立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【てんさいとちくわ】

 昼過ぎの食堂。

 艦娘(ふね)もまばらになったホールの中心で、日向は柱を囲む様に組まれたベンチに腰かけていた。

 天井から吊り下げられたテレビモニターでは現在出撃中の艦隊の様子が映し出されている。映像はビデオカメラを積んだ特別飛行艇から送信されていて、金剛が砲撃を繰り回す姿が数カットに分割され映し出されていた。敵艦が煙を上げて体勢を崩すと、テレビの前に陣取っている駆逐艦達がワッと沸いた。

 

 

 日向はその様子を只ぼんやりと眺め、体を広げて大きく伸びをした。後頭部を柱にこすり付けると、見覚えのある黒髪がさらりと顔に掛かった。

 

 頭頂部を柱に預け天井を向く日向を、ベンチの上に立った初霜が覗き込んでいた。

 

「伊良湖さんが今日はもうあがって良いとの事です」

 

「そうか」

 

 日向は垂れ下がる髪を手で払い、肩を手で押さえながら立ち上がった。両の肩を回しながら、ぐりぐりと首をひねる。

 

「まさかお前がウェイトレスをしているとはな」

 

「申し訳ございません、お付き合い頂いて」

 

 初霜がエプロンを外しながら頭を下げる。日向は目を細めて、その頭をぐりぐりと撫でまわした。

 

「いいんだ、私も仕事が欲しい」

 

「伊良湖さんがまかないを用意してくださるそうです」

 

「そりゃあいいな」

 

 日向と初霜は揃ってカウンターに向かった。そこではエプロン姿の給糧艦がせっせと洗い物を片付けている。

 

「手伝おうか?」

 

 声をかけると、カウンターの中で結わいたポニーテールが小さく跳ねた。

 

 給糧艦「伊良湖」は日向の姿を見つけると、濡れた手をエプロンで拭いながら小走り駆けてきた。カウンターを挟んで、小柄な少女が柔らかく微笑みかけてくる。

 

「お疲れ様です、日向さん。初霜ちゃんも」

 

「お疲れ」

 

「お疲れ様です」

 

 日向がカウンターに肘を乗せて身を乗り出す。小さな伊良湖を見下ろす様に上から声をかけた。

 

「私たちも、そちらに回ろうか?」

 

 奥の流し台にはまだ多くの食器が積んである様に見える。日向の指指す方を振り返ると、伊良湖はいやいやと両手を横に振った。

 

「いいんです、お昼のピークも過ぎていますから。それよりお二人も何か食べて行ってください」

 

 そう言ってメニューを差し出す。しかし、二人ともメニューには目を落とさずそろって声を上げた。

 

「カレー」

 

「カレーひとつ!」

 

 重なった声を聞いて、思わずお互いを見返す。

 

「ごめんなさい、お昼のカレーはもう一食分しか残っていなくて」

 

 見つめあう二人に、伊良湖は申し訳なさそうに告げた。

 

「では…」

 

「じゃあ私はうどんにしよう」

 

 言うより先に、日向はハシを取ってカウンターを後にした。取り残された初霜は伊良湖と日向の背中を交互に見回した後、伊良湖に一礼すると駆け足で遠ざかる背中を追いかけた。

 

 

 

 テーブルにつくと、吊り下げられたテレビから大きな爆発音が響き、二人ともそちらに目を向けた。画面の中では巡洋艦「五十鈴」が、背負った艤装から爆雷をバラ撒いる所が写し出されている。

 海中にて展開した爆雷が炸裂する。くぐもった爆発音と共に、立ち上った泡がぼこぼこと海面を揺らした。

 

「不毛な話題かもしれませんが、軽巡洋艦最強は五十鈴さんかもしれませんね」

 

「天才だからな」

 

 答えながら日向は汲んできた水に口をつけた。

 

 長良型二番艦「五十鈴」。彼女は巡洋艦きっての天才と鎮守府内でその名を轟かせていた。

 着任当日より高い対潜能力で注目され、1週間で1番艦「長良」を抑え主艦隊入りを果たす。得意な対潜攻撃はもちろん、砲撃、雷撃にも隙が無く、艦載機運用能力を捨ててなお索敵に優れるなどまさに「天才」の名を欲しいままにしてきた。

 巡洋艦の中でも軽級の者は鎮守府中でも層が薄く、誰も彼女を追随できるものはいないのが現状だった。

 

「おまちどうさま」

 

 しばらく画面の中で揺れるツインテールを眺めていると、伊良湖が注文の料理を持ってやってきた。両手にトレイを掲げて、腰をかがめてテーブルに並べる。やってきたうどんのどんぶりを、日向はじっと見つめた。

 

「それはサービスです」

 

 日向の視線の先、二人の料理の上には、きつね色に揚がったちくわがどんと自らを主張していた。

 日向はいい、どんぶりの真ん中に巨大な磯辺揚げが浮かんでいる。程よくうどんの汁を吸って、サクサクの衣から立ち上る油の匂いが食欲をそそる。

 しかし、初霜はどうか。山盛りのカレーライスの上に、一本のちくわが絶妙なバランスで乗っかっている。でき(・・)の悪いしまかぜカレーのようなその風貌に、日向は眉をひそめた。

 

 初霜の顔を覗き見る。彼女は以外にも目をキラキラと輝かせていた。

 

「おいしそうっ!」

 

「そうかな?」

 

 日向の呟きには気づかず、伊良湖は「ごゆっくり」とテーブルを後にした。

 初霜は手を合わせると、スプーンで器用にちくわを一口サイズに切って、カレーと共に口に運んだ。

 日向もちくわの端を汁に浸して、その先端にかぶりついた。サクサクの衣とふわふわ弾力のあるちくわが、絶妙に口の中で混ざり合う。どんぶりを持ち上げて汁をすすると、口の中の脂っぽさを押し流して、濃い出汁の味がしっかりと口内に広がった。

 

 顔を上げると、初霜がスプーンを持ったまま、思いつめた様に日向を見つめていた。不思議に思い、日向は正面から初霜に向き合う。彼女がどんぶりを置いたのを確認すると、初霜が口を開いた。

 

「日向様は、これでよろしかったんですか?」

 

「ん?ああ、いいんだ。カレーを食べねば死ぬ訳でもなし」

 

「いえ、そうではなく」

 

 初霜がスプーンを置く。

 

「近代化改装の件です」

 

 日向はその言葉を聞くと、「くだらない」とでも言いたげに再びどんぶりと向き合った。テーブルの端の木箱からプラスチックのれんげを取り出し、汁の中に差し入れた。

 

「お前も話を聞いていただろう、あんな行き当たりばったりな計画に艦生賭けられるか」

 

 れんげの中にできた汁の水面に自分の顔が浮かぶ。琥珀色をした自分の顔は、達観し諦めた様に小さく笑っていた。

 

「しかし、提督の事ですから何の算段も無いとは思いませぬ」

 

「さてね、設計上の欠陥を直接本人に説明したり、テスト等と言う言葉選びを見ても、あの男は私に「断わる」と言って欲しいようにしか聞こえなかったがな」

 

 それを聞いて初霜は首をかしげた。

 

「どういう意味です?」

 

「それこそ私が知る由も無い」

 

 日向が興味無さそうにうどんをすする。初霜もそれ以上言及するような事はせず、再び巨大なちくわと向かい合った。

 

 

 

 

 

 時刻一五〇〇時。

 ガラガラと鎮守府の時鐘が響く中、演習場に二つの艦隊が入ってきた。事前に水に足をつけていた日向は、自陣とは反対側のゲートをくぐってくる戦艦とゆっくりと目線を交わし合った。

 榛名は日向に視線を返すと、単艦で海上を滑り日向の目の前までやって来た。

 

「宜しくお願い致しますね」

 

「ああ、宜しく」

 

 短いあいさつを交わして、日向が先に拳を突き出した。榛名もそれに合わせ、右の拳をぶつける。

 ガツンとお互いの拳骨が衝突し、反動で二人の体が後方に流れた。そのまま背中合わせに主機を入れ、お互いの艦隊に向き直る。

 

 ルールは4対4の砲雷撃戦。

 砲雷撃戦演習は、その名の通り通常の砲雷撃戦を想定した演習である。両者事前に申請した船数で艦隊を組み、合図に合わせて攻撃を始める。開幕雷撃は無し、前段航空戦も無し、さらに奇襲戦を想定している為、索敵機の発艦時間すら用意されていない。着弾観測射撃を行う際は、戦闘中に隙を見て艦載機を発艦させる必要があった。

 

「やるぞ」

 

「やりますよ」

 

 二人の掛け声に、隊のメンバーは一同強く頷く。

 判定員の声が演習場全体に響き渡った。

 

「これより砲雷撃戦演習を行う!」

 

 艦隊がゆっくりと海上を航行(はし)り始める。二つの艦隊は、お互い単縦陣のまま平行に航行を続ける。

 先頭の榛名がぐっと日向に距離を詰めた。お互いの瞳が覗き込めるような近距離で睨み合う。強い衝撃とともに榛名の艤装が日向にぶつかる。日向の鋭い視線に榛名は楽しそうに目を細めた。

 

「解体してあげますよ、ガラクタさん」

 

 金属がこすれ合う甲高い音が空に溶けていく。日向の握り拳が、榛名の装甲の上に影を落としていた。榛名は薄気味悪い笑みを崩さぬまま、反動に従って距離を取る。平行に並んだ互いの艦隊が、先頭から二つに分かれた。

 

「演習はじめっ!」

 

 火蓋は切って落とされた。

 


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