ラブライブ! Belief of Valkyrie's   作:沼田

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 想いと繋がりを再び定め、CMFへと臨むμ’s三年組。そんな彼女たちの動きに他のメンバーは……

 とまぁこんな具合書き溜め最終話です。リアル忙しくやっと完成しましたがちまちまこれからも作る次第です。


第七話

 

 水を得た魚という諺が存在する。

 

 魚が水中を泳ぐことを本分としているように、自らが得意とする環境で人間が活躍することを表すことを指している。加えてある程度規則的に動く魚と異なり、様々な感情を抱える人間は、本領をひとたび得れば加速度的に動きを速めるものである。ましてそれが、長い抑圧から解き放たれた産物だとするならば、なおさらだった。

 

 故に絢瀬絵里は、久方ぶりに本領を発揮しその力を知らしめつつあったのである。

 

 「そぉおらっ!」

 

 バトルフィールド内中央付近で、絵里は気合と共にバレエのスピンに近い格好で回し蹴りを放つ。魔法装束姿の人間数名をそれのみで吹き飛ばすだけでも相当であるが、直接触れていない人間まで衝撃波が届くおまけつきだった。もはや純粋格闘のみでも一線級の戦力を誇る彼女であるが、対戦者をほふる武器は他にも存在するのである。だからこそ、絢瀬絵里という少女は入学一月足らずにして音ノ木坂女子学院の頂点に達したといえた。

 

 「次は、炎熱も混ぜるわよっ!?」

 

 接触する対戦者を吹き飛ばした絵里は、矢継ぎ早に拳圧で中距離の敵への攻撃を開始する。大気を殴って生じる風圧に攻撃力を帯びさせるのみでも尋常ではないが、これに熱量操作(カロリーマネージャー)が加わると始末に負えなかった。拳圧に発生させた火炎を乗せ放たれる弾丸は、射撃魔法以上の弾速と威力を誇り、標的を焦がしていったのである。数瞬での参加者三割近い撃破におののく対戦者たちだが、それでも勇を奮い攻撃直後の絵里へと襲い掛かる。

 

 「手としちゃ悪くないけど、こっちの攻撃手段は他にもあるのよっ!?」

 

 余裕しゃくしゃくの口調でありながら、絵里は全方向から一斉に迫る対戦者へ反撃を開始する。ただそれは意外なことに、その場で震脚を行うのみであった。しかし、拳圧の攻撃が可能と同じように、この動作もまた強烈な衝撃波を周辺に放つものだった。加えて熱量操作で発生させた冷気を乗せた形式である。たちまち襲撃者たちは吹き飛ばれ、戦闘不能な程度に凍結を食らってしまう。先の炎の拳圧と合わせ、彼女は十二秒の間に延べ五十名を撃破したのだった。

 

 <これはこれは……私たちとしても警戒した方が良いわねぇ。あそこまで動きが良くなってるとは思わなかった>

 

 試合開始一分未満で百名バトルロワイヤルの決着がつきかねない有様を眺め、優木あんじゅは観戦スペースよりそう考察する。復数日にわたり開催されるチャリティーマジックフェスタ(CMF)の中でも、バトルロワイヤル部門の敷居は比較的低い。しかしそれだけに強力な面々が参戦となるわけで、結果を残す難度でいえばかなり高いのである。その環境下で結果を出したのみでも恐るべきであるが、しかし序列第三位の警戒心は別の個所より生じていた。

 

 「徹底的に生体技能以外の土俵にする気、ね」

 

 時間と反比例し印象に残った要素を吟味し、あんじゅはそう独語する。先ほど含めた戦闘では能力で攻撃し、面制圧やそれ以上の範囲攻撃も絵里は十分モノにしている。しかし熱量操作の性質柄出力と燃費を意識せざるを得ない彼女は、それ以上に格闘技術を磨いたのである。生体技能の行使を制する体術技能は、各自が持つ能力を戦闘基盤とする技能保持者にとって、脅威となる代物だった。その格闘に熱量操作が加わって、絢瀬絵里という少女は頭角を現したのである。

 

 <いくら私が近接得意じゃないとしても、それなりに対処法は心得ているし、能力の出力と扱いにも凌駕がある。けど、あの狂犬は格上の打倒を有言実行できるだけの実力と実績があるわ。事故からのブランクと気落ちの割に動きの切れは増してるし、能力の出力も上がってる。昔の狂犬も牙を抜かれたって思ってる連中じゃ、瞬殺でしょ>

 

 まだ見ぬ手札の存在を意識しつつ、あんじゅは絵里の事情を考察する。するとそんな彼女の心理を察してか、バトルフィールドに新たな事態が展開される。といってもバトルロワイヤルの勝者同士による対決にすぎないのだが、続く内容が内容だった。それは――

 「二年もおねんねしてた腑抜けに、二年もバトルロワイヤル部門獲ったこっちが負けるわけないでしょ?」

 

 「そうね、二年もふぬけてたのは事実よ。けどさ」

 

 試合開始前の、ありきたりな挑発の応酬だった。Dブロック勝者の絵里をAブロック勝者が煽り、無言でBとCの勝者も追認する。それでも試合は始まり激闘となる――はずだった。

 

 「そんな奴に丸焼けにされちゃったら、果たしてどうなるわけ?」

 

 バトルフィールドどころか、観客席方面にも迫る巨大な火炎が、瞬時に展開される。威力も速度もさることながら、試合開始と同時に放たれた一撃は対峙する三名を瞬く間に飲み込み撃破したのだった。

 

 「あなたたちの方が、二年ものんべんとしてたってことになるんじゃないの?」

 

 感情に過度の揺れのない言葉と炎を乗せた拳圧による攻撃だった。事実、絵里にとってはまさしくそうであり、彼女の目標を思えば些事にすぎなかった。しかし現実は巨大な炎の拳がただの一撃をもって、対戦者三名をほふったという次第なのである。あまりの早業に目撃者は悉く呆然とするのだが、数瞬で思考回路を復旧させたあんじゅは先ほどのからくりを把握する。

 

 <集中力を相当高めて出力を上げただけじゃない、会場の熱量にも干渉したのね。おそらく一時的に水分を下げて大気にちりを寄せた結果の、爆発的発火。ここまでくると二年間のスランプも温厚理性的の仮面づくりって疑いたくレベルよ>

 

 ライバルのからくりを分析し、あんじゅはそう結論付ける。燃費と最大出力にやや難のある熱量操作だが、生体技能が持つ性能幅の広さは応用に有利なのである。熱量とそれに付随する物質に干渉してしまえば、大規模爆発や肉体大活性も容易に行えるほどだった。格闘ゲームに登場しそうな金髪碧眼にガントレットと金属ブーツ付の青ベースのドレス型魔法装束は、左胸の「Я」字と生体技能による見栄えも重なり鮮烈な印象を周辺に残したのである。

 

 ――こ、これはっ! 圧勝です! 第22回CMFバトルロワイヤル部門は絢瀬絵里選手の勝利で幕を閉じましたっ! 綾瀬選手、勝利の感想のほどをお願いします。

 

 「正直復帰戦でここまで動けたのが想定外でした……」

 

 テンション高く話を振るリポーターに、絵里はひとまず型通りな返答を返す。とはいえこの回答は、半ば彼女の本心でもあった。気持ちのふんきりと生体技能の安定度は保証できたとはいえ、大規模な実戦は久々だったのである。その状況で圧勝となればまず嬉しいのだが、真の目標が別に存在したとなれば勘定は別に存在した。

 

 「明日以降の日程でも想定外が発生するでしょうし、そもそも私が属するμ‘sも想定外に対する打倒を目標としています。個人的にも格上の打倒を目標としていますので」

 

 ここまでは、比較的平穏に絵里は対応した。当然目撃する者たちは、観戦者中最高の実力を持つあんじゅも含めて型どおりに終わると予測する。だがそんな展望は、賢狼の皮を脱ぎ捨てた狂犬により、あっけない崩壊を迎えてしまう。

 

 「誰であろうと、噛み破ります。今もご観覧中の序列第三位であっても、この場にいない第二位であっても」

 

 周辺に直撃しないよう一瞬程度としつつ、最大出力の炎熱と冷気を放出し絵里は鮮烈な宣戦布告を口にする。μ‘sとしての勝利もそうだが、真に彼女の過去を清算するには己を地に墜とした者を凌駕する必要が不可欠だったのである。あまりの内容に目撃者はあっけにとられるばかりだが、しかしあんじゅは逆に久しく燃え上がらなかった闘争心をたぎらせる。

 

 「そうよ、そうよねぇ……あの時みたいに心ここにあらずのあなたを倒したって何にも楽しくないんですもの。フフフ、楽しみだわぁ」

 

 本人からすれば心より楽しげな、それでいて傍目には瘧火にも似た暗い情熱をたぎらせた声色であんじゅは独語する。自らが並ばれるという経験があまりない彼女にとって、強烈な刺激となりえたのである。かくして狂犬と怪物は、互いの炎をたぎらせ近い将来の対決を心待ちとするのであった。

 

 

 

 

 天網恢恢疎にして漏らさず、という言い回しがある。

 

 どんな情報でも必ず広まり伝わるという意味合いであるが、各種情報機関が発達した現代日本おいては特にその面が強い。中でもソーシャルメディアの功績は殊の外大きく、情報発信と受信の難度を大きく下げたといって過言でなかった。

 

 つまり、CMFの観客が、実況形式で大会内容をソーシャルメディア上にアップする例も十分存在するのである。しかもその内容が、注目選手のものであるならたちまち話題となるのであった。

 

 「絢瀬絵里、鮮烈なる復帰戦……ですって!?」

 

 アイドル研究部部室にて、にこはPCのディスプレイに移った文字を見てそう反応する。休日でも部活の練習として校内で活動できる彼女だが、訓練のみならずこうした情報収集を行うこともある。無論トップたる穂乃果が最終的な判断を下す形であり、彼女自身も動きが多い。ただし、そのような事情をもってしてもμ‘sメンバー中最もスクールアイドル事情に精通するものとして、にこの見解は尊重されているのである。そうした役回りと、自らの興味によりインターネットを覗いていたのだが、入った情報はいささか面喰うものだった。

 

 <確かに絵里が公式戦で復帰するとは知っていたけど、のっけがバトルロワイヤル部門とはね。あいつの戦闘スタイル的に乱戦向きだけど、目立ち過ぎはしないんじゃないかしら? 炎熱を復活させたから大抵何とかなるはずだけど……>

 

 親友の事情を分析し、にこはひとまずそう考える。応用幅の広い生体技能と抜群の身体能力を誇る絵里の実力は、全距離の戦闘に十二分活きるものだった。特に本人のスタイルが格闘寄りであることもあって、一対多数の乱戦には滅法な強さを誇るほどである。ただし、生体技能の関係柄中距離戦に穴がある形だった。現状彼女が手を出しつつある大会はそれを衝けるだけの猛者が多い以上、懸念が大きかったのである。

 

 <とはいえ、どうする? 大会システム的にこっちが参戦するのもいけるけど、平気かしら? 連携も二年ぶりで色々追加した絵里と組んだとして、効果があるかも怪しいし。となると適当なタイミングであいつを連れて帰るのが良いけど……>

 

 「退かせる名分が見つからない、かな? にこっち」

 

 「希!? いつの間にかいたわけ――って昔からあんたはそんなもんよね。神出鬼没な割に溶け込んでくる巫女ダヌキ。てゆーか、試験勉強平気なわけ? 今回にしたって別件すませた絵里も入れて勉強会がメインだし。真姫ちゃんたち一年組と二年三人は勉強会の規模が大きくなりそうってことで、生徒会手伝いの名目で使ってるのよ?」

 

 「間違った表現やないけど、せめてそこはもうちょいカッコええ言い回しにしてくれると嬉しかったなぁ。それを言うんやったらにこっちも成績的に不安要素大きいんとちゃうん? ともあれ考えてることはうちも同じだよ。絵里ちが元気になってくれたのは良いとして、なりすぎて転ばれるのはこっちも困るから」

 

 親友の言い回しに対し、希は普段通りの口調でそう返す。ふんきりをつけてくれた絵里の動きは確かに喜ばしいのだが、懸念がないわけではなったのである。ただし、彼女の場合はにこと異なり、懸案への対処を持ち合わせている形だった。その内容を察したのか、にこは目算をつけて確認する。

 

 「真姫ちゃんの見立てがあるからって言いたいの? 確かにあの子がいれば大会での負傷ぐらいどうとでもなるし、二年前の事故だって完璧に治してもいる。けどね、あの絵里が万一あったとして、素直に真姫ちゃんを頼ると思う!? あれだけのことがあったなら、私たちでもとっさに頼るかどうか怖い面もあるのに……」

 

 「にこっち、それももちろんいう通りやと思う。けどね、うちらは二年前のアイドル研究部やのうて、μ‘sなんよ?」

 

 「何が――って、他の面々が動くからってこと? それで平気なの? こっちが言うのもあれだけど、内面結構絵里って面倒なのよ!? それを会って間もない面々で」

 

 「面々だから、やりたいことが見えてフラットになっとる絵里ちには届く。なんやかんやで絵里ちって、最後のところストレートなぶつかり合いが好みやし、むしろ好都合やとうちは思うな。穂乃果ちゃんとか凛ちゃんとか、そのあたりが動けばきっとうまくやれる」

 

 「ま、確かに絵里ならそういうタイプとの相性は良いでしょうね。実姫とも随分模擬戦楽しんでたし。にこもそれに混ざって、希は脇からそいつを眺めてたのが今までの図式――を踏まえて聞くわ」

 

 希の説明に納得しつつ、肝心な点を糺すためにこはそんな問いをぶつける。純粋な意外と若干の動揺が混ざった表情を見て、彼女は親友の性質に大きな変化が起こっていないと確信した。良くも悪くも東條希という本質を表す事態に対し、にこは同じく本気をもって語りだす。

 

 「いつまで希は、引きっぱなしなの?」

 

 「な、何ゆうとるんにこっち!? 絵里ちはうちにとって一番」

 

 「一番大切な存在のそばに、どうして希はいかないわけよ? 一番大切な存在をどうして他人に投げられるのよ? それとも何!? 絵里を大切だっていう自分に酔いたいわけなの?」

 

 「にこっち! 絶対に、絶対にそんなことはあらへん!!」

 

 露骨に挑発するにこに対し、ほぼ反射的に希はそう叫ぶ。しかし、言い終えるや否や彼女は親友のあおりに対しておおよその答えをイメージできた。言葉の粗さはあるものの、にこは絶対に友人を貶める真似はしないのである。だとするならば、必然的にその意図するところが読めて、それを見計らってか彼女はさらに語りだす。

 

 「だったら、駆けつけなさい。ついでに助けなさい。絵里は実姫と違って、今まさにこの世界で生きているんだから。もう私たちはね、誰も手放すわけにはいかないのよ。このこと、よく分かるでしょ?」

 

 「そや……やっぱりそうなんよ。いろいろ支えて、それでいて向き合えきれなく時もたまにあっても、うちにとって絵里ちは欠けたらあかん存在だから。なのになぁんで、こんななってまうんやろ?」

 

 「実姫から経由で細かい事情知らないんだけどさ……中学上がる前からかなりやばいもの見てきたんでしょ? 聡付きのおかげでフォローあっても、ご両親が内紛で戦死するわ組織に潜り込んで情報とって崩壊させるわの地獄と記憶してるわ。生体技能絡みで海未もことりも、それに真姫ちゃんもえぐい過去があるけど、希の経験だって質でいえば落ちるものじゃないわよ。そんな過去と二年前までのことがあれば、絵里に特別以上の感情持っても何ら違和感ないもの」

 

 「うわぁ……うち以上に整理して話せとるよ。せやな、やっぱりうちにとって絵里ちが特別やった。両親もみっきーも目の前で喪って、にこっちまで縁を一度切られたうちは、絵里ちのおかげで踏みとどまれたんよ。あの子が好きで欠かせなくて……もし男の子から告白されたとかあったら、こっちから押し倒すかその子を狙撃するかぐらい真剣に考えかねへんもん」

 

 「まぁ大体見当着いてたけど、真姫ちゃんに続いてあんたまで同性愛許容とはね。もっとも『絵里だから』って理由がメインだし、同性婚絡みだって法も技術も幸いそろってるならなんとでもなるわ。ただし、どう転んでもゴタゴタは覚悟しときなさい」

 

 まぁこっちの方がやばいけどね、と付け加えにこはそう締めくくる。常道とは異なる恋愛事情の発露であるが、幸運にもこの時代生殖含め同成婚は安定的な確立を見ていた。七年前、西木野真姫がIPS細胞研究を実用レベルまで完成させたのである。その功績により彼女は序列第五位認定を受けたのだが、同時に医療技術全般も革新しそれに伴う法整備も進んだのである。故にまだまだマイナーなれど十分な選択肢として同性愛は公権を得たのだが、流れを納得しつつ希は踏み込んだ事情を指摘する。

 

 「もちろん、うちはちゃんとするで? 絵里ちと一緒にいられるなら何でもできそうだもん。けど、にこっちの方はもっと大変とちゃうん? いくら望んでいても真姫ちゃんは真姫ちゃんで色々ある立場だし」

 

 「それもあるけどね……押し切れるだけの発言力をいざとなれば真姫ちゃんは行使するわ。ただ、もっと面倒なことであの子は頭を抱えると思うのよ。『自分の存在が、にこちゃんを縛っちゃうんじゃないか』って、過るはずだわ。ま、この点はにこも似た感じなんだけど」

 

 「ホンマ、みっきーのいった通り合わせ鏡みたいな性格やね。やってることと立場は真逆なのに、根っこは見事なまでに一途で目標に命を平気で賭けるタイプ。うちとしては、サッサとゴールインするのが正解やと思うけどなぁ」

 

 「たとえそれがベストだとしても、真姫ちゃんにもっと世界を広げてほしいって心から思うのよ。その過程で、にこ以上に好きだと思える相手を見つけられたとしたらそれでも構わない。人間の変わり方なんて、人それぞれなんだから一一口を挟む権利なんてにこにはないのよ。相手が実姫から託された真姫ちゃんなら、尚のことね」

 

 「やたら寂しげに締めた時点で、意中の相手は真姫ちゃんしかあらへんって言うとるモンとうちは見るよ?」

 

 言外に本音を表したにこに対し、希はそう親友を表現する。決着を見てほしい案件であり、にこと真姫が結ばれればなお良いと思う彼女だが、それ故に口の出しようがないとも感じた。誰よりもお互いを強く想い合う二人だが、そのために筋を正しくありたいと信じ続けているのである。ならば調整屋として己の役回りは、漏れのない地ならしと信じることのみである。そう改めて確信していると、にこは結論を口にする。

 

 「そんなわけだから、あれこれと悩むわけなのよ。ともあれ、いざって時は知恵貸してよね? それいて、さっさか行きましょ? 二年前で止まってた時間を今度こそ進めるんだから」

 

 「うん、今度はうちも前に進むよ」

 

 希はそう言い展開中の勉強道具を姉妹、移動を開始したにこに続く。どれだけ言いつくろっても、結局自らの在り方を偽ることは心理の名人でも能わなかったのである。かくて親友の二人は、友が待つ戦場へ向け行動を開始するのであった。

 

 

 Ⅲ

 

 発見はどこにでも存在する。

 

 それを得るにはたゆまぬ努力が必要だとしても、それが故に些細な案件から発見を得られるものである。しかし、発見がどのタイミングで起こり得るか、完全に未知のものだった。だからこそ至る過程は辛くも楽しいとも、どちらにも解釈可能なものなのである。結局個々の心理に帰結する問題であり、視点とやり方によっていくらでもポジティブに仕立てられるといえるものだった。

 

 しかし――

 

 「真姫ちゃーんっ! 和訳ワカンナイにゃーっ!」

 

 「ヴェエエっ!? さっきやり方教えたでしょ? タイトルの単語まず追いなさいって」

 

 「真姫ちゃん、現代文の傾向ってわかるの?」

 

 「割とこの筆者の作品読んだでしょ? 結構一貫してるわよ」

 

 気づきがあるかもしれないと思いながら、西木野真姫は第一に騒々しい勉強会に臨み、そんな対応を繰り返す。行為そのものは同じであるにもかかわらず、長机の反対側では穂乃果たち二年生組がテンポ良く対策を進めていた。付き合いの長さや元来の出来といった要素が大きいとしても、どうしても真姫は両隣の一年生二人と比較してしまうのである。彼女にとって勉強会は、これまでにないぐらい無駄のある騒々しさだった。

 

 <役回り柄私が何とかする必要があったとしても、回り道が過ぎる気がするのよね。学力があれだけど、凛もそこまで頭の出来が悪くないはずよ。なのにオーバーに絡み気味だし……>

 

 花陽と凛にテスト範囲を教えつつ、真姫はふとそんなことを考える。仲間との付き合いも接する相手も好きに該当する彼女であるが、こうも過剰ではいささか困惑気味なのである。ともあれそうした自分であっても苦笑交じりに合わせている身であり、あえて口を挟む意思はなかった。むしろ別の案件が、この時真姫を意識させていたのである。

 

 <箱入り上がりの私を少しでもなじませるためってのは……疑い過ぎなだけじゃない。けど、にこちゃんや穂乃果のことを思うとそんな考えも浮いちゃうのよね。決闘の時の言葉で、相当穂乃果とお姉ちゃんに縁があるって分かったし、にこちゃんたち三人も私を助けてくれてる。きっと、お姉ちゃんが生きててもこうなったはずだけど>

 

 なぜ、西木野実姫は高坂穂乃果を組み込んだのか?

 愛する妹のため、有益となる強大な戦力を引き入れる意図ならつかめる。ランク7序列第四位と第六位に緊密な間柄を持ち、当人も一騎当千の実力を有している。だがそれのみで、姉が親友矢澤にこと同等に後事を託すまで鍛えるかといえば、怪しかったのである。さらに言えば、そうさせるだけの「西木野真姫」という存在も、彼女は気にかかったのである。

 

 <史上最年少で序列入りした、歴代最強の西木野。それがお姉ちゃんにとって誰よりも守りたいって思える存在だから八方手を尽くしたって形になるけど……本当に私の価値ってそれだけなの? 私に対するレールが緻密に敷かれていることは良いとして、こんな形ってそうそうあるの? ()()()()()()()()()を誰かが知っているみたいじゃないの>

 

 かねてより存在し、近頃強まった感のある疑念を意識し、真姫は内心独語する。付き合いも深く最愛の姉たる実姫の誠意を、彼女は疑うつもりなどない。ただそうであるが故に、あそこまで周到に動いたと思われる姉の真意を、真姫は計りかねたのである。自らの死すら勘定に入れさえして、実姫は盤石な布石を用意した。存在自体は大変ありがたいのだが、尋常ではない背景に真姫も不安になってしまうのである。

 

 <ただそのあたりも、これからみんなで過ごしていけば見えていくのかしら? そもそも私自身、今の繋がりってかなり好きな方だし>

 

 「真姫ちゃ~ん、大分考え込んでるけど平気? さすがにお姉ちゃん心配だよ」

 

 「ん~、そのあたり平気よ。これでも考え込んで答えだすのが身分だし、お姉ちゃん含め見ててくれる人がいるから安心だわ」

 

 自らに掛けられた声に、真姫は半ば惰性的にそう返す。だがこの時彼女は考え込んでいたとはいえ、常ではあり得ない錯誤を犯したのだった。いくら言い回しが実姫と同じだったとはいえ、少しでも声を意識すればその主が誰かすぐにでも分かったはずなのである。もっとも声の主はそのあたりの事情を衝く形で、真姫にちょっとしたいたずらを敢行する。

 

 すなわち――

 

 「じゃあ、ご褒美を進ぜましょう♪」

 

 ある人の言い回しと声音に似せた声の主は、おもむろに後方から真姫の左頬と迫り――

 

 「ヴェエエエエッ!? キキキキス!? 今度は、左に!?」

 

 「パニックの割に嫌がってる感じがしないのと、さっきの言い回しで平気って言ったように穂乃果は思えたな? 真姫ちゃん、落ち着いた?」

 

 「落ち着くも何も別の意味で大混乱気味……ではあるけどある意味では悪くないわよ。この際だから言うけどさ、お姉ちゃんと相当縁深かったんでしょ、穂乃果? 他の誰かじゃいきなりキスなんて認められないわよ、ほんと」

 

 「ええ、本心から尊敬できる相手からのキスなら確かに私でも納得できます――ってそうじゃなくて! なんで唐突なキスシーンを二人で完結させてるんですか!? 真姫、あなたにはにこがいるでしょう!? 穂乃果も穂乃果です! そういうきわどい接触は正式に交際を始めてからが筋です! そもそも真姫との接点があまり浅いじゃないですか」

 

 あまりにも当然な正当性を持つ反応を、事態から数瞬して海未は返す。眼前の幼馴染が頬へのキスに及ぶ事態は、確かに存在する。だがその対象は自分なりことりなり、さもなくばもう一人いた幼馴染であり出会って数か月程度の真姫にするものではなかった。イレギュラーゆえのそんな指摘に対し、穂乃果は朗らかながらも真剣に返答する。

 

 「意外かもしれないけど、そうでもないんだよねぇ海未ちゃん。何しろ真姫ちゃんは出会う前から穂乃果にとって主筋ともいえるんだから。師匠が――二年前亡くなった真姫ちゃんのお姉さんが、「出会ったらよろしくお願い」って頼まれたんだよ。可能なら交際しても良いって言われるぐらい、関係は深かったね」

 

 「確か……五年前の事件の後ぐらいに『すごい師匠ができた』って話したよね? それが真姫ちゃんのお姉さんになる――西木野実姫さん?」

 

 「そう、実姫師匠。事件でツバサちゃんが行方不明になって本気で参ってた時、声を掛けてくれたんだ。それで色々話してて『何があっても勝てる方法を教えてください』って頼みこんだら、戦術とか教えてくれるようになったんだよ。師匠も私に依頼とか回してくれるようになったから、おかげで強くなれた。そんでもって……二年前の四月ぐらいに真姫ちゃんのことを実姫師匠は教えてくれた」

 

 <私の知らないお姉ちゃんを……穂乃果は知っているの?>

 

 立て板に水を流すように語られる穂乃果の話を受けて、真姫はそんな確信を抱く。実姫と最も深くつながったという自覚はあるものの、当然姉が持つ何もかもを知っていると彼女は思っていなかった。少なくとも親友や実の両親には違う顔を覗かせていると、真姫は睨んだのである。そんな思いを察してか、穂乃果は亡き師の実情について説明を開始する。

 

 「カッコイイって印象がとにかく強かった人だったなぁ。特例で大型含めた二輪の免許を持ってる人で、バイクとライダースーツが似合っててモデルもやってたし。それでノリの良い行動派の割に、緻密な理論立てが上手いっていうか……ここまでは真姫ちゃんも知ってるよね?」

 

 「お姉ちゃん、外でもツーリングとかよくしてたんだ……概ねそうね。大好きだし頼れるんだけど、何かあるっていうか」

 

 「穂乃果も穂乃果で何かが分からずじまいだったんだけど、今思い返せばわかるかもしれないことは一つあったんだ。二年前の四月ぐらい、師匠が待ち合わせ場所の公園でどこか遠くを見ながらつぶやいた言葉なんだけど――『なんであの子は上澄みで第五位なのよ』って」

 

 「上澄みで第五位ですって!?」

 

 「たまたま聞こえたから私も実姫師匠に聞いてみたんだけど、かなりぼかされちゃって本質までつかめきれなかったよ。けど、今なら結構なところまでわかる気がする。だって真姫ちゃんの事象解析、穂乃果にちゃんと機能してるから。師匠も含めて、真姫ちゃん以外の事象解析は異質な力に干渉できない状態で」

 

 真姫はもちろん、彼女以外の面々も仰天する爆弾を穂乃果は投下する。ある程度まで伏せたままにする予定だったのだが、予想以上に真姫との距離が詰まってきたので明かすこととしたのである。ある種緊密さの証明となる事態だが、同時に亡き師の計画に深く噛み始めることも意味していた。だが、そうしたリスクを許容できる価値を覚えつつ、穂乃果はさらに説明する。

 

 「記憶する限りじゃ、事象解析で読み取りと再現が可能な範囲って、科学で説明のつくものの筈でしょ? そういう意味で生体技能も腕利きの西木野一族は再現できるらしいけど……異質な力に関しては無理だって話だよ。けど、真姫ちゃんは穂乃果にも事象解析の力を及ぼせている。本当のところは知らないけれど、師匠の言葉に嘘はないって私は思うな」

 

 「そうだとして……私はいったい何なの?」

 

 「意味合いはいろいろあるはずだけど、μ‘sにとって真姫ちゃんは真姫ちゃんだよ。何があっても、これは揺らがせない。西木野宗家に事象解析を持って生まれて、師匠がレールを敷いていたとしても、現実に動いているのは真姫ちゃんなんだから。それに、穂乃果としてはここまでの展開も想定通りかといえば大分怪しいよ? 真姫ちゃんだって、新しい仲間を連れたしにこちゃんにも思いを届けているんだから、予測を上回りつつあるって思えるな」

 

 <そっか……そうだったじゃないの。お姉ちゃんとかにこちゃんとか、穂乃果じゃない。結局私自身が、こんな繋がりを好きだったのよ。力も家も関係ないってわけじゃない。切りようがないし、私だってそのことを誇りに思いながら過ごしてる。けど、それより前に来るものだって、今の私ならある。きっと、増えてくれるから>

 

 穂乃果の言葉をかみしめつつ、真姫は思いを新たにする。西木野当主というこれまでとこれからに責任を負う彼女だが、個人の想いにも影響を及ぼすものであった。しかし、それとは離れた――というよりそれ以前の原点の部分の想いを音ノ木入学の後は意識するようになったのである。事前の立ち位置を超え本当の意味で、穂乃果やにこ、仲間たちと向き合う。初めての事態に戸惑いを覚える真姫であるが、些末に感じさせるほど強い希望を実感できた。

 「なんだか脱線しているようですが――真姫が落ち着いたので良いでしょう。今飛び込んだ案件も、彼女が特に絡んでいるのですから」

 

 「海未ちゃん、わざわざ勉強会放り投げても動く必要のあることって――ああ、これは確かに考えモノかも。穂乃果ちゃん、確認して平気?」

 

 「そうだねぇ、ことりちゃんよろしく」

 

 「はいはい~、アテンションプリーズ♪ 現在進行形でCMFがやってるけど、ここにきて三年生組が一斉に参戦するみたい。その兼ね合いでにこちゃんが私たちに援軍の要請を入れてきたんだけど……どうする?」

 

 穂乃果から話を受けたことりは、そうメールの内容を開示する。毛色の違いから独断専行を懸念した彼女だが、一定の手続きを踏んだ三年組の動きを評価した。とはいえ加勢となるとまた違う格好だが、己の思惑を置いて彼女は決定を場に委ねたのである。案の定、一座から様々な意見が噴き出て、空気が動き始める。

 

 「勉強会すっぽかして動くなんておかしいにゃ……って言いたいけど、分かる気持ちかな?」

 

 「友達が危ない目に飛び込んですからねぇ。前のめりになるのも分かるけど、凛ちゃんはどうしたいの?」

 

 「一緒に行きたいけど言ってどうするかって思えるにゃ。会長さ――絵里会長って、結構プライド高いし、競技をどうするかってこともあるし」

 

 「出たとこ勝負をやるには、私たちではあまりにもリスクと目立ちがありますからね。はてさて、どうしたものやら?」

 

 口には賛否を濁しつつ、海未は次の発言を窺いに入る。とはいえ彼女はこの場の流れと結論を、彼女はあらかた読み切っていた。舞台監督が穂乃果であることも無論だが、海未自身も結果に注目していたからである。そんな思惑を抱きつつも、悟られぬよう彼女はさらに話を振る。

 

 「ともあれ、現状稼働中の三年組に最も近い人物がいますからね。真姫、にこ達はどう出ると思いますか? アイドル研究部副部長のあなたの意見をまず把握したいのですが」

 

 「わ、私に振る!? 答えるのは良いとして、この席で穂乃果はしゃべらないの? こういう時こそリーダーの見識が一番頼りになるんだけど」

 

 「穂乃果が話し出したら、それで片がついちゃうでしょ? だからまずはメンバーの意見を把握したいんだよ。最後の断はこっちで下すし従ってもらうけど、そうなるまでにこっちもベストを選びたいんだよね」

 

 穏やかでありきたりな言い回しながらも、言外に拒否を認めさせない口調で穂乃果はそう話す。彼女が終始一座を主導したとしておおむね問題ないのだが、チームとしてより良い発展にはつながらないと踏んでいるのである。故に組織としてのアイドル研究部とスクールアイドルチームμ‘sを分け、二頭制の要素を混ぜた。加えて真姫を副部長に据え、三年組と一年組の繋がりも取り込んだ。周到な布石を施しながらも、違和感のない実行に長けた穂乃果は、平素と変わらぬ安心感を抱かせる瞳で真姫に促す。

 

 「みんなに聞くけど、あの三人ってどんなタイプだと思う?」

 

 「どんな、といわれましても漫然としすぎてます。ただ全体通じての印象なら……ベテランらしいと言うべきでしょうか?」

 

 「そう、腕利きのベテランよ。自分の腕前と経験に誇りを持った、チームメンバー。個人個人だけじゃなくて連携もうまいから大抵大丈夫だけど、今回は大抵から外れかねないって私は見てる。絵里さんの――ううん、絵里さんだけじゃない。あの三人が抱えたトラウマを清算しようとしているから」

 

 「会長さん以外も何か引きずってるの?」

 

 「誰も悪い状況じゃないのに、盛大に一度けんか別れしたのよ? 悔やんで悔やみようのない失敗から、やっと立ち上がってきたのよ? 誰か一人が本気になれば、他の二人は続くわよ。誰にも止まられないぐらい、本気でね」

 

 当然に感じた凛の疑問に対し、真姫は端的にそう返す。絵里たちを腕利きのベテランと評した彼女だが、それも基盤となる想いあればこその産物なのである。故にその思いが絡む案件であるならば、三人は勘定を度外視しても突っ走りかねなかった。それを踏まえての回答を、意を決し真姫は提示する。

 

 「だから、私たちが後に続くとしても、本日実施のものには手を出さない方が良いわ。本当に緊急事態なら別だけど、そうでなければ想いを遂げさせるべきね。けど、その先は違う。個人の想いを超えた以上、私たちはμ‘sでまとまれる。協議に参加するのは、そのタイミングね。穂乃果、それにみんな。今のが私の考えだけど、良いと思う?」

 

 「穂乃果は賛成。というか、こっちの見立てと重なってくれたしやっぱり真姫ちゃんはすごいよ」

 

 「武人のはしくれとして、私も穂乃果に賛成です。一念を抱いて戦う者たちを、いたずらに留めるなんて野暮ですからね」

 

 「穂乃果ちゃんと海未ちゃんが賛成なら意義はないね。三年生組のお手並みも拝見したいところだし♪ 凛ちゃんと花陽ちゃんも異議はないよね?」

 

 真姫の意思表示に対し、要となる二年三人は一様に賛意を示す。筆頭の穂乃果が真っ先に賛同したという点も大きいが、他二名も各々個人の理由から絵里たちの動きを追認したのである。こうなれば一年生二名も特に異議もなく、ミーティングの方針は決定と相成った。そして、最後を飾る一言をおもむろに穂乃果は口にする。

 

 「さぁて、μ‘sベストメンバー編成での初勝負、勝ちに行くよっ!」

 

 「了解っ!」

 

 穂乃果の檄に対し、五人は特に示し合わせたわけもなくそう返し、彼女の後に続き部室を後にする。流れを他人に委ね静観を一時しても、μ‘sという個性を束ね導く存在は彼女なのである。かくして衆議を定めた六名は、決戦の舞台へと連れ立ち向かうのであった。

 

 

 

 Ⅳ

 

 人間は過去を記憶する。

 

 その事象全てが必ずしも良いことではないのだが、往々にして残った過去が人間を行動に至らせる。加えて言えば、忘れたと思い込んだとしてもかつて経験した事象は、意識無意識問わず自然と出るものである。故に一度解散したグループが、間をあけ再び活動を開始してもすんなりと動く例も多かった。

 

 幸いにして、二年前崩壊となってしまったスクールアイドルチームは、遺憾なく結束ぶりを見せつけつつあるのだった。

 

 「にこぉっ! 弾幕もっと張りなさい!」

 

 「無駄口叩かないで絵里もあぶり出しやりなさいよねっ! 随分多いのよっ!?」

 

 「私を、誰だと思ってるのよっ!」

 

 ――二人ともー、けんかせんでちゃんと散らしといてな? うちが狙撃するから。

 

 通信魔法の音声含め、バトルフィールドにてμ‘s三年組はそんなやり取りを交わしている。高機能ホログラムによる舞台が市街地かつ、バトルロワイヤル形式である関係柄混戦の様相を示すも、大会途中合流二名を加えた彼女たちは問題にしなかった。むしろ、対峙する人数がある程度限定されることもあり、戦いやすいほどだったのである。ともあれ対戦相手も的ではないので、果敢に反撃を開始する。

 

 「あんたたちがどれだけ強くてもっ!」

 

 「負けで終わる理由はこっちにないっ!」

 

 絵里とにこの猛攻に押されながらも、なお健在のスクールアイドル二名は反撃を開始しようと試みる。電気系の生体技能で増強された接近戦を仕掛けようとする少女と、彼女を支援する大気系の生体技能の少女の打ち手は特に悪いものではなかった。事実、絵里とにこは立ち回りこそ高速であるものの、これまで大きく接近戦を挑む様子に見えなかったのである。ならばモーションの大きい中遠距離を抜いてしまえば勝ちが見えてくる――という見方も決しておかしくはなかった。

 

 ただし。

 

 「そのセリフ、そっくりそのまま返すけど?」

 

 「狂犬の接近ぐらい、こっちも読んで」

 

 「だから、撃たれるんだけど?」

 

 迫る絵里に対し迎撃を行わんとしたスクールアイドル二名だが、しかし彼女たちを討ち取った一撃は別人がなしたものだった。魔力弾を調整し失神程度に済ませながらも、恐ろしく正確に脳天へ炸裂した格好である。見事なヘッドショットを目の当たりにしながら、しかしあまりに見慣れた光景である故さほど感慨を抱かないにこは、狙撃の主に通信を入れる。

 

 「今の一撃、狙ったの? それとも狙う先に人がいたわけ?」

 

 ――んー、後者やけど生体技能使ってへんよ? 絵里ちとにこっちが仕事してくれたわけやし。

 

 「人間心理バカみたく恐ろしい具合に見切って未来位置に狙撃なんて芸当、希ぐらいにしかできないわよ。ホント、あんたが味方で親友の事実に安堵するばかりだわ」

 

 ――アハハー、お褒めに預かり光栄です、ってなぁ?

 

 呆れ気味な親友の称賛を、通信先の物陰より希は嬉しそうにそう返す。生体技能を用いればよりえげつない状態でも狙撃は可能だが、それ抜きでも大概の支援を彼女は可能としているのである。何しろ心というものを読み切ってしまえば、彼女にとって標的の位置把握など造作もないことだった。もっとも、言葉にすればごくシンプルな事象を実践した場合、どれほどの難易度になるか絵里とにこはしっかりと理解してもいる。

 

 <単独でうろついている人間にも悟られず命中させるなんて芸当は骨だわ。まして私とにこが高速の乱戦を演じているさなかに読み切るなんて芸当、頭だけでやってのけるんですもの。『うちはμ‘sで一番弱い』って希は言ったけど、私からすればあなたが一番恐ろしいわよ>

 

 もっとも深く繋がった相棒を、絵里はある種の寒気を伴いながら考察する。狙撃手にとって技術や動体視力は欠かせない。無論希も十分満たすだけ能力はあるのだが、突出してそれらがあるというのではなかった。にもかかわらず、一流以上の狙撃を成し遂げられるかといえば、読心能力の域に達した心理分析によるものなのである。標的の心理はもちろん地形や味方の攻撃も勘案して割り出される希の照準は、寸分違わず敵を捕らえ銃弾を命中させるのだった。

 

 「とにかく、油売ってないで次を倒しましょう? 私たち、とにかく目立ってるからね」

 

 「そうそう、早いとこ動かないと――ってもういるじゃない! 多弾製造・追跡弾(マルチパレット・ホーミング)!」

 

 とっさに得物の引き金を引いたにこは、左右から迫ったスクールアイドル六名目掛け半自動誘導弾を発射する。標的追尾機能と任意誘導を併せ持った弾丸の雨は、たちまち標的を包み込み、防御の暇を与えず瞬殺を生み出した。単純な大威力攻撃とは異なる必殺を目の当たりにし、絵里は今更な感想を口にする。

 

 「『防がれなきゃ良い』ってにこは言うけどさ、射撃魔法であんな芸当できるの音ノ木じゃあなたぐらいよ?」

 

 「金髪の狂犬さんと違って、にこは技巧派なのよ。魔力量にどうしても制約がかかる以上テクニックでどうにかするしかないわけじゃない。とはいえ」

 

 ――袋小路気味、やね。撃破人数稼ぎやすいゆうても、閉塞されっぱなしじゃうちらももたへんよ。広場に出て絵里ちの最大出力で薙ぎ払えれば楽なんやけど……

 

 「やれば確実に私とにこは落とされておしまいだわ。ここまでスコア稼げてるのも、地形の入り組み具合を活かしての産物じゃない。そもそも、広場じゃ希の狙撃ポイントも割られやすいのよ?」

 

 希からの憂鬱な指摘を、絵里はやや重い気分でそう応じる。彼女たちμ‘s三年組は、多数の参戦者から攻撃を受け続ける状況であっても、悉く撃退を果たし続けた。無論それを可能にする戦闘能力や連携も事実だが、それと同等の要素が地形の活用だったのである。狭隘部に迫るスクールアイドルを引き込み、希の狙撃の援護の下、絵里の格闘とにこの弾丸で叩く。数的優位と攻撃選択肢を強制的に狭めての戦術は()()()()()を彼女たちにもたらした。それ故に――

 

 「遠巻き気味に包囲を食らえば、私たちは身動きが取れずにタイムアップだわ。方位を破るのに私とにこの大技なら使えるけど、その時点で狙われたら一環の終わり。ちょっと派手にやりすぎたかもしれないわね」

 

 「ま、普通に見たらそうなるんじゃないの? 今のμ‘sを知って、なおかつ二年前の私たちを知っている連中なら隙なんて逃さないわ。希もそんな見解でしょ?」

 

 ――うん、正面突破も絡めても現状きついかな? とりあえず今は粘るしか。

 

 「じゃあにこが囮で粘るから、それまでに二人で何とかしてね? 幸い二人いる親友はそれくらいできるわけだし。つぅか、ね」

 

 常識的な懸念と常識的な対処法を述べた絵里と希に対し、にこはあえて非常識な発言と行動を開始する。彼女たち三人に『当面の優位』を与えている地形戦だが、裏を返せば地形なければ成立しない産物であり、それ故周辺は焦れを待っている格好なのである。狭隘部から引きずり出せば、数的優位と大技の隙を衝くことも熟練のスクールアイドルは十分可能だった。同じ熟練者としてにこも重々承知であったが、しかし熟練者たちにはない切り札もこの時有していたのである。すなわち――

 

 「ぼやぼやしてたら、にこが全員倒すわよ?」

 

 亡き親友から託された、黒い化学式の翼を噴出させ、矢澤にこは包囲網へと突貫を開始したのである。

 

 「新手の魔法……いや、事象解析(アテーナライズ)事象解析!? なんで矢澤にこがあれを」

 

 「倒れながら考えなさい、こっちは時間ないんだから」

 

 「そんななめ切った態度」

 

 「こっちがとらせるものですか!」と言いかけたスクールアイドルは、しかしにこの翼を胸で多少掠るや意識を瞬く間に奪われてしまう。直接威力というより事象解析で相手の生体機能と一気にそいだことが理由なのだが、対峙する者たちにとって知る由もないことだった。原理不明瞭の翼に触れれば一巻の終わり。ひとまず明確となった事象のみでも――それだからこそスクールアイドル達は恐怖に襲われ身動きが遅れてしまうのである。

 

 そうした動揺は、反面にこにとって最適のシチュエーションでもあった。

 

 「理想矢雨(イデアスコール)!」

 

 噴出される翼の一部を、細かく矢状に変形させたにこは、一斉に周辺のスクールアイドル目掛けて放つ。高密度の事象解析で生み出された矢の雨は、常識的な対処では回避も防御も許さず一撃で標的を倒し続ける。はた目に見れば一方的な狩りとも形容できるありさまだが、当事者たる彼女にあまり余力があるとはいえなかった。

 

 <消耗した時にこれを使うと、魔力以上に制御で意識への負荷がでかすぎるわ。見え切ったけど持って五分未満なんだからね!? 希、絵里、頼むわよ?>

 

 失神しかねない激痛を、強引に押し込みつつにこは内心独語する。西木野の身体でないにこが事象解析――理想勝翼(イデアスウィング)を使うという負担は、想像を絶するものだったのである。穂乃果との戦い以後訓練で任意の発動を可能としたものの、負荷軽減まではかなわなかった。もっともそれを悟らせるわけにもいかず、攻撃密度をさらに跳ね上げていく。

 

 だが、彼女の焦りによる隙を読み取った者も、またいたのだった。

 

 「もらっ、たあっ!」

 

 「クウッ! なめた真似してくれんじゃないの……!」

 

 「なめているのは、そっちでしょうよμ‘sぅううううっ!」

 

 断続的な理想勝翼使用にできたラグを衝く格好で、グリズリーの獣化能力で獣人化したスクールアイドルはにこに格闘戦を仕掛ける。現時点でも彼女が繰り出す翼の攻略法は存在しないものの、しかし大技の隙は見切れたのである。故の突貫であるが、それは今のところ成功しつつあった。前衛要員の絢瀬絵里は地上で交戦中であり、援護付きの戦局を覆す手段を東條希は持ち合わせていないと見られていたからである。

 

 状況を鑑みるなら、この時出した熊のスクールアイドルの考察は、決して間違いでも悪手でもなかった。ただ、それがために彼女は矢澤にこと同じく隙を生じさせてしまったのである。

 

 ――後先の余裕あらへんし。

 

 「魔力全てを込めたこの一撃を!」

 

 「繰り出す前に、うちに墜とされる。なんてね♪」

 

 にこと熊のスクールアイドルに、柔らかいイントネーションの声が聞こえたと思うと、後者に三発の魔力弾がさく裂する。精密狙撃ではあるが、魔力集中の右拳の一発の直前に命中したというかなり特殊なものだった。見事というよりは摩訶不思議ともいえる結末を、しかし図式を理解するにこは声の主に通信経由で声を掛ける。

 

 「やっと干渉できたのね、希。こっちはひやひやものだったのよ?」

 

 ――にこっちもうちの未来抄い(フートルベーン)の効果知っとるやろ? 聡みたいに何もかもいじれへんし、読み取りの力も平均的。あれくらい乱戦なって、それとなく思いたい未来を見せるのが精いっぱいやもん。

 

 「ピンポイントで個人の記憶読んで、最適な未来を示して狙撃なんて真似、はっきり言えば相当緻密よ? それに未来抄いの射程そのものだってランク4の中じゃかなりあるんじゃないの」

 

 ――こないなうちでも絵里ちとにこっちに追いつこうとしたら、一生懸命を通り越して死に物狂いになるんよ。狙撃も磨くし心理学も鍛えるし、生体技能も上げる。もっともこれだけやっても、追いつけないことはあるんやけどね。

 

 自負と自重を半々にして、希は己の意志をそう表現する。生体技能そのものを見れば、彼女のランクは実戦前提で平均的なものである。必然的に発動を司る魔力量も平均的とならば、派手な立ち回りは見込めなかった。故に彼女は先天要素以外を磨き続け、強力な後衛要員としてポジションを確立させたのである。自らの力がにこと絵里の助けになっている実感はあるのだが、それが故に及ばない箇所も浮き彫りとなってしまい、半々の気持ちだった。

 

 「とにかく、だべるわけにもいけない以上、さっさと行くわよ? 絵里にしたって長期戦が続けば面倒なことに――」

 

 ――にこっち……どうも杞憂みたいやよ?

 

 「ええ、視認したわ。絵里の奴、よっぽど溜まってたわけ? いくら鍛えを怠ってなかったとしても動き良すぎるわよ!? 右腕に青い炎なんて展開させて」

 

 言いかけてにこは、不意に己の言葉に疑問を抱く。炎熱に関係する生体技能では、色を青に達するほど高温の火炎を発生させるものもある。だが絵里が生み出せる火炎の温度はそこまで達するものではないし、まして特殊な火炎を扱えるものではない。そんな事象を必死に追いかけるにこを尻目に、音ノ木の狂犬は次々に迫るスクールアイドルを倒し続ける。

 

 結果として、彼女が繰り出した代物の正体はすぐに明らかとなった。

 

 「冷たい一撃、食らってみる?」

 

 言いざま絵里は左腕からストレートとともに件の青い炎を展開し、至近の一名とその奥の二名をまとめて撃破する。拳と炎による貫通での代物だが、相手達の被弾箇所が妙だった。通常の焼け跡のほかに氷結跡まで見られたのである。あまりの事態ににこは呆然とするも、すぐに自体を理解する。

 

 「合成炎……炎熱系の生体技能って炎に性質持たせるって聞いたけど、絵里もそこに至ったの!?」

 

 ――どうも……そないな感じみたいやね。第二位を倒すって絵里ちは息まいとったけど、そのための切り札の一つって見るな。付き合い長いって自負はあるけど、ホンマ戦闘に絡むととんでもないもんだわ。

 

 「だから音ノ木で最強の狂犬張り続けてんでしょうよ、絵里は。そんでもってそこに満足するはずもないから、さらに強くなるでしょうね。今の一撃で終わった試合程度じゃ、まず間違いなくこっちに模擬戦挑まれそうだわ」

 

 ――にこっちとみっきー相手に、よくやっとったね。絵里ちの模擬戦って。これからはμ‘sのみんなに挑んできそうやね。うちは瞬殺されてまうけど……相性悪いし。

 

 無邪気に狂犬ぶりを見せつける絵里を見つつ、希はそうにこに返す。基本理性的で頭の出来も十分なのだが、己が見込んだ相手に対し半ば見境なく模擬戦を絵里は申し込むのである。もちろんそんな癖も無理のない収め方で回しているのだが、後始末に回る立場として希たちは振り回された。だがそんな想いでも再び現実となれば親友の復活を意味するものであり、喜ぶべきことだったのである。

 

 かくして二年前以上の実力をもって、μ‘s三年組はその力を改めて知らしめるのであった。

 




 ストック作成はじめます。

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