マイクラの世界で   作:闇谷 紅

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・二十九日目?「あっ」

 

「ふあっ、ん……おはよう」

 

 瞼が重いのは睡眠時間が短かったからだろう。ベッドから抜け出し、僕はチェストに向かった。

 

「荷物を整理して……終わったら出発だ」

 

 地図は昨日作った。

 

「ボートと……小麦はパンに変えて……カボチャも持っていこ。ランタンは種に戻せないし、出先でカボチャが見つからないってこともあるだろうから」

 

 後は真っ白な地図が有ればいい。

 

「最初は西、かな」

 

 緑の匠から逃げて飛び込んだ川の向こう、大きな水辺を僕は目撃していた。進むなら、ボートを使ったほうが距離は稼げる。

 

「んー、良い天気……見たところ焼けてるのを含めてモンスターの影は無し、っと。荷物整理とかでちょっと時間をかけたからかな?」

 

 あるいは寝坊したか。

 

「どっちでもいいや。魔物がいないなら好都合」

 

 稼げる内に距離を稼いでおいた方が良い。

 

「ひゃっほー」

 

 僕は山を駆け下り、羊の飼育所の脇を抜け、川に飛び込む。

 

「ぷはっ、うん、あの時見た通り」

 

 中州の向こうに広がるのは、湖だろうか。まだ地図を埋めていない地域でもある。

 

「このまま西の水辺を進めば地図も一気に埋まって行く筈」

 

 そして最終的には北に進路を取り、次の地図に突入するつもりでいる。

 

「モンスターは見かけないし、さい先良さそうだよね。このまま一気に――」

 

 行きたかった僕を遮ったのは川の入り口をせき止める土砂。

 

「……一端上陸しろって言うんですね、わかります」

 

 さっきの発言はフラグだったか。

 

「で、そこそこ広い湖があって、また砂に仕切られてて、西側は海、かぁ」

 

 北にもそこそこの広さの湖があり、更に北には高山がそびえ立つ。

 

「一応、自分で言い出したことだし」

 

 どう考えても西の海の方が距離は稼げるが、地図を見る限り、広がる海は地図の外。北へ行くと決めたのに西隣に行く訳にはいかない。 

 

「さーて、登山開始だ」

 

 登山は登山で良いこともある。むき出しの石炭の塊と出くわすことがあるのだ。

 

「それに、高いところに登れば周囲が見渡せるもんね……って、言ってる側から」

 

 登る途中に石炭を見つけた僕は地図をつるはしに持ち替えて振るう。

 

「やー、収穫収穫。これでたいまつの材料にも余裕が出来たかな」

 

 ほくほく顔で中腹を跳ねながら進み、目についたのは向かって左手。

 

「こっちは森林かぁ。木が密集してるのが何とも、こっちに来てくれって言ってるよね」

 

 中腹と木々の天辺の高さが殆ど同じその森林は木々の上を普通に歩くことが出来そうだった。

 

「メェ~」

 

「くわえて羊が居るとなれば、もう、ね?」

 

 実はベッドの材料を忘れてきた僕としては山の中腹から木々の上に逃げて行く羊は追いかけざるを得なかったのだ。

 

「よーし、一つだけど羊毛ゲットー♪」

 

 再び毛が生えるまでこの場にいるつもりはないが、構わない。北へ進む内にまた羊と出逢えるだろう。この時は、そう思っていた。

 

「さー、このまま山を迂回する形で――」

 

 進もうと声を出そうとして、僕は凍り付く。

 

「ちょ」

 

 山の向こうに見えたのは明らかに木造の家。

 

「うわーい、砂漠でもないのに蜃気楼だ……じゃなくて!」

 

 村、その単語しか浮かんでこなかった。

 

「なに、これ?」

 

 こっちとしては地図を二枚も作ってるのだアテもなく彷徨うんじゃないかぐらいの気構えだったのに、第二拠点を出てそれ程経っていないところでまさかの村発見。

 

「って、ぼーっとしてる場合じゃない! 離れるか行くか決めないと!」

 

 自分の周りは時間が経過する。つまり、このまま日が落ちれば村人が魔物に襲われる可能性が出てくる。

 

(ここに辿り着くまでに時間は過ぎてる、今から村に手を入れて日暮れまでに間に合うか……)

 

 悩ましい問題だった。

 

「くっ」

 

 だが、多分答えは最初から決まっていたのだと思う。

 

「もう、一人は嫌だ……」

 

 ぐっと拳を握り締め、急いで持ち物を入れ替える。必要なのは、明かりと丸石。危険地形なら修正する必要があるし、魔物が出た場合に備え、湧き潰しだってしないと行けない。

 

「ええと、さっきの家は……あった、こっ」

 

「はぁん」

 

 この瞬間の事を僕はきっと忘れないと思う。

 

「ひ、人だぁぁ!」

 

 体型のわからない服を着ていたし、両手を反対の袖の中に突っ込んで居たりしたし、髪の毛って何だっけと一瞬思ったけど、明らかにそれは人だった。僕の中ではまず間違いなく。

 

「うぐっ、この感動にもっと浸っていたいけど」

 

「はぁん?」

 

 時間はない。

 

「お邪魔しますっ」

 

 まず始めるのは家々の内側の湧き潰し。暗くなれば危険を感じて内の中に引っ込む村人さん達だが、ゲームでは暗ければ家の中でもモンスターは出現した。

 

(セーフティーゾーンが無かったら大問題だ)

 

 大きな家にはランタンを。台所とテーブルと思わしきモノがある『肉屋』には二本のたいまつを。小部屋には一本のたいまつを置き、丸太で囲まれた畑は角と丸太が交わる部分にたいまつを設置して行く。

 

「出来ればランタンも均等に配したいけど……って、この家扉がない?! くっ、作業台か」

 

「はぁん」

 

 慌てて作業台を作成し、丸石で足場を設置しがてら扉の制作にかかる。

 

「よし、扉の設置完了……次は」

 

「はぁん」

 

 時間との勝負だった。たいまつを戸口脇にくっつけ、屋外の開けた場所にはランタンを。

 

「って、気が付いたら日が――」

 

 何時しか西の空がオレンジに染まり、どんどん暗くなる周囲。

 

「だってのに何で家の中に入ってくれないの?」

 

「「はぁん?」」

 

 首を傾げるのは、黒っぽい服と白い服の村人が合わせて二人。ゲームの通りなら、司書と鍛冶屋だろう。

 

「くっ」

 

 やむをえず、気休めでもと周囲にランタンを配置。

 

「はぁん!」

 

 そこでようやく夜が迫ってることに気が付いたのか、家に向かって駆け込んでくれたが。

 

「……取り残された」

 

 外はかなり暗く、ベッドをこしらえるには羊毛が足りない。

 

「ちくしょぉぉぉぉ!」

 

 まさか村の真ん中で祭壇を作ることになるとは思わなかった。僕はひたすら飛んでは丸石を足下に積み上げて石柱を作って行く。

 

「バケツもある、だからいざとなれば飛び降りられるけど」

 

 問題は、急いで湧き潰しをしたことだ。お世辞にも応急手当のレベルを超えていないし、明かり設置漏れの家がある可能性は否定出来ず。

 

「ああ、気になる……って!」

 

 視線を下に向けていた僕は見つけてしまった。黒い服の村人が何故か家の外にいるのを。

 

「っ」

 

 飛び降りようかと思った矢先にその村人は家に駆け込み。

 

「はぁ、ハラハラさせてくれるよ……んー、やっぱり湧き潰しがまだ不完全だなぁ」

 

 畑の側に匠が居るのを見て僕は嘆息する。

 

「けど、今の内に家の数だけでも――うげっ」

 

 数えておこうかなと思った僕は顔をしかめた。

 

「魔女が居る」

 

 近くの池に自分から落っこちてテレポートを繰り返す長身の黒いアホは目を合わせなければいいのでスルーするとして、遠距離攻撃の出来るモンスターは、脅威以外の何者でもなく。

 

「け、けどこの祭壇の上なら――」

 

 大丈夫と思った矢先の出来事だった。

 

「う゛お゛ー」

 

 腐敗して緑に変色した肌を持つ人影が戸口によって行くのを見てしまったのだ。

 

「っ、さっき匠が湧いてた場所かっ」

 

 あれでは好奇心旺盛な村人が屋外に出ればどうなることか。

 

「くっ」

 

 バケツをひっくり返し、滝を作って祭壇から流れ落ちる。ぬかるみの泥を跳ね散らかして進む先は、ただ一つ。

 

「こんのぉ」

 

「う゛ぼ」

 

 こんな事も有ろうかと荷物の中に突っ込んでおいた石の剣で助走の勢いも借りてゾンビを殴り飛ばす。

 

「お゛ー」

 

 当然、家のドアからゾンビの注意はこちらに移る、だが僕はこの時もう剣を振りかぶっていた。

 

「こっち、くんなぁぁぁ!」

 

 ノックバック、だ。ゲームの様に攻撃を決めれば相手を吹っ飛ばせるのは匠とやり合った時に再確認していた。なら、剣のリーチがある分、攻撃はこっちの方が先に届く。おそらくはグロいであろう動く腐乱死体の顔や身体をまともに見る度胸も勇気もなかったし、相手を攻撃の届く距離に入れるつもりもなかった。

 

「不意をついた上で、一体だけなら僕だって――」

 

 殴って吹っ飛ばし、寄ってきたところをまた殴り飛ばす。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……とりあえず、さっきの場所に湧き潰し……しておかないと」

 

 幸いにもランタンはまだ残っている。僕は倒したゾンビが落とした腐肉を拾うついでにランタンを設置し。

 

「これで少しは……」

 

「うぼあー」

 

「って、今度はあっちとか」

 

 湧き潰しが充分でなかったのだ、このオチは充分予測出来たことであり。

 

「これでどうだ!」

 

「ぼばっ」

 

 ほぼ先程の行動をなぞる様に殴り飛ばしては寄ってきたところを殴るを繰り返すと力尽きた動く腐乱死体はぶっ倒れ。

 

「ん? 今向こうでも……うわぁ、今度は匠とスケルトンですか……」

 

 矢を射駆けてくる人骨と特攻自爆野郎は村人を攻撃しない。どっちも放置しても村人に危害を加えてくることは無い訳だが。

 

「なんでこっちに向かってくるんですかね、人骨(スケルトン)って、あの馬鹿狼ぃ」

 

 理由はすぐに知れた。腹ぺこモードの攻撃色も露わに人骨を追いかける犬科の生き物がすぐ見えたのだから。

 

「モンスターがあちこちに湧いてなければついでに動物虐待アタックで葬ってやるのに」

 

 遠くに見える食べ残しの羊毛と羊肉を見て更に殺意を高めながらも、あの厄介な魔物のペアに近づくことは出来ず。

 

「仕方ない、今は出来ることをしなきゃ。一個でも多くランタンを」

 

「う゛ぁー」

 

「だぁぁぁっ、またゾンビぃーっ!」

 

 再び僕は村の中央を迂回する形で別の家の戸口まで猛ダッシュ。

 

「たぁぁぁっ!」

 

「う゛ぼばっ」

 

 やるせない思いを叩き付けると、腐汁とか考えたくないものをまき散らしながら奴は吹っ飛んだ。

 

「そして、もういっちょーっ!」

 

「う゛お゛」

 

 肉迫される前に追いすがって更に殴る。戸口で戦闘していて村人がひょっこりドアの外に出てきては巻き込んでしまう恐れもある。かといって遠くに飛ばしすぎれば魔物が湧く暗闇での戦闘なんて事になりかねない。

 

「くっ、まだまだーっ」

 

 殴っては吹っ飛ばして倒し、殴っては吹っ飛ばして倒し。たぶん六体くらいは殴殺したんじゃないだろうか。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ゾンビはもう近くにいない、か。うん」

 

 家と村人が襲われると夢中だったが、流石にこのまま朝まで夜通し戦い続けられる気はしない。僕は近くにある家の中へ引っ込んだ。

 

「おじゃまします」

 

 と小さな声で呟いたのも、少々今更かも知れない。

 

(明かり設置の時は無断で押し入ったことに気づける余裕なんて無かったし)

 

 僕としてはあのテンパった状況でそこまで気を遣えと言われても対応出来たか怪しいと思う、それよりも。

 

「あっ」

 

 家の中には村人が居たのだ。当然と言えば、当然でもある。夜は明けず、まだモンスターが闊歩する時間帯なのだから。

 




次回、エピローグ。

このお話も村を発見するという一つめの目的に至ったので、次回で最終回とさせて頂きます。

村を発展させてゆくお話を書くとしたら、第二部か別のお話にする予定ですので、どうぞご理解ください。

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