分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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カレーうどんを食べてたら思いついた話。
多分、その頃の織田作(第一章終了時)。年越し企画。

※急遽書いた為に、ニ章で出す予定だったオリキャラがフライングで出張ってきてます。

※※色々挿入箇所の変更がありましたが、結局元の場所に戻りました。
以降、先取りという形で書いた番外編は本編にてその時系列となった場合に挿入する事にします。



番外編 年越し小話

 賑やかな表通り、静まり返る裏路地。

 吐く息は白く、空気を吸えば冷たさがきりきりと肺を締め付ける。

 

 周辺に人は無い。

 薄暗くなり始めた曇り空、それよりもなお暗がりにある道を歩く少年が居る。

 

 

 

 未だ少年と云ってよく、更に付け加えるならばその貌には未だ幼さが残る──そんな子供だ。

 

 小柄であり肩幅も小さい。服はごく一般的な紺色のシャツに作業ズボンと革靴、何かの戦闘に使い込まれているような様子もない。

 一見すれば、この暗がりに居ることに少しばかり馴れ親しんでいるような、そんな印象を抱かせるだけのごくごく普通の少年である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 足音をたてず、誰にも気付かれないようにするかの如く、するする(・・・・)と少年は歩いて往った。

 

 想定されるその年齢の割に歩き方はしっかりとしたもので、或る種の馴れのようなものを思わせる。

 

 

 

 少年には、向かい往く場所があった。

 今住み処にしている所では無い。          

 ちょくちょく場所を変えていて、その中の一つである其処は、少年が先程出て行ったばかりである。

 

 

 少年は裏路地の暗がりを馴れた様子で歩いた。

 

 時にはジグザグに為り、時には蛇の蜷局(とぐろ)のようにうねうねとうねる道を抜けて、目的地へと進む。

 

 

 

 先の真っ暗闇しか無いトンネルの前に、一人の男が何時ものように居るのを見付けた。

 

 小さな机のような物に椅子、手には水晶球と思しき物を片手で弄んでいる。

 

 

 ────否、初めて見た者が居るのならばその性別を判断するのは難しいかもしれない。

 

 

 大きめであるのか、黒の上張り(マント)は何処かだぼついたようにも見えるが気にする様子も無く、目元迄深く下げられた被り(フード)の所為で、口の部分しか見えない。

 

 そんな、見るからに怪しげなる格好であっても少年が臆することの無いのは、偏に少年がその男の事を識っているからに他ならなかった。

 

 少年が近づいてきたのを察したのか、その口が僅かに弧を描いた。そしてその人は、勿体振るような感じにごとりと音をたて水晶球を置いて、手を組む。

 

 

「────やぁ、来たね作坊。生命判断する?」

「…………」

 

 

 少年──作坊、と呼ばれた少年はそう掛けられた言葉に直ぐには応えず、じっと男を見詰めた。

 

 赤みがかった髪が少し伸びてきているその奥に、鳶色の硝子を嵌め込んだような瞳。それが無感情なままに男を見返している。

 

 子供であるにも関わらず……ともすれば、相対した此方が圧倒されてしまいそうな眼差しであった。

 

 

 然し、馴れたとでもいう可きなのだろうか。

 

 直ぐに男は肩を竦めて、動じた様子も無く「冗談だよ」と云いうっすらと笑った。

 …………只、それで少年の表情が変化したのかといえば、否であるのだが。

 

 

 

「用が有ると聞いた」と少年は囁くように云う。その為に来たのだと。

 幼さの残る高い声、勿論のこと乍ら声変わりを済ませるには未だ早い、そんな年齢を感じさせる。

 

 

 少年の名を、織田作之助と云った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて対した時のことは、鮮明にとまではいかない迄も記憶に残っていた。

 

 少年は暗殺者である。

 

 何時から始まったか定かでは無いが、フリーの請負殺人をする殺し屋で、仕事をしくじったことは一度足りとて無い。

 それよりも前から、同じように仕事をする『同業者』なる者も居ることは風の噂には聴いていても、それについてどうという感想が出る訳でも無かった。

 

 

 通り掛かり、初めての邂逅のそれは本当に偶然で──正に今、二人が居る場所で出逢ったのだ──、それも今では馴れる程度に通い、こうして言葉を交わしたりする。

 まあ、大体が少年からではなく相手の方から声を掛けるのだが。

 

 

 今回も正にそうで、少年は無感情に男を眺め、その返答を待った。

 

 当の本人はというと、「用事、用事か……そんなことも有った気がするなぁ」と呟いてから、被り(フード)を徐に脱いだ。

 ぱさり、と乾いた音がするのを聴く。脱ぎ去ったものから、見えていなかった顔が覗いた。

 

 本人曰く、そうすることで『仕事状態(モード)解除(オフ)』に成るらしいが、何故今そんな事をするのかはよく解らない。

 店じまいする、ということだろうか。

 

 

 その年齢……見た目からして二十代後半程に似つかわしいとは云えない、混じりっ気の無い白髪のよく映える、そんな男だ。

 うっすらと浮かべていた笑みを消して、悩ましげな表情で男は問うた。

 

 

「作坊、前回遭ったのは何時だっけ?」

 

 

 少年は少し考えてから、一月位前だと応えた。

 

 

「そうかそうか、で今日が十二月三十一日、と…………あ、成る程ね」

 

 

 思い出したように男はぽんと手を打ち、その拍子になのか水晶球が落ちた。

 硝子特有の耳に障る音が足元に響いて、然し二人とも特に反応は見せない。

 

 状況こそ違えど、よくある光景であるのだった。

 気にすることも無い調子で男は立ち上がり、「じゃあ往こうか作坊」と云った。

 

 少年は微かに頷いてから、然し用が有ると云っていた男の大体の考えは、経験的に何と無く判っていた。

 

 立ち上がるとニ(メートル)もありそうな、痩せ型のひょろりとした横をやや早歩きに──そうでもしないと歩幅が合わなかったので──して並び乍ら、用事は何だったのかと改めて尋ねた。

 

 男はにっこりと笑み、それから少年の赤みがかった髪を片手でぐしゃぐしゃと掻き混ぜて、然し何も云わなかった。

 

 少年もされるがままに成って、それ以上聞くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男も又、その平和的な様相とは相異なり、殺しを生業とする者である。

 

 自称『生命判断師』、然し人は彼のことを──男からすれば非常に遺憾なことであるらしいが──『死神』か又は『告死の男』と呼ぶ。

 

 少年からすれば先輩であり、ある意味商売敵で、自分は数年遅れの後輩だ。

 

 然し、それで敵対するかと云われれば、そうではなかった。

 自身を子供好きと云って憚らないこの男が自重する訳も無く、出逢ってから何だかんだで関係を続けている。

 

 独特の死の香を少年に感じさせるのは今此の時だって変わらず、抑えられない以上は仕方のないものなのだろうが……何処か矛盾するような、ずれ(・・)を孕んだ人物であるには違いなかった。

 

 

 

 

 

 直ぐに日は暮れ、完全に夜と為った中、男の先導に従って少年はその後をついていく。

 曇り空のせいで月明かりは無く、何か物が落ちていれば蹴つまずいてしまいそうな位に暗いのを歩きながら、男が沈黙を破るように不意に「作坊」と呼ぶのが聴こえた。

 

 

「最近は如何だい?」

「別に」

「ま、そうだよねぇ。……お互い、殺さなきゃならない奴ってのはそうされるだけの理由が有る輩だ」

 

 

 殺しに対して特に何の感慨も沸かない少年と……そこに並ぶ男は、果して何を思っていたのか。

 

 

「あの手の奴ってのは、小粒(こもの)の癖に大体最後に『今なら未だ赦される』とか『悔い改めろ』とか一丁前に(おど)してくる」

「…………うん」

 

「それが云えるのはもっと高尚な、一握りの誰かだってのにさ────この世界の大体にそんな甘い赦しは無いし、それならきっと赦しは要らない。少なくとも僕はね」

 

 

 うっすらとそう云い笑う様は、成る程確かに『死神』にも見えるのかもしれない。

 

 男から立ち上って、或いは無意識にか振り撒かれている死が、少し強く感じられた。

 少年は少し距離をとる。

 彼の異能──『天衣無縫』は何の危険も予見しなかったが、黒社会に長く居る今までの経験が、感覚的に少年をそうさせるのだった。

 

 僅かに距離をとり乍ら、「そういうものなのか」と問い掛けた。

 嵌め込んだ硝子のような眼がくるりと男を見上げ、「作坊がどうかは解らないなぁ。まあ、何時か自分で答えは見つけると思うよ」と答えたのに只首を傾げて、一寸してからうん、と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が少年を連れて何処かへ往く時、それは大体決まっていた。

 

 ある時は異国情緒溢れる酒場(パブ)、又ある時は差し込む柔らかな陽が眩しく見える喫茶店(カフェ)。咖喱を売りにする小さな洋食屋。

 そこで、ぽつぽつと話を交え乍ら、食事をする。

 

 この日も又同じように、少年の識らない店へと男は足を踏み入れた。

 

 

「やあ、店主。お久しぶりだね」

「『告死』の方…………連れが居るんですか、珍しいですね」

「そういう日もあるってことだよ。後それで呼ぶの止めてくんない? それ云われると周りの人から怯えられるんだけど」

 

 

 普段からモルテ、と────そう名乗っているのに全く定着しない状況に嘆きつつ、男は少年と隣り合わせにして対面(カウンター)の席に腰掛けた。

 

 

「此処は?」

 

 

 少年がどんな場所だと尋ねると、「頼めば何でも作ってくれる料理屋」と短く返事が返ってきた。

 見渡しても……確かに、狭い店内にお品書き(メニュー)のようなものは置いてない。

 

 

「初対面で『じゃあビッタラウェンジャナ下さい』とか真顔で云う客が常連なんて、この位の厭味では足りませんよ」

「それに同じ真顔で『茹卵入り咖喱ですね、畏まりました』とか云う店主に云われたくはないね」

 

 

「何だかこう、色々と云われてる割には扱いが雑なんだけど、作坊どう思う?」と話を振られた少年は店主と隣の男を交互にちらと見遣って……「あまり厭がってる風には見えない」と呟いた。

 

 店主が吹きだそうとするのを堪えて、小刻みに震えている一方で、男は肩を竦めた。

 

 

「それを云われると弱いなぁ」

「ふふふ、善い子供じゃあないですか」

 

 

 そんな事を宣う大人組だが、少年がそれに居心地悪く思うようなことは無かった。

 只、思ったよりかは雑談が多いな、とは思っていたが口には出さないだけだ。

 

「善い子供って、同業者(暗殺者)だけど」と店主に向かって云い、少年は手元のコップの水を揺らした。

 からからと氷の鳴るような音がした。

 

 

「…………それより、咖喱があると云ってた」

 

 

 くう、と丁度よく少年の腹が鳴って、店主は「有りますよ」と微笑んだ。

 どこか無機質であった瞳がきらりと光り、少年はほんの少しだけ、唇を横に引いて微笑した。

 

 

「いや、師走の最後は年越蕎麦だろう。麺は食べねば」

「貴方も大人げないですねぇ…………まあ、麺ならこんなのはどうです?」

 

 

 店主に云われた言葉を少し反芻するようにして、「そんなものも有るのか」と少し驚いたように云い乍ら────

 

「構わない」

「ふふ、じゃあそうしましょうか」

 

 

 夜は未だ始まったばかりである。

 

 然しその年を終えるのには後数時間という時間しか無い。

 

 

「作坊、今日は日が変わるまで此処に居ようか」

 

 

 一人で年の変わるのを過ごすのも、何だか寂しいだろう、と云った男の今回の狙いはこういうことだったらしい。

 

 少年はそんなことを思って……取り敢えずひとつ、頷いておくことにした。

 

 

 

 

 

 




その後織田作少年は咖喱うどんを頂きましたとさ。

一発書きなので割とさくさく進んでます。あと若干のネタ。
探偵社設立秘話の織田作少年と比べて頂いたら楽しめるかもしれない。
既に織田作生存への計画は始まっているのだ…………‼


今年も宜しくお願いします。
評価感想(おとしだま)は何時でも歓迎。


※※
『告死の男』簡易プロフィール

・自称『生命判断師』誤字ではありません。姓名判断ではない。
・『死神』か又は『告死の男』と呼ばれている。職業殺人者。
・『モルテ』……一応名前(自称)。イタリア語で死を意味する。只、認知はされていない。本名は出てこない模様。
・白髪の二十代の男。長身。子供好き。
・本人の気付かない内に死の臭いを醸し出している。
・織田作を『作坊』と呼ぶ。やっぱり織田作と最初に云うのは太宰とかであって欲しい。


ちょっと名称が多すぎたのでまとめ。
ニ章で出てくるオリキャラはいまのところ彼だけです。



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