立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【肆】艦娘制御

  

「いいのよ、とっておいても仕方がないんだもの」

 

 丁嵐の柔らかい物腰に、大淀はなんだか萎縮してしまう。これでは本当にティーパーティーにお邪魔したみたいだ。熾烈な派閥争いとは何だったのか、これは本気で楽しまないともったいない気がしてきた。

 

 目の前に置かれたコーヒーに視線を落とす。漂ってくる香ばしい匂いは、大淀の下手な疑心暗鬼を溶かすのに十分な魅力を携えていた。そっと口をつけ、少量を口に含む。

 

「おいしい…」

 

 ほっと芳醇なため息をついて、全身の緊張が解けた。カップを両手で包み込む。暑い夏の日だというのに、暖かくやさしいコーヒーの味が全身に染み渡った。

 

「これはいい、とてもよい豆ですね」

 

(提督の飲んでいる()()は、少将の淹れてくださったものとは一切何の関係性も無い汚水と化している気がするのですがそれは)

 

 何か言いたげな大淀を無視して、松崎は窓の外へ視線を向けた。

 夏の濃い日差しの下で、少女達の活気のいい声が響いてくる。観艦式の開始はまで、あと一時間ほどだ。準備は大詰め、おのずと活を入れる声にも力が入る。

 

「横須賀の観艦式は良いですねぇ。元気があって、皆さん働かれている姿もイキイキしてらっしゃいます」

 

 松崎の言葉を受けて、大淀もカップを置いて視線を外に移した。古鷹も両手を膝の上に置いて耳を澄ませる。丁嵐は唯一人、窓に背を向けてカップに口をつけていた。

 

「こんな時期に観艦式だなんて、呑気なものよ。ついこの間まで身を張って出撃してたっていうのに」

 

 丁嵐が不満げに言った。カップの底にたまった砂糖を器用にスプーンですくいながら、松崎が話をあわせた。

 

「北ですね、横須賀の金剛さんが敵旗艦を沈められたとか」

 

「彼女は護国の英雄よ。ただの小娘でも、ましてや兵器でもない。それが式典の場で称えられることさえ無く、あまつさえ宴の見世物にされるなんて」

 

「不愉快だわ」と毒づく。

 

 此度の作戦で金剛がたてた武勲は「敵補給隊殲滅」と「敵旗艦轟沈」。どちらも作戦に大きく食い込む大武功だ。しかし当の金剛に大本営からの通達等は無く、丁嵐(アタシ)に届いた書状はと言えば「大隊演習に金剛を使え」だ。まったく彼奴らの正気を疑う。

 

「他の艦娘()だってそう。防衛の荷を背負わされながら、無知なる大衆を演じさせられる屈辱。ハラワタが煮えくりかえるわ」

 

 苛立ちを隠そうともしないその声に、松崎は冷静に答えた。

 

「兵器には兵器の矜持があります。命を懸けて戦わされ、例え道具の様に捨てられようとも。自分達の行いが未来をほんの少しでも動かす「力」になれると信じられれば、守りたい「誰か」の為に戦えるのですよ」

 

 言いながら、松崎は黙々と舌の上で砂糖を転がしている。その姿をちらと覗き見て、丁嵐は呆れたように笑った。

 

「城君が言うと重みが違うわね」

 

「影として生きてきた私が失ったものなど、たかが知れています」

 

「でも」と松崎が顔を上げた。

 命を懸けて戦わされ、道具のように捨てられた男。矜持を全うしたその表情(かお)は、しかし厚い笑みの仮面に覆われていた。

 

「彼女達はまだ若い。死を覚悟して(ここ)へ来た私達と同じ目線で考えろと言う方が難しいでしょう。でも無理をしてでも艦娘を増やし、戦わなくてはならないのもまた事実。その為に観艦式(これ)は必要です。彼女達はきっと重苦しい勲章を渡されるより、仲間内で褒め称え合い笑い合う方がよほど心の支えになるでしょうからね」

 

 松崎は視線をそらして、それきり話を打ち切った。

 

 お嬢様方のご機嫌取りをして、おててつないで死線に送り込む。天才科学者達が何年も研鑚を繰り返して導き出したこの大正解。反吐が出るようなその計算式の符号の中に「提督」は含まれている。

 

 外からは少女達の楽しそうな声が聞こえてくる。

 アタシはこの後彼女達に「この前の攻勢作戦で大勢死傷者が出たけど、今日はそんな事も忘れて盛り上がりましょう。イェーイ!みんな明日死ぬかもしれないけ・ど・ネ☆」と演説をしにいかなければならないのだ。

 

 実に気が重い。

 「妖精たちの制御」と言う言葉の意味。こんなにも間近に自分の行動と直結しているのか。初めて実感したわ、クソが。

 




「松崎城酔」のキャラクターは「僕と久保」様作、「艦隊これくしょん―木漏れ日の守護者―」からお借りしています。
本編↓
http://www.pixiv.net/series.php?id=693268

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