「「同航戦っ!」」
演習開始直後、二人の戦艦の声がそろって響いた。共鳴する怒声が、周囲の海面を震わせ、波を荒らす。反響し増幅されたその声の圧力に、後続の艦はびりびりと身を震わせた。
ガコンと主砲の射角が調整される。四門の35.6cm砲が空高く掲げられ、お互いを照準の真ん中に捉えた。
「「目標っ!」」
両者高らかに謳う。
「金剛型戦艦!」
「伊勢型戦艦!」
お互いに速度を落とさずに、ぎりぎりまで的を絞る。加速が最大まで達した時に、両者弾かれた様に声を張り上げた。
「「撃てえええええええええっ!」」
重なった爆発音が、風圧となって艦隊の間を駆け抜ける。迫り来る風の音を「超える」と、一瞬の無音の後に頭上より打ち上げ花火のような高い笛の音が聞こえてくる。徐々に増大する風切り音が艦隊の真横に突き刺さり、巨大な水柱となって降り注いだ。
「きゃああああああっ!」
「落ち着け!至近弾だ、隊列崩すな!」
大きく海面が震え、それに翻弄されるかのように隊列が崩れる。
うろたえる艦隊をあざ笑うかのように、二機の零式偵察機が、水柱をよけて頭上を通過していった。およそ100mほど飛んだ後、日の丸を翻し反転して帰ってくる。
「速い!!川内か!」
戦艦同士の撃ち合いに乗じて発艦したのだ。攻撃機でこそないものの、今の砲撃の着弾位置は確実に測定されただろう。
次は当ててくる。日向は唇の裏に舌をこすりつけた。
「初霜は対空を重視、敵艦載機を迎撃せよ。江風は初霜に付いて雷撃準備、敵の魚雷の警戒を怠るな。名取は私と砲撃。駆逐艦は任せたぞ!」
矢継ぎ早に指示を飛ばす日向を遠くに見て、対する榛名は軽く舌を撃った。
「外しましたか…」
榛名は一旦速度を落とし、自分の砲弾の行く末を見守っていた。
日向の放った徹甲弾は、砲の角度から測定して大きく着弾位置がそれると予想できていたので、目立った回避行動はとらずに川内に偵察機を飛ばさせたのだった。
「川内は引き続き偵察機を飛ばし続けて。涼風さんと野分さんは私の指示に合わせて雷撃位置についてください」
榛名の指示を受けて、部隊は各々の装備の確認をする。川内は次の零戦をカタパルトに誘導し、涼風と野分はお互いの魚雷発射管の位置を点検し合っている。
軽巡洋艦「川内」の無線に声が飛び込んだのは、次発の零戦がカタパルトに収容された瞬間の事だった。聞こえてくるハキハキとした喋り方は、駆逐艦の「涼風」である。
「榛名さんはどうしてあんなに相手の御大将を目の仇にしてるんで?」
当然とすら言える素直な疑問に、後続の駆逐艦「野分」も回線に割り込んでくる。
「たしかに榛名さんは悪趣味で陰険、へそもつむじも曲がってて、いいとこと言えば顔くらいなもんです。ですが、あの人に対する執着の仕方は異常です」
容赦や空気を読む事を知らぬ駆逐艦の追及に、回線の主である川内は頬を引っ掻きながら答えた。
「それ聞いちゃうかね?あのね、あっちの日向っていう戦艦。あれ榛名さんのお姉さんの金剛さんの…」
「ちょっと、カワウチ!艦載機が落とされてるわよ!サボってないで、手ぇ動かしなさい!」
榛名のヒステリックな声が回線に割り込んでくる。今のは川内個人の回線なので、先ほどまでの会話は聞かれていないはずだ。
「あー、またあとで」
川内は強制的に会話を打ち切ると、右肩に取り付けられたカタパルトをぐいと体の内側に引き寄せた。左手で右手首をしっかりと固定し、エルボーの様に肘の先を敵の進行方向に向ける。発艦の衝撃に備え、薄く目を瞑ったが、射出方向である敵艦隊の動きを目で追うと、閉じかけた目を勢いよく見開いた。
「榛名さんっ!」
「わかってる!涼風、野分!雷撃準備!」
榛名が足を止めたスキをついて、日向達は舵を大きく左に切っていた。同行戦の撃ち合いの後に大きく榛名達を引き離すと、取り舵を切って前方から榛名の艦隊に向かい合うように迫って来ていた。
「舵を切る一瞬、T字戦になりますよ!こちらが不利です!」
(馬鹿川内!
「榛名さん、艦載機!」
上空をみやると、日の丸を携えた観測機が隊を組んでぐんぐんと距離を縮めてきていた。全部で4機。榛名の艦隊の上空を通過すると、2-2の部隊に分かれて引き返していく。
長期戦が不利だと踏んだか、日向はこの一撃のカチ合いで決めるつもりだ。
「反航戦に入ります!涼風野分はすれ違いざまに雷撃をぶち込んで!目標敵旗艦、伊勢型日向!」
日向は艦載機を飛ばすと、すぐさま無線を飛ばした。
「反航戦来るぞ!名取、水平射用意!目標駆逐艦!同距離にて水雷戦を妨害せよ」
「りょ、了解」
軽巡洋艦「名取」がうわずった声で答える。構えた主砲は本人の心意気に反して、ガコンと重々しい返事を返した。後ろでやや距離を取って航行する駆逐艦の「江風」が、名取を押しのけるように回線に割り込んでくる。
「旦那!江風達は!?」
「
「こ、攻撃艦は私だけですか!?」
喉をひきつらせた様な名取の声。日向はそれを聞き思わず口元を緩めてしまった。
だが、名取の不安も当然だ。日向の積む35.6cm砲はその巨大さ故、近距離での水平射撃では大きな衝撃がかかる。ベタ足で反動に耐えるならともかく、航行中にしかも反抗戦で向かってくる敵艦を撃てば反動でバランスを維持するのも難しい、最悪主砲そのものが自壊してしまうだろう。反抗戦の短いすれ違いで戦艦が機能するとすれば、近距離で他艦の盾になる事くらいだと思っているのかもしれない。
日向は小さく背後を振り返り、不安げに見上げる名取を一瞥して口の端を上げて笑った。
「ヤるのはお前と「私」だ」
日向は主砲を折り畳み、腰に差した刀に手を添えた。伊勢型「八式艦刀」。深海棲艦殲滅兵装として鍛えられた、正真正銘の「斬艦刀」である。
金属の
ざらりと刀が鳴く。水平に風を裂いて、真横に大きく構える。剥き出しの刀身に紫電が揺らめき、濡れた刃が妖しく光った。