立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【なまえをよんで】

     

 すっかり人がハケたテントの下で、江風と名取は手持無沙汰になって座り込んでいた。激しい日の光をテントの陰でしのいで、江風が外回りの途中でもらってきた「白露印ソーダアイス」を美味そうにほおばった。

 本日、公開演習に出場する江風と夕立を除く白露型は、皆水着姿でアイスを配り歩いている。その中でも特別姉妹に甘い時雨からアイスをちょろまかしてくるなんて、江風にとっては朝飯前である。

 

 つまらなそうに丁嵐の演説を聞いている江風の横で、名取は目を輝かせて騒ぐ群衆を眺めている。手に持ったアイスが熱にさらされ、足元に小さな水たまりを作っていた。

 

「名取はそンなにお祭り好きかよ?」

 

 声をかけられても、名取の視線は動かない。まばゆい光を携えて、盛り上がる少女達や汗を流すお祭りの列を眺めていた。

 

「なんだか、新鮮、です。皆で一緒になって、汗かいて笑って盛り上げて。「自分達で作ってる」って、感じ。今までお祭りって、い、五十鈴ちゃんの後ろにくっついて歩くだけのイベント、だったから…」

 

 姉に手を引かれ、揺れるツインテールを眺めいていた自分を思い出す。

 輝いていた瞳の中に、スッと影がちらついた。瞳の奥に映るのが苛立ちか葛藤かはわからないが、江風には何となくその気持ちがわかるような気がしていた。

 

「なンか、似てるな。アタシ達」

 

 名取が目を丸くする。江風もまた、視界の端でいつもその影を追っていた。絶対に届かない、一人ぼっちの背中を。

 

「姉貴うぜぇだろ」

 

「ええええええええ!?ウザくないよ!五十鈴ちゃん大好きだよ!」

 

 否定しながらも、名取は小さく目を伏せる。「姉」を「五十鈴」だと言った覚えはないが、そこに刃を突き立てるほど江風も空気が読めないわけではなかった。

 

「ただ…。ちょっと、寂しい時があるだけ…」

 

 そう呟いて、手の中のアイスをくるくると回した。

 

「届かない手、伝わらない気持ち。それが全てでは無いと心では分かっていても、悔んだり、追いかけたりするのはやめられない物ですね」

 

 エプロンに手をかけながら、神通が名取の横に腰を下ろす。江風からアイスを受け取ると、その包みを破りながら小さな声で語り始めた。

 

「私も「姉うぜぇ」ですよ」

 

 二人の視線が、小さく舌を出す神通の横顔に注がれる。

 

川内(ねえさん)は、いつもいつも私を困らせて。普段は空気を読んで気ばかり回す癖に、最も側にいてほしい時には振り返りもしない…。「うぜぇ」です」

 

 普段のおしとやかな性格からは想像できない姉妹に対する愚痴は、きっと誰も耳にした事の無い彼女の本音だ。それが聞けた事が名取にはちょっとうれしかった。

 

「寄り集まって、何の話だい?」

 

 江風の手の中のアイスを奪い取り、今度は加古が口をはさむ。

 江風と名取の間に身を割り込ませると、歯の間にアイスの包みを咥えて袋を縦に裂いた。

 

「自分の姉の事です。加古さんはどうですか?」

 

「あ、バカっ…!」

 

 江風のとっさの制止は、加古の鋭い視線により抑え込まれる。加古はゆっくり時間をかけてアイスを取り出すと、薄水色の光が日光を反射してキラキラと輝いた。

 

「自分の姉ねぇ、古鷹の事は…【知らない】んだな、これが」

 

「知らない…?」

 

 全員呆然とその言葉を反芻した。

 江風一人が「参った」とばかりに頭を抱えている。

 

「喋った事も無いのさ、一度もね…」

 

 軽い雰囲気で話す声の調子とは裏腹に、加古の表情はすぐれない。瞳の色は良く言えば落ち着いていて、悪く言えば無感情であった。虚ろで暗く、深く濁っている。

 

(かーっ!これだからトーシローは!姉御に古鷹の話はタブーだってんのに…)

 

「側にいた時間が少なかったわけじゃない。たしかにすぐに秘書艦の職務に就いちまったけど、話す時間ぐらい十分あった」

 

 血縁とは違う「姉妹」。

 それはわかっている。それは、わかっている。

 

「私はね、古鷹に名前を呼んでもらった事すらないんだ」

 

・・・・・・・

 

「どういたしました?」

 

 重く目を伏せる一同に初霜が声をかける。いつものエプロンはいつの間にかピンク色のはっぴへと変わっており、両手には丁嵐の顔がプリントされたうちわを握りしめている。

 

「はい、話は終わりだ。仕事、仕事」

 

 そそくさと立ち上がる加古の背中を振り返る事ができる者はいない。事情の呑み込めない初霜だけが、はてと首をかしげていた。

 江風の射る様な視線は神通へ、神通は一瞬目をそらすがすぐに観念したように目を閉じた。

 

「無配慮でした。精進します」

 

 名取へ視線を移すと、彼女も似たように萎縮していた。

「姉妹」という言葉は艦娘達にとって特別な意味合いを持つ。血を分けた肉親、そして姉妹艦。その他、戦場において杯を交わした戦友の事を姉妹と表現する場合もある。

そこに秘められた思いは全てが微笑ましい姉妹愛に彩られているとは叶わない。

 

「さ、じゃあアタシは外回りに戻るわ。ポップコーンを補充して、ぼちぼち公開演習の席を回ろうかね」

 

 アイスの棒を投げ捨てた江風に「待って」と声がかかる。引きつった声を上げた初霜の後ろで、先に事態を飲み込んでいた加古がこめかみを抑えていた。

 

「旦那がいねぇ…」

 

「まさか…、逃げた!?」

 




【どうでもいいこと】
逃げてはいない(ネタバレ)

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