農民(NOUMIN)が三国乱世を行く(ただし恋姫)   作:ぱっくまん

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農民エンカウント

 

 

 人。人。人。

 

 見渡す限りの人の波に、道すがら栄えているとは聞いていたが、此処までとは思わなかったと小次郎は言葉に出さず感心する。

 

「それじゃあ、私はこれで」

「ああ、世話になった」

 

 道中でなにがあるでもなく、洛陽に辿り着くと、そのまま荷を収めに行くと言う農民と別れ、さてどうするかと考えながら歩き始める。

 人の流れに気ままに流されていると、広い通りに出た。

 活気があり、呉服屋、本屋などが並んでいる。見れば、鍛冶を営んでいる店も見受けられた。

 街中ということもあり、武器を背負っているものは見受けられず、しかし皆無というわけではなかった。

 

「恋どのー! 確かあちらに、それはもう美味しい饅頭の店があるとの噂ですぞ! 寄って帰りませぬか?」

「……ん」

 

 そんな声がすれ違い様に聞こえ、そういえば自分も腹ごしらえをしてなかったと思う。 

 受肉というのもこれまた不便なものだとため息をつき、二人の少女達の後を追う。

 

 ……いや、やましい気持ちはない。可憐な乙女達だったというのももちろんあるが、そもそも何処に食堂があるのかすらわからない身である。手っ取り早く着いて行くほうが楽であろう。

 後ろから眺めると、片方は戟を背負い、犬がその後ろをついて歩いている。

 もう一人の方は幼く、それらしいものを持ち歩いていない。しかし利発な雰囲気を纏っている。

 しかし、なんだ。この時代の漢というのは、随分と進んでいるのだろうか。

 前の二人の服が、冬木の時ととそう変わらないというか、そういうのを通り越して眼福というか。

 うむ。

 うむ。

 

 とりあえず、深く頷いておいた。

 

 

 

 

 

 

 ついて行くうちに、気づけば人気のない路地に入っていた。

 隠れた名店、といったところだろうか。楽しみにしてただけある。

 少女達が角を曲がり、自身もそれに続く。

 その光景を見て口角が上がってしまう。

 

 いやはや、なんとも。

 当たり、だ。

 

「見た目が可憐でいても、あまり関係ないのはセイバーで学んでいてな。うむ、拙者は運がいい」

 

 見れば路地の先で、武器を取り回せる最低限の広さがある空間を確保し、此方を向いている赤髪の少女。

 

 その身から先ほどとは比べものにならない闘気を放っている。

 

 それの後ろに視線をやると、ついていた犬と淡い緑の少女が物陰に隠れているのが見える。

 なるほど、アレを潜り抜けて人質を取る、というのは無理だろう。

 加え、此方が武器を振るうのには少々手狭。

 純粋な武だけでなく、ランサーが得意であったという『げりら戦』も得意ということだろうか。もしくは青髪の少女の知恵か、だが。

 どちらにしても、アサシンのクラスたる()()()()に気づいたのだ。当たりに違いは無い。

 

「……誰?」

 

 言葉少なく、しかし威圧感を多分に含ませ問うてくる少女。

 叩きつけてくるその闘気が心地よく、つい頬が緩んだ。

 

「アサシンのサーヴァント、真名(しんめい)は佐々木小次郎」

 

 愛刀を抜きながらそう返す。

 

 この亡霊たる自分が、佐々木小次郎の皮を被る意味は既にない。

 

 しかし、折角武人と相対しているというのに名乗る名が無い、ではあまりにも格好がつかないというものだ。

 もっとも、サーヴァントのくだりは理解されぬだろうから端折ってもよかったかもしれない。

 

「しん、めい? 真名(まな)のこと?」

 

 おや、と。

 この時代には無いであろう言葉よりも、真名の方を気にして来るとは。

 そして呼び方も違う。だが、なるほど。

 

「ここでも真名(しんめい)……ああいや、郷に入ってはという奴だ。拙者も真名(まな)と呼ぼう。真名は、なにか重要な意味を含むのであろうな」

「……? 真名は、神聖で、大事。常識」

 

 さも当たり前のように常識と伝えてくる少女。知らない此方を疑問に思う様子を隠す気すらない。

 

 暴露(バレ)るとまずい、という感じでは無い。

 神聖、という言葉から察するに誇りに近い何か、もしくは認めた者しか呼んではいけない名、といったところか。

 まぁ。なんにしろ。

 

 なんでもよいか。

 

「うだうだ考えるのは性に合わん。やはり、斬ってから考えよう」

 

 目の前に極上の飯。

 据え膳食わずはなんとやら、だ。

 

 戦闘に気をやったのを悟ったのか、構えを深くする少女。

 

 さて、楽しませて貰えるといいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣に歩いていた呂布が突然、誰かがつけてきている気がする、と言ったのを聞いて、陳宮は呆れた声と表情を隠さなかった。

 

 街中で急にそんな事を言いはじめた敬愛する少女に呆れた、のではなく、何者だかは知らないが、この洛陽で、よりによって"呂布奉先"によからぬ気を働く奴がいたという事に、だ。

 尽善尽美英雄豪傑天下無双花紅柳緑たる、そんな存在のこの少女に、だ。

 

 馬鹿も此処まで行くと凄く見える。そんな事を口に出しそうになったくらいだ。

 珍しいと言えば、尾行になどすぐ気付くはずのこの少女が、気がする、などとぼかした言葉を使った事くらいだろうか。

 もっとも、隠密に特化した偵察か、もしくは弱すぎて気配が紛れる存在か、と。そのぐらいにしか考えていなかった。

 まぁ、いつまでもつけられるのも煩わしい限りである。人気を払い、いらぬ世話だろうが地の利を取れる場所を見繕い、足手まといにならぬように隠れて、そうすれば相対して数を数える暇もなく終わる。あとは当初の予定通り、ご飯を食べてご機嫌な呂布を眺めて癒される。

 

 

 

 そうなる筈であった。

 

 

 

 耳に剣戟が響く。

 

 剣戟。

 

 剣戟。剣戟剣戟剣戟剣戟剣戟──。

 

 鉄同士がぶつかる度に火花が散り、それが幾度となく繰り返される。

 

 なんだこの光景は、と陳宮は己の目を疑った。

 

 目の前の男は名のある将には見えない。そういう輩は、武に才なき自分でも、全身に纏う気でわかってしまうものだ。

 いや、たとえ名のある将だとしても、一対一で呂布と打ちあう猛者など、そうはいない。心当たりはいくらか挙げられるが、自分の知る限りだとそれらは全員女である。

 

 ならば、目の前の男はなんだ。

 

「ふむ、嬉しいぞ童よ。よくぞ此処まで防いでくれる」

「…………」

 

 楽しげに口を紡ぐ煌びやかな服装の男、佐々木小次郎。

 対し、無言で油断なく相対する相手を捉えつづける呂布。

 

 別に呂布が打ち負けてるわけではない、というのは陳宮の願望でもなんでもない。それはただの事実だ。

 小次郎は呂布の力を真っ向に受けているのではなく、逸らし、いなしている。だから打ち合えているように見えているだけだ、と理解するのに時間を要した。

 だが、逆に言えば、此処までこの男が立っている。その事に驚愕すら覚えていた。

 

「ハ──いやいや、此方もまともに打ち合えぬ死合い続きで恥ずかしいばかりだが、しかし許せ。なにしろこの長刀だ、打ち合えば折れるは必定。おぬしとしては力勝負こそが基本なのだろうが、こちらはそうはいかぬ。その長物と組み合い、力を競い合う事はできん」

 

 また歪んでも堪らんゆえな、と続く言葉に、呂布は気にしていないとでも言うように首を振った。

 

 しかし何処か戦いづらいのは事実だろう。

 知らぬ武器、知らぬ技、戦ったことのない型とも呼べぬ型、尽くが見切りづらく、それがゆえに攻めあぐねている。

 

 呂布が氣により尋常ではない贅力を発揮している事を、男が数度刃を重ねたことで気づいたのと同じように、小次郎の技量自体が高い事を、呂布は感じ取っていた。

 

 だが。

 

 それがどうしたというのだろうか。

 

「────!!」

「────ヌッ!?」

 

 神速にして剛力たるその一撃に、初めて小次郎が驚愕の表情を浮かべた。

 天性の感覚と、肉体、そして氣の才。

 

 全てを兼ね揃えたゆえの最強であり、天下無双である。

 

 技が凄い。力が自慢。ただそれだけの強者どもを幾度となく葬ってきた呂布が、今更その程度の存在に負けるわけがないのだ。

 

「いや、なるほど。セイバーは魔力でその力を出していたが、此処も同じようなものがあるのだな。だが──甘いな」

 

 しかし陳宮が知るはずもないが、目の前にいるこの佐々木小次郎は、その剣技だけで英霊へと上り詰めた者である。

 実戦経験こそ少ないものの、その磨き上げられた武は、その弱点を補って余りうる。

 

 呂布の仕掛けた一撃を体躯の動き、剣先の技で払い、反撃として首を刈るために刃を振るう。

 その刃を呂布は薄皮一枚で避け、全身をしならせ距離を取った。

 その後も接戦と形容すべき死合いが続く。

 

 呂布が風を叩き潰すような音を立てながら武器を振るい、それを躱す小次郎。

 風を跳ね除け滑るような速度で小次郎が首を狙い、それを防ぐ呂布。

 攻防が目紛しく変わり、路地裏には剣戟と風切り音が絶えず響いた。

 

 しかし幾ばくかの時間が過ぎ、互いの実力が拮抗しているのを悟り、動いたのは小次郎であった。

 

「さて、このままいけば埒があきそうもない。私としては甘美な時間であるが──決めに行かせて貰うぞ」

 

 小次郎は強者と死合うその時が好きだ。

 

 目の前の少女は紛れもない強者であり、だからこそ勝った時の喜びを味わいたいとも思う。

 ゆえに。

 構えを取った。

 

「───!」

 

 この戦闘中、無形を貫いてきた小次郎が構えを見せたことにより、呂布の警戒が高まる。

 呂布も決まった構えを持っているわけではない。しかし、どういう風にすれば武器を振るいやすいか、力が乗せやすいかを覚え、それを行うに適した構えになる事がある。

 つまり、相手の中でも自信のある技な事が察せられた。

 

「秘剣────」

 

 風が渦巻き、小次郎の刀に纏わりつく。

 世界が徐々に重なり、ありえぬ何かが起ころうとしている感覚を持つ。

 頭の中でそんな警報がなり──、

 

 

 

「────燕返し」

 

 

 

 神速の絶技が放たれた。

 

 




11/30 指摘のあった部分を修正

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