「資材を使い潰すのなんて簡単だ」
ドアの窓から外に見える空が白み始め、やがて朝焼けで染まり、日が昇る。この時間が来るまでに僕は十九段の地下へ降りる階段を設置し、たいまつも二本に減っていた。部屋の角が不格好に内側に出っ張っているのは、うっかり天井を貫通して星空が見えてしまった時、埋め戻した名残。これを埋めた時は、上からモンスターが振ってこなくて良かったと心から安堵した。
「って、出発前から何やってんの、僕?!」
つるはしは二本使い潰した気がする。かわりに沢山の丸石が手に入ったが、木材の在庫がやばい。
「とにかく、伐採にいかない……と」
ドアを開け外に出た直後だった。最初に感じたのは冷たさ。
「ちょっ、あ」
雨、しかもかなり雨足の強い雨が僕の身体を打ったのだ。服はすぐにずぶ濡れになり、慌てて中に引き返そうとする僕はたまたま見つけた。直立した人骨と腕を前に突き出した人影が、沼に浸かりながら飛び跳ねているのを。
「よりによって……」
一部の魔物は日光の光に弱く、晒されているだけでダメージを受けて死ぬ。魔物の出現する時間の終わりであると同時に日光で夜の間に湧いた魔物が自滅していれば、行動に支障はないと踏んだのに、まさかの雨。
「箱に……チェストに資材がどれだけあるか確認する前は、日光に焼かれて逃げまどうスケルトンをドアの窓越しに確認してたって言うのに……」
まさかの天候急変。
「魔物がうろつく中を強行突破するか引きこもって飢えと資材不足を我慢するかの二択とか……」
いきなりきっつい二択を突きつけられたものだと思う。
「はぁ、やむをえない……ここは、多少危険でも」
外に出よう。
「ええと……カボチャは諦めるしかない、か」
ドアを開け、外に出るなり見回せば、まだ魔物が跳ねる沼は丁度カボチャの群生地の手前。しかも、人骨やら想定動く屍ことゾンビの他に大小のスライムまで元気に湿地をはね回っていたのだ。
「何故か羊もうろついてるけど、そこは敢えてスルーしよう」
ゲームでは野生の動物を襲うのは捕食者である動物ぐらいだったのだから。
「まずは、あっちの水辺に面した湿地だな」
樫の木が数本生えている上に豚と牛の姿が木々の間に見える。しかも魔物が居る様子はない。
「保護色の緑ぃ匠にだけは気をつけないといけないけど」
森という程木々は茂っておらず、蔦が梢からぶら下がっているものの、視界はけっこう開けていて、許容範囲だった。
「木材と、ついでに土だ。部屋を地下に掘り下げれば手持ちの苗木を植樹して安全に木材を確保だって出来るはずだし」
あくまでゲームでの常識通りなら、だが。防具一つ無い服だけで毎回危険を冒してきこりするよりは余程いい。
「うん、ゲームの時みたいな速度で木や作物が生長してくれればだけど、ね」
孤独だと独り言も多くなるらしい。苦笑しながら山を下りた僕は沼地に生えた少ない草をダメもとで刈りつつ木に近寄っては斧を叩き付け、原木のブロックに変えて収納して行く。ついでに足下に生えたキノコも回収した。
「りんごも手にはいると良いんだけどなぁ」
樫なのに、葉っぱの集まったブロックが壊れるか消滅すると何故かりんごが手に入る事があるのだ。りんごは黄金のインゴットと作業台で加工することで、特殊な効果を持つ金のりんごを作ることも出来るが、そのままでも食料になる。獣を屠って肉を手に入れるより、個人的にはこっちで最初の食料を手に入れたかった、が。
「やっぱり駄目か……ごめんよ」
初めて作った石の剣、その刃を振るうのはもっと先のことだと思っていた。それに相手も自分を襲う魔物だと思っていたのに。
「何でだろう。必要だと思ってた皮だって手に入ったのに……あんまりうれしくないや」
僕は牛肉と皮を手に入れた。その手を汚し。ゲームの仕様のまま、解体作業がいらず、ポンとアイテムが出たのは救いだった。だけど、木の枝という覆いがなくなったことで降り注ぐ雨は冷たく。幹を失い、まだ残っていった葉のブロックも時間差で消滅して行く。
「あ」
ひとつのりんごを残して。
「なに、これ」
僕は何の為に牛を殺したの。
「くそっ」
苛立ち紛れに手にしていたもので無造作に草を切り散らす。
「えっ」
出現したのは小麦の種でした。
「……なんだこれ」
この世界は僕をからかっているのだろうか。
「はぁ」
ため息を残して引き返し、僕は山を登る。せめて、手に入れた素材は無駄にしない為にもしまっておきたかったし、謎の脱力感を覚えたこともある。あと、作業台。原木加工は作業台無しでも出来るが、どうせ次の工程で作業台は必要になる。
「戻ってきたなぁ」
ドアと雨の中でも健気に燃えるたいまつを目にし、僕は呟いた。
「埋め戻したところの外も補修しておくかな、ここまで戻ってきたんだし」
部屋の中の一点だけ角が埋まってるのも微妙に気になるし。
「まぁ、A型だし……ああ言うのは気になっちゃうからなぁ」
そして、作業が終われば次はカボチャか。戻る途中に魔物が跳ねていた沼をみると魔物は跡形もなく何処かへ消えていた。
「一定時間で消失するのかマイキャラとの距離が関係するんだったかどっちかだったと思うけど……」
ゲームでの仕様前提はいつか痛い目を見そうでよろしくない気もするが、今のところ殆どがゲームの仕様通りな上、疑ってかかっていられる程今の僕には資材その他もろもろの面で余裕がないと言うこともある。
「資材と食料を集めてブランチマイニング、だったかな? とにかく地下に掘り進んで必要な資材を集めないと」
とりあえず、石炭と木材、丸石に小麦の種は手に入れた。後は鉄鉱石があれば、鉄のインゴットを作り、そこから作成した鉄のバケツで水を汲んでセーフティーエリア内で農業をすることだって出来る。
「念のため、必要ないモノは置いていこう。ゲームみたいに死んでも復活出来るかはわからないけど」
死ねば手持ちの道具をそこでバラ撒く仕様だった。死ぬ気はないが、苦労して集めたモノを失うのは忍びない。たいまつを幾つか作ると、りんごを囓って空腹を幾らか満たし。
「行こう」
僕は雨がまだ降る中、外に出た。目的はカボチャ。ついでに出来れば木材をもう少し。こういう時、物欲は原動力になる。
「って、怖っ」
ただ、一直線に進もうと見た足下が降りることは出来ても登るのは不可能そうな傾斜だったのは想定外で。
「くっ、大丈夫。見たところ土だし、登れない時はシャベルで崩して道を造れば……」
かぶりを振ると、敢えてそこを下に降りた。
「思ったより下は開けてるんだなぁ」
右手には問題の沼が見えたが、前方は湿地より幾らか地面が高く、何本もの木が茂って森に近い。
「あ、キノコ……まぁ、今回はスルーでもいいか。まずはカボチャを――」
目指そうとして、足が止まる。
「う……し」
そこにいたのは、牛の群れ。
「もう既に狩ってしまったんだ今更……」
迷うことはないと言う声と、食料なら足りているという内の声。
「最優先はカボチャだ」
僕は結局じっとこちらを見つめてくる牛を無視して前に立ち塞がる木に斧を入れ。
「五個、か。それよりも……」
野生のカボチャを取り尽くすと、前方の木の奥をみた。
「洞窟、だなぁ」
まぁ、反対側が見えてしまう短いトンネルをそう言ってしまっていいモノかは迷うところだが。
「こういうところでも鉄鉱石が手に入る可能性はあるけど、今回はパス、かな」
まずはカボチャを持ち帰ることが優先だ。
「確か、あっちの斜面から降りて――」
振り向き、そこまで言いかけて僕は言葉を失う。
「うっわぁ……」
降りる時は気づかなかったが、そこにも洞窟の入り口があったのだ。
「魔物が出てくると拙い、迂回しよう」
幸いにも帰る場所は山の中腹。斜面を上に登ればやがて辿り着く。
「……なんて思っていたことが僕にもありました」
登った。ひたすらに。登れない時は、斜面の土をシャベルで削り取ってまで。
「そうしたら、雪が積もってるんですが」
中腹どころか山頂近くまで登ってきてしまったらしい。
「おいおい、この状況で迷子とか」
わかってる。同じ山なら、頂上を中心にぐるっと迂回すればあの安全な場所の上に出ることも。
「はぁ、湧き潰しのたいまつ設置しておいて、本当に良かった」
目印って本当に重要だと思う。その甲斐もあって僕は何とかあのドアの前に戻ってくることが出来。
「問題はここからだよなぁ……てぇっ」
雨では後どれだけで夕方になるかもわからない、と思っていたら雷まで鳴り始めた。
「これは、今日もベッドはお預け……だなぁ」
これ以上の冒険は危険だ。
「肉を焼きながら下を掘り進めるか」
作るのは、つるはしと梯子。
「作りかけのままだった地下に降りる階段の先にまずは小部屋を作って……そこからは梯子、かな」
階段では斜め下に伸びる構造上、山の外壁を突き破って外で魔物と鉢合わせる危険性がある。
「こっちの方法も洞窟と繋がるってオチがありうるから危険が全くない訳じゃないんだけどね」
僕は誰に解説しているのだろう。まぁ、いい。階段を下りきるとつるはしを振るい。
「つるはしは多めに作ったし大丈」
大丈夫、とドヤ顔をしつつ砕いた石の向こうにあったのは、砂利。
「ちくしょーっ」
モノを破壊するには適正があり。砂利はつるはしではなくスコップで破壊した方が早く破壊出来るブロックなのだ。僕が階段を上ってスコップを増産しに行ったのは言うまでもない。だが、戻ってからも問題は残されていた。
「……掘った結果が、石炭発見、と。しかし、上は砂利。石炭を掘ろうとしたら上から崩れてくる事請け合いだね、これは」
砂利はゲームでは重力に従い落ちてくるブロックだった。逆に言うならこの手のブロック以外は下が壊されても宙に浮いていられる不思議ブロックと言うことでもあるのだが。
「やむを得ないな」
裏技、と言う程ではないと思う。むしろプレイヤーならほぼ知っていると思われる知識。僕は石炭の下のブロックをつるはしで砕くと、そこにたいまつを設置した。砂利はたいまつの上に落ちるとブロックとして存在出来ずアイテムになって消える。真下でなければ落盤を気にせず採掘することが出来るのだ。
「まぁ、砂利も固まってることがあるから、結果的にこうなるんだけどね」
誰に向けての解説か、呟きながら床一面にたいまつを並べ、石炭をつるはしで掘りとれば、上にあった砂利は全てたいまつの周りにアイテムの砂利として散らばる。
「うん、予期せぬ小部屋が出来ちゃったなぁ」
この小部屋の使い道も考えないととぼやきつつたいまつの設置作業をしつつ梯子を登っていた僕は。
「うわっ、あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ」
梯子を踏み外して一番下まで落ちたのだった。
やめて! 高所から転落したら、高さに比例して大ダメージを受けちゃう!
お願い、死なないで主人公! あんたが今ここで倒れたら、このお話はどうなっちゃうの? 資材はまだ残ってる。ここを耐えれば、三日目に突入出来るんだから!
次回、「主人公死す」。発掘再稼働!
……うん、ちょっとパロってみたかっただけなんだ。
次回、「三日目」
掘り進んだ下には何があるんでしょうねぇ。耳を澄ますとカランコロン音が鳴ってた気がしますが。