怒りで気が狂いそうだった。
ユイちゃんから聞いた話ではオベイロンというプレイヤーがアスナを監禁し、キリトを拷問しているらしい。そしてそのオベイロンは現実世界でアスナと結婚すると言っているのだ。
あの男だ。アスナの病室に行ったときに一度会っている。須郷伸之。あの男はレクトに勤めている。そして、アスナを閉じ込めキリトを拷問していることから、まだ目を覚まさないSAOプレイヤーを捕えているのだろう。
「そ、それは本当のことなの?」
リーファが疑問を口にする。
「プライベートピクシーがこんなところに一人でいるなんて聞いたことなかったけど、新手のクエストとかじゃないの?」
リーファの考えはもっともだ。私だってレクトという企業がゲーム内に人を監禁して拷問しているなんて話を聞いても信じられないだろう。ユイちゃんの存在やキリト、アスナという名前を聞かなければ。
「・・・リーファ。信じられないと思うけど本当のことだよ。私はSAOサバイバーなの。そして、このユイちゃんはSAO内のプログラムの1つで、アスナ、キリトというのはSAO内で一緒に戦った友達なんだ。
私がALOを始めたのも、世界樹で撮られた写真にアスナによく似た人物が映っていたからなの。だから私は世界樹を目指してる。」
「・・・そんなことが本当にあり得るの?」
「・・・信じてもらえなくてもいいよ。私だってこんな話聞かされたところで信じることができないと思うから。」
リーファはすぐにはこの話を信じることができなかったが、この話が本当だとしたら納得できることが多かった。
目の前のユカが初期装備、しかも飛ぶこともできないような初心者なのにサラマンダー達を圧倒したことも、プレイヤー最強との呼び声も高かったユージーン将軍を倒したこともユカがSAOサバイバーで二年間仮想世界で戦い続けていたのだとしたら、あの強さも納得できる。
でもどうしたらいいのか分からなかった。
「じゃ、じゃあ、このことを現実世界で公表した方がいいんじゃないかな。」
「・・・レクトに直接訴え出ても隠されると思う。おそらく関わっているのは一人じゃない。こんなこと企業にしたら致命的だろうから何としても隠し通すと思う。それこそ捕えられている人たちを殺してでも。」
「殺すなんてそんなこと・・・」
「ありえない話じゃない。実際SAOでもクリア前にゲーム内でHPがゼロになってもいないのに突然ログアウトしたことがあった。寝たきりの状態で過度のストレスのかかる環境では何年も持たないのかもしれないという理由で殺されることもあり得る。
それにこんなこと言っても信じてもらえないと思う。」
「そんな・・・」
ユカから聞いた言葉はリーファにとっても無関係な話じゃなかった。リーファにもまだ目を覚まさない兄がいたから。
「じゃ、じゃあどうすれば・・・」
「方法はあります!」
ここでユイが声を上げる。
「この世界、ALOはSAOの基幹システムのコピーだと思われます。そのためシステムコンソールが存在するはずです。それを操作すればプレイヤーをログアウトさせることが可能です。そしておそらくシステムコンソールは世界樹の上にあると思われます。」
これは私がSAOからログアウトする前に茅場に言われていたことだ。そして稀代の天才はこの方法を選択した。なら、私のやることは決まっている。
私は遠くに見えている世界樹を目指して飛び始めた。
いきなり飛び始めたユカを追いかけリーファも後に続く。
私たちは世界樹のある街、アルンに到着した。私は街に着くなり走り出した。見えている世界樹を目指し、建物などを飛び越え一直線に目指した。
「ま、待って!ユカ!」
世界樹の根元についたとき、リーファからストップがかかった。
「もう後10分程で定期メンテナンスが始まるの。今からグランドクエストに挑戦しても途中で強制ログアウトされてしまう。」
どうやら定期メンテナンスが始まるようだ。何とも間の悪い。
「でも・・・」
「強制ログアウトさせられると前ログインした場所からになっちゃうの。ここは宿をとって一度ログアウトしないと。」
「でも!!キリトとアスナがこの上にいて監禁され、拷問されてる!早く助け、ないと、」
ユカの瞳からは涙が溢れていた。そしてリーファはそんなユカになんて言葉をかければいいかわからなかった。
リーファにも未だ目を覚まさない兄がいた。もし自分の兄が捕らわれ拷問されている、そして兄はすぐ近くにいることが分かっているのだとしたら。そんな状態で定期メンテナンスだからといってログアウトするのはもどかしく、遣る瀬無い。
「ごめん・・・リーファが正しいよ。一度ログアウトしよう。」
そうしてユカとリーファはアルンの宿でログアウトした。
ログアウトしたリーファこと直葉は先ほどゲーム内で語られたことを整理していた。そして信じたくなかった。自分の好きな世界が人を監禁し、拷問しているなんて。
そして気になることがあった。ユカが口にしたキリトとアスナという名前。お姉ちゃんが病院にお見舞いに行ったとき、お兄ちゃんともう一人の病室を訪れていた。私はお兄ちゃんの病室にしか行ってないけど、お姉ちゃんはもう一人の病室にも行っていた。その病室に眠っている人の名前は確か結城明日奈。アスナだ。そしてユカとキリトという名前。お兄ちゃんとお姉ちゃんの名前からいくつか文字を抜けばユカとキリトという名前になる。しかし、多くのプレイヤーがいるALOで偶然会ったプレイヤーがお姉ちゃんなんてことあり得るだろうか。何より拷問されているのがお兄ちゃんだなんて考えたくもなかった。
定期メンテナンスが終わるのが明日の15:00。明日になれば何かわかるだろう。
翌日の6:00。直葉は朝の稽古のため起床した。素振りをするため着替えて竹刀を持ち庭へと向かった。するとそこには竹刀を握る姉の姿があった。姉も素振りをしていたようだ。素振りをする姉は真剣そのものだ。
「おはよ、スグ。」
「あ、おはよう。早いねお姉ちゃん。」
「なんか目が覚めちゃってね。体動かそうと思って。」
二人は一緒に素振りをして、その後朝食をとった。
「今日は病院にお見舞いに行くんだよね。」
「そうだよー。10:00位に家を出ようか。」
私たちはお兄ちゃんのお見舞いのために病院に向かった。病室に入るとお兄ちゃんはナーヴギアを装着したまま眠っている。
「おはよう、カズ。」
お姉ちゃんはお兄ちゃんに挨拶をする。その後いろいろと世間話をしながらお兄ちゃんの体を少し動かしたりマッサージしたりしていた。
しばらくするとお姉ちゃんは立ち上がった。
「スグ。私はアスナの病室に行ってくるから、ちょっと待っててね。」
「・・・私も行っていい?」
「・・・うん、いいよ。アスナも喜ぶよ。」
私はお姉ちゃんと一緒に明日奈さんの病室に向かった。病室に入ると、整った顔立ちの女の人がお兄ちゃんと同じように眠っていた。
お姉ちゃんが明日奈さんのことを色々と教えてくれた。SAOの第1層から一緒に行動していたこと。閃光のアスナと言われるほど速い剣の使い手だったこと。トップギルドの副団長で指揮をとっていたこと。料理が上手だったこと。これは驚いたがお兄ちゃんと結婚していたこと。
明日奈さんのことを語るお姉ちゃんは楽しそうだった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」
私たちは明日奈さんの病室を出た。
「カズの病室に荷物置いたままだったから一度カズのとこに行かないとね。」
「私ちょっとお手洗いに行ってくるからお姉ちゃん先に戻ってて。」
「おっけー。」
私はお兄ちゃんの病室に戻った。すると看護師さんがちょうど中から出てきたところで入れ替わりになるよう病室に入った。
「カズ。もうすぐ助けてあげるからね。もうすぐアスナとも会えるよ。」
お姉ちゃんはお兄ちゃんに話しかけていた。看護師さんと入れ替わりになったため私がいることに気づいてないんだろう。
「お姉ちゃん。」
「あ、スグ。それじゃ、帰ろっか。」
「お姉ちゃんはユカだよね。」
「・・・え?」
「世界樹を目指していたユカだよね。」
「まさか・・・リーファはスグなの?」
「うん。そうだよ。」
お姉ちゃんは驚いて固まっているようだ。
「なんで・・・何で話してくれないの!!二年前も急に二人していなくなって。お姉ちゃんアミュスフィア持ってないからナーヴギア使ってるんでしょう!?何かあったらどうするの!?それにこんな危険なことに一人で!!私にも話してよ!!」
「・・・ごめん。SAOが終わっても目を覚まさない人達がどこかに捕らわれていることは前から知ってたんだ。でも、危険なことに巻き込みたくなかった。」
感情が制御できなかった。制御できない感情をお姉ちゃんにぶつけてしまった。お姉ちゃんは私なんかよりもつらいはずなのに。でも涙が止まらなかった。言葉を飲み込めなかった。
でも、お姉ちゃんはそんな私を優しく抱きしめてくれた。
病院を後にし、ファミレスでお昼ご飯を食べて、家に戻ってきた。しかし、まさかスグがリーファだとは思わなかった。そしてスグには心配をかけたし、さみしい思いをさせてしまっていた。
家に帰ってからはスグにグランドクエストの内容を教えてもらった。世界樹の中に入り、出てくる大量の白い騎士を倒しながら上を目指すらしい。ただ、その数が尋常ではないらしいのだ。
でもやるしかない。もうすぐ定期メンテナンスが終わる。私はナーヴギアを装着し横になる。
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