ラナークエスト   作:テンパランス

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ラナートライアンフ
ひと狩り行ってきますわ


 

 リ・エスティーゼ王国の王都『リ・エスティーゼ』にあるヴァランシア宮殿に暮らす第三王女にして『黄金』の二つ名を持つ『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ*1は暇を持て余していた。

 『ぱわーれべりんぐ』とやらでレベル75となっている彼女は退屈な城の生活から抜け出すことを唐突に決意する。

 ただ、王女という身分なので遠出は――基本的に、というか勝手に――出来ない。

 一人で外出する事を許されないので何人かお供を連れて行くしかない。

 昔から側仕えをしている少年兵『クライム*2と友人『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ*3を巻き込む形でチームを結成。

 アダマンタイト級冒険者『漆黒』に対抗し『黄金』として登録。

 ラキュースには一時的に『蒼の薔薇』を離脱してもらった。王女の気まぐれということで。

 

          

 

 登録するとき、受付嬢は顔を引きつらせていたようだけど。貴族の我がままに対して文句など言える立場ではない。しかし、時には規則を楯に言い返す権限――または権利――はある筈だと思って。

 

「あくまで冒険者の仕事を体験したいだけですわ」

 

 屈託の無い金髪碧眼、十代後半の王女は言った。

 人民に対する輝く笑顔は今回に限っては怪しさが目立つ。――そう、言うなれば不穏な輝きだ。

 

「我々が見張っているので……」

 

 王女の側で補足を入れるのはアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー。

 昔からの付き合いがあるとはいえ、ラナーの突発的な思い付きに頭を痛める被害者第一号でもある。もちろん、危険な事はしないように、と色々と条件を付けてみたのだが、殆どが失敗に終わっている。更には()()()高レベル帯の存在になっているので半ば諦めも入っていた。

 そのラキュースは貴族でもある。普段から金髪を縦ロールにしているが装備品は一級品。

 まず彼女が身にまとう白銀の鎧は『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』と呼ばれ、処女しか装備できないと言われている。もう一つは室内なので起動はさせていないが六本のブロードソードのような剣『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』と呼ばれるものがある。

 起動させると宙に浮いた剣を拝める。

 まだ二十歳前であるラキュースの名を一躍有名にした武器『魔剣キリネイラム』は鞘に――特別に造ってもらった特注品――納められているがバスタードソード並みの大きさがあり、夜色の刀身には星々の煌きが映っていて、まさに夜空を表しているに相応しいものだった。美術品としての価値は充分にある代物である。

 少年兵のクライムは短く刈り込まれた金髪で凛々しい面構え。ミスリル合金製の白銀の全身鎧(フルプレート)を装備している。基本はブロードソードだが臨機応変の戦い方も出来る。

 

「わ、分かりました……。では……説明は省きましょう。依頼書をご確認下さい」

 

 と言った瞬間にラナーは事前に選んでいた依頼書をバンと受け付けカウンターに叩き付けてみた。

 冒険者らしい荒々しさで。

 一度やってみたかったと言っていたので夢が一つ叶った事になる。

 現在、ラナーが装備しているのは簡素な軽装鎧。ただし、ミスリル製。

 重い全身鎧(フルプレート)では動き難い。また見た目にも可愛くない、という理由で身軽で身体を最低限守れるだけのものを選んだ結果だ。

 ラキュース程ではないが気品溢れる装飾を少しだけ施してもらった。

 

「も、モンスター退治ですね。……了解しました」

 

 数匹のモンスター退治は最低ランクの銅プレート冒険者にとっては入門編となる依頼だ。

 報酬は少ないが冒険者の能力向上の為に依頼を出すのは地元の貴族の厚意である。

 育たなければ警護の依頼を引き受けてくれる者が――いずれは――居なくなってしまうおそれがあるので。

 

「ラナー様。飛び道具には気をつけてください」

「はい」

 

 王女といえど戦場に立つことは珍しくない。過去には第一王女や第二王女も武装して戦場に赴いた歴史がある。――ラナーはまだ未経験だっただけ。

 さっそく現場に移動する面々。

 王都から東に向かった先にはアゼルリシア山脈があり、その麓であるトブの大森林に程近い平原地帯が目的の場所だ。

 見晴らしもよく、モンスターが現れてもおかしくない。

 近隣の村を襲撃するようだが、実際には()()()()()の村で集落の中にはモンスター用の餌が用意されている。

 冒険者の訓練所のようなもので。これらは地元の領主たちの資金提供によって(おこな)われている。

 手に負えなくなるほどの大群に発展した場合は軍を差し向けて鎮圧する、事になっている。

 

特殊技術(スキル)は意識しなくていいから、剣を落とさないようにね」

「はい。私、とても楽しみですわ」

「ケガしても治癒するから。無闇に集団に行かないように」

 

 武器の握りなどを指導しながら()戦闘を開始する。――冒険者の依頼としては間違っていない。

 モンスターは全てラナー一人で倒す計画だ。

 今は小鬼(ゴブリン)程度で充分だと判断し、人食い大鬼(オーガ)などはラキュース達が相手をする事にしていた。

 いくらレベルが高くても()()()()が無いので。――より正確には実戦経験だ。

 

          

 

 早速、ラナーは小鬼(ゴブリン)の下に向かう。

 討伐する予定の小鬼(ゴブリン)というモンスターは身長は人間の子供と大差がないが肌は茶色く雑巾のようなボロ布をまとっていて木の棍棒や短刀を持っていた。

 潰れたような鼻に下あごから牙の生えた知性の足り無そうな醜悪な面構えの亜人種だ。

 そんなモンスターに恐れを抱かず、ラナーは進む。その歩き方は冒険者らしくなく、王女としての風格――胸を突き出すように余裕のある態度――がある優雅なものだった。

 普段は延ばしっ放しの金色の髪は邪魔にならないように一つにまとめられている。

 

「では、お相手をよろしくお願いします」

 

 小鬼(ゴブリン)に挨拶するラナー。

 確かに挨拶は大事だ。ラキュースは苦笑し、クライムは両手の拳に力を込めていた。

 何かあればすぐにかけつけられるように。

 剣を持つラナー。対する小鬼(ゴブリン)は相手がひ弱な女に見えたのか、笑い始めた。

 彼我(ひが)の実力差が分からないのは果たして()()()なのか。

 ラナーは少なくともステータス的には赤帽子の小鬼(レッドキャップ)より強い。

 小鬼(ゴブリン)の上位種で素早く動き、相手を殺すことを楽しみにしている強敵だ。名前の通り赤い帽子をかぶっている。知性も高く、アダマンタイト級でも苦戦する。――少なくとも単独で討伐する事は無理だと言われるほどに。

 

「では、行きますよ」

 

 スタスタと迷いなく歩く王女。

 素早さはそれ程高くはないがしっかりとした歩調に小鬼(ゴブリン)は少し怯む。

 異様に早い歩調に見えたからだ。ラナーは普段どおりの調子で歩いているのだがステータスの恩恵が不可解な現象を表している。

 気が付けば既に目の前。

 

「えい」

 

 と、可愛い声で言うが風を切るような音と共に奮われるショートソード。

 迷いの無い一撃はモンスターにとっては意外と脅威である。

 にこやかな王女の一撃に防御の仕方を忘れたのか、いとも簡単に切られる小鬼(ゴブリン)

 

「ギャッ!」

 

 汚い鮮血が舞う。

 

「あら、一撃では仕留められませんでしたか」

 

 と、意外に思いつつもラナーは次の一撃を見舞う。

 王女としての風格を持ちながら舞踊を嗜んでいる彼女の動きは戦闘には見えない気品があった。

 死刑執行人(エグゼキューショナー)踊り子(ダンサー)による殺戮の舞踏。

 道化師・悪(ハーレクイン)に相応しき様相。

 もちろん、相手を精神的に追い詰めることも戦術の一つ。それは悪い事ではない。

 軽快な動作で小鬼(ゴブリン)は滅多切り。ただし、元々力は強い方ではないので深くは切り込めない。――と、本人は思い込んでいる。

 物理攻撃が高くとも戦闘経験はまだまだ銅プレート以下だ。

 現に二匹の小鬼(ゴブリン)を倒しただけで息が上がっている。準備運動をせずに戦闘を(おこな)ったせいかもしれない。

 

(思いのほか疲れますわね。……それとも無駄な動きが多いから?)

 

 身体は正直だ。

 自身のステータスの高さに身体が振り回されていると知るのはずっと後の事になる。

 

          

 

 部位の回収まで済ませて初期の依頼は終了した。

 

「お疲れ様です」

「意外と重労働ですのね、冒険者とは」

「慣れてくれば楽そうに見えますが、モンスターは強いものほど身体が頑強になり、筋力を必要とします。今は人食い大鬼(オーガ)と戦うまでではありませんね」

 

 棍棒で滅多打ちにあう気がした。

 一撃では死なないかもしれないけれど、ケガを負うことは確実だ。

 人食い大鬼(オーガ)はよく小鬼(ゴブリン)と共に行動する。知性は低いが力は強いので利用されている。

 大人の人間よりも大きく、猫背気味で大きな棍棒を振り回す。筋肉がかなり発達している亜人種なので冒険者になり立ての者には強敵となる。

 動きは遅い。だが、分厚い筋肉と小鬼(ゴブリン)達の連携で苦戦は必至。最初は無難に退散するのが安全策だ。

 冒険者として無傷で戦闘を終えるのは熟練者になってから。

 

「もう少し頑張ります」

小鬼(ゴブリン)は弱いモンスターだけど、身体が小さく機敏に動く。こんなに運動する機会は無いから筋肉痛は覚悟した方がいいわね」

「そうですね。日頃から運動するのは大事ですね。紅茶のカップが持てるかしら?」

「訓練所で特訓しますか? 軽い訓練を積み重ねていけば身体も安定してくると思います」

「王女が訓練するのはなかなか見ごたえがありそうね。本当に屈強な戦士になるつもりがないなら、無理をしない程度にね。外交で急に筋骨隆々の王女が現れたら、いろんな意味で有名になると思うから」

「それは面白そうですわね」

 

 各国首脳の慌てふためく姿は容易に想像できる。だが、クライムを心配させるのは本意ではない。

 妥協点を見つけなければ自分にとっても良くない気がした。

 少なくとも自分(ラナー)は美しい王女でなければならない。

 商品価値の無い王女は居るだけで邪魔なのだから。

 

          

 

 仕事を終えて冒険者組合で報告を終える。それで仕事は完了だ。

 

「お疲れ様でした」

「ありがとうございました」

 

 初任務。初給金。それは決して軽いものではなかった。

 

「……このまま続けられるのですか?」

 

 小声で尋ねる受付嬢。

 

「そうですわね。なにせ、暇ですから」

 

 にこやかに答える王女ラナー。

 

「暇つぶしに冒険者をするのでは、他の皆様にとってはご迷惑でしょう。多少の危険を冒す事もやぶさかではありません。何はともあれ、体験して学ぶことは大事でしょうから」

「そ、そうですか」

人食い大鬼(オーガ)赤帽子の小鬼(レッドキャップ)まで討伐できるように頑張ってみますわ」

「……命を落さないように。冒険者組合は無闇に危険な仕事は依頼しません」

「命は大事ですものね」

 

 両手に力を込めるラナーの笑顔は未知の冒険に対する憧れを持った子供のようだった。

 久しく輝く笑顔を見た事が無かった受付嬢は女の身でありながら心がときめくような気持ちになった。

 

          

 

 組合を出たラナーは軽く息を吐く。

 大して演技は必要ないけれど、次回も仕事を請け負えるようで安心した。

 戦争が終わって暇な時間が続いたので、すっかり身体が(なま)ってしまった。

 今の自分は妖巨人(トロール)が相手でも負けない自信があるが――。戦闘経験が圧倒的に不足している。

 妖巨人(トロール)は鼻と耳が長く、身長は三メートルほど。顔が醜い亜人種だ。

 筋肉は人食い大鬼(オーガ)よりも発達し、知性も高い。そして、身体の再生力の高さが有名なモンスターだ。棲んでいる場所により様々な亜種が存在していると言われている。

 

「自分の身は自分で守れ、と先人達も言っておられますものね。クライム」

「はっ」

「しばらく私のわがままに付き合ってもらいますよ。ラキュースは無理しなくていいので」

「いやいや、貴女にはまだ冒険者としての心構えとか教えなければ……、ちゃんと付き合うわよ」

「……クライムと二人っきりがいいですわ」

「それはいつでもできるでしょう。治癒担当が居ないと城で大騒ぎになるわよ」

「クライムが信仰系の魔法をちょっとでも覚えてくれれば問題ないのに……」

「……すみません。俺は魔法はさっぱりで……」

 

 軽い仕草でクライムの頭に手を乗せるラナー。

 可愛い忠犬に無理はさせられないのも事実。

 戦士職が魔法職を後で取ると物理攻撃が減退すると聞いた覚えがあった。それでは決定打が弱体化してしまうので、強いクライムを見る事が出来なくなってしまう。

 ラキュースの代わりに手ごろな信仰系を見つける事も考慮しておこうと思った。

 別にチームを組む必要は無い。

 冒険を終えた後でこっそり治癒できればいいのだから。

 

「ところでラキュースが苦戦するほどのモンスターはどの程度のものでしょうか?」

「んっ? 私が苦戦する程というのは……、赤帽子の小鬼(レッドキャップ)クラスかもしれない……。難度だと150から200辺りは大変だと思うわ。(ドラゴン)とか。後は数の暴力ね。特定の条件が無ければ倒せないような吸血鬼(ヴァンパイア)とか巨大なアンデッドも数が多ければ苦戦……、というか撤退を選ぶわ」

「……意外と強敵は居るものなのですね」

「そうね。絶対に勝てる、と言っていると油断しそうね。後は疲労も大敵よ。永遠に戦い続けられるわけではないから」

「そうでした。今は楽かもしれませんが、大群相手となると危険ですわね」

「仲間は大事。時には撤退も手段の一つよ」

「……が、頑張ります」

「大怪我しない程度にね。一般の冒険者は皆、日々の生活の為に仕事をしている。無茶なことをする者はあまり居ないわ」

 

 冒険者達も命が大切である事は分かっている。だから、アダマンタイト級まで上り詰めるような命知らずになれる者が少ないとも言える。

 せいぜい白金級止まり。ミスリル級以降は国から無茶な依頼を受けさせられるかもしれない、などと思われている。

 意外と堅実なのが実情だ。

 

          

 

 堅実に安全に。

 ラナーはモンスターを倒し続ける。

 元々のレベルが高いので経験値は微々たるものだが、学ぶことは多かった。

 そして、ついに強敵とあいまみえる。

 レベルはラナーが上だが、王国周辺では伝説のモンスターと化している死の騎士(デス・ナイト)だ。

 自然界ではまず発見例が殆んど無いアンデッドモンスターで、難度で現せば105となる。攻撃力は低く、盾役として優秀な能力を持っている。

 敵性モンスターを引きつける能力を持ち、二メートルを超える大きさで大きなタワーシールドと波打つ形状のフランベルジュという剣を装備している。

 黒いオーラを発散させていて赤黒い模様のおぞましい全身鎧(フルプレート)は棘が所々から突き出していた。

 大きな角付きの兜をかぶる中身は肉が腐り落ちた死者の姿があり、漆黒でボロボロのマントをたなびかせている。

 ラナー達は依頼で訪れた城砦都市エ・ランテルの巨大墓地にてかのモンスターと遭遇。

 

「銀級の昇進試験の相手としては相応しいのかしら?」

「まさか。これほどのモンスターはアダマンタイト級でも苦戦するほどですよ。そもそも出現報告がほとんど無い相手……。撤退も考慮してください」

 

 死の騎士(デス・ナイト)を前にして淡々とラナーに説明するクライム。実は彼も相当ステータスが高い。

 単独でも死の騎士(デス・ナイト)程度なら屠れる。それゆえに恐れを抱いていない。

 目下、彼が求める強敵は特殊能力を持つモンスターである。――行方を捜したいところだがラナーを放っておくわけにもいかないので、情報収集だけに留めていた。

 ちなみに現在討伐を予定しているモンスターは雷鳥(サンダーバード)という大型の魔獣だ。

 

「いえいえ、相手にとって不足はございませんわ」

 

 今日はアンデッド討伐の為に()()()()な武器を持ってきていた。

 

 ミスリル製のハルバード。

 

 罪人の首を撥ねる死刑執行人(エグゼキューショナー)職業(クラス)を持っているから――というわけではないが、相応しい武器ではある。

 それ(ハルバード)を軽快に振り回す王女ラナー。

 ひ弱な女性には出来ない芸当だ。

 

「では、ひと狩り行ってきますわ」

「……防りは任せてください」

 

 王女の気軽な言葉に苦笑するクライム。

 

「ふふふ。モンスター退治も悪くはないですわね」

 

 昇進試験までラナーは本当に頑張った。それは嘘ではない。だから、クライムは彼女の為に盾として立派に務めようと思った。

 伝説のモンスターで帝国兵を単騎で撃破したという噂は聞き及んでいる。だが、自分達はそこらの雑兵とは違う。

 相手の動きはしっかりと見えている。そして、それはラナーも。

 

オオアアァァァ!

 

 軽快な動きで波打つ刀身のフランベルジュによる斬撃をかわす。

 巨大なタワーシールドによる突進も受け流した。

 死の騎士(デス・ナイト)は動きの鈍いアンデッドモンスターではない。ラナー達が上回っているだけだ。

 決して無理に押し返さない。

 戦闘に慣れてきたラナーに今の死の騎士(デス・ナイト)は強敵になりえないモンスターのようにクライムには見えていた。だが、油断は禁物である。

 

「は、早いですわね、やはり……」

 

 持久力の点ではアンデッドモンスターの方が上だ。

 時間が経過するたびに不利になっていく。

 レベル差があろうと有利不利は発生してしまう。特に人間種であるラナーは肉体的に強化されたわけではない。

 アンデッドは物理防御や刺突攻撃にかなり高い耐性を持っている。

 肉体的な部分では相手の方が優性。

 武器を取り落とさないように気をつけつつ相手から目を離さない。動きには今も着いて行けている。

 時折、クライムが鋼鉄の盾で死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を捌く。もちろん、まともに受けていれば簡単に壊されてしまうので角度を付ける等の工夫はしている。

 

「意外と身軽なんですね」

 

 重戦士というわけではないけれど戦士職にしては軽快な動きのクライムに驚いた。

 相手の攻撃に負けていないところも男性だから、とつい思ってしまう。

 強い男の子は大好きなラナーにとっては微笑ましい事この上ない。

 防りに徹してばかりでは勝てはしないので攻撃に転じることも忘れない。

 目下の問題は巨大なタワーシールド。これが意外と曲者だった。

 金属にハルバードを当てると手に、身体にと振動が伝わり、脳天にまで痺れを感じさせる。

 金属同士の打ち合いは危険だと判断する。だが、そうなると攻めきれなくなってしまう。

 一般の戦士ならば盾同士をぶつけ合い、回りこんで攻撃を仕掛ける。だが、死の騎士(デス・ナイト)は身体が大きいし素早く対応してくるので、そう簡単に回りこませてはくれない。

 

「クライム。防御は任せましたよ」

(かしこ)まりました」

 

 一人では難攻不落でも二人ならば可能となる事がある。それがチームというものだ。

 今日は二人っきりだが、仲間の大切さをラナーは知った。そして、学んだ。

 冒険者は意外と勉強することがある、と。

 

          

 

 ある程度の攻撃をクライムに任せて、ラナーは的確に攻撃を当てていく。

 死の騎士(デス・ナイト)は自己再生しないのでダメージを蓄積していけば勝てない相手ではない。

 事前に得た情報では一撃では絶対に勝てない。必ず耐え切るモンスターだと。

 生憎とラナーは一撃で死の騎士(デス・ナイト)を倒せないので、あまり役に立たない知識ではあったが頭の片隅には置いた。

 最後まで気を抜くな、ということだ。

 

バハルス帝国の騎士達を屠ったそうですが……。それほど脅威のモンスターなのでしょうか?」

「脅威ですよ。一般兵であればまず勝ち目はありません。この攻撃に耐えられる兵はアダマンタイト級ほどでなければ……」

「……つまり王国戦士長くらい強くならないとあっさり死ぬと……」

「そうですね。今の我々はもっと強いですから相手を軽く見られるんですよ。今のガゼフ様ならお一人でも死の騎士(デス・ナイト)を倒されると思います」

 

 ()()()()()ならばいざ知らず。

 ラナー王女が当時の『ガゼフ・ストロノーフ*4より強いのも滑稽な話し*5ではある。

 ガス。ゴッ。とラナーは確実に攻撃を当てていく。

 アンデッドモンスターは滅びるか身体がバラバラになるかで戦闘が終わる。

 召喚モンスターも大抵は消滅していく。

 エ・ランテルの墓地に出てくる骸骨(スケルトン)は基本的にバラバラになる。

 生者の対極に位置するアンデッドで雑魚モンスターの代名詞だが、武器などを装備すると厄介な相手となる。多種多様な骸骨(スケルトン)が存在するので熟練の冒険者は決して侮らない。

 

「……なかなかしぶといモンスターですわね」

「伝説のアンデッドですから」

 

 流れる動きで翻弄するラナー。そんな彼女を必至に守るクライム。

 戦闘の素人の王女とはいえ、死の騎士(デス・ナイト)相手に怯まず、よく戦っている。普通ならば不可能だ。というより、王女が死の騎士(デス・ナイト)と何故戦っているのか。

 普通に考えて異常だ。

 クライムは苦笑を浮かべる。それでも現実に起きていることなのだから仕方がない。

 

オオアアァァァ!

 

 死の騎士(デス・ナイト)が咆哮する。

 

「うるさい骸骨ですわね」

 

 ガツンと横っ腹に一撃を見舞う王女。

 ここまで相手の攻撃を捌き、ケガを負わないのは普通ではありえないことだ。もちろん、クライムが守っているとはいえ。

 長い得物であるフランベルジュを(たくみ)に受け流している。

 無理に受け止めないことも疲労を最小限に留めている証拠。

 それでも料理用のナイフとフォークしか持った事がないようなか細い手にも限界がある。

 いくらラナーとはいえ長期戦になれば握力が無くなる。そこを狙われればお仕舞いだ。

 つまり彼女の戦闘が終了する。――終了した後はクライムが死の騎士(デス・ナイト)を打倒する。

 

「ラナー様。まだ大丈夫ですか?」

「もちろんです。打撃による振動を軽減する手袋のお陰で。素手の時より楽で助かってますよ」

「それは良かった」

 

 手甲の内部に緩衝材を詰め込んでいる。これで金属の打ち合いに関して衝撃を拡散し、長時間の戦闘を可能としている。それは彼女の為に城の従者たちが開発したものだ。

 もちろん、一般に出回っている物より優れてはいるけれど、王女の手が(いわお)のような無骨な姿ではみっともない、と考えたからだ。

 色白で清楚な手を守ることも従者としての責務。

 

「あはは。攻撃が良く当たりますわ。……クライムが必至に守ってくれるお陰ですわね」

「無駄口を叩いている暇はありませんよ」

「ふふふ。ごめんなさい」

 

 本来は強敵相手に暢気に会話などできないのだが、二人は平然と話しながら動いている。それは割りと無駄に体力を消耗する行為で危険だ。だが、気持ち的な余裕が口から言葉を紡がせているのかもしれない。

 ハルバードを繰り出し、的確に当てるラナー。これが一般兵には出来そうで出来ないことだ。

 死の騎士(デス・ナイト)はそれだけ強敵である証拠なのだが、そんなモンスターをラナーは――現在のところ――上回っていた。

 王女より弱い王国兵。

 そんな噂が隣国のバハルス帝国スレイン法国に知られれば良い笑いものだ。

 だが、単純に笑っていられない事態になる事は各国共に認識する筈だ。

 死の騎士(デス・ナイト)は両国にとっても伝説のアンデッドモンスター。それを討伐する場合は国家の存亡をかける事態だ。現にバハルス帝国は最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と名高い『フールーダ・パラダイン*6を過去に投入している。

 スレイン法国ならば非公式ながら漆黒聖典を投入する。

 大部隊を率いて互角。

 更に死の騎士(デス・ナイト)の特徴として殺した者を従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に変える能力がある。

 安易に殺されずに倒さなければ被害が拡散してしまう。

 それほどのモンスターを現在、二人だけで相手をしているのだから滑稽である。

 

「……クライム。私は帝国の軍隊を一人で倒せるほど強い、という事に気がつきました」

「おお。では、二人で……ならば帝国を支配できそうですね」

「もちろん、魔法無しでの話しですけど……。暢気に話していますが……、なかなか倒せませんね、この骸骨さんを」

「もうじき、反応があると思いますよ。随分と身体を削っていますので」

「クライムが的確に避けてくれるので気兼ねなく攻撃できるのは楽ですわね」

「ありがとうございます」

 

 大怪我をしないように武技を絡めつつラナーの攻撃の手助けする。かつ、死の騎士(デス・ナイト)の攻撃をラナーから逸らすことも忘れない。

 本来ならば更に援護魔法も欲しいところだが、戦士と王女しか今は居ない。

 

          

 

 随分と攻撃を当てたはずなのに相手はピンピンしている。それは単にアンデッドモンスターだからダメージを受けているように見えないだけだ。

 何しろ相手は死者だ。生者のように痛みなど感じていないので仕方がない。

 

「……そろそろ武技で止めを刺しますか」

「ラナー様? 武技が使えるんですか?」

「ん~、それっぽいことはできると思いますよ」

 

 死刑執行人(エグゼキューショナー)の武技。それはクライムの知識に無いものだ。

 実際のところはラナーにも分からないが、いくつか必殺技は見せてもらっているので、それを参考にするだけだ。

 そもそも武技はどうやって覚えるのか。

 戦闘訓練もまだ初心者のラナーに分かるはずがない。

 クライムは一通りの武技を人から教わって身につけた。だから、ラナーも誰かに師事すれば色々と覚えるかもしれない。

 あるいは見よう見まねで習得することもありえる。

 時には自ら作り出すことも出来ると聞いた事があった。

 死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を捌いたばかりのクライムの頭に手を置いた次の瞬間には跳躍し、軽々と『騎乗*7するラナー。背中への騎乗というよりは肩車した状態だ。

 さすがに四つんばいになって移動するわけにはいかない。

 

「ふふふ。今からクライムは騎乗動物ですよ」

「えっ? あ、はい……」

 

 後頭部から頬までを締め付けるラナーの太もも*8。これが普段の服装なら肌の感触があったかもしれない。だが今は軽装とはいえしっかりとした防具を身につけている。なので感じるのは冷たい金属だ。それでもクライムにとっては意外であり、頬が紅潮するほど恥ずかしくなった。

 騎乗という王女(プリンセス)の本来のクラス技能を使い、更なる攻撃準備に入る。

 

「さあ、骸骨さん。お覚悟を。スキル発動っ!

 

 と、威勢良くラナーは叫ぶ。武技なのに『スキル発動』と勢いで言ってしまったことは後で顔が赤くなるほど恥ずかしくなってしまったけれど。

 それはともかく、発動されるのは騎乗戦闘*9駆け抜け攻撃*10が加わった攻撃スキル、だと思う技。

 

 〈猛突撃〉*11

 

 走るのはクライムである。

 ちなみに正確には武技ではなく『特技』と呼ばれ、どの職業(クラス)でも身につけられる一般的なものだ。ただし、発展型には様々な条件があるけれど。

 一足飛びに敵に駆け出し、軽く振り回されるハルバードを死の騎士(デス・ナイト)に目掛けて振るう。

 

オオアアァァァ!

 

 叫ぶ死の騎士(デス・ナイト)に怯まず、普通の馬より身軽なクライム。

 

「……〈回避〉*12〈不落要塞〉*13……〈流水加速〉*14

 

 ラナーは落ちないように脚をしっかりと絡めるが、決して首を絞めないように配慮されたものだ。それと空いた手を適度にクライムの頭に乗せて体勢を維持することも忘れない。

 クライムもラナーに攻撃が及ばないように。また、落さないように気をつけて移動する。

 

「その首、貰いました!」

 

 最後の抵抗とばかり振るわれるフランベルジュの攻撃をクライムと共に捌き切り、死の騎士(デス・ナイト)へ一撃を見舞った。普通ならば、それで終わる。だが、死の騎士(デス・ナイト)は最後の1ポイントを残して耐え切る特徴がある。だから、最後にラナーはハルバードを投げつけた。――つい勢いで。

 槍は投擲武器にも出来る。尚且つ、刺突攻撃に耐性を持っていようとラナーの方がレベルは上。更に騎乗スキルで槍装備の場合は攻撃力が三倍になる。問題は近接攻撃をやめて投擲した場合は折角の攻撃力の恩恵が無くなってしまうのではないか、ということだ。細かい部分を確認する事は戦闘中では出来ないけれど。投げてしまったものは今さら覆せないし、ラナーも詳しい事は知らない。

 勢いに乗った投擲攻撃は僅かなダメージかもしれないが当たりさえすればいい。0だとしても殴りつければいいだけだ。少なくともラナーは次の手を考えていた。飛び蹴りとか。

 随分前に考えた『黄金隕石粉砕蹴り(ゴールデン・メテオ・クラッシャー)』という技名があった。

 この技名を紙に(しる)して兵士達に見せたところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それをクライムに尋ねた事があるのだが、理由を教えてくれない。ラキュースも技名は変えた方がいいと言っていた。ただ、理由を教えてくれるまで変えないとは言っておいた。

 武器を放ってすぐにモンスターが最後の抵抗としてタワーシールドで防ぎきる可能性があった事に気付いた。結構、無謀な攻撃だったことを後で反省する。しかし、既に身体がボロボロの死の騎士(デス・ナイト)に最後の攻撃に抵抗する力も意思も無かったようだ。

 ハルバードを顔面に受けた後、黒い(もや)と共に滅び()く伝説のアンデッドモンスター。

 

「お見事です、ラナー様」

 

 地面に器用に着地するラナーは重労働を終えた、という(てい)で思いっきり息を吐き出した。

 一体だけなのに随分と疲れてしまった。

 

「冒険者の皆さんはいつもご苦労しているのですね」

「さすがに伝説のモンスターとは頻繁に戦いませんよ。ですが、お疲れ様でした」

 

 良き盾役が居たからこそ勝てた。ラナーはそれを身を持って知った。

 冒険者としてはまだ未熟者だが、色々と経験できて有意義だったと振り返る。

 これならば王女という地位をいつでも捨てられる――ような気がした。

 安心するのもつかの間、冒険者の仕事はまだ残っている。

 

「規定の時間までもう一頑張りですね」

「そうですね。一日は長いですから」

 

 少しだけ休憩し、投げ捨てた武器を拾い上げて握り締めるラナー。

 彼女の仕事は後数時間は残っている。

 

『終幕』

 

 

*1
CV 安野(やすの) 希世乃(きよの)

*2
CV 逢坂(おおさか) 良太(りょうた)

*3
CV 小清水(こしみず) 亜美(あみ)

*4
CV 白熊(しろくま) 寛嗣(ひろし)

*5
『話』ではなく『話し』である。全ての作品において共通明記事項。送り仮名は必須。

*6
CV 土師(はせ) 孝也(たかなり)

*7
君は乗騎に乗る技術に長けている。

*8
不慣れな行動により『膝で操る』の判定に失敗。片手が塞がっている為に攻撃は片手で(おこな)わなければならない。

*9
君は戦いの中でクライムを操る事の達人だ。前提条件『騎乗

*10
クライムに乗って突撃している時、君は動いた後敵を攻撃し、さらに動き続けることができる。前提条件『騎乗』『騎乗戦闘

*11
君の騎乗突撃はとてつもない威力を持つ。前提条件『騎乗』『騎乗戦闘』『駆け抜け攻撃

*12
敏捷を高める。

*13
自分が所持している武器で相手の攻撃を受け止める。

*14
体感速度を高める。




付録:経験点


レベル         必要経験点


2           2000
3           2200
4           2600
5           3200
6           4000
7           5000
8           6200
9           7600
10          9200
11         11000
12         13000
13         15200
14         17600
15         20200
16         23000
17         26000
18         29200
19         32600
20         36200
21         40000
22         44000
23         48200
24         52600
25         57200
26         62000
27         67000
28         72200
29         77600
30         83200
31         89000
32         95000
33        101200
34        107600
35        114200
36        121000
37        128000
38        135200
39        142600
40        150200
41        158000
42        166000
43        174200
44        182600
45        191200
46        200000
47        209000
48        218200
49        227600
50        237200
51        247000
52        257000
53        352090
54        394341
55        441662
56        494661
57        554020
58        620503
59        694963
60        778359
61        871762
62        976373
63       1093538
64       1224763
65       1371734
66       1536342
67       1720703
68       1927188
69       2158450
70       2417464
71       2707560
72       3032467
73       3396363
74       3803927
75       4260398
76       4771646
77       5344243
78       5985553
79       6703819
80       7508277
81       8409271
82       9418383
83      10548589
84      11814420
85      13232150
86      14820008
87      16598409
88      18590218
89      20821044
90      23319570
91      31947811
92      43768501
93      59962846
94      82149099
95     112544266
96     154185645
97     211234333
98     289391036
99     396465720
100    543158036
101    744126510
不明             ?

※数値はあくまで目安です。
※経験点が規定の数値に達してもレベルアップはしません。
※溜めておける経験点の最高値は『744126509』となります。これ以上は増えません。
※もし、何らかの条件によりレベル100を突破出来た場合は更なる可能性が広がると同時に不安要素も増大するでしょう。
※レベルの限界数値は『999』ですが、無限やマイナスという概念が現れるかもしれません。しかし、数値には限界が必ずあり、無敵という概念は()()()()()()であっても存在しません。たとえ、それが()()()()()()であっても。

エネミーレベル      経験点

1            127
2            191
3            195
4            254
5            318
6            381
7            446
8            508
9            572
10           635
11           699
12           762
13           826
14           889
15           953
16          1016
17          1080
18          1143
19          1207
20          1250
21          1300
22          1400
23          1500
24          1600
25          1700
26          1800
27          1900
28          2000
29          2100
30          2200
31          2400
32          2600
33          2800
34          3000
35          3200
36          3400
37          3600
38          3700
39          3800
40          4000
41          4400
42          4800
43          5200
44          5600
45          6000
46          6400
47          6800
48          7200
49          7600
50          8000
51          9000
52         10000
53         11000
54         12000
55         13000
56         14000
57         15000
58         16000
59         17000
60         18000
61         20000
62         22000
63         24000
64         26000
65         28000
66         30000
67         32000
68         34000
69         36000
70         38000
71         40000
72         42000
73         44000
74         46000
75         48000
76         50000
77         52000
78         54000
79         56000
80         58000
81         64000
82         70000
83         76000
84         82000
85         88000
86         94000
87        100000
88        106000
89        112000
90        118000
91        130000
92        142000
93        154000
94        166000
95        178000
96        208000
97        240000
98        284000
99        320000
100       450000

※イベントボス。レイドボス。ワールドエネミーの経験値は不明です。
※複製体は元々の身体のレベルに依存します。ゆえに複製体を倒して経験値を得ることは可能です。ただし、完成していない複製体からは経験値を得ることは出来ません。
※媒介を用いない召喚モンスターは経験値を持ちません。
※召喚モンスターが倒したエネミーの経験値は特別な場合が無い限り保留にされます。
※レベル差が開くごとに経験点は減少する。基本的には経験点÷レベル(チームならば平均レベル)で計算されるが50レベル以降は経験点÷(レベル×10)となっていく。

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