農民(NOUMIN)が三国乱世を行く(ただし恋姫)   作:ぱっくまん

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農民ソークトゥ

 

 

 

 

 

 賈駆は、目の前で拉麺を啜る男を見て考える。

 

 思うのはまず、怪しい存在であるという事。

 年齢、家柄、出身地が不明。

 雰囲気は柔和でありながら、研ぎ澄まされた剣のような鋭さも感じ、掴みどころがまるでない。

 

 しかし、その武力からどうしても欲しい存在でもあった。

 賈駆はこれでも多方に渡って人を見てきた自負がある。

 格好、訛り、ふとした際に出る習慣、地方による味付けの好み等、判別しようとすればどれかが引っかかると、食事にも連れてきた。

 

 だが、どれも当てはまるものは無かった。

 学がないというのは聞いている。品書きも自分が読んでやったくらいだ。

 山籠りしていたというのだから、それはそうだろう。しかし、それにしては立ち振る舞いがそれらしくない。

 覗こうとすればするほど、雲に隠れる月のように姿が見えなくなる。

 

「──そのような難しい顔で食べては、折角の料理も浮かばれぬだろうよ」

 

 小次郎が空にした器を置きながらそう言った。

 

「……口にあったみたいね」

「うむ。初めて口にしたが、これは美味だな。山では肉と山菜などの単調食事しか無かった故、な。最近はまともに食事などしてなかった事も加えて、極上であったと言ってもいいだろう」

 

 日常で食べているこちらの身としては、些か過剰な持ち上げだと思うが、まぁ農民の生まれで、山育ちなら確かに食べる機会もなかっただろう。加えて、無一文というなら空腹が続いていたのだろう。

 しかし、これほどの腕ならすぐに日銭どころか、食うのに困らぬ程稼げそうなものだが。

 

「そういえば聞きたかったのだけれど」

 

 今浮かんだ疑問を横に置き、炒飯を口に運んで咀嚼してから、なんでもないように問いかける。

 

「"天の御使い"という言葉を耳にした事はある?」

「ふむ……言葉遊びか何かか?」

 

 少し考えてから首を傾げる小次郎の顔からは聞いた事がない事がありありと感じ取れる。

 

 まぁ、そうか。その筈はないか。

 この男が天の御使いであるなど。

 

 見慣れぬ格好、何処か普通から逸脱した雰囲気、そしてほのかに神秘さをも感じるような感覚。

 

 だが。

 

 天の御使い、と言うにはあまりにも──

 

「知らないならいいわ。ちょっと町で噂になった程度の話よ」

「ほう? そう言われると気になってしまうな。聞いてみたい、と言えば話せる類のものか?」

 

 ─────嫌に聡い男だ。

 此方が言葉を選び、ぼかしながら喋っているのを見透かされている。

 

「……本当にただの噂よ。どっかの占い師が、天から人が降りてきて乱れた世を正すだろうとか、そんな感じの笑い話。天と言えば帝を指すこの時代で、そんな風に言えるその胆が羨ましいわ」

 

 事実、賈駆もこの話をする際には気を使っている。

 洛陽という帝の膝下で軽々と話せる内容ではなく、喧騒に紛れていることと、他国の怪しいものがいないか、護衛を数人おいての会話だ。

 

「ははぁ、なるほど。先程の質問は私が見慣れぬ風貌故に問われたものという事か。生憎だが、ここにいるのは唯の棒振りでな。天だなんだという肩書きは、荷が勝ちすぎる」

「ええ、だと思うわ。あんたが天の御使いだったら、戦を止めるために兵士将軍を殺して止めるとかしかしなさそうよ」

「はっはっは。いくらなんでも、そのようなことはせぬよ。──まぁ、あの(・・)聖杯の影響を受けていればそういう考え方になっていたかも知れないが、な」

 

 後半の声は小さく、周りの喧騒に掻き消され、賈駆の耳にはとどかなかった。

 

「しかし、天の御使い、か。もしいるというのなら、一目見てみたいものだな」

「既にこの世界には降りたっているとかなんとかって話よ。もっとも、一から十まで与太話って可能性の方が高いけど」

「夢のない女子(おなご)よな。もし武の立つものであったら、手合わせを願いたいとか、そうは思わんのか」

「それはあんたみたいな馬鹿だけだと思うわ」

 

 呆れたため息を吐きながら、空の皿を遠くの方に置き、食事を終える。

 

 声に出さず、この男と会話をすると疲れるわね、と頭を揉みながら茶をひとくち口に含み────

 

「か、賈駆様!」

 

 表の扉に配置した護衛が店の中に駆けきんできた。

 

 賈駆は耐えた。

 

 正直驚いたが、それでも耐えた。

 どころか口に含んだ茶を飲み込んでから、余裕そうにゆっくり振り返る事まで出来た。

 

「……騒がしいわね。どうしたっていうのよ」

 

 少し言葉が刺々しくなるのは仕方のないことだろう。

 しかし慌ててるものを見ていると落ち着くというか、冷めるというか。そんな感覚がある自覚があり、故に慌てる護衛とは対照的に、賈駆自身はやけに冷静だった。

 

「いい? まず落ち着いて。誰が、何をしたか。もしかは何がどうしたか、それを簡潔に教えて」

「は! え、袁紹家が檄文を各地に飛ばしました! その報告と、内容をお伝えに!」

 

 おや、と賈駆は思った。

 珍しい事もあるものだ。あの自分の富と名誉と美しさにしか興味がなさそうな者が、自分から行動を起こすとは。

 もちろん嫌がらせに限っては積極的に動こうとするのだが。ただし人を動かそうとするという意味で。

 

 しかし檄文、というからにはろくでもない内容だろうが、いかんせんあの(・・)袁紹だ。

 どんな突飛な内容が来ても不思議ではない。

 だが、

 

「そ。それで?」

 

 それがどうした、という話である。

 

 袁紹は強大な(ちから)を持っている。だが、馬鹿だ。

 

 繰り返すが馬鹿だ。

 

 先も言ったように、そんな大それた動きができるというのならば見たいものである。

 賈駆は内心鼻で笑い、茶を啜りながら続きを促した。

 

「な、内容としましては、その、要約すると反董卓連合の結成を集うものです!」

 

 賈駆は茶を噴いた。

 それはもう綺麗な虹が見えそうなくらい盛大に。

 

「な、な、なんですってー!?」

 

 口を拭いながら席を蹴飛ばし立ち上がり、思わず大声を上げる。

 

 周りの客も、その報告にざわつき始め、それを見た賈駆は声をひそめる。

 

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど……いやでもあり得るといえばあり得る……」

「賈駆殿、賈駆殿。驚くのもいいが私にも何か言うことがあるだろう」

「なんだってそんな……ああいや、言ってても仕方ないわ。確かなの!?」

「確かです! 情報の入手が遅れていたこともあり、既に何名かの君主は参加を表明している模様です!」

「こうしちゃいられないわ。すぐ城に戻るわよ! 貴方は先に戻って全武将を招集させといて!」

「はっ!」

「賈駆殿? 其方の対面にいた私の有様が水も滴るいい男になっているのだが」

「小次郎! ボクは先に戻るわ。代金は置いとくから。じゃっ!」

「はっはっはっ。いい度胸でござるな此奴」

 

 後の話だが、賈駆は店を出るまで、小次郎を一度も見なかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小次郎が軍議の間に入った時には、既に全員が揃っていた。

 

「遅いわよ! 何を悠長にしてたの!」

 

 一足先に戻っていた賈駆は、目くじらを立てて小次郎に言う。

 その言葉を受けた小次郎は肩をすくめて、

 

「いや、濡れたままで公の場に出るというのも気が引けてな。気持ちだが、乾かしてきたのだ、許せ」

「……まぁいいわ。それじゃあ、始めましょうか」

「私はよくないがな」

 

 賈駆はため息を吐く小次郎から目を逸らし、声を硬くして言う。

 

「──要点を言えば、反董卓連合なるものが結成されたわ」

 

 その言葉に場は騒ついた。

 

「それはまた、どうしてなんやろかー、なんて、惚けても状況は好転せんか」

 

 張遼はそう言って頭を揉む。

 賈駆は一つ頷き、一瞬董卓の方へ申し訳なさそうに目を向ける。

 

「……ええ。今ボク達は、周りの群雄に比べ、帝の一番近しい場所にいると言っても過言じゃないわ。その実情がどうあれ、外から見れば嫉妬の対象ね」

「ほんまくだらん話や」

 

 むなくそわるぅ、と顔を歪めて呟く張遼の横、呂布と挟まれる形に立つ陳宮は眉を顰めながら、

 

「それだけではないですぞ。今は黄巾の乱が平定され、よく言えば平和、群雄から言わせてみれば、名を上げる機会のない凪のような時期とも言えるのです。故に、大きな戦が起きれば──」

「──格好の餌、ってわけよ。妬み嫉みってのは袁紹の奴が主で、後はだいたい後者ね」

 

 仕方のない事だ。

 自分も、もし彼らの立場ならそうするだろうと、賈駆はそう思っている。

 

 圧政だなんだと適当に並べ立て、人を集い、実際にそれを討つ。単純で、そうそう失敗もしない方法だ。

 わかっていても大々的に止めるものはいないだろう。流れに逆らえば、砕かれるのは自分なのだから。

 

 

「さて、そろそろ次の話に行こうかしら。明るい話に出来れば良かったのだけれど、残念ながらもっとうんざりする話よ」

 

 そう前置いてから、一枚の竹簡を広げる。

 

「報告によると敵の勢力は未知数。まぁ、最終的にはボク達の倍ではきかないでしょうね。加えて、各地の群雄が参戦するという事はそれだけ武勇に自信のある英傑達が集うという事よ」

「ふん。それがどうしたというのだ。有象無象がいくら集まろうと、この華雄の敵ではない」

「……華雄(バカ)は無視するわ。はっきり言って、戦力差は圧倒的を通り越して絶望的よ。逃げ出す者がいても、非難はしないわ」

 

 この戦力差に加えて、十常寺の奴らをも警戒しなければならない。

 絶望的、でも少々言葉が足りないだろうと思いながら、賈駆は董卓に目線を移す。

 董卓は一つ頷き、

 

「今、詠ちゃんが言ったように、去る者は追いません。非難もしません。それだけ勝ち目のない戦いだという事は、私もわかっています。本当は、私の首を渡してそれで終わるのならいいのだけれど……」

 

 悲愴の滲む、しかし本気さを感じる声音であった。

 その言葉に賈駆が即座に返す。

 

「そんな事させないわ。次言ったら殴るからね」

「でも、詠ちゃんも、張遼さん達も、それに洛陽の人達まで巻き込みたくないし……」

「ボクの感情論を抜きにしたって、おとなしく首を捧げてはいおしまい、とはならないわ。次に来た奴が帝を傀儡にでもすれば、どちらにしろ洛陽は終わりよ」

 

 その言葉を受け、董卓は俯き押し黙ってしまう。

 その様子に、申し訳なさそうに目尻を下げ、すぐに直して張遼達へ向く。

 

 どうする、という問い掛けを乗せたその視線を受けて、張遼が笑う。

 

「ま、逃げるっちゅーのはないな。絶望的やろうが、戦は最後までわからんもんや。月っちも好きやし、精々奮闘させてもらおか」

 

 隣の華雄が頷く。

 

「ああ。まぁ私にかかれば朝飯前だ。大船に乗ったつもりでいるがいい」

「その自信は何処から湧くかわからないのですぞ……まぁ、恋殿がいればなんとかなりますぞ!」

「家族のごはんの恩、はたらく」

 

 陳宮が胸を張り、その横で呂布は静かに頷く。

 

 その光景に、董卓は顔を上げ、一瞬泣きそうな顔になり、数秒目を閉じる。

 

 次に開いた時には、その目に覚悟の火を灯していた。

 

「ありがとう、みんな。頼らせて貰います」

 

 そう言って頭を下げる董卓を満足気に見つめる賈駆。そして、すぐにその顔を引き締めた。

 

 親友が足掻く覚悟を決めたのだ。自分も頑張らなければならない。

 だが、その前に。

 

「……小次郎、あんたはどうするのよ」

 

 壁に背を預け、目を瞑り黙っていた小次郎に声がかけられる。

 

 呂布に傷をつけ、なおかつ五体満足でいるこの戦力を、できるなら手中に収めておきたい。だが、強硬な手に出るのを月は嫌うだろう。

 どうでる、と思いながら小次郎を見ていると、閉じられた目が開いた。

 

 目を開けると共に、表情を楽し気なものに変えたその雰囲気からは、緊張感というものが感じられなかった。

 

「──如何する、とは妙な事を聞く。無論、微力ではあるが助力を考えていたのだが」

 

 気負いもせず。

 なんの縁もゆかりもない筈の死地に、この男は軽々と歩を進めた。

 

「……そ。ならいいわ。運の悪い時期に入ってきたと思って諦めてちょうだい」

「運が悪い? いやいや、誇る事ではないが私は幸運という面でいうなら多少、恵まれている方でな。確かに死活の危うい場面ではあるが──」

 

「──やはり私は、運がいい」

 

 小次郎は、いつも通りの静音で、そう言い放った。

 

「……全く、呆れた奴だわ」

 

 何度目かになるのか、この短期間で、何度も痛めさせられている頭を揉む。

 

 だが。

 

 各々の武将がこれだけ士気があり。

 この未知数の男がここまで乗り気であってくれるなら。

 

 

 最悪、月だけ(・・・)は逃がせるかもしれない。

 

 

「さぁ、時間はないわ。早速、対連合軍への準備へ取り掛かるわよ!」

 

 

 そんな思いを表に出さぬよう、隠すように、賈駆は声を出した。

 

 

 

 

 

 




書きたいところに辿り着くための過程が書けない→駆け足にしてしまえという暴論で本気で駆け足に。
わかり辛い感じだったら書き直します。

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