「ふぁぁぁっ。んー、寝足りない」
眠ったのが遅かったのだからやむを得ないとは言え、流石にまたベッドに戻る訳にはいかない。
「てやっ」
僕は意を決すと、祭壇から飛び降りた。
「んぅ、冷たっ」
落ちた先が雪原に面した水辺なのだ。わかってはいたがことのほか冷たく、眠気が一気に飛ぶ。
「さーて、本日最初の作業は資材の浪費でございます」
祭壇を立てた時、丸石が二個余ってしまったのだ。持てる持ち物に余裕のない今、これを放置は出来ない。浅瀬に丸石で足場を作り、板を使って作業台をくっつけると、たいまつも立てる。
「さてと、お次は二代目のボートを造らないと」
残った地図の未到破地帯の何割かはおそらく海。ボートの作り方がわからなかったプレイヤー時代の初期、泳いで海を渡っていたこともあったが、自前の身体であれをやるつもりはない。
「よーし、二代目ボート作成完了! 名前でも付けるべきかな?」
突飛な考えをしてしまったのは、寂しいからだろうか。
「うーん、出来れば沈まない船の方が良いよね……こう、不沈艦なんとかみたいな?」
先代が不注意に依るものとは言え沈没だったので、縁起を担ぎたくなった僕は、二代目のボートにこう名付けた。
「不沈艦おけはざま号」
と。何で平仮名で「おけはざま」なのかはわからない。最初は擬人化した艦隊のアレから引っ張ってこようかとも思ったが、いかにも痛い気がしてオリジナルの名前にしようとしたら今度は中二病全開の黒歴史が誕生しかけて没にし、最終的にそうなったのだ。
「行こう、おけはざま号」
ただ、少なくとも愛着は出来た気がする。船は滑るように海を進み出し。
「あるぇ?」
やがて見えてきた陸地に僕は顔をひきつらせる。南西は確かに海だったが、南には陸地が広がっていたのだ。この地図埋め、東の地図外に出て新しい地図を描き始めるという狙いも含んでいたのだが、僕の目論見は清々しい程木っ端微塵に打ち砕かれた。
「……迂回しよう」
地図埋めも重要だが、陸路を行っては今日中に次の地図に突入出来なくなる。南に地図の外に出てしまっても構わず僕は迂回し続け。
「あ」
航海の途中で発見したのは、やや大きな河口。
「うーん、地図を埋められるし、ボートで進めるなら」
少し迷ってから僕は川へと突入する。
「うわぁ、広い……」
入ってから感じたのは圧倒される広さ。幾つも中州があり、そこは何というか。
「これって、川って言うより湖じゃない?」
少なくとも、川ではなかった。
「しかもこれ、中途半端なところで終わってるし」
東に向かいたかった僕としてはかなり嫌な展開だった。
「と言うことは、これ、引き返すのかぁ」
広い上に湖としては歪な形、おまけに島などで通行か可能な場所もあって、僕に言わせればそこはまさに迷路。
「あ、違うこっちじゃない」
と何度引き返したことか。
「しかも何だかんだで日が随分傾いてるし……やむを得ない。二枚目の地図に戻ってでも東に抜けよう」
最悪夜間航行も辞さない覚悟でオールを使い。
「やった、ようやくあの河口だ」
既に河口ではない気もするが、何とか海までたどり着いた僕は、荷物を漁り、♯1と記載された二枚目の地図を取り出す。ちなみに一枚目は♯0だ。ちょっとややこしいが、それはそれ。
「さて、ここからどう行けば東に抜けられ――」
地図を覗き込み、僕は固まった。陸路を使わず東に抜けられる道が無かったのだ。先日の南回りのぐるっと冒険ルートも一回ぐらい上陸した気がするし。
「日はとっくに暮れたなう」
ボソッと漏らした。もちろん現実逃避だ。
「もう、上陸するにもタイムオーバーなんですけど」
完全に魔物が湧く時間に突入し、周囲はくらい。
「どーすんの、これ?」
僕は途方に暮れた。
「一応、陸地の短い場所を強行突破するって無謀な選択肢もあるけど」
アイテムにしたおけはざま号を携帯する余裕が荷物スペースにない。
「上陸するならこの中央の湿地もどきになってるところが良いと思、うわっ」
地図に気をとられていたら、何かとぶつかったらしくおけはざま号が揺れる。
「あちゃー、蓮の葉にぶつけたかぁ」
沈む前に拾い上げたそれは水上に設置すると足場になる便利アイテムだ。
「操船は慣れてきたと思ってたんだけどな」
地図に気をとられすぎたか。
「それはそれとして、どうしよう」
戻ったりすれば大幅なタイムロスだが、上陸は危険が伴う。
「しかも、今の僕って防具装備してないんですよねー。鉄のインゴット? コンパス経由でみんな地図に変えましたが、何か?」
次の拠点を構えるなら、最初にすべき事はきっと鉄の補充だろう。
「まぁ、現段階でどーこー論じても鬼が笑うだけのような気もするけど」
まずはここを東に抜ける。
「んー……たまには冒険してみますか」
荷物を圧迫する蓮の葉を適当な場所に置いて、魔物に感づかれないうちに手早く浅瀬でおけはざま号を回収。あとはダッシュだ。
「怖いのは遠距離攻撃系モンスターと一発が大きい匠くらいだけど」
前方の湿地は木が茂っていて視界が悪い。
「やれるかな?」
不安はある。だけど。
「久々の遠泳になるな」
湿地の水辺をモタモタ進んでいてはモンスターに接近されかねないし、上陸時に大きな隙を晒す。だったら手前で降りて泳いで行くしかない。
「くっ
北側の岸で船を回収しようとした僕は、木下に弓の先端を認め、慌てて梶を切る。
「こっちはこっちでスライムがいるけど……うん、向こうの岸よりマシだよなぁ」
やるぞと声には出さず気合いを入れて水の中にダイブ。若干もたつくもおけはざま号を斧で叩いて泳ぎ出す。
「っ、またスライムか……」
陸を警戒し水の中を泳いで進むと待っていたのは浮くスライム達との遭遇。
「けど、この程度の速度なら――」
僕はスライムの横をすり抜けた。
「やった! ん?」
直後に右手に見えるぼんやりとした明かり。
「この辺りにたいまつとかは設置していないはず。と言うことは……溶岩溜まりだろうな」
わかっていても気になるものは気になり、上陸して足を向けたのは、結局の所ここまでモンスターから攻撃されていないからだろう。
「あー、やっぱり」
モンスターと出くわさなかったのは、幸運だった。そして、おそらく光の元は溶岩だろうと踏んでいたから落胆もない。
「それよりも、なぁ」
顔を上げれば前方にあったのは、海。
「流石にのんびり船を出してるのは危険だし、あの島まで泳ごう」
資材は使うが、小さい島まで泳いでそこで湧き潰しをすれば船を出す余裕はあると思う。決断するやいなや僕は海に飛び込み。
「うん、今日はもうけっこう泳いでる気がするけど、仕方ないよね」
無茶やらかしておいてアレだが、安全第一だ。時々息継ぎがてら島の位置を確認し、左手の大きな島は避けて右の小島へ。
「それでも家一軒分の広さはあったってのは想定外だなぁ」
四方に立てるだけでは足りずたいまつをけっこう消費してしまった事に遠い目をする僕へ朝焼けが染みる。
「平地だったらもっと……て、朝?」
こうして僕の十五日目は終了したのだった。
くっ、ストックが切れるのがこんなに早いとは。
次回、十六日目。