「いいのよ、とっておいても仕方がないんだもの」
丁嵐の柔らかい物腰に、大淀はなんだか萎縮してしまう。これでは本当にティーパーティーにお邪魔したみたいだ。熾烈な派閥争いとは何だったのか、これは本気で楽しまないともったいない気がしてきた。
目の前に置かれたコーヒーに視線を落とす。漂ってくる香ばしい匂いは、大淀の下手な疑心暗鬼を溶かすのに十分な魅力を携えていた。そっと口をつけ、少量を口に含む。
「おいしい…」
ほっと芳醇なため息をついて、全身の緊張が解けた。カップを両手で包み込む。暑い夏の日だというのに、暖かくやさしいコーヒーの味が全身に染み渡った。
「これはいい、とてもよい豆ですね」
(提督の飲んでいる
何か言いたげな大淀を無視して、松崎は窓の外へ視線を向けた。
夏の濃い日差しの下で、少女達の活気のいい声が響いてくる。観艦式の開始はまで、あと一時間ほどだ。準備は大詰め、おのずと活を入れる声にも力が入る。
「横須賀の観艦式は良いですねぇ。元気があって、皆さん働かれている姿もイキイキしてらっしゃいます」
松崎の言葉を受けて、大淀もカップを置いて視線を外に移した。古鷹も両手を膝の上に置いて耳を澄ませる。丁嵐は唯一人、窓に背を向けてカップに口をつけていた。
「こんな時期に観艦式だなんて、呑気なものよ。ついこの間まで身を張って出撃してたっていうのに」
丁嵐が不満げに言った。カップの底にたまった砂糖を器用にスプーンですくいながら、松崎が話をあわせた。
「北ですね、横須賀の金剛さんが敵旗艦を沈められたとか」
「彼女は護国の英雄よ。ただの小娘でも、ましてや兵器でもない。それが式典の場で称えられることさえ無く、あまつさえ宴の見世物にされるなんて」
「不愉快だわ」と毒づく。
此度の作戦で金剛がたてた武勲は「敵補給隊殲滅」と「敵旗艦轟沈」。どちらも作戦に大きく食い込む大武功だ。しかし当の金剛に大本営からの通達等は無く、
「他の
苛立ちを隠そうともしないその声に、松崎は冷静に答えた。
「兵器には兵器の矜持があります。命を懸けて戦わされ、例え道具の様に捨てられようとも。自分達の行いが未来をほんの少しでも動かす「力」になれると信じられれば、守りたい「誰か」の為に戦えるのですよ」
言いながら、松崎は黙々と舌の上で砂糖を転がしている。その姿をちらと覗き見て、丁嵐は呆れたように笑った。
「城君が言うと重みが違うわね」
「影として生きてきた私が失ったものなど、たかが知れています」
「でも」と松崎が顔を上げた。
命を懸けて戦わされ、道具のように捨てられた男。矜持を全うしたその
「彼女達はまだ若い。死を覚悟して
松崎は視線をそらして、それきり話を打ち切った。
お嬢様方のご機嫌取りをして、おててつないで死線に送り込む。天才科学者達が何年も研鑚を繰り返して導き出したこの大正解。反吐が出るようなその計算式の符号の中に「提督」は含まれている。
外からは少女達の楽しそうな声が聞こえてくる。
アタシはこの後彼女達に「この前の攻勢作戦で大勢死傷者が出たけど、今日はそんな事も忘れて盛り上がりましょう。イェーイ!みんな明日死ぬかもしれないけ・ど・ネ☆」と演説をしにいかなければならないのだ。
実に気が重い。
「妖精たちの制御」と言う言葉の意味。こんなにも間近に自分の行動と直結しているのか。初めて実感したわ、クソが。