キリトに双子の妹がいたとしたら   作:たらスパの巨匠

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狙撃手は妹に憧れ、兄はトラウマを抱えます

 

私は決勝まで駒を進めた。BOBでは各予選ブロックの1位と2位に本戦の出場権が与えられる。そのため私の決勝進出は決定している。

キリトとユカも決勝まで勝ち残っているため三人で本戦に出ることが可能となった。

そして今から行われる予選決勝の相手はユカだ。

ユカとはあれから話す機会がなかった。予選が進むにつれ、一人一人の待機時間は短くなるし、タイミングも合わなかったため会場で一緒になることがなかった。会場では予選の戦いをモニターに映してくれるためユカの戦いを見ることはできた。

フォトンソードで相手の銃弾を斬りながら接近し、そのまま相手に斬りかかるという曲芸じみた戦い方だ。いくら弾道予測線が見えるからと言って、ばらまかれたサブマシンガンやアサルトライフルの弾を斬りながら接敵するなんて正気の沙汰じゃない。私がどれだけ練習しようと真似はできないだろう。

それにそんな戦闘スタイルは抜きにしてユカからは鬼気迫るような雰囲気を感じた。

会場でユカが見せた表情も気になるが、これから試合が始まる。私はこの世界では、この世界の戦いにおいては手を抜きたくない。それに今日という日をどれだけ待ちわびたことか。

私は総督府地下の会場から転移し、待機空間にて装備を整える。

それでも、ユカのあの表情がどうしても忘れられない。

あのときユカが見せた目は、現実世界の私の目にそっくりだった。助けてほしいのに手を伸ばすこともできない、そんな目に見えた。

そしてシノンは決勝のフィールドに転移した。

 

 

 

決勝のステージは高速道路だった。

荒廃した世界の今にも崩れ落ちそうな一直線に伸びる高速道路。道路上には乗用車やバス、ヘリコプターなどが転がっており障害物となっている。

シノンは高速道路の端にあるバスに身を隠した。このバスの中からなら一直線の高速道路を見渡せる。

相手がこちらを認識できていない状態での最初の一発は、弾道予測線が見えない。予選でモニター越しに見たユカの動きなら、姿が見えたくらいの距離からスナイプしようと、弾道予測線があれば弾を斬られるだろう。そしてそのまま接近され斬られてしまう。

最初の一発で終わらせる。

 

高速道路の先でわずかに何かが動くのが見えた。

スコープを覗くとユカの姿が見えた。高速道路の真ん中をゆっくりと歩いている。

・・・ユカにも何かがあったことは分かる。

でも私はそれが許せなかった。気づけばヘカートの弾を全弾打ち尽くし、ユカの方に走っていた。

 

「・・・ユカ。あなたの表情を見れば、何かがあったことくらい分かるわ。でも、私にも譲れないものがある。あなたがなぜ本戦にでたいのかは知らないわ。それでも私にも思いがあるの!たかがゲーム、たかがワンマッチ!そう思うのは勝手よ!!でも私をその価値観に巻き込まないで!!!」

 

気づけば声を荒らげてしまっていた。個人的な価値観を押し付けているのは私も同じなのに。今の私は矛盾したことを言いながら、声を荒らげ相手に当たってしまっている。

どうしても感情の制御が効かなかった。私の古い記憶とユカの表情を見ることにより自分を見たきになってしまい自己嫌悪に陥り、その感情を自分の中で制御できなくなってぶつけてしまった。

 

「・・・ごめん、シノン。」

 

ユカは謝罪の言葉を口にした。私のほうが悪いはずなのに。

 

「私も昔、今のシノンと同じようなことを思ったことがある。本当にごめん。現実も仮想現実の世界も変わらないと私は知っていたはずなのに・・・」

 

「・・・私もごめん。無茶苦茶なことを言ったわ。」

 

「シノンは間違ってないよ。ねぇ、シノン。この試合やり直させてくれる?」

 

「いいけど、どうするの?」

 

ユカは銃弾を一発取り出すと、続けた。

 

「10メートル離れた状態で、この銃弾が地面に落ちたら動き出すっていうのはどうかな?」

 

「・・・いいの?10m程度じゃヘカートの必中距離で銃弾を交わす暇もないわよ。

 

「それはやってみないとわからないよ。」

 

10メートルの距離を取り、ユカが銃弾を指で弾く準備をした。

 

「それじゃいくよ!」

 

 

 

 

勝負の結果は私の負けだった。

ユカは本当に強い。勝負に負けたあと純粋に彼女のように強くなりたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユカとシノンの試合が終わった頃、キリトは試合前の待機空間に居た。そこで装備の最終チェックを行う。

キリトも予選決勝まで進んでいるため、BOB本戦への出場は決定している。そのため気を抜く訳では無いが、気楽に試合に臨もうとしていた。

 

(決勝のフィールドはどんなところだろうか。出来れば障害物の少ないとこがいいな。)

 

キリトはユカと同様フォトンソードで銃弾を斬りながら相手に接近していく戦闘スタイルだ。その為相手を視認しやすいフィールドがいいと考えていた。

まぁ、相手からすれば撃っても撃っても弾が当たらず、一撃で斬り捨てられるのだからたまったものではない。弾が当たらないなんてチートもいいところだ。出来るか出来ないかはともかく、FPSにおいてそんな仕様になっているのはどうなんだろうか。

もし、今回のことがきっかけでフォトンソードに調整が入るとかなったら、双子の兄妹はGGOの開発者たちに謝った方がいいと思う。

 

キリトはフィールドに転移した。

しかしそこはキリトが望んでいたフィールドとは真逆だった。

キリトが転移したのは森の中だった。遺跡があちこちに見られる森だ。設定としては遥か昔に栄えた文明の街が今では森の中という感じだろうか。

 

キリトは木を背にしゃがみ込んだ。そのまま耳を澄ませ、相手プレイヤーの動向を探る。

だが、そんなことをする必要は無かった。

 

「うっひょおおおーーーーー!!!キリトちゃーーん!!!どっこですかー!?!?」

 

キリトの対戦相手である男性プレイヤーが大声でキリトを探し回っていた。

 

「やっとキリトちゃんとお近づきになれる!早く生キリトちゃんを至近距離で観察したい!!スピーカー越しではなく生声を聴きたい!あー楽しみだなぁキリトちゃんはどんな匂いをしてるんだろう~きっといい匂いがするんだろうなぁーー!!!!」

 

そう言うと男性プレイヤーはその場で深呼吸を始めた。

本来このようなことをすると相手に発見され撃たれるのだが、GGO初心者でハンドガンなどワンマガ打ち尽くして1,2発当たれば御の字のキリトには自分の場所を知られようとたいして問題ではなかった。

むしろ精神攻撃としてキリトには効果抜群だった。

 

「ヒッ…」

 

キリトは思わず声を漏らし、無意識のうちに数歩後退していた。

 

「キ・コ・エ・タ♡」

 

キリトの漏らした声と、僅かな足音を聞き取った男性プレイヤーがキリトの方に目を向けた。二人の間にはまだ距離がある。しかし、キリトは男性プレイヤーと目が合った。合ってしまった。

 

「キリトちゃーーん!!会いたかったよ!ねえねえキリトちゃんはいつからGGO始めたの?僕も結構長くやってるんだけど、キリトちゃんのこと見たのは初めてなんだよ!予選でのキリトちゃんの活躍はしっかり見たよ!でも、キリトちゃんはこういうゲームは初心者かな?もし良かったら今度パーティ組まない?色々と教えてあげるからさ!あ、ちょっ、待ってよキリトちゃん!!逃げないでー!ほら、武器も何も持ってないでしょ!楽しくお喋りしたいだけだから!ちょっとだけ!ちょっとだけだから!!」

 

男性プレイヤーは目があった瞬間キリトへ向かって走り出した。男性プレイヤーは丸腰の状態で走っていた。

キリトが冷静ならそのままフォトンソードで斬っていたことだろう。しかし、トラウマになりそうな精神攻撃を受けたキリトは冷静ではいられなかった。キリトは全力で逃げ出した。

 

「あ!わかった!キリトちゃん鬼ごっこがしたいんだね!VRになる前の昔のゲームだとよく待機時間とか暇な時間に鬼ごっこみたいなことしたよね!タッチするかわりに近接攻撃を当ててさ!じゃあ僕が鬼だね!それにしてもキリトちゃんは走ってる後ろ姿もかわいいね!!風になびく長い髪もとても綺麗だよ!!!はぁーその髪に顔をうずめてみたいなあーー!!!」

 

「う"お"お"お"お"お"お"お"お"お"お"お"お"!!!!く"る"な"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

 

キリトは全力で走った。アスナやユカに比べれば速度は出ないが、VR世界に慣れ親しんでいるキリトの走る速度は平均より速い。すぐに追いつかれることはなかった。

しばらく走ってるうちにスモークグレネードを持っていることを思い出し、使用することで何とか男性プレイヤーを撒くことに成功した。

キリトは森の中で身を隠していた。今まで遭遇したことのない敵に恐怖を抱いていた。そのため普段なら気にしないであろう僅かな風の音にも過敏に反応した。ビクビクしながら周囲を警戒している。

総督府地下の会場ではそんなキリトの姿がモニターに映し出されていた。会場ではキリトのファンが増えた。

 

キリトは周囲を最大限警戒している。キリトはフォトンソードで銃弾を斬るというチートなプレイヤースキルによって本戦出場権を獲得しているが、GGO初心者である。それに対してキリトの対戦相手である男性プレイヤーはBOB本戦出場できるほどの玄人である。当然マップの把握は完璧である。

知っているフィールドと知らないフィールドでの戦闘は天と地ほどの差があるだろう。

キリトは身を隠していたが、キリトの目の前にスタングレネードが投げられた。

強烈な光によってキリトの視界がホワイトアウトする。キリトが目を抑えその場に立ち尽くしていると、後ろから腰に腕を回され、抱きつかれた。

 

「キリトちゃん捕まえた!!ハァーー、キリトちゃんいい匂い!!髪の毛もサラサラだね!抱きしめた感じも柔らかくていい、ってうおっい!!」

 

目が視えないが、キリトは持ち前の筋力値で抱きつかれていた腕を強引に外し、男性プレイヤーを投げ飛ばした。

ほんの少しではあるがキリトに視界が戻ってきた。

 

「もうキリトちゃん照れ屋なんだから!でもそんなところもかわいいよキリトちゃん!!」

 

「…一体何がしたいんだ。」

 

「僕はキリトちゃんとお話したいんだよ!キリトちゃんと仲良くなりたいんだ!!さっきはスタングレネード投げてごめんねキリトちゃん!でも、今の涙目になってるキリトちゃんもかわいいよキリトちゃん!!」

 

「…さっきからキリトちゃんキリトちゃんだのかわいいだの言ってるが、女じゃないぞ。俺は男だ!!」

 

「?キリトちゃんの性別が男なのは知ってるよ!

でも、ソレガイインジャナイカ!!!」

 

そう言いながらこちらににじり寄ってくる男性プレイヤーのあまりの恐怖に、キリトはフォトンソードを起動し、咄嗟にヴォーパル・ストライクを繰り出した。

至近距離から繰り出された鋭い一撃は、男性プレイヤーの腹を貫いた。

 

「ああっ!相手を攻撃するときのその表情もいいよキリトちゃん!!最初はキリトちゃんにぶった斬られたいと思っていたけど、こうやって貫かれるのも良い!!!ハッ!!もしかして僕たち今、1つになってるぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 

キリトは予選を一位で通過した。

ただ、大きなトラウマを植え付けられた。

 

 

 

 


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