立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

9 / 55
【えんしゅうせんかん】

「いーっやほ!」

 

 空中で手のひらがぶつかり合い、ぱちんと乾いた音を立てる。

 駆逐艦「涼風」と「野分」は一足先に桟橋を上がると、お互いの手を取り合って小躍りし始めた。その後ろからやや大型な二人の艦娘が海水を含んだ重い足を上げた。

 軽巡洋艦「川内」が先に埋め立てられたコンクリートの上に足を乗せた。

 

「こらー、はしゃぐな駆逐艦」

 

 腰に手を当てながら声を張り上げる川内の後ろで、榛名が服の表面についた潮を手で払った。

 

「放っておきなさい。川内(おまえ)を守りつつ単艦の私を回収し、私の射程内に敵を釘付けにする為の水雷戦隊をも成す。駆逐艦(かのじょたち)は十分すぎるほど働きました」

 

 川内は驚いて背後を振り返った。自分と同じく駆逐艦の背中に目を向ける榛名の横顔を見つめる。「機嫌イイですね」と軽口を叩くと、とたんに深くなった眉間の皺から目を逸らす様に、再び駆逐艦達に向き直った。

 

「いやしかし、勝ててよかったですよ」

 

 川内が足元の艦載機を拾い上げながら言った。

 

「砲弾も魚雷も積むなとおっしゃられた時はどうなるかと思いました」

 

川内の安心したような声。榛名はほっとひと息つくかのようなその響きに、腕を組んで得意げに口元を歪めた。

 

「これが次世代の軍艦の戦い方ですわ」

 

 艦隊の分隊運動、単艦での超接近戦、どちらも旧軍艦では成しえなかった戦法の数々。もちろん川内を偵察機運用特化(キャリアー)に仕立てたのも榛名の指示によるものだ。

 

「そもそも大敗を喫した旧帝国海軍の兵法を模した海戦をする事自体がナンセンスなのです。軍艦と艦娘は別物。これからはそう言う物の考え方が戦争を有利に進めるのです」

 

「艦隊の二つに分けたのも?」

 

 榛名は大きく頷く。

 

「そう。艦娘は軍艦と違い旋回加速に長け、咄嗟の行動に抜群の対応力があります。攻撃を主とするならば、それこそ私の様な戦艦の単艦特攻こそ最もローリスクでハイリターンな戦いの形なのです」

 

「しかし単艦では轟沈の可能性はぐんとあがります」

 

 当然とも言える川内の指摘に、榛名は困ったように口の端を吊り上げた。腕を組んで唇を尖らせる。

 

「そうね。艦娘は決死兵器として見れば旧海軍の潜水艦なんかとは比べ物にならない戦果を挙げられます。が、相手もまた深海棲艦という底の見えない相手である以上、むやみに消耗しても長期的に見て不利になるのは免れない。安い命とはいえ、艦娘もタダではありませんしね」

 

「なので、今回の様に作戦中に隊を分断し行動力を上げると…」

 

 顎に手を当てて唸る川内、その背後に巨大な影が音も無く忍び寄った。大柄な影の主は川内の肩をつかむと、大型の動物が鎌首をもたげるように、ヌッと背中から身を乗り出した。

 

「イエース!それこそワタシやハルナの目指す『KANMUSU_REVOLUTION』デース!」

 

 戦艦「金剛」は川内の体をがくがくと揺らしながら、周囲に聞き散らさんが如く大声を張り上げた。

 

「お姉さま!」

 

 姉の姿を視界に収めると、榛名は両の手を打ち合わせて顔をほころばせる。そのまま小走りで駆けて来て、邪魔な川内を押しのけて無理やり金剛の前に躍り出た。

 

「作戦お疲れ様です!」

 

 金剛は大きく手を広げて妹を迎えた。

 

「yeah! バッチリPerfect Gameネ!」

 

「さすがお姉さま!」

 

 榛名も姉に答えるように腕を広げる。そのまま大柄な姉に包み込まれるかのような、豪快なハグを交わした。

 

「Nice Fightだったネ、ハルナ」

 

「やりました!」

 

 先ほどまでの仏頂面が嘘のような榛名の満面の笑みに、駆逐艦達が目を丸くしている。川内も、そのあまりの変わり様に肩をすくめて見せた。金剛の視線が榛名の肩ごしに川内に向けられる。

 

「センダイも、ハルナのNonsenseに付き合ってくれてThank Youデス」

 

「ナンセンスではございません、お姉さま!知的戦略です!」

 

 榛名が腕の中でぱたぱたと暴れるが、彼女を抑え込む金剛は嬉しそうに上から覆いかぶさっている。身の丈180近い金剛が他の戦艦と比べてもさほど大きくない事を考えると、むしろ榛名が戦艦としては小さいという事なのだろう。

 

 榛名はすぽんと腕の中から抜け出すと、ふるふると首を振って乱れた髪を整えた。広がった髪を手で押さえながら、まっすぐに金剛を見上げた。

 

「お姉さまもご無事で何よりです」

 

「YES。優秀なFlag shipのおかげですネ」

 

 ニコニコと似合わぬ笑みを浮かべていた榛名だが、その言葉を聞いてとたんに再び眉をしかめた。金剛から顔をそむけると、背を丸めて親指の爪に歯を立てる。

 

「け、本当ならお姉さまに旗艦を譲るべきですのに。あの重巡風情が」

 

「Non、ハルナ。フルタカは立派なLeaderデース。Secretary shipの称号は飾りじゃないわ」

 

 金剛達の旗艦を務めた重巡洋艦「古鷹」は、鎮守府で唯一「秘書艦(Secretary ship)」と呼ばれる提督補佐を務める事を許可されている艦娘である。

 秘書艦は鎮守府内で最も練度が高い艦娘のみがつくことを許されていて、提督補佐としての事務処理仕事と最前線への連続出撃を両立させなければならない過酷な役職だ。

 古鷹型ネームシップの彼女は、その秘書艦の席を提督の赴任以来一度も他艦に譲った事は無い。それは彼女が重巡洋艦の最強である事と共に、「経験」と言う点において鎮守府に並ぶ者なしという事実を証明していた。

 

 榛名はかねてよりこの古鷹という艦が苦手であった。

 

 あらゆる面において冷静沈着。面倒見がよく他艦より慕われる面もある傍ら、戦場においては一切の感情の動き無く他者の命を奪う姿から「殺し屋」などと周りから揶揄されていた。この二つ名は単なる皮肉にとどまらず、去年二人の軍人殺しが露見した事によってより彼女を象徴する単語と化した。

 そんな事実があってなお古鷹があのような地位にいるのは、殺された二人の軍人があのオカマ野郎と対立する派閥の佐官であった事と無関係ではないだろう。

 火の無い所に煙は立たぬと言うが、あの二人の周りはまさに海軍部内において火の海の様な有様であった。どんな傲慢な大将であろうと、「あの」提督にまくしたてられ、背後の古鷹に睨まれればたちまち失禁しながら「楽に殺してくれ」と泣きわめくような有様である。

 

 榛名はちらと鎮守府の司令室あたりに目をやった。この演習は提督も見ているはずである。今にもカーテンの隙間からあの忌々しく輝く左の眼光が漏れ出すかと思うと、ぞっとする。

 

「Oh」

 

 榛名の気をよそに、金剛が海を見つめて声を上げた。背後から聞こえる騒がしい怒鳴り声とガチャガチャと艤装がこすれ合う音から榛名は振り返らずとも後方で展開されている大方の事態を察した。金剛が呟く。

 

「ハルナはちょっとヒューガに厳しいネ」

 

 大破した日向を背負って艦隊が桟橋に足をかけていた。江風と名取が先に陸に上がり、日向を背負った初霜の腕を引っ張り上げる。その様を見て榛名は無表情で言った。

 

「彼女は立派な軍艦ですわ」

 

「Oh」

 

「へぇ」

 

 金剛が横目で榛名を見る。川内も思いもしなかった榛名の言葉に腕を組んでその続きを待った。榛名は注目が自分に集まっている事に気が付くと、「こほん」わざとらしく咳払いして二人に振り直った。

 

主力戦艦(わたくし)が心地よく戦えるよう、身を呈して努めてくださるんですもの。彼女は立派な「演習戦艦」ですわ」

 

 ぎらぎらと目を輝かせ高笑いを響かせる榛名の姿に、二人は「やっぱりね」と心の中でため息をついた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。