立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【「かなしみ」のかけら】

「以上のシフトで当日は警戒に当たる。気合い入れてけ「医療」!観艦式当日は35℃の猛暑だぞ!駆逐艦ばったばった倒れるからな!」

 

 班長が鉄製の足場を歩きながら、大声を響かせる。コーンコーンという足音を頭上に聞きながら、ほかのメンバーは設備準備や当日の出し物である「医療スペシャルドリンク」の調整にいそしんでいた。

 

 医療で前線を張る加古は当日の制服の準備をしながら、倉庫中央に張り出してあるスケジュール表を覗き込んだ。

 

「ちぇ、あたしはドリンクの配布係と、陸での【哨戒】か。少しは遊べるかと思ったが今年は気合入ってんなぁ」

 

 倉庫の冷たい床に座り込んで、リュックの中に応急処置セットや栄養ドリンク、塗り薬などを詰め込む。表に大きな赤字で「医療」と書かれたリュックサックは、彼女たちの制服であった。当日はこれを背負って【哨戒】に向かう。もちろん敵艦を偵察するのではなく、イベントの中で体調がすぐれない人やけが人を探すのだ。

 

 愚痴を吐きながら準備を進める加古の背中でシャッター音が響く。加古はわざと気づかないフリをして、黙々と作業を続けた。

 

「ハァ~イ、かっこ」

 

 しびれを切らしてカメラの主が声をかけてくる。小豆色の髪をポニーテールでまとめた、活発そうな少女である。少女は加古の正面に回ると、作業中の加古の顔を再びファインダーに収めた。

 

「なんだよ青葉。お前は観艦式の宣伝部長だろうが、こんな所で油売ってねぇで仕事しろ」

 

 重巡洋艦「青葉」は青葉型の1番艦。改古鷹型とも呼べる彼女は、加古が普段からよく付き合っている艦娘(ふね)の一人だ。

 彼女の所属は「情報管理課」。直接戦闘には参加せずに共有情報の伝達や、戦果集計報告を仕事としている。さらに全重巡洋艦に配布されている「重巡だより」の執筆者でもある。

 いつもスクープを求めて走り回っている彼女は今、観艦式の新情報集めでてんてこ舞いなはずだ。

 

「またまた~、とぼけちゃって。今日は逃がしませんからね」

 

 よくわからない事を言いながら仕事中の顔を撮られる。薄暗い倉庫の中だからか、フラッシュが異様にまぶしかった。

 

「うるっさいなぁ、あたしこれから搬送訓練あるんだから、衣笠にも言っといて、今日忙しいから!」

 

「ほえ?本当にご存じないんですか?観艦式の公開演習。日向隊の面子が発表されたのですよ?」

 

 ぴくりと加古の肩が跳ねる。まさか、旦那に直談判までしたのがバレたか。医療に籍を置くアタシが前線に戻りたがってるなんて記事にされれば、最高に居心地が悪い。つーか旦那結論早すぎだろ!ちったあ考えろよ!地味に悲しいよ!

 それでも露骨にアクションを返せば青葉の思うつぼだ。加古は深く息を吐きながら肩の力を抜き、何事もない風を装って言葉を返した。

 

「ふーん、それで?」

 

 努めて冷静、クール、一切の動揺無く、冷静沈着。さすがあの姉、この妹。

 必死に無表情を装う加古の努力をよそに、青葉は何でも無い様に言い放った。

 

「重巡枠ですよ、アナタ」

 

 青葉は加古の胸に指を突き立てて、にっこりと笑った

 


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