「ハア、ハア。」
まずい。このままじゃ追い付かれる。何より数が多すぎる。
私は今奴らから逃げるためにやみくもに走っていた。敵も一人二人ならたいしたことないのだが、三十人以上もいれば話は別だ。とてもじゃないけどさばききれない。
「おい!いたぞ、こっちだ。」
「捕まえろ!絶対逃がすな。」
見つかった。やばい。もう節約している場合じゃない。
私は懐から転移結晶を取り出した。
「転移・リンダース。」
私の体は光に包まれえた。
「くそ。どこ行きやがった。」
「あいつ、転移しやがった。」
「バカ野郎。これじゃどこに行ったか分からねぇじゃねぇか。」
私はある建物のドアを勢いよく開けた。
「リズ!助けて。ヘルプミー!」
「ど、どうしたのユカ。いきなり。」
「お願い。かくまって。追われてるんだ。」
リズは私を作業場の方に通してくれた。この店はリズが新しく買った物件だ。なんでも裏にある水車がとても気に入ったらしく、ここに新しく店を構えることにしたらしい。ただものすごい高かったらしく今はほとんど無一文らしい。
「で、どうしたのよいきなり。」
「ちょっと人に追われてて。宿を出るとたくさんの人たちが待ち伏せしてて、転移してここまで来たんだ。」
「あーー。あんたのスキルのことね。まあ仕方ないわよ、ユニークスキルだもん。プレイヤーの間ではその話でもちきりよ。」
先日の50層のボス戦で見せたスキル・剣舞がプレイヤーに知れわたり、そのスキルの情報を聞き出そうと私の家の前にたむろしているのだ。しかも全員殺気立っていてとてもじゃないけど話ができるような雰囲気じゃなかった。おかげでもうあの宿には泊まれないよ。広いお風呂付、しかもココア飲み放題にパン食べ放題だったから気に入ってたのに...
「まあ、仕方ないわよ。アルゴさんに調べてもらってもわからなかったんでしょ?しばらくしたらおさまるわよ。」
「そうだといいんだけどね。」
「それであんたこの後どうするの?」
「51層を攻略していこうと思ってるよ。」
「そう。フィールドに出る前に追っかけに捕まらないようにね。」
「大丈夫。隠蔽スキル使うから。」
「あ、そう。」
「リズも頑張ってね。じゃないとお金やばいでしょ?」
「それを言わないでよ。わかってんならさっさと出ていきなさい。もう大丈夫でしょ。」
「はーい。またねぇーリズー。」
51層はさびれた遺跡のようなフィールドだ。出てくるモンスターも全身骸骨やミイラ男などいかにもそれらしいものだった。ニョホホホーとかいう奴いないかな。
フィールドを探索していると遺跡の奥のほうに周りの灰色っぽい石とは違う真っ黒ないかにも何かありそうな建物を発見した。その建物の外観はピラミッドのようだ。入口のようなところは一か所しかない。
こんなところがあるなんてまだ聞いたことがないから、おそらくまだ誰もこのピラミッド型の建物は攻略されていないだろう。
私はこのピラミッドの中に入っていった。
ピラミッドの中は迷路になっていてところどころに罠が仕掛けてあり、地下に進んでいくような構造だった。出てくるモンスターはさっきまで戦っていたモンスターより強かったし動きのパターンも多かった。いよいよ何かありそうだ。おそらく隠しボスかなんかかな。
私は地下に進んでいき最下層と思われる場所で索敵スキルに反応があった。
モンスターじゃなくてプレイヤー?私よりも早くにこのピラミッドを攻略していた人がいたんだなあ。
最下層の広い大きな空間にでた。私はそこで予想外の人物と出くわした。
「誰が一人でこんなとこに来るのかと思ったらユカじゃねえか。」
「Poh。なぜあなたがこんなところに!?」
「俺たちみたいなやつが最前線にいるのが不思議か?数は多くないが攻略組と同じかそれ以上のレベルの奴もいるぞ。」
「こんなところで何をしているの?」
「つれねえなぁ。このピラミッドの中に面白いダガーがあるとNPCから聞いたっていう奴がいてな。俺はそれを取りに来たんだよ。」
「あなた一人で?」
「ああ、そうだ。ほかの奴らは依頼で今日は暇な奴らはいなくてな。」
「依頼?」
「ああ。自分の手を汚したくないからって俺たちレッドに殺しの依頼をしてくる奴らが結構いるんだよ。」
「なっ。」
「俺たちも忙しくてなあ、人手がいるんだ。それも優秀な奴が。どうだユカ、俺のギルドに入るっていう話。」
「断る。」
「そうか、残念だ。」
そういうとPohはダガーを抜いた。長方形で大きな包丁のような見た目をしている
「これはさっきここにいたボスからドロップしたダガー。メイトチョッパーだ。お前でこの武器を試させてもらうぜ。」
そういうとPohは短剣ソードスキル・アーマー・ピアスを発動し突っ込んできた。私は剣を白色に輝かせダガーに剣を当て応戦した。しかし剣が衝突した瞬間、私は後方に吹っ飛ばされた。
Pohは私に追撃を繰り出してきた。短剣ソードスキル・ラピッドバイトを発動し突っ込んでくる。私は剣を黒色に輝かせダガーに剣を当てる。
「なっ。」
Pohは後方に飛ばされたが地面に転がるということはなく着地した。私は今剣舞のソードスキルが発生させるライトエフェクトの中で最大の威力である黒色で攻撃した。黒色のライトエフェクトでは剣速はたいして強化されないが攻撃力はかなり強化される。50層のボスを吹っ飛ばすくらいの威力はある。並のダガーなら打ち合えば一撃で破壊してもおかしくはない威力があるはずであり、プレイヤーなら30メートルくらい吹っ飛ばすはずだ。
「おいおい。なんつぅ威力だよ。10メートル近く飛ばされたな。」
「...今のは無傷で済むような攻撃ではないんだけど。」
「だろうな。この武器のおかげで命拾いしたぜ。」
「魔剣か。」
魔剣とはものすごく高いステータスを持つ武器のことを指す。
「ああ。その通りだ。この武器には高いステータス以外にも特別なスキルがあってな。プレイヤーと対戦する場合、筋力値と敏捷値が1.5倍に強化されるんだ。」
「そんな無茶苦茶な。なんでそんな武器がこの世界に存在しているの?」
「お前のスキルも反則のようなものだろ。それにこのゲームを作ったやつも殺人が起きることがちゃんとわかっていたんだろうな。」
剣舞のスキルはあくまで攻撃力と速度が上がるだけである。その強化の倍率は定かではない。普通のソードスキルよりは高く設定されているとは思う。黒色に近づけば攻撃力が上がり、白色に近づけば速度が上がる。いろんな色が出せるが、その倍率は詳しくはわからず黒と白以外はほぼ直感で選んでいる。
しかしあのメイトチョッパーという武器は筋力値と敏捷値を1.5倍にするという。それはつまり筋力パラメーターと敏捷パラメーターにレベルアップしたポイントを振るSAOではレベルを1.5倍にするということに等しい。
勝てるかな?ライトエフェクトの色を正しく選べば戦えるだろうが、おそらく今の武器では性能差がありすぎて勝てるかわからない。それほど魔剣と言われる武器は強い。それにあのメイトチョッパーは対人戦に特化している。...50層の騎士のボスのラストアタックボーナスの武器を装備しておけばよかった。
「それじゃあ、続けようか。」
Pohはそう言うと短剣ソードスキル・サイドバイドを発動し、ダガーを左から右に横なぎに斬りかかってくる。私はそれを見切り紙一重でかわす。Pohは体術スキル・月輪を発動し右上段蹴りを繰り出してきた。私は左手を赤色に輝かせPohの右足に裏拳のようにしてあてた。攻撃は同じくらいの威力だったらしく二人ははじかれた。私は剣を白く輝かせ高速の八連撃を繰り出した。そのうちの二撃がPohにあたり、Pohは後ろに下がった。
「ああー。やっぱり強いな。ていうかお前の剣舞とかいうスキルは本当に反則だろ。ここは一度引くとするか。」
「逃がさないよ。」
「おいおい。ここはお互い引いておこうぜ。お前だって俺に確実に勝てるとは言えないだろう。」
確かにそうだ。スキルのおかげで私のほうが動きでは勝ってはいるが、Pohは筋力値と敏捷値が1.5倍になっているのであまりダメージも与えられていない。筋力値と敏捷値が1.5倍も差があるとたいしたダメージは与えられないのだ。剣舞のスキルのおかげである程度は与えられているが。
「それにお前、そのスキルをまだ使いこなせていないだろ。」
ばれちゃってるか。
「それでも今のあなたは放っておけない。」
「そうかよ。」
Pohはそういうとナイフを投げてきた。投剣スキルではなく普通に投げてきた。私はそれを剣ではじく。
そのわずかな時間でPohは転移結晶を取り出し転移先を言っていた。
「じゃあな。また会おうぜ。」
そういうとPohは光に包まれ消えていった。