兄の行いが心配です
私のスマートフォンに掛かってきた知らない番号からの電話。それは、総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室、通称・仮想課の所属する菊岡誠二郎という人物からだった。私はSAO事件の重要参考人と政府からは認識されている。SAOをクリアした人物とされており、ゲーム内でヒースクリフこと茅場晶彦とも親交があったためだ。
また、私が目覚めて一番に私の病室に訪れたのもこの男だった。
電話の内容は、VRMMOゲーム関連で意見を聞きたいことがあるとのこと。カズと二人で指定の場所に来るように頼まれた。
カズも私と同じでSAO事件の重要参考人として認識されている。
「カズ!準備できた!?」
「ああ。そろそろ行こうか。」
私とカズは菊岡に指定された待ち合わせ場所に向かうために家を出た。カズはバイクの免許を持っているので、私は後ろにまたがった。それにしてもバイクとか車って便利だよねぇ。私も免許取ろっかな。
バイクで30分くらいのスイーツ店が菊岡に指定された待ち合わせ場所だ。近くにバイクを停めて、私とカズはスイーツ店の前に着いた。
・・・めっちゃ高そうな店なんだけど。私は黒のパンツにパーカーで、キリトは革ジャンで全身真っ黒。場違い感がハンパじゃないんですけど。
とりあえず店の前であたふたしていても仕方がないので店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
扉を開けると黒のタキシード姿の男性が話し掛けてきた。
「あ、はい。あの、人と待ち合わせで。」
「おーい!ユカ君!キリト君!こっちこっち!」
すると、店の静かな空気の中、菊岡が立ち上がって私たちの方に向かって手を振っていた。・・・他のお客さんからの視線が痛い。
私とカズはうつむきながら菊岡のいる席に着いた。
「いやー急に呼び出したりして申し訳ないね。ユカ君はもう大丈夫そうだね。キリト君はもう少し食べて筋肉をつけた方がいいかな?」
「余計なお世話だ。ていうか、何で待ち合わせ場所がここなんだよ。」
カズは菊岡とは初対面だと思っていたが、どうやら違ったみたいだ。私と同じようにカズの病室にも行っていたんだろう。
「ここは僕のお気に入りの店でねぇ。こう見えて甘いものには目がないんだよ。君たちも好きなものを頼むといい。」
そう言って菊岡はメニュー表を渡してきた。ただ、0の数がおかしい。いつも食べるケーキは0が1個少なかったはずだ。一番安いのでケーキ1個2500円って。
「じゃあ俺はこれとこれで。」
そう言ってカズが頼んだのは8000円のミルフィーユと2000円のコーヒーだった。・・・カズ、一番高いのを平然と選んでるよ。カズのこういうとこはすごいと思う。
「ユカ君も遠慮せずに好きなの頼みなよ!」
私は4500円のモンブランと1500円のコーヒーを注文した。
少し世間話をしているとケーキが運ばれてきた。ただ、私がイメージしていたモンブランとは少し形が違う。・・・これどうやって食べればいいんだろう。ケーキってどうやって食べるのが正解なのか分からないことあるよね。
ケーキとコーヒーはめちゃくちゃおいしかった。
おいしすぎてあまり話に集中できなかったけど、GGOというゲームで不審死を遂げたプレイヤーがいたらしい。そして、ゲーム内でそのプレイヤーに向けて怪しい行動をしたデスガンと名乗るプレイヤーがいたらしいのだ。ただ、ナーヴギアの後継機であるアミュスフィアでは人を死亡させるほどの出力はないため、デスガンと名乗るプレイヤーが殺したのか偶然なのか判断できないとのことだった。菊岡は私とカズにデスガンと名乗るプレイヤーの調査を依頼するため、この場を設けたようだ。報酬は1人30万円。・・・という話を後からカズに聞いた。もちろん私もなんとなくは理解していたが、確認の意味を込めてカズに話を整理してもらった。断じてケーキのおいしさに心奪われて話を聞いていなかったというわけではない。ないったらない。
次の日、私はALOにログインした。シリカ、リズ、リーファと素材集め中だ。キリトとアスナもログインしているが、二人は丘の上の草原で二人の世界を作り出している。
「え!?ユカさんとキリトさんALOやめちゃうんですか!?」
私は3人にGGOに行くことを話した。
「違う違う。一時的にコンバートするだけだよ。」
「それにしても何でGGOに行くの?あのゲームたしかかなりハードじゃなかった?」
リズの言う通り、GGOはガチ勢が多い。アメリカにサーバーを置くザスカー(GGOの運営)はゲームコイン現実還元システムを採用しており、GGOではゲーム内通貨を現実の電子マネーに換金できるのだ。そのレートはUSDで10000:1。JPYでは100:1となる。
そして、GGOのトッププレイヤーは月に20~30万円程稼ぐらしい。つまり、ゲーム内通貨で月に2000~3000万稼いでいる計算となる。またトッププレイヤーほどでなくとも、FPS好きな社会人や学生もゲームを楽しみながらも小遣い稼ぎくらいにはなるため、ガチで勝ちを取りに行く。
「仮想課の菊岡さんって人の頼みでね。ちょっと調査に。」
「へえ~。確かにあのゲームちょっと怪しいもんね。」
「まあ、頑張ってねお姉ちゃん!」
「ありがとねリーファ!」
「ユカさんってFPSは得意なんですか?」
「うーん。FPSは昔ちょっとやってたくらいかな。」
「あんた・・・それ大丈夫なの?」
「ゲームの方は大丈夫だと思うよ。」
「ゲームの方は?」
「その・・・キリトの方が・・・」
「キリトFPS苦手なの?」
「いや・・・キリトのコミュ力というか、女性関係というか、」
「「「あ~・・・」」」
ALO内でアスナがキリトを追いかけまわした事件は記憶に新しい。
双子の兄のことをこんな風に言うのはあれだが、キリトはモテる。SAO内でもアスナ以外にも何人かの女性プレイヤーに好意を持たれていた。先日目が死んでいたシリカもその一人だ。今はもう回復したようだが。また、話を聞く限りリズも怪しかった。出会う順番次第ではアスナとの友情にひびが入るところだったのではないだろうか。
ALO内でもそうだ。困ってるプレイヤーを見つけると助けに行く。何らおかしなことはしていない、むしろ良い事だろう。ただキリトの場合、困っているプレイヤーが女性プレイヤーである割合が高いのだ。圧倒的に!そして助けたプレイヤーからご飯を奢られることになるのだ。先日はそれをアスナに発見された。それもキリトと一人の女性プレイヤーが食事をしていて、女性プレイヤーがキリトにアタックを仕掛けている時に。
試合開始のゴングが鳴った。SAOサバイバー、それもトッププレイヤー同士の痴話喧嘩の開幕である。
キリトは逃げた。それはもう恥ずかしいを通り越して尊敬できるくらいの逃げっぷりだった。バーサク状態のアスナは話ができない。足を止めると一瞬で体を穴だらけにされるだろう。
アスナは追った。それはもう恐怖を通り越して周囲がドン引きし、バーサクヒーラーという二つ名をつける程の追いかけっぷりだった。ALOのアスナはヒーラーとして魔法を使いパーティーを支援していたが、痴話喧嘩の暴走っぷりを見せてからはただのヒーラーとしては呼ばれなかった。
ALOでの痴話喧嘩はキリトがデスペナを受けるという形で終息した。今まで何度か痴話喧嘩を見ているが、これ以外で終わったという話を私は聞いたことがない。ただ、これはALO内での話である。デスペナを受けたキリトはログアウトし、現実での長い話し合いが待っているのである。哀れキリト。強く生きて。
「まあ、そういうわけで、不安がないと言えば嘘になるかな・・・」
「・・・まあ、VRMMOの中でもGGOは特に女性プレイヤーが少ないって話だし、大丈夫なんじゃない?」
そうだといいなあ・・・
後日、私はカズと一緒に病院へ向かった。アミュスフィアには危険がないとしても、もしもの時のため病院でバイタルチェックを受けながらGGOにログインするよう菊岡が手配したのだ。
私たちは別々の病室に入った。病室に入ると安岐さんという看護師がいた。この人は、SAOの時から意識のない私やキリトの担当で、リハビリでもお世話になった人だ。
「ユカちゃーん!久しぶり!」
「安岐さん!お久しぶりです。」
「だいぶ顔色もよくなってきて肉もついてきたねえ。いい傾向だよ。」
私は上半身裸になり、いろんな器具を張ったりつけたりして、ベッドに横になった。
「じゃあ、ログインしますね。数時間したら帰ってくると思います。」
「了解。ユカちゃんの体は私がしっかり見張ってるからね!」
「お願いします。では、リンクスタート!」