うと褐色の修道女(シスター)は悲しそうな顔になった。

 折角真面目に仕事をしようと()()()()本気を出しているのに、この人間達は、と文句を言いたげだった。

 命令は絶対なので完遂しなければ戦闘メイドとしての沽券に関わる。

 ここは強引にでも観光してもらうしかない。

 ルプスレギナの脳裏には周りの喧騒など至高の御方の命令より取りに足りないものとなっていた。

 出迎えろ、という事なので中に入れれば後は関知しない。

 

「いいから、とにかく入るっすよ。今なら検問も出払ってスルーっすから」

 

 強引に赤龍の服を引っ張るルプスレギナ。

 力には自信がある赤龍でも彼女の歩みは止められない。想像以上に力を持つ修道女で驚いた。

 

「二手に別れよう。こんなに強引なのは怪しい客引き以来だ」

「了解」

 

 赤龍はルプスレギナと共に王都の中に入る事にし、龍美は獅皇に声かけを続ける。

 それにしても突然、本当の意味で降って湧いた褐色の女性は何なのかと赤龍は疑問を抱く。

 避難誘導のつもりなのか、それともパニックを起こしているので正常な判断が出来なくなっているのか。どちらなのか、と。

 

          

 

 素直に従っている赤龍をよそに龍美は移動しながらさくらに声をかける。

 今のところ自分達に気づいているようなので王都から()()引き剥がす。

 

「こっちこっち。そうそう……。そこはオモチャ箱じゃないからな」

 

 さくらに顔を向けたまま後ろ歩きで誘導する。

 本当なら笛でも吹きたいところだ。

 

「……ガウ」

 

 獅子なのに犬っぽい反応するのは相変わらずだ。

 もちろん猫としての反応も見せる。

 厳つい獅子の顔には似合った鳴き声かもしれないけれど。

 

「……より一層迫力を増したな、さくら。さすがのあたしもびっくりだ」

 

 小さい頃も厳つい顔だった気がするが鎧はまとってはいなかった。

 成体としての獅皇の姿のようだが、もう自宅に入れる事は無理なんだなとしみじみ思った。

 というよりこんな生物をよく家で飼育したな、と改めて驚く龍美。

 

「ここら辺でいいか。は~い! 伏せ!

 

 龍美は両手を振り下ろす仕草で合図を送る。

 

「ガウ」

 

 龍美の言葉に素直に従う獅皇さくら

 普通であればありえない風景だ。

 小さな人間が百倍くらい大きな獣を言葉一つで従わせているのだから。

 いきなりドサっと伏せず、ゆっくりとした動作で(おこな)った。そうしないと風圧とかで龍美が吹き飛ぶ可能性があった。

 歩くだけでも震度1くらい起きているのだから少し本気を出せば簡単に人間は転び、建物の一部は壊れてしまう。

 獅皇とて周りの被害が分からない獣ではない。星に住む者の安全も考慮できる知性を持つ。ただ、見慣れない世界に興味を持って生物の本能が少し暴れただけだ。

 

「よしよし、いい子だね~」

 

 撫でたくても頭までの高さが数十メートル。手が全く届きそうにない。

 さくらと別れて数年が経つ筈だが成長しすぎだ。

 成体の大きさは伝え聞いているけれど実物はもっと大きかった。

 

「顔だけじゃないけれど……。でっかくなったもんだね~」

 

 尻尾がブンブン動いているところを見ると龍美に会えて嬉しいと思っているのか。

 それよりも獣の本能に目覚めて龍美を忘れている、という場合の事を龍美本人が少し経って気付いた。

 もしそうなら襲われていても不思議ではない。

 それが普通の動物ならばありえた事態だ。だが、星を守護する聖なる獣は野生の獣とは根本的に違う。

 理性があり、知性も人並み以上に備わっている。

 星に住む者を害する気持ちは端から持っていない。けれども、それを龍美は知らないだけだ。

 

「尻尾もストップ。当たると壁が壊れると思うよ」

「ウッ」

 

 こちらの言い分に気付いたさくらは尻尾を地面に下ろす。

 確かに彼女の言う通りだ、と思ったようだ。

 

「よし。とにかく。……どうしよう。街に危害を加えないように努力できる?」

「ウウ」

 

 龍美の言葉に素直に頷く獅皇。

 声はちゃんと届いている事が分かって、龍美は一安心する。

 身体が大きいので耳に届くまで時間がかかるのでは、と思ったが杞憂のようだ。

 知性が高いといっても人語は解さない。念話も使わない。

 


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