Sword Art Online ~断片ノ背教者達~ 作:ᏃᎬᎡᎾ
二次創作で原作での発言が少なめなキャラを書くのは難しいと知った今回の作業でした(笑)
自宅付近にある駅前のロータリーでバスを降りると、空はぼんやりと薄暗くなり始めていた。
通学鞄から手帳型のケースに収まった携帯端末を取り出して時刻を確認すると、デジタル数字は午後5時40分を指していた。
今日の日没時間が午後5時58分だったので、日没までには家に帰れるなと確認し、自宅の方向へと歩き出す。
少し急ぎ目の足で10分程歩くと、見慣れたアパートが見えてきた。
名古屋市
壁は年季が入っており所々
所々ひび割れているコンクリートの階段を上り、3つ目のドアの前に立つ。
制服のポケットから取り出した旧式のシリンダー錠───今どき電子錠でない家は珍しいのだが──を鍵穴に差し込み、扉の右側にある小さなパネルに人差し指を乗せる。
赤いLEDランプが点滅しているのを確認して鍵を捻ると、かち、と小さな金属音が響いた。
玄関に入り、音の無い声でただいまと呟く。もちろん返事は無いがこの一言で家に帰ってきた実感が湧くものだ。
中からドアに鍵を掛け、靴を揃えてから数歩進むと家の主が帰ってきたのを察知した家の管理システムにより、玄関からキッチンに掛けてをLED電球の光が照らす。
玄関を入ってすぐ目の前に6帖程のキッチン付きのダイニングルームがあり、手前側にはユニットバスの浴場があり、西側の壁には自室へと続くドアがある。
僕は夕食のためにコンビニで買ってきた
ベージュのフローリング貼りの床に青い円形のカーペット。ウッドフレームのやや大きめなベッドは濃いダークブラウン。
部屋の奥を見ると同色で統一されたPCデスクにライティングデスク。500冊は本が入ろうかというスライド式の本棚には一昔前のライトノベルが所狭しと並んでいる。
壁にはアニメのポスターが整然と貼られており、左手側にある大容量のクローゼットの半分をアニメグッズの詰まった大きなガラスケースが占めている。
しばしアニメグッズなどを眺めた後、帰ってからずっと着たままだった制服を脱ぎ、浴室へ向かった。
軽くシャワーを浴びてから部屋着に着替えると、コンビニで買ってきたもので手早く夕食を済ませてから自室へ戻った。
ベッドで横になり1時間ほど仮眠を取ろうか迷っていた時、ぴこん、という電子音が響き、僕は音の発生源の方を向いた。
つい最近新調したばかりのデスクトップ型PCの右下にメールの着信を知らせる通知が出ていた。僕はPCデスクの前に移動すると通知から直接メーラーを開いた。
親からの仕送りやちょっとした小遣い稼ぎなどで得た金を1年近く溜め込んでようやく買うことのできたこのパソコンは70万円の高値に釣り合う破格の性能を有している。
そのため、メーラーやビューワ、ブラウザはもちろんの事、最新の8K解像度の3Dゲームですら体感出来るラグは発生しない。
一昔前まではあった起動シークエンスをすっ飛ばして一瞬で立ち上がったメーラーに、先ほど受信したばかりのメールが表示された。
そのメールには、件名が無く送信者も未設定になっていた。本文には《NAC24-7251,6015,》という奇怪な英数字が並び、1枚の画像が添付されていた。
ウイルス等を警戒して、添付されてきた画像ファイルをセキュリティソフトに掛けてからビューワで開く。
添付されていたのは1枚の3D地図だった。標高差のある山脈に廃墟の様な構造物が乱立している。現実には無いような構造物の形状が、現実世界ではなく仮想世界の地図であることを如実に表している。
僕はここまで見てようやく本文の英数字の意味を悟った。
このようなメールが送られてくるのは珍しいことではない。大規模なギルドでは情報の伝達等にメールで場所を送り付け、呼び出して直接伝えるという方法をとることもしばしばあるそうだ。
後者の方は僕には全く無関係な話なので置いといて、恐らくこれは果たし状か何か、少なくとも送信者が個人であることは間違いない。
と、そこまで考えたところで文章の下部に不自然な空白があることに気づく。文章があの座標のみだったら、下端のメニューバーが見切れるはずが無い。
零桜はその不自然な空白部分を選択し、右クリックで色調を反転させた。すると、予想通り黒い背景に白い文字で何かが記されていた。
「どうして・・・、どうしてあの男が・・・」
次の瞬間、零桜は壁に掛けてあったアミュスフィアを掴み取り、ベッドに仰向けになった後それを頭に引っ被り、早口で「リンク・スタート」と唱えた。
体に掛かっていた重力と、反発性の高いクッション素材が僅かに体を押し返す感覚がふっと消滅し、僅かな浮遊感が訪れる。
次いで少しの減速感がやってきて、つま先から柔らかな
見慣れた木目調のテーブルに大きな
インプの仮想体《ゼロ》として出現したのは先日ログアウトした座標───新生アインクラッド37層にあるギルド本部のリビングスペースだった。
他にプレイヤーがログインしていないことを確認しつつ、ウィンドウを開き37層のマップを表示させる。自分を示す緑色のカーソルをタップすると詳細プロパティが開き、現在位置の座標がポップアップされる。数字は(4825,2756)。
ALOの座標表示はフロアの北端と南端、西端と東端それぞれの接線を四方とした北西端を原点とし、数値はメートル単位。
さらに新生SAO内での座標は外周部の最も大きい第1層を基準とする全層共通となっているので、現在ゼロのいる場所は1層の最西端から東に約4.8キロメートル、最北端から南に約2.7キロメートル進んだ位置となる。
つまりあのメールに記されていた座標はこの層で言うと現在地から東に2426メートル、南に3259メートル進んだ位置。マップから推測するに丁度この層の主街区に当たる位置だ。
つまり目的の場所はその主街区のピッタリ真下にあるということだ。
僕の記憶が正しければ24層の主街区もこの層の主街区───シースレイとも座標的にはそう離れていない位置にあったはずなので、1度主街区へ行ってから転移門で降りた方が良さそうだ。
そこまで考えてからマップを閉じて装備欄を開き、右下にあるショートカットアイコンを素早く2度タップする。
薄いインナー1枚だった僕の体を包み込むように足、胴、腕、と瞬発力を重視した薄いプレート装備が実体化していく。
その上から裾の長い漆黒の外套が全身を覆う。最後に腰に主武器である黒白の一対の短剣──
ウィンドウを閉じてロビーから外へ出ると、外はもう完全に日が暮れた後だった。目の前に広がる湖面はきらきらと月の光を反射し、その奥では静まり返った夜の森が濃密な闇を作り出している。
暗視効果のある支援魔法のスペルワードを一息で詠唱すると、
最後にもう1度マップで方角を確認してからゼロは
24層主街区の転移門から転移門広場に降り立った僕は、もう1度マップを表示させ、先程同様に現在地の座標を確認する。
やはり目的地はここからそう離れていない位置のようだ。ウィンドウを素早く閉じると、僕は再び翅を広げ、目的地の方角へ飛び立つ。
アインクラッド24層は鋭い岩石地帯に覆われた岩山の国だ。
標高差のある大小様々な岩山が聳え立ち、中には上層の底にまで達するものもあり、そのそこかしこに岩山から切り出されたのであろう石造りの都市遺跡が点在している。
その切り立った岩山と遺跡群の間を塗って2分程低空飛行を続けていると次第に視界が開け、なだらかな平地地帯へと入った。
送られてきた座標は恐らくここだ。僕はゆっくりと荒地に降り立ち、詰めていた息を吐き出した。そのまま辺りを見回していると──
『久しいな、ゼロ君。また君とこうして話が出来るとは思っていなかったよ』
不意に、どこか遠くから響くような
「こっちもです。まさかあなたが生きていたとは思いもしませんでしたよ。ヒースクリフ・・・・・・いや、茅場晶彦さん」
そう、あのメールの末尾に書き込まれていた名前は《
つまり、あのメールの送り主はかつて浮遊城アインクラッドという電子の牢獄に一万人を閉じ込め、約四千人の命を奪った最凶最悪の事件──SAO事件の首謀者、茅場晶彦だった。
『生きている・・・・・・か。そうとも言えるしその逆もまた然り。今の私は茅場晶彦という意識のエコー残像──言わば思念体という存在でしかないからね』
「キリトの言っていたとおり、分かりにくいことを言う御方だ。それで、今更になってどうして僕をここへ呼び出したんですか?」
『うむ。それを話す前に幾つか話さなければならない事がある。君はこのALOがSAOのコピープログラム上で動いているということは知っている筈だね?』
無言で頷く。このALOというVRMMOはそもそも妄執に取り憑かれた須卿伸之という男が旧SAOプレイヤーの一部を拉致し、自らの研究の実験台とするためにSAOのサーバーを丸ごとコピーして作り上げたものだったはずだ。
『オリジナルのカーディナル・システムには《
「ワールドマップを全て破壊し尽くす命令と、それを行使するための権限・・・ですよね?」
茅場の言葉を切るようにして僕は続ける。
「アインクラッドクリア時に未踏破だった第76層から第100層までの全25層、それはどうなったんだろうと考えたことがあります。茅場さん、あなたは第一層でのチュートリアルであの世界を創り出すことが最終的な目的だったと言いましたよね?」
自分の考えを確かめるようにゆっくりと語る。
「その言葉が偽りで無いのなら、住民──プレイヤーが全て解放されて誰もいなくなった世界はあなたが望んだ世界ではない筈だ。そしてその逆、攻略が完全に停滞した世界も。だからそれは消滅させるしかない。それがその権限が存在している意味・・・そうでしょう?」
『・・・・・・・・・』
僅かな苦笑が漏れる気配。
『そこまで勘づかれてしまっていたか。キリト君と言い君と言い、私は少々君達を侮りすぎていたのかもしれないな。』
そのまま茅場は口を閉ざした。暫く無言の時間が続いたが、やがて茅場は再び言葉を続ける。
『・・・・・・そう、君の推測通りカーディナルに与えられていた命令──《
これには僕も苦笑を返す。
『《終末局面》には二つの段階がある。全階層の踏破により命令が実行された場合は最終段階──全マップの消去が即座に実行されるのだが、攻略の完全停滞、若しくはコンソールからのコマンドにより命令が発動した場合、中間段階を踏んでから最終段階へと移ることになっている』
「中間段階・・・プレイヤーの攻略の意思を試すイベントクエストの生成と言ったところでしょうね」
『如何にも。前置きが長くなってしまったね。ここからが本題だ。私が世界の終焉と共に凍結し、三年間もの間再び実行されることは無かったその機能が先日何者かの手によって実行され、《
ここまで来て僕は彼が言わんとしていることを確信した。そして、何も無い、だが彼がいるであろう場所をじっと見つめる。
不意に、僕は見えるはずのないかつての血盟騎士団団長──ヒースクリフの悠然と構える姿を幻視した。
幻影のヒースクリフは、かつて何度も見たあの謎めいた微笑を顔に
『生成されたクエストの開始点は《ギンヌンガガプの門》。君達にこのクエストを攻略して貰いたい』