立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【なかよししまい】

「日向様っ!日向様、日向様、日向様、日向様!」

 

 初霜は背負った日向を桟橋の横にもたれかけさせると、名を叫びながら急いで袴の帯をほどき始めた。江風と名取は日向の両腕を持ち上げ、背負った艤装を外そうと悪戦苦闘していた。

 

「すまんなぁ、初霜、皆…」

 

「しゃべらないでください、傷に触ります!」

 

 江風が日向の腕を後ろに回し、すかさず名取が自分の腕を艤装の裏側に差し込んだ。主砲と対空砲の接続部のネジを外し、指先をアームの隙間に捻じ込んでいく。痛みを噛み殺しながら、艤装の硬く噛んだ接続部に指先を推し進めていく。噛みあった艤装の間に握り拳が入るくらいに隙間を作ると、立ち上がって艤装の後ろ半分を靴のかかとで勢いよく蹴り飛ばした。

 

「いてぇ!お、重い!」

 

 日向の背負っていた艤装が二つに分解する。悲鳴を上げたのは主砲を抱えていた江風だ。腰の部分で固定されていた後部の主砲が支点を無くし、重力に従ってごとんと音を立てた。

 反動を受けた日向の顔が苦痛に歪む。初霜は日向の背中に手を回すと、ゆっくりと腰を浮かせて、傷ついた背を庇うようにその背後に回った。背後から首に腕を回して、強く指を絡めた。

 

「日向様…」

 

 日向は眠ってしまったかのように項垂れている。しかしその呼吸はまだ荒く、大量の出血から大きく衰弱しているのは明らかであった。

 

「医療班…」

 

 名取が呟いたのと、押しのけるように肩がぶつかったのが同時だった。名取は驚いて背後を振り返り、ぶつかった少女に道を開けた。少女の方は自分の背後に人がいた事に驚愕して、持っていたパイプを手から滑り落とした。金属同士がこすれる音と共に、甲高い反響音が空に昇って行った。

 

「こら、神通。しっかりせ!」

 

 パイプの反対側を掴んでいた加古に、神通と呼ばれた少女は小さく頭を下げた。

 

「す、すみません」

 

 足元のパイプを持ち上げると、張った担架の布が日光を反射して白く光った。今度はしっかりと背後を確認し、倒れた日向の横に二人はゆっくりと担架を下ろした。

 

「初霜、旦那連れてくぜ。お前もついて来るんだ」

 

 加古は慣れた手つきで日向の肩の下に手を差し込むと、腰を浮かせて担架の上に滑るように移動させた。神通が足の先を担架の端に収め、せーので日向の巨体が宙に浮いた。

 二人が歩き出し、初霜がその後に続く。彼女らに道を開けるように、江風と名取はぴんと背を伸ばした。その前を寝かされた日向が通過していく。初霜は日向の寝かされた布の下を押し上げるように、その横について歩いた。

 

 名取と江風は、その後ろ姿が小さい黒点のかけらほどになるまで、動かずにじっと見つめていた。黒点が建物の影に消えると、名取は小さくため息をついた。

 

 自分の責任だ。

 

 自分が水雷戦隊に気を取られず、しっかりと回避に専念できていれば、隊の足を止めずに榛名の照準から脱出できていたかもしれない。いや、それ以前に…。

 

「名取っ!」

 

 突然背後から名前を呼ばれ、名取はびくりと身を震わせた。声のした方を振り返ると、勝気そうに吊り上げられたターコイズブルーの瞳とまっすぐに目が合った。

 

「っ!五十鈴ちゃん…」

 

 立っていたのは、名取と同い年くらいのセーラー服を身にまとった少女であった。襟や袖にブラウンのカラーの入った制服は、長良型の共通のデザインである。胸の前で腕を組んで、威圧するように名取と向かい合った。

 

「何よ、今の演習!」

 

 再び名取の肩が震える。

 五十鈴は気まずそうに目を逸らす名取を一瞥すると、深い海色のツインテールを揺らしながら、一歩深く彼女に詰め寄った。

 

「あんた、なんで榛名を撃たなかったの?あの初霜(チビ)が撃たれて、アンタ達が仲良く助けに行った時よ!」

 

 トゲの目立つ五十鈴の物言いに、名取は恐る恐る言葉を返した。

 

「あ、あの時は、初霜ちゃんを助けるのが先決だったから…。そ、それに、軽巡なんかの火力じゃ戦艦は傷つかないでしょ…」

 

 おどおどした名取の言葉に、五十鈴はわざとらしく大きくため息をついた。

 

「そうね、「あんた」の火力じゃ榛名は落とせなかったかもね。でもね、あんたの火力の問題と、「榛名に目ぇつけられないようにわざと撃たなかった」のは別問題よ」

 

「そっ、そんなこと!」

 

 言いかけて口を紡ぐ。口をついて出た反論の言葉だったが、それを肯定するはずの二の句はあまりにも弱々しく、か細かった。

 

「そんなこと…ない、よ」

 

 小動物の様に縮こまる妹の姿に、五十鈴は腰に手を当てながら大きくため息をついた。

 

「…もういいわ。行くわよ」

 

 つかつかと歩いてきて、かすめ取る様に名取の手を握る。名取は五十鈴に引っ張られるままに、二人してその場を去って行った。

 

 残された江風は、ぽかんと二人の後姿を眺めていた。

 

「あれが「仲がいい姉妹」ってンなら、アタシはゴメンだね」

 

 落ちかけた太陽が呆然と立つ少女を見下ろしながら、その影を長く、長く引き伸ばしていった。

 


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