分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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同志諸君、お待たせしました。漸く脱・孤児院編。織田作まであと少し。
展開は少し駆け足気味にいきます。




第一六話 手に余る夢

 

 

 少しずつの変化を添えつつも、概ねが何時ものように過ぎていく。その中で、それでもその時(・・・)というのがやって来る、というのは間違いでは無かった。

 

 これは比喩だが── 一つの処にずっと留まれる訳で無いのは当たり前のことなのだった。口に出す迄も無く至極当然のこと。

 どんなことにも始まりはあり、凡ゆる(すべ)てに終着が訪れるのだから。

 

 然しそれでも、訪れて欲しくは無かったのだ……これも又、恐らくは当たり前のように誰もが一度は思ったことがあるだろう。

 

 

「えー…………」

 

 

 間延びした呟きに応える人は居なく、朧はちょっとしてからまた一人で唸った。

 

 まあそれでどうにかなる訳でも無く、手に持つそれを目の高さまで持ち上げて見ても真逆消える筈が無い。

 残念なことに、自分が感じている洋服の重さは本物であった。

 

 手っ取り早く云うなら、少女は自分が今──恐らくそれに直面しているのだ、とそんなように思うのだった。

 

 

 

 

 

 朝の鍛練の後、昏倒していた状態から目覚めた。

 何時ものように一日を始めようとしていたのを挫くように、院長から「今日人が来ると連絡があった。準備しておけ」と服を放り投げられたのである──特筆しておく可きことでも無いが、院長が交織り以外の服を街から調達してきている、というのも変化のひとつであろう。

 

「複製してませんか?」と思わずそう尋ねてしまった返答の代わりに無言の重圧を受けたのは善い思い出である……色んな意味で。

 

 少女の、今手に有るのはそんな内の一着分だ。彼女の兄が買ってきたもの──後から聞けばスーツ、と云う種類の仕事着らしい──とは別の服である。

 手触りも柔らかで手に心地好い。質が善い物だと、自身が無知だと自負している朧にも判ることだった。

 

 

 ……それにしても、何なのだろう。準備しておけ、とは。

 

 

 入れ違いに小さな機器を持って早足に何処かへ往く弟を見つけて声を掛けようとしたが、少し躊躇われた。

 

 

「……」

 

 

 結局声には出さなかった。

 

 その機器には見覚えがある。というより、朧も何度か触ったことがあった。何だかよく解らない理屈で動く未知は、……まあ同じような異能(もの)を持っている自分が云える訳では無いが、触れても善いのかと思ってしまう代物だ。

 兄──白木との通信が出来るそれは、何でも彼女が使うと危なっかしいらしくあんまり触らせてもらえない物だから、そこ迄構え無くても善いのだけれど。

 ……本人の居ない処で「『何かあったら電話しろよー』って云ってるけど、姉さんの場合その何かが起きても連絡しなさそうだよね」「確かに」とかいうやり取りがあったことは全く識らないのは救いなのだろう。

 

 

 

 

 

 後ろ髪を引かれるが、とりあえず何かしなければならない。ならば、先ず手元の物を片付けよう、と手近な部屋に足を向けた。

 

 別に何処でも善いが、弟によれば人気(ひとけ)の無い場所が最良(ベスト)であるらしいので──「姉さんはもっと羞恥心を持つ可きじゃないかな」とは一体何だったのか。

 家族にそんなもの必要無いと思う。

 

 部屋に入ると、先客がぽつりぽつりと居た。数人の子供、その中の一人がふと顔を上げて「あ、」と云った。

 

 唇に指を当てているのに何となく察して、朧も又小声になった。

 

 

「入っても善いかな。……若しかして春希、今寝たところだったの?」

 

 

 うん、と頷く妹の脚の間にすっぽりと嵌まるようになっている末妹の姿がある。微笑ましい様子を眺め乍ら肯定の返事を聞く。

 音を立てないようにそっと、後ろ手にその戸を閉めた。

 

 左右に何時の間にか居た別の妹二人がしがみつくのに「未だ甘えっ子だね」と微笑して、朧はそんな子供たちを引き連れてその方に向かった。

 

「可愛いよね」「うん」と口々に──但し、勿論のこと小声だ──妹が云った。そんな詞に、彼女も口元を緩めたまま「そうね」と頷いた。

 

 

「皆こんな感じだったよ? ……ああでも、こんな寝坊助じゃ無かったかな」

「ほんと、よく寝るよねぇ」

 

 

 屈み込んで幼児の柔肌を軽く突つく。

 そんな私の様子に、春希を抱えている妹がくすくすと、くすぐったそうに笑った。

 

 ……別に弟妹の間で差をつける積もりも無いが、自身が名付けただけあってその思い入れも一入(ひとしお)であるのだった。

 

 何よりこの位の子供に構うのが久しぶりで、矢張り可愛いのだ、というのもある──まあ、諸事情によりどちらかと云えばお兄ちゃんっ子であるのは少し悲しいものだが。

 

 

 

 

 

 それはそうと、と妹が口を開いた。

 

 何事かと思えば──彼女は心なしかわくわくした顔つきで姉の方を下側から覗き込み、「ねね、今日誰か来るの?」と云った。

 声もどこと無く弾んでいるように思える。

 

 朧は笑ってから頷いた。先程と違い曖昧な笑みに成ってしまったのは仕方ないだろう、そう割り切ることにする。

 だって誰が来るのか識らないのだ。

 

 

「誰かは聞かされて無いのだけどね? 私も急に云われたから解らないのだけど、多分皆も着替えるんじゃないかな。私だけって云うのも変だもの」

 

 

 院長先生は云わなかったけれど、何だか慌ただしかったし、云い忘れることもあるんだね、と呟くと「そんなこと云えるの、姉さん位だと思うよ?」という返事が返されて、然し何かが可笑しかったのかくすくすと又笑い始めた。

 少し笑い上戸の気がある子供の笑い処は、私からすればいまいち不明でならない。

 そんな様子に、少し呆れつつ……まあでも、否定出来ないな、と思った。

 

 

 何だかんだで私も、段々と馴れてしまっている気がする。

 図太さに磨きがかかったのは否定しないがそういう訳では無くて、何と云えば善いのだろう──そういうものなんだと、それ迄只何も考えずに受け入れていた事についての、少しばかりの心境の変化と云おうか。

 

 自分のこの身すら把握出来ていないと、識らなかったことを理解させられて。

 それだけのことだとしても、そんな些細なきっかけ一つで変わる何かも在る。

 

 

「ついでだから、皆の分も出してくるね。……そのままだと暫くは動けなさそうだものね?」

 

 

 ありがと、と小声で云うのに「はいはい」と頷いてから物置へと向かった。手に持っていた服は部屋へと置いてきているので勿論のこと手ぶらである。

 

 

「あ、院長先生」

「……朧か」

 

 

 途中、丁度善い処で出逢った。

 

 未だ着替えて無いのか、と云うのに未だそんなに時間経ってない筈なんだけどな、と首を振る。

 男の様子を見るに、何か意外であったらしい──片眉をちょっと上げた貌を見上げて、聞きたいことがあったんですと云った。

 

 

「結局訪れる人が誰だったか聞いてないと思って。……あと、どうせなら皆にも洋服を着せたいなぁ、と」

「善かろう」

 

 

 即答だった。

 一瞬、呆気にとられた。

 返答が早過ぎたので……大体この人の詞にあるため(・・)のような重さが無くて、端的に云うなららしく無かった。

「え、善いんですか」と漏らした口を、じろりと黒目が睥睨してきた。

 

 

「……一度貴様とは、(おれ)について如何に思っているか話し合わなければならないようだな」

 

 

 それに僅か肩は竦めても、最早あまり臆したりはしない──度胸がついたのだと云ってほしい。毎日、紛いとはいえ殺気を浴びればそれは馴れるに決まっていよう。

 

 

 それに最近、思うのだった。

 何も出来ないまま見た目だけ毅然としていた自分の、こうして大人になるにつれて感じるような変化も、案外悪くないものだと……面と向かって認めるには、多少の抵抗があるけれど。

 

 向けられた眼は、然し男の方から逸らされた。

 珍しい、と少し目を瞬かせた。

 

 

「まあ、それは後で善い。最初の質問についてだが」

 

 

 そこで自らの養い子から完全に視線を外して、ぐるりと周囲を見渡すようにした。

 

 少女も又、それに釣られるように後ろを振り返ったりして、そこで漸く周りに人っ子ひとり居ないことに気付いた。……そういえば気配も感じられてはいないのだった。

 

 それが逆に不自然であり、矢張りこの養い親には子供避けのような何か(・・)が体中から発せられているのではないか──等と(あなが)ち間違ってなさそうなことを推し当ててみる。

 

 周りを気にしなければ話せぬ話題とは、この男と少女の間に於ける共通項に他ならなくて。

 つまりは、そういうこと(・・・・・・)なのだった。

 

 

「貴様に漏らして善いのか……(いいや)、気にする可くも無いか」

 

 いいか、と男は少女に向けて云った。

 

 

「内務省の、非公然組織に『異能特務課』と呼ばれる場所が在る」

「異能、特務…………?」

 

 

 

 目をぱちり、と瞬かせて何か事態が動き始めたことは何となく理解して。「遅すぎる、若しくはこうして時間を置いた癖にやって来るには早過ぎだ──奴らは時期という物を解ってない連中でな」という台詞はなんだか愚痴のようにも聞こえた。

 

「えっと、その人たちがやって来るのですか」と問えば、「ああ」と肯定の返事が返ってくる。

 突然やって来たものは、自分の識らない世界で繰り広げられている「何か」だった。

 

 

 

 

 

 実感は湧かない。けれどその一端に今、触れているのは確かである。

 その世界について未だ新参者(・・・)もいい処の少女だ。

 そんな組織があるのも初耳であったし、名前とその肩書きからして何となく解る程度にしかその事情(・・)を把握出来てはいないが、一方で、何処でどのように関わってくるのか、という疑問だけはを呈することは無かった。

 

 

 云わずもがな、だ。十中八九、その場所である筈だ。

 

 

 魔都横浜。

 そう呼ばれる場所があることを少女は識っている──逆に云うなれば、それ以外の場所の名前を、彼女は識らないのだが。

 

 今生活している此処の地名は記憶に無く、この本の倉と云う可き孤児院には何故か地図は存在しない。

 外界から断絶されたようなこの場所で書物を読み漁り、有るか無きかも判らぬ何処かの名をぼんやりと覚えているのみである。

 

 

 少女は自身の掌を一瞬見詰めて、自身に宿る異能があることを識った時のことを思い返した。

 

 私は只生き続ければ善いと、先ずはそこから始めて……家族と在る日常を過ごせれば善いと、そう思っていて。

 然しそんな日常(幸せ)は何時までも続く筈が無い。何かしらは日々移ろい変化していく故に、そのことを身を以て感じていた。

 

 今が、その時だった。

 嘗てより身近にあって手の中に握り込んでいた日常は、この指からさらさらと零れ落ちるようでもあって。

 

 今を悪くないと思っている一方で、未練たらしくしているのは我ながら滑稽であったけれど、今の少女には──認めたくない事実だったが──朧には、それは最早手に余る夢のように思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タグ追加しました。(微原作改変)
オリキャラを入れる以上、若干変わるのは必定であります。
まあ抑も織田作生存√が改変なんで、仕方ない部分でもあります。ご了承下さいませ。



次回、あの人が登場します。(ヒント:異能特務課)
ほぼ答えですね!



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