「で、その長良のお嬢様もご一緒ってわけか」
突然話題を振られた名取は、びくりと肩をすくめて後ずさった。
軽巡洋艦「名取」も、紙に名を書かれた一人。表舞台に出る事を避ける彼女には、この場は実に不釣合いだ。
てっきり紙に名を書かれた事に萎縮しているかと思ったが、その瞳には戸惑いこそあれ、この人選を拒む気持ちは無い様だった。
「私も…か、変わりたかったんです!その、神通さんが、あんなに辛い思いをなさっていたのに…その、こうやって立ち上がって、それで、私も。あ、あの、別にその、大それた事を考えている訳じゃないんですけど、で、でも…!」
「ンが~っ!もう、まどろっこしいなぁアンタは!」
名取の横に並んでいた江風が突然その腕を取った。目を丸くする名取を無視して強引にその手を引き、強く背中を押す。桟橋の真ん中に投げ出された名取は、全員の視線を受けてごくりとつばを飲み込んだ。
「私…、お役に立ちたい。戦って、勝ちたいんです。皆と、自分のために。だから日向さんに…」
助けを乞う様に日向を見上げる。それを受けて日向は優しく目を細めた。
「お前が一番最初に私の所に来たんだ。「自分を勝たせてくれ」ってな。こんなずうずうしいお嬢様だとは思わなかったよ」
日向に肩に手を置かれ、名取は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
そんな名取の様子を見て満足げにしている江風に、加古が声をかけた。
「江の字、お前も存外付き合いがいいな」
「アタシも旦那に声かけさせてもらったンさ。この江風様やられっぱなしは気に食わンのよ。あの榛名ってのには一発くれてやらンと気が収まらねぇ!」
バシンと手のひらを叩く。熱意と敵意に燃える江風の瞳は、この中の誰よりも力に満ちていた。
この中で唯一、こいつは具体的な勝利のヴィジョンを原動力にしている。その矛先が自分より何倍も巨大な戦艦であるという事にも怯まずに、自らの意思でこの部隊に志願した。
「あたしだけじゃなかったんだな…」
小さくもらした独り言。それを聞き流してくれるほど、ここに集まった面子は甘くは無い。
「その調子じゃ姉御も旦那に声かけてたンで?」
「しまった」と加古の顔が引きつる。
「いや、まあ…いいじゃねぇかそんな事」
「私達には「口出すな」とか言っておいて、やっぱりお二人が心配だったんですね」
隣立った神通が、小さく笑みを隠す。そこに名取が続いた。
「か、加古さんが来るの、分かってたら、もっと簡単にお膳立てできたね」
二人の心配?お膳立て?
「おい、お前ら何の…」
気がついて、加古は言葉を止めた。
皆で日向に声をかけたもうひとつの理由。四人で日向を囲んで、演習艦隊を組ませる。
艦隊は全部で6隻。加古、江風、神通、名取、そして日向。
つまりあと一人、日向は誰かを選ばなくてはならないのだ。
かけがえの無い、誰かを。