「痛たた……石炭掘って出来た部屋のお陰で命拾いしたや」
もし、無視して下に掘り進んでいたなら落下のダメージで今頃死んでいたんじゃないだろうか。
「うぐっ、うう、痛みで集中力が……」
どうせゲームならこういうところもゲーム通りにして欲しかったと切に思う。
「仕方ない焼いてたお肉を食べよう」
ゲームの仕様では満腹度が90%以上あれば傷は自然治癒した筈だが、一日目は断食した上、あちこち掘ったり木を切って、おまけにカボチャを取りに行ったりした分はりんご一個ではとても足りなかった。すっかりお腹の減っていた僕にとって、肉の焼けた匂いが我慢出来なかったというのもある。
「ご馳走さ……あれ?」
ステーキ一枚で済ませるつもりが、気づけば二枚も食べてしまっていた。
「ああ、貴重な食料が……」
これではまた肉を手に入れに行かなくてはならない。
「結局、こうなるのか」
ドアを出るなり手にしていたつるはしを石の剣に持ち替えた。
「縦穴を掘っていて餓死は避けたいもんな……さてと」
そこそこ見晴らしの良い中腹から周囲を見回すと、湿地でゾンビが日の光を受けて燃えていた。
「その左手の丘には
蜘蛛は明るいところでは中立キャラになる為、攻撃しなければ襲ってこない。
「一番小さなスライムぐらいはおそらく倒せるし、自滅したゾンビのドロップアイテムでも拾ってから、カボチャのあった方に行くかな?」
最初に僕が手を汚した山の麓を挟んで反対側の湿地にはもう豚しかおらず、肉しか手に入らない豚を狩ると言う選択肢しかない。それなら牛か羊が狩りたかった。
「ベッドのない生活がこれ以上続くのはきついし……」
牛から手に入る皮で作りたいものもあった。
「本、今はあってもゲーム的には全く無意味なんだけど……」
話し相手も居ない生活の孤独に耐えるのに、僕は日記を欲した。この下手すれば誰にも知られず終わるかも知れないサバイバル生活も日記に残しておけば、後に訪れるかも知れない誰かに知って貰えるかも知れない。
「むろん、まだ死ぬつもりはサラサラ無いけ、どっ」
やや急な斜面を落ちる様に降り、ようやくこちらに気づいたプチスライムを石の剣で両断。
「おたからは……無し、かぁ」
正確には緑のイクラみたいなものを落として消滅したのだが、これはアイテムではない。経験値だ。
「って、いつの間にかゾンビも居ないし。こっちも収穫はゼロですか」
捕らぬ狸の皮算用とはよく言ったモノだ。
「じゃあ、あとは予定通り……いた」
次の獲物を探した僕が見つけたのは、木々の間を遠ざかる牛。
「たあっ!」
「ブモーッ」
大きなダメージを狙い、飛び上がって一撃を見舞うも、会心の一撃とはならず。
「待てー!」
悲鳴をあげて逃げ出す牛を追いかけながら空ぶった剣が草を斬り裂き、零れ出る麦の種。
「や、種はありがたいけど」
農耕生活を送るには安全な水源が足りない。結局僕は狩猟民族と化して一頭目の牛を屠ると更に奥に進み。
「あ、羊……」
見つけた二頭の羊に僕の心は揺れた。
「ごめん、そろそろ僕もベッドで寝たいんだっ!」
疲れが取れる、眠れば朝までぐっすりという利点の他に、ゲームではスタート地点もしくは最後にベッドで寝た場所が死亡した時の復活場所となっていた。ゲームのように死んでも復活出来るかはわからないが、時間のわからない地下で死んで、真夜中にあの斜面に何も持たない状態で放り出されたら、湧いた魔物に襲われてエンドレス死に戻りをさせられることだって充分考えられる。
(なんて理由を付けてみたけど……)
本当のところを言うなら、ベッドで眠りたいという欲求が一番高かった、だから。
「あと一頭……」
羊二頭と追加で牛一頭を屠った僕が、ベッドを作るのに必要な三つ目の羊毛のため、三頭目の羊を探してしまうのは無理もないことだった。
「っ、いた」
首を目ぐらせて白いモフモフを見つけたそこは、まだ足を踏み入れたことのない場所。カボチャのあった場所からも若干ずれている。ずれているが、ベッドだ。
「羊毛ーッ!」
この時の僕ははっきり言ってかなり迂闊だった。
「羊も、っうわ」
飛ぶように駆け、羊まで肉迫しようとした足下が急に途切れる。いや、途切れるところだった。
「あっぶな……渓谷、かぁ」
落ちれば確実にお亡くなりになるような深さの長く続く亀裂。このゲームでは良くある特殊地形の一つで、鉱物資源が露出していることもあると言う意味では素敵な地形だが、ごく普通に続いていそうな地面が急に途切れているのだから凶悪極まりない落とし穴でもある。洞窟同様日の差し込まないところには魔物が湧くし、細い桟道のような人が一人通れるかどうかと言うような足場、ポツポツ点在する人が一人立てるかどうかと言った足場に魔物が湧いて、上から降ってくると言うことも多々あるデンジャラスゾーンを兼ねていて、個人的には嫌な思い出の方が多い。大地を大きく割ってる為、ダンジョンや地下水脈、溶岩流と繋がっていることも多いし。
「実入りは多いかも知れないけど、パスだな」
湧く魔物の中には弓を持った
「今は安全第一、羊を狩ったら引き返そう」
つい今し方渓谷に落ちて死ぬところだったと言うのに、ここで欲を出せば絶対死亡フラグが立つ。
「こんな危険なところにいられるか。僕は拠点に戻ってベッドを――って、立てさすなぁ!」
思わず一人ノリツッコミ。
「はぁ、話し相手が欲しい。……とは言え、今の僕じゃ野生動物を家畜にするのも無理だからなぁ」
家畜にするどころか現在進行形で剣によって羊を惨殺してますが、なにか。
「最初の一頭の時にあれだけ悩んでおいて、これだもんな」
肉の重みは命の重み。サバイバルしてるんだから、これぐらい出来なきゃいけていけないのだろうけど。
「人に、会いたいな。既に動く死体になってるのとか、やばげな薬投げてくるモンスター分類の
ゲームの仕様通りなら、この世界には村人が身を寄せ合って住んでいる村が存在する可能性がある。人に会いたいなら、まず、それを探すべきだろう。
「一部の特殊なゾンビは治療することで村人に戻せるのも知ってるけど、直す為の薬を作る道具の素材がね……」
暗黒界と言われる超危険世界に渡った上で、特定のモンスターを倒さないと手に入らないモノを今の僕に手に入れろと言うのは無理ゲーすぐる。
「薬の素材も確か、蜘蛛の目玉、砂糖、茶色のキノコからつくる発酵した目玉と火薬とか未入手のモノの方が多いし」
これにくわえてゾンビ治療には黄金のりんごが必要になる。どう考えても、まだ村人に戻せるゾンビを治療するより村を探しに行った方が早いだろう。
「それ以前に、あの村人ってとんでもない危険地帯に村を作るからなぁ」
自分達を襲うゾンビが湧くダンジョンの側や真上、とか。ある時なんて建物が吹き抜けになったダンジョンの入り口に立っていて、村人がポトポトダンジョンの中に落っこちて落下ダメージを喰らってるのをみて、僕は頭を抱えたモノだ。
「あのゲームの時みたいな頭の悪い村の構築とかしてないと信じたいけど――」
旅に出る準備が調ったら、僕は村を探しに行こうと思う。
「その為にも――」
拠点に戻ってきた僕は早速ベッドを作って、部屋の中央に置いた。
「そして、手に入れた牛肉を竈にシュゥゥゥゥッ!」
燃料は石炭を二個。
「羊の肉とは一緒に焼けないからなぁ」
後は肉が焼けるまで、あの
「あ」
そして掘り始めて暫し、僕は気づく。
「梯子使い切っちゃった」
己の計画のなさを。
「大丈夫、まだ外は明るいはず」
慌ててすぐ使わないモノをチェストにぶち込み、外に出る。
「うおおおっ、間に合えぇぇぇ」
まずは近くの樫の木から。斧を叩き付け、木を切り、苗木とりんごを回収しながらひたすら木を切る。
「はぁ、はぁ、これで当面はって、やばっ」
手にした原木の数を数えて顔を上げると空は夕暮れどころか、星が瞬き始めており。僕は慌てて引き返す。防具一切無しの状況でまともに戦えるのは昼のスライム(小)くらいだ。もちろん、複数いるならスライム(小)でもきつい。
「ちょっ、ここ高っ、こうなったら」
途中、高低差で登れない場所にぶち当たりパニックになって出鱈目に丸石を置いて足場とする。完全な醜態だが、僕をじっと見つめていたのは近くにいた羊くらい。
「モンスターじゃないからセェェェェフ」
恥ずかしがる暇なんてありゃしない。ここで死んだら元も子もないし、もっと恥ずかしい。
(伐採してたのは山のすぐ麓だ、間に合う、間に合う――)
願った。近くから自爆魔のシューという音が聞こえないことを。遠くから矢が飛んでこないことを。拠点の周りは明るいんだから。あそこまで、あそこまで、辿り着けば。
「はぁ、はぁ、はぁ……ドア、だ」
これで、やっと一息付ける。安全地帯まで辿り追記、崩れ落ちた僕は。
「さて、寝る前にもう少し掘っておくか」
むくっと起きあがると、作業台で梯子を作って地下におりたのだった。
「いやー、まさかまた石炭の固まった場所に出くわすとはなぁ」
その後、思ったより掘り進めなかったが、別の収穫はあり。満足感と疲労感を覚えた僕は上に登ってベッドに倒れ込むと、目を閉じた。
焦るとダメですよね、ほんと。
金鉱石掘ってて、マグマに落ちたあの時、もっと冷静さがあれば――。
何とか死亡フラグの魔の手から逃れた主人公。
渓谷に落ちかけた時は、ちょっと毛が逆立ちました。
次回、おそらく「四日目」
くっくっく、ベッドを手に入れて夜の描写量が減った闇谷に怖いモ「シュー」
ちゅどーん。